◇第八十四話◇責任の所在を探し続ける【後編】
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エルヴィンが開いた扉の向こうには、美しい世界が広がっていた。
窓から射し込む光が反射した眩しさが、あまりにも優しく輝いていて、息をのむ。
自分達は今、どこへ繋がる扉を開いたのだろうか。起きたまま、夢の世界へと迷い込んでしまったのではないかと、本気で思ってしまう。
真っ白いシーツに包まれて眠り続けるジャンと、ベッド脇の椅子に座り、まるで祈るように両手をくんで彼を見つめるなまえが、幻想的な光に包まれ、ハンジ達にそんな途方もない錯覚をさせた。
誰が何を言っても、食事もろくにせず、眠ることもしてくれないなまえは、相変わらず青白い顔をしてやつれていたけれど、ただ愛おしそうに、寂しそうに、ジャンを見つめる横顔を見れば、キルシュタイン夫妻にも分かったはずだ。
彼女は、彼を想っている。
それも、心から。心底に、愛している。
そして、いつも夢の世界へと逃げてばかりいた彼女は今、彼の生きる現実の世界を望んでいるのだ。
「今、大丈夫かい?」
最初に声をかけたのは、エルヴィンだった。
ビクッと肩を上下に跳ねさせて、なまえが声のした方を向く。
扉が開き、訪問者がやってきたことに今気づいたらしい。
なまえは、扉前にいるのが、声をかけてきたエルヴィンだけではないことに驚いたようだった。
ハンジやモブリットだけならまだしも、まさか、こんな早朝にキルシュタイン夫妻がやってくるとは思ってもいなかったのだろう。
「どうぞ…っ。」
驚き、困惑しつつも、なまえは椅子から立ち上がった。
エルヴィンが病室に入ると、キルシュタイン夫妻、そして、ハンジとモブリットが続く。
最後に病室に入ったモブリットが、静かに扉を閉めれば、エルヴィンが早速本題に入った。
「キルシュタインご夫妻が、なまえにどうしても確認したいことがあるそうだ。」
「確認したいこと、ですか?」
「君の思うままに答えてくれて構わない。
私達は、何も強制はしないし、止めもしないよ。」
「…分かりました。」
エルヴィンの科白に、何かを察したのか、なまえの表情が強張った。
いつもニコニコと笑顔を振りまいている彼女の緊張が伝わってくると、ハンジも、途端に不安になってきた。
思わず、隣に立つモブリットを見れば、彼もハンジと似たような不安そうな表情で、唇を噛んでいた。
そして、目が合うと、互いに小さく頷き合う。
エルヴィンが、なまえにすべてを任せた。
その答えによっては、調査兵団がこれまで命を懸けて繋げてきたものが無駄になってしまうのだろう。
それを避ける為には、なまえが、ジャンを永遠に失うしかない。
彼女は、どちらを選ぶのだろうか。
人類の未来の為に散っていった仲間の無念か、それとも、愛する人への想いか———。
スッと前に出たのは、夫の方だった。
「今、調査兵団の兵舎内には、君に関する悪い噂が出ているらしいね。
君も知っているんだろう?」
質問の仕方が気に入らなかったのか「噂ではなくて真実です!」とフレイヤが横槍を入れる。
だが、これで、キルシュタイン夫妻が〝確認したいこと〟が何なのか、なまえも確信したはずだ。
なまえは、エルヴィンの方を見た後に「はい。」と頷く。
彼女の緊張が、さっきまで美しく光らせていた夢の世界を、張りつめた現実へと一瞬で変えてしまった。
「私達は、息子が…、ジャンが、君を婚約者だと紹介してくれたとき、とても嬉しかった。
婚約者が出来たことではない。調査兵団に入ったことが、
彼にとっての正解だったのだと証明されたような気がしたからだ。
でも、もしもそうではないのなら、
私達は、彼が調査兵団を続けることさえ、考え改めなければならない。」
まさか調査兵団を辞めさせることまで考えていたとは———ハンジは驚いた。
思わず、隣のモブリットを見れば、彼も驚愕の表情を浮かべている。
キルシュタイン夫妻に、事件の真相とされているなまえの過去を話したフレイヤも、それは初耳だったらしく「ジャンさんがいなくなるなんて嫌だ!」と騒ぎだす。
そして、父親としての、ひとかけらの偽りのない言葉を聞いたなまえも、ほんの一瞬、目を伏せそうになったのだ。
だが、それではいけないとすぐに考え直したのか、顔をまっすぐに上げる。
彼の言葉ひとつひとつに耳を傾けるつもりなのだろう。
「だから、もしも、君が本当に息子のことを愛しているというのなら、
ジャンの為を想って、答えてほしい。
私達が聞いた悪い噂は、ただの悪い噂でいいんだね?それとも、事実…なの、かい。」
