◇第八十二話◇責任の所在を探し続ける【前編】
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「リコ…。」
扉の方を見たなまえは、そこに立っている人物を見て、驚いたように目を見開いた。
寝ずに看病をしているのか、目の下には深い隈が刻まれ、元から細かったけれど調査兵として筋肉もついた芯のしっかりした彼女は、本物の魔女のようにやつれていた。
「どうして…。」
なまえが小さく呟く。
想像もしていなかった見舞客だったのだろう。
リコ自身、ここへきてどうするつもりなのかは分かっていなかった。
ただ、行かなければならないと思った。
でも実際は、使命感だというような大袈裟なことではなくて、駐屯兵団本部に残って、仲間達の醜態を見ていたくなかっただけなのかもしれない。
「駐屯兵団の代表として、見舞いに来た。」
「…そっか。でも、駐屯兵団は何も悪くないよ。
彼女は…、リヴ・ハーンはもう駐屯兵団を退団した身だったんだから。」
なまえは少しだけ眉尻を下げて、困ったように言う。
調査兵団でも、憲兵団の指示が〝事実〟として浸透しているらしい。
自由を好む彼らにしては意外だった。
だが、すぐに思い直す。
彼らにとっては、自分達の仲間が刺されたことに対する責任の所在が、彼女個人か、駐屯兵団という組織なのかに変わるだけで、きっと敢えて反発するようなことでもないのだろう。
「あぁ、そうだったな。
なら私は、リヴの親友として見舞いに来た。」
「そっか。ありがとう。」
「それで、容態はどうなんだ。」
「峠は越えたって言われたよ。ちょうど臓器を避けてくれてたみたいで、
見た目ほどひどい状態ではなかったみたい。」
なまえは、ジャンの寝顔を見つめて、ホッとしたように言う。
「リヴが、敢えて避けたのかもしれない。」
想像していたよりもジャンの容態が安定していることを知って、安心した途端に、つい口をついて出てしまったのは、リコにとっての願望だった。
なまえは、一瞬、驚いたように息を止めた。それは、じっと見ていなければ分からないようなほんの僅かな変化だった。
「———さぁ、どうかな。
彼女は、私を心から恨んでるから。」
なまえは、少しだけ眉尻を下げる。
少しだけ、口元に苦笑を交えるような、下手くそな表情だ。
「アンタは、友人の恋人を寝取って、
飽きたからって、殺して捨てたらしいな。」
リコは、ここに来るまでに聞いてきた噂話を敢えて伝えてみた。
なまえはまた、ほんの一瞬だけ、息を止めるような驚き方をした後に「うん。」と小さく頷いた。
「ここに今やってきたばかりの私の耳にまで届くくらいだ。
調査兵団ではもうその〝真実〟が蔓延ってるぞ。
————放っておいていいのか。」
「うん。」
「うん、ってアンタ…っ。ジャンが目を覚ました時、
そんな〝事実〟をどう思うか、考えないのかっ。
アンタは本当に、他人の気持ちなんてどうでもいいんだな!!」
気がついたら、リコは声を荒げていた。
腹が立ったのだ。
残酷な世界で皆必死に生きているというのに、なまえだけが、もっと平和な別の世界の中で穏やかに生きているようで、許せなかった。
なぜなら、羨ましかったのだ。
だって、どんなに逃げたいと思ったところで、人間には振り払えない柵がある。他人の声の聞こえない世界で生きていられるのなんて、なまえくらいだ。
「リコの言う通りだね。」
「は?」
