◇第七十八話◇特等席からは花火と奇跡が見える
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「どうぞ。」
ジャンが紙袋から取り出したフルーツサンドを差し出しても、なまえは全く気付く様子がなかった。
ただじっと、夜景を眺めているのだ。
壁の上、ちょうど中央辺りに用意してもらった花火見物の場所。そこは、まさに特等席という名に相応しい素晴らしい夜景を広げていた。
彼女が見惚れてしまうのも仕方がなく、喜んでくれたのだと嬉しくもあった。
ジャンは、受け取ってもらえなかったフルーツサンドを紙袋に戻すと、自分も遅くなった夕食は諦めて、隣に座るなまえを見つめることにした。
スッと通った鼻筋と、小さな鼻と顎に薄いピンク色の唇。重たそうなくらいに長い睫毛は、彼女が瞬く度に、星の光に煌めいた。
初めて会った日にも、綺麗だと思ったけれど、それ以上の感情なんてなかった。
彼女のことを、何も知らなかったからだ。
でも、薄いピンク色の唇は、見た目よりもずっと柔らかいことも、着痩せして見える彼女の胸は、想像よりもずっとずっと柔らかくて、でも、男の手で簡単に包めてしまうくらいに可愛いことも、今はきっと、世界中の誰よりも彼女のことを知っている。
その上で、今、ジャンの瞳には、なまえが世界で一番美しく見えるのだ。
「———綺麗だね。」
ふ、となまえが口を開く。
そして、ただじっと夜景を見つめたまま、柔らかい唇が、凛とした綺麗な声を聞かせてくれた。
「そうっすね。」
「ありがとう、ジャン。ここに連れてきてくれて。」
ふふっと笑えば、なまえが、ジャンの方を向く。
そして、とても幸せそうに、ふわりと微笑んだ。
「喜んでくれてよかった。
なまえの為に用意した特等席なんで。」
なまえをまっすぐに見つめる。
カチリと重なった視線は、まるで引力に囚われてしまったかのように、互いに逸らすことが出来ないことに気づいたその瞬間、二人のまわりの時間が止まった。
音は消え、駐屯兵達が忙しなく働いていた声も、トロスト区の街の賑やかさも、聞こえない。
少し肌寒かった夜風も吹かない。
でも、だからといって、誰も動かない、何もしない———そんなわけではない。
この世界から、自分達以外のすべてが消えたのだ。
だから、素直になれる気がした。
自分が歳下だということ、彼女の部下なのだということ、両親や友人、今まで感じていた沢山のしがらみも、その瞬間にどうでもよくなったのだ。
ジャンが、なまえの頬に触れると、彼女はビクリと肩を揺らした。
「俺、————。」
なまえさんが好きです———そう続いたはずの告白は、夜空に上がった花火にかき消される。
それでもどうか、彼女にだけは届いていますように。
色とりどりの光が、なまえの顔を万華鏡のようにキラキラと照らすのを見つめながら、心の中で強く願った。
数秒だったのだろうか、それともとてつも長い時間が流れたのだろうか。
なまえが口を開くまでの時間は、まるで異世界にいるように感じた。
「ん?何?
ねぇ、それより、見て!すっごく綺麗だよ!」
首を傾げたなまえだったけれど、その心はもう夜空で鮮やかに咲き誇る花火に奪われていた。
彼女には自分の声は届いていなかった———悲しくて、少しだけホッとしている自分もいた。
勢いで告白してしまおうとしたけれど、本当はまだ自信もなかったのだろう。
そして彼女も、ジャンが真剣に伝えようとした話に、興味を持つこともなかったのだ。
「ハシャぎすぎ。」
まるで子供みたいに楽しそうに笑うなまえに、ジャンは苦笑を返した。
そして、彼女の右手を握りしめた。
そうすれば、なまえは握り返して、ジャンの肩に頭をそっと乗せる。
告白がうまくいかなかったことは、確かに残念なことだ。
でも、今はまだこれでいい。
強く握りしめていなければ、呆気なくほどけてしまいそうだからこそ、大切に出来る気がするのだ。
今この時を、まるで奇跡のように、胸に刻める気がする。
そしていつか、もっと強くなったときに、彼女を守る男になったときに———。
ジャンが紙袋から取り出したフルーツサンドを差し出しても、なまえは全く気付く様子がなかった。
ただじっと、夜景を眺めているのだ。
壁の上、ちょうど中央辺りに用意してもらった花火見物の場所。そこは、まさに特等席という名に相応しい素晴らしい夜景を広げていた。
彼女が見惚れてしまうのも仕方がなく、喜んでくれたのだと嬉しくもあった。
ジャンは、受け取ってもらえなかったフルーツサンドを紙袋に戻すと、自分も遅くなった夕食は諦めて、隣に座るなまえを見つめることにした。
スッと通った鼻筋と、小さな鼻と顎に薄いピンク色の唇。重たそうなくらいに長い睫毛は、彼女が瞬く度に、星の光に煌めいた。
初めて会った日にも、綺麗だと思ったけれど、それ以上の感情なんてなかった。
彼女のことを、何も知らなかったからだ。
でも、薄いピンク色の唇は、見た目よりもずっと柔