彼の声は、最後は小さくなり、僅かに震えていた。
『違う。』
——そう答えてほしい。
彼の心が、聞こえてくるようだった。
悪い噂を、それが真実なのだと聞いてもまだ、キルシュタイン夫妻が願ったのは、息子から人殺しの婚約者を引き離すことではなかったのだ。
愛する息子の愛する人が、とても素敵な人でありますように。
そして、息子の未来が、苦しみや悲しみは出来る限り少なく、幸せに満ち溢れていますように。
彼らはただ、親として当然のことを願っていただけだった。
「なまえっ、これからのことは———。」
「私の聞いている噂がすべてで、その真意を確かめにいらしたということなら。」
思わず、ハンジが口を開いてしまったその言葉にかぶせるように、なまえが喋りだす。
ハッとして、ハンジは自分の口を片手で塞ぐ。
あぁ、一体、自分は何を言おうとしていたのだろうか。
なまえの覚悟を前にして、自分も覚悟を決めたはずだったのに———。
『これからのことは気にしなくていいから!』
誰がそう言ったところで、おそらく、なまえの覚悟は変わらない。
あの日、大切な人が血だらけで倒れている地獄を前にして、なまえは心を殺したのだ。
それは逃げではなくて、途方もなく切なく悲しい戦いの為だった。
だから彼女は、大切な人を想うが故に、自らの身を残酷な現実に放り込んだ。
心が折れて負けてしまわないように、夢の世界という、誰にも迷惑をかけない逃げ場だけを残して———。
「私が、友人の恋人を寝取った事実はありません。」
「なら、噂は嘘なのねッ?」
あぁ、よかった———。
妻が胸に手を当ててホッと息を吐けば、夫が嬉しそうに彼女の肩に手を乗せた。
安心した様子の夫妻を前に、ハンジは不安で押し潰されそうだった。
きっとそれは、モブリットも同じだったのだろう。
まだ、なまえから目を離せない様子で、じっと食い入るように見ている。
そしてまた、エルヴィンも、なまえが話すのを待っていた。
「いいえ、嘘ではありません。」
「え?」
「私は、人殺しです。」
なまえがハッキリと告げたその時、ハンジは、耳のもっと奥の方で、悲しい音を聞いた。
それは、なまえがジャンと共に築き上げた絆が壊れていった音か。それとも、なまえの声にならない悲鳴だったのか。
窓から射す朝の光が、残酷な現実のど真ん中に立つなまえを、優しく包みこむ。
それはまるで、いつも隣で、温かくも厳しく、なまえを守り続けていたジャンのように———。
窓から射し込む光が反射した眩しさが、あまりにも優しく輝いていて、息をのむ。
自分達は今、どこへ繋がる扉を開いたのだろうか。起きたまま、夢の世界へと迷い込んでしまったのではないかと、本気で思ってしまう。
真っ白いシーツに包まれて眠り続けるジャンと、ベッド脇の椅子に座り、まるで祈るように両手をくんで彼を見つめるなまえが、幻想的な光に包まれ、ハンジ達にそんな途方もない錯覚をさせた。
誰が何を言っても、食事もろくにせず、眠ることもしてくれないなまえは、相変わらず青白い顔をしてやつれていたけれど、ただ愛おしそうに、寂しそうに、ジャンを見つめる横顔を見れば、キルシュタイン夫妻にも分かったはずだ。
彼女は、彼を想っている。
それも、心から。心底に、愛している。
そして、いつも夢の世界へと逃げてばかりいた彼女は今、彼の生きる現実の世界を望んでいるのだ。
「今、大丈夫かい?」
最初に声をかけたのは、エルヴィンだった。
ビクッと肩を上下に跳ねさせて、なまえが声のした方を向く。
扉が開き、訪問者がやってきたことに今気づいたらしい。
なまえは、扉前にいるのが、声をかけてきたエルヴィンだけではないことに驚いたようだった。
ハンジやモブリットだけならまだしも、まさか、こんな早朝にキルシュタイン夫妻がやってくるとは思ってもいなかったのだろう。
「どうぞ…っ。」
驚き、困惑しつつも、なまえは椅子から立ち上がった。
エルヴィンが病室に入ると、キルシュタイン夫妻、そして、ハンジとモブリットが続く。
最後に病室に入ったモブリットが、静かに扉を閉めれば、エルヴィンが早速本題に入った。
「キルシュタインご夫妻が、なまえにどうしても確認したいことがあるそうだ。」
「確認したいこと、ですか?」
「君の思うままに答えてくれて構わない。
私達は、何も強制はしないし、止めもしないよ。」
「…分かりました。」
エルヴィンの科白に、何かを察したのか、なまえの表情が強張った。
いつもニコニコと笑顔を振りまいている彼女の緊張が伝わってくると、ハンジも、途端に不安になってきた。
思わず、隣に立つモブリットを見れば、彼もハンジと似たような不安そうな表情で、唇を噛んでいた。