「ジャンが目を覚ますことばかり願ってた。自分のことばかりだった。
そうだね、フラれちゃうかもしれないし、補佐官も辞めてしまうかもしれない。
私のせいで大怪我まで負って、嫌いって、顔も見たくないって憎まれるかも。」
そう言ったなまえは、少しだけ眉尻を下げつつも、相変わらず愛おしそうにジャンを見ていて、ほんの少しだけ頬が緩み微笑んでいるようにも見えた。
異常だ———リコが感じたのは、そんな感情だった。
婚約者に憎まれるかもしれないと思いながら、微笑むことが出来るなんて、どうかしている。
狂っていたのは、リヴではない。
彼女は、婚約者を心から愛していただけだ。
本当に狂っているのは、大怪我を負って意識不明でいる婚約者を目の前にして、平然としていられる、なまえの方だ。
だから、これ以上、なまえに言葉を続けて欲しくなかった。
彼女の言葉をこれ以上、聞きたくなかったのだ。
自分の心を保つために、なまえには、悪者でいてもらわなければならなかったから。
だから、なまえが続きを口にする前に、リコは話を逸らした。
「あれから、目を覚まさないのだろう。」
ここへ来る前に、被害者であるジャン・キルシュタインの容態は、キッツから簡単に聞いていた。
あの日から、彼は一度も目を覚ましていないらしい。
〝眠り姫〟が眠らずに隈を作っている間、〝眠り姫〟の恋人が、いつまでも眠り続けるなんて、間抜けな話だ。
「薬で眠らせてるだけよ。まだ身体に痛みやダメージが残ってるから、
回復するまでは、もうしばらく寝ていてもらうんだって。」
「そうか。」
それで多少落ち着いた様子でいるのかと、漸く納得する。
あの日、ジャンの傷を見て取り乱して恋人の名前を叫んでいたなまえを見ていたから、不思議だった———いや、違う。彼女は本当に、自分と比べて人の命を軽視しているのかと思ったのだ。
その途端、ジャンに関しては、そうではないのだと知ったら、訊ねずにはいられなくなり、リコはゆっくりと息を吸うと、背筋を伸ばして、しゃんと立つ。
そうして、リコはなまえに問いかける。
「私はリヴの友人として訊ねる。調査兵団の見解は聞かない。
なまえ・みょうじ、アンタは、
憲兵団が決めた〝事実〟を、正しいと受け入れるのか。」
賭けか、期待か。
それとも、今度こそ心から、失望して軽蔑したかっただけなのかもしれない。
ただ、自分の為だけに———。
なまえは、ベッドの上に置いていた自分の両手を見下ろすと、何の迷いもない様子で口を開いた。
「受け入れるよ。」
「意外だな。アンタが一番そういうのが大嫌いだったはずなのに。」
リコの声には、非難が混ざっていた。
でも、それは、キッツを前にしていたときとは大きく違っているのに気づいたとき、自分は賭けに負けたのだ悟るのだ。
彼女はもう、自分の知っている〝お姫様〟ではない。
自分勝手で、我儘な〝魔女〟だ。
自分の為なら、誰が命を失おうが厭わない。恐ろしく冷酷な〝魔女〟なのだ。
「どうして…っ。」
非難ばかりが混ざった声を上げて、リコは唇を噛んだ。
悔しい。悔しい———。
どうしようもなく握った拳が、震える。
「私は、自分が奪った命に責任をとらなきゃいけないから。」
「責任?笑わせるな。」
思わず出たのは、失笑と震える声だった。
あの日の惨劇が蘇る。
飛び散る血と、無残に散っていく仲間の身体、彼女の悲鳴―——。
「1度失った命はもう戻らない!
アンタがあの日した無責任な行動で奪われた命は!!もう、戻らないのに!!
一体、どんな責任をとるって言うんだ!?どうしても責任がとりたいのなら、死んでくれ!!」
死んでくれよ————最後になんとか振り絞った声は、自分でも情けないくらいの涙声だった。
本当に、自分が伝えたかったのはこんな最低な言葉だったのだろうか。
分からないけれど、ひどくショックを受けたなまえの顔を見た途端に、心の中に渦を巻いていた怒りや悲しみが、ほんの少しだけ晴れた気がしたのだ。
だからやっぱり、自分が惨めで、醜くて、苦しさが増していく。
(やっぱり、来なければよかった…。)
無意識に落ちていく目線、うなだれることしか出来ない自分が、悔しかった。
今すぐに、この場から逃げ出したい———心を支配するのは、そんな情けない願いばかりだ。
「次の壁外調査で、」
「…なに。」
「私がずっと準備をしてきた作戦がやっと実行されるの。」
「へぇ。それはよかったな。
そしてまた、アンタは自分の為だけに仲間を切り捨てるのか。」
「その作戦が無事完了されるまで、私は目の前の事実から逃げるわけにはいかない。
私はこの日の為に、誰にどう言われようと、自分を死ぬほど嫌いになっても、調査兵をしてきた。
だから、駐屯兵団の代表として、リコに覚えていてほしいことがある。」
「・・・・・何だ。一応、聞くだけ聞いておいてやる。
ただし、それがくだらないことだったり、私たちの神経を逆撫でることなら、許さない。」
「普通のことだよ。
ただ、覚えていてほしいの。次回の壁外調査での大規模作戦が、
どんな結果になったとしても、私は後悔しないこと。それは、誰のせいでもない。
その日までその作戦のために生きてきた私が、受け入れるべき結果だから。」
「なんだ、それ。」
なまえが言ったのは、本当にただ〝普通〟のことだった。
敢えて、駐屯兵団に覚えておいてくれ、と言うほどの内容だとは、どうしても思えない。
リコは、なまえの意図を必死に汲み取ろうとしたけれど、結局、彼女の考えていることなんてあの日からずっと分からないままだ。
「忘れないって、約束してくれる?」
「———そんなこと、約束するまでもない。当然のことだ。
兵士達はみんな、公に心臓を捧げたときから、
これから起こりうるすべての最悪を受け入れる覚悟を持ってる。」
背中は、しゃんと伸びていただろうか。
声は、震えていなかっただろうか。
不安になったのは、言いながら、自分はそれが出来ているのだろうかと自信がなくなったからだ。
彼は、彼女は、醜い笑みを浮かべて噂を広める彼らは、どれほどの覚悟を持って兵団服の袖にその手を通したのだろう。
やれ〝眠り姫〟だと、〝魔女〟だと、おかしな異名をつけて嘲笑っている自分達よりも、何と呼ばれようが自分の世界を持っている彼女の方がよっぽど———。
「帰る。もう二度と会うことはないと思うが、
せいぜい死ぬまで、お前が殺した私達の仲間への責任の取り方ってのを考え続けろ。」
リコは、なまえに背中を向けながら、捨て台詞を置いていく。
扉が閉まる直前に「分かった。」と小さな声がハッキリと耳に届いた。
扉の方を見たなまえは、そこに立っている人物を見て、驚いたように目を見開いた。
寝ずに看病をしているのか、目の下には深い隈が刻まれ、元から細かったけれど調査兵として筋肉もついた芯のしっかりした彼女は、本物の魔女のようにやつれていた。
「どうして…。」
なまえが小さく呟く。
想像もしていなかった見舞客だったのだろう。
リコ自身、ここへきてどうするつもりなのかは分かっていなかった。
ただ、行かなければならないと思った。
でも実際は、使命感だというような大袈裟なことではなくて、駐屯兵団本部に残って、仲間達の醜態を見ていたくなかっただけなのかもしれない。
「駐屯兵団の代表として、見舞いに来た。」
「…そっか。でも、駐屯兵団は何も悪くないよ。
彼女は…、リヴ・ハーンはもう駐屯兵団を退団した身だったんだから。」
なまえは少しだけ眉尻を下げて、困ったように言う。
調査兵団でも、憲兵団の指示が〝事実〟として浸透しているらしい。
自由を好む彼らにしては意外だった。
だが、すぐに思い直す。
彼らにとっては、自分達の仲間が刺されたことに対する責任の所在が、彼女個人か、駐屯兵団という組織なのかに変わるだけで、きっと敢えて反発するようなことでもないのだろう。
「あぁ、そうだったな。
なら私は、リヴの親友として見舞いに来た。」
「そっか。ありがとう。」
「それで、容態はどうなんだ。」
「峠は越えたって言われたよ。ちょうど臓器を避けてくれてたみたいで、
見た目ほどひどい状態ではなかったみたい。」
なまえは、ジャンの寝顔を見つめて、ホッとしたように言う。
「リヴが、敢えて避けたのかもしれない。」
想像していたよりもジャンの容態が安定していることを知って、安心した途端に、つい口をついて出てしまったのは、リコにとっての願望だった。
なまえは、一瞬、驚いたように息を止めた。それは、じっと見ていなければ分からないようなほんの僅かな変化だった。
「———さぁ、どうかな。
彼女は、私を心から恨んでるから。」
なまえは、少しだけ眉尻を下げる。
少しだけ、口元に苦笑を交えるような、下手くそな表情だ。
「アンタは、友人の恋人を寝取って、
飽きたからって、殺して捨てたらしいな。」
リコは、ここに来るまでに聞いてきた噂話を敢えて伝えてみた。
なまえはまた、ほんの一瞬だけ、息を止めるような驚き方をした後に「うん。」と小さく頷いた。
「ここに今やってきたばかりの私の耳にまで届くくらいだ。
調査兵団ではもうその〝真実〟が蔓延ってるぞ。
————放っておいていいのか。」
「うん。」
「うん、ってアンタ…っ。ジャンが目を覚ました時、
そんな〝事実〟をどう思うか、考えないのかっ。
アンタは本当に、他人の気持ちなんてどうでもいいんだな!!」
気がついたら、リコは声を荒げていた。
腹が立ったのだ。
残酷な世界で皆必死に生きているというのに、なまえだけが、もっと平和な別の世界の中で穏やかに生きているようで、許せなかった。
なぜなら、羨ましかったのだ。
だって、どんなに逃げたいと思ったところで、人間には振り払えない柵がある。他人の声の聞こえない世界で生きていられるのなんて、なまえくらいだ。
「リコの言う通りだね。」
「は?」
「ジャンが目を覚ますことばかり願ってた。自分のことばかりだった。
そうだね、フラれちゃうかもしれないし、補佐官も辞めてしまうかもしれない。
私のせいで大怪我まで負って、嫌いって、顔も見たくないって憎まれるかも。」
そう言ったなまえは、少しだけ眉尻を下げつつも、相変わらず愛おしそうにジャンを見ていて、ほんの少しだけ頬が緩み微笑んでいるようにも見えた。
異常だ———リコが感じたのは、そんな感情だった。
婚約者に憎まれるかもしれないと思いながら、微笑むことが出来るなんて、どうかしている。
狂っていたのは、リヴではない。
彼女は、婚約者を心から愛していただけだ。
本当に狂っているのは、大怪我を負って意識不明でいる婚約者を目の前にして、平然としていられる、なまえの方だ。
だから、これ以上、なまえに言葉を続けて欲しくなかった。
彼女の言葉をこれ以上、聞きたくなかったのだ。
自分の心を保つために、なまえには、悪者でいてもらわなければならなかったから。
だから、なまえが続きを口にする前に、リコは話を逸らした。
「あれから、目を覚まさないのだろう。」
ここへ来る前に、被害者であるジャン・キルシュタインの容態は、キッツから簡単に聞いていた。
あの日から、彼は一度も目を覚ましていないらしい。
〝眠り姫〟が眠らずに隈を作っている間、〝眠り姫〟の恋人が、いつまでも眠り続けるなんて、間抜けな話だ。
「薬で眠らせてるだけよ。まだ身体に痛みやダメージが残ってるから、
回復するまでは、もうしばらく寝ていてもらうんだって。」
「そうか。」
それで多少落ち着いた様子でいるのかと、漸く納得する。
あの日、ジャンの傷を見て取り乱して恋人の名前を叫んでいたなまえを見ていたから、不思議だった———いや、違う。彼女は本当に、自分と比べて人の命を軽視しているのかと思ったのだ。
その途端、ジャンに関しては、そうではないのだと知ったら、訊ねずにはいられなくなり、リコはゆっくりと息を吸うと、背筋を伸ばして、しゃんと立つ。
そうして、リコはなまえに問いかける。
「私はリヴの友人として訊ねる。調査兵団の見解は聞かない。
なまえ・みょうじ、アンタは、
憲兵団が決めた〝事実〟を、正しいと受け入れるのか。」
賭けか、期待か。
それとも、今度こそ心から、失望して軽蔑したかっただけなのかもしれない。
ただ、自分の為だけに———。
なまえは、ベッドの上に置いていた自分の両手を見下ろすと、何の迷いもない様子で口を開いた。
「受け入れるよ。」
「意外だな。アンタが一番そういうのが大嫌いだったはずなのに。」
リコの声には、非難が混ざっていた。
でも、それは、キッツを前にしていたときとは大きく違っているのに気づいたとき、自分は賭けに負けたのだ悟るのだ。
彼女はもう、自分の知っている〝お姫様〟ではない。
自分勝手で、我儘な〝魔女〟だ。
自分の為なら、誰が命を失おうが厭わない。恐ろしく冷酷な〝魔女〟なのだ。
「どうして…っ。」
非難ばかりが混ざった声を上げて、リコは唇を噛んだ。
悔しい。悔しい———。
どうしようもなく握った拳が、震える。
「私は、自分が奪った命に責任をとらなきゃいけないから。」
「責任?笑わせるな。」
思わず出たのは、失笑と震える声だった。
あの日の惨劇が蘇る。
飛び散る血と、無残に散っていく仲間の身体、彼女の悲鳴―——。
「1度失った命はもう戻らない!
アンタがあの日した無責任な行動で奪われた命は!!もう、戻らないのに!!
一体、どんな責任をとるって言うんだ!?どうしても責任がとりたいのなら、死んでくれ!!」
死んでくれよ————最後になんとか振り絞った声は、自分でも情けないくらいの涙声だった。
本当に、自分が伝えたかったのはこんな最低な言葉だったのだろうか。
分からないけれど、ひどくショックを受けたなまえの顔を見た途端に、心の中に渦を巻いていた怒りや悲しみが、ほんの少しだけ晴れた気がしたのだ。
だからやっぱり、自分が惨めで、醜くて、苦しさが増していく。
(やっぱり、来なければよかった…。)
無意識に落ちていく目線、うなだれることしか出来ない自分が、悔しかった。
今すぐに、この場から逃げ出したい———心を支配するのは、そんな情けない願いばかりだ。
「次の壁外調査で、」
「…なに。」
「私がずっと準備をしてきた作戦がやっと実行されるの。」
「へぇ。それはよかったな。
そしてまた、アンタは自分の為だけに仲間を切り捨てるのか。」
「その作戦が無事完了されるまで、私は目の前の事実から逃げるわけにはいかない。
私はこの日の為に、誰にどう言われようと、自分を死ぬほど嫌いになっても、調査兵をしてきた。
だから、駐屯兵団の代表として、リコに覚えていてほしいことがある。」
「・・・・・何だ。一応、聞くだけ聞いておいてやる。
ただし、それがくだらないことだったり、私たちの神経を逆撫でることなら、許さない。」
「普通のことだよ。
ただ、覚えていてほしいの。次回の壁外調査での大規模作戦が、
どんな結果になったとしても、私は後悔しないこと。それは、誰のせいでもない。
その日までその作戦のために生きてきた私が、受け入れるべき結果だから。」
「なんだ、それ。」
なまえが言ったのは、本当にただ〝普通〟のことだった。
敢えて、駐屯兵団に覚えておいてくれ、と言うほどの内容だとは、どうしても思えない。
リコは、なまえの意図を必死に汲み取ろうとしたけれど、結局、彼女の考えていることなんてあの日からずっと分からないままだ。
「忘れないって、約束してくれる?」
「———そんなこと、約束するまでもない。当然のことだ。
兵士達はみんな、公に心臓を捧げたときから、
これから起こりうるすべての最悪を受け入れる覚悟を持ってる。」
背中は、しゃんと伸びていただろうか。
声は、震えていなかっただろうか。
不安になったのは、言いながら、自分はそれが出来ているのだろうかと自信がなくなったからだ。
彼は、彼女は、醜い笑みを浮かべて噂を広める彼らは、どれほどの覚悟を持って兵団服の袖にその手を通したのだろう。
やれ〝眠り姫〟だと、〝魔女〟だと、おかしな異名をつけて嘲笑っている自分達よりも、何と呼ばれようが自分の世界を持っている彼女の方がよっぽど———。
「帰る。もう二度と会うことはないと思うが、
せいぜい死ぬまで、お前が殺した私達の仲間への責任の取り方ってのを考え続けろ。」
リコは、なまえに背中を向けながら、捨て台詞を置いていく。
扉が閉まる直前に「分かった。」と小さな声がハッキリと耳に届いた。