そして、目が合うと、互いに小さく頷き合う。
エルヴィンが、なまえにすべてを任せた。
その答えによっては、調査兵団がこれまで命を懸けて繋げてきたものが無駄になってしまうのだろう。
それを避ける為には、なまえが、ジャンを永遠に失うしかない。
彼女は、どちらを選ぶのだろうか。
人類の未来の為に散っていった仲間の無念か、それとも、愛する人への想いか———。
スッと前に出たのは、夫の方だった。
「今、調査兵団の兵舎内には、君に関する悪い噂が出ているらしいね。
君も知っているんだろう?」
質問の仕方が気に入らなかったのか「噂ではなくて真実です!」とフレイヤが横槍を入れる。
だが、これで、キルシュタイン夫妻が〝確認したいこと〟が何なのか、なまえも確信したはずだ。
なまえは、エルヴィンの方を見た後に「はい。」と頷く。
彼女の緊張が、さっきまで美しく光らせていた夢の世界を、張りつめた現実へと一瞬で変えてしまった。
「私達は、息子が…、ジャンが、君を婚約者だと紹介してくれたとき、とても嬉しかった。
婚約者が出来たことではない。調査兵団に入ったことが、
彼にとっての正解だったのだと証明されたような気がしたからだ。
でも、もしもそうではないのなら、
私達は、彼が調査兵団を続けることさえ、考え改めなければならない。」
まさか調査兵団を辞めさせることまで考えていたとは———ハンジは驚いた。
思わず、隣のモブリットを見れば、彼も驚愕の表情を浮かべている。
キルシュタイン夫妻に、事件の真相とされているなまえの過去を話したフレイヤも、それは初耳だったらしく「ジャンさんがいなくなるなんて嫌だ!」と騒ぎだす。
そして、父親としての、ひとかけらの偽りのない言葉を聞いたなまえも、ほんの一瞬、目を伏せそうになったのだ。
だが、それではいけないとすぐに考え直したのか、顔をまっすぐに上げる。
彼の言葉ひとつひとつに耳を傾けるつもりなのだろう。
「だから、もしも、君が本当に息子のことを愛しているというのなら、
ジャンの為を想って、答えてほしい。
私達が聞いた悪い噂は、ただの悪い噂でいいんだね?それとも、事実…なの、かい。」
彼の声は、最後は小さくなり、僅かに震えていた。
『違う。』
——そう答えてほしい。
彼の心が、聞こえてくるようだった。
悪い噂を、それが真実なのだと聞いてもまだ、キルシュタイン夫妻が願ったのは、息子から人殺しの婚約者を引き離すことではなかったのだ。
愛する息子の愛する人が、とても素敵な人でありますように。
そして、息子の未来が、苦しみや悲しみは出来る限り少なく、幸せに満ち溢れていますように。
彼らはただ、親として当然のことを願っていただけだった。
「なまえっ、これからのことは———。」
「私の聞いている噂がすべてで、その真意を確かめにいらしたということなら。」
思わず、ハンジが口を開いてしまったその言葉にかぶせるように、なまえが喋りだす。
ハッとして、ハンジは自分の口を片手で塞ぐ。
あぁ、一体、自分は何を言おうとしていたのだろうか。
なまえの覚悟を前にして、自分も覚悟を決めたはずだったのに———。
『これからのことは気にしなくていいから!』
誰がそう言ったところで、おそらく、なまえの覚悟は変わらない。
あの日、大切な人が血だらけで倒れている地獄を前にして、なまえは心を殺したのだ。
それは逃げではなくて、途方もなく切なく悲しい戦いの為だった。
だから彼女は、大切な人を想うが故に、自らの身を残酷な現実に放り込んだ。
心が折れて負けてしまわないように、夢の世界という、誰にも迷惑をかけない逃げ場だけを残して———。
「私が、友人の恋人を寝取った事実はありません。」
「なら、噂は嘘なのねッ?」
あぁ、よかった———。
妻が胸に手を当ててホッと息を吐けば、夫が嬉しそうに彼女の肩に手を乗せた。
安心した様子の夫妻を前に、ハンジは不安で押し潰されそうだった。
きっとそれは、モブリットも同じだったのだろう。
まだ、なまえから目を離せない様子で、じっと食い入るように見ている。
そしてまた、エルヴィンも、なまえが話すのを待っていた。
「いいえ、嘘ではありません。」
「え?」
「私は、人殺しです。」
なまえがハッキリと告げたその時、ハンジは、耳のもっと奥の方で、悲しい音を聞いた。
それは、なまえがジャンと共に築き上げた絆が壊れていった音か。それとも、なまえの声にならない悲鳴だったのか。
窓から射す朝の光が、残酷な現実のど真ん中に立つなまえを、優しく包みこむ。
それはまるで、いつも隣で、温かくも厳しく、なまえを守り続けていたジャンのように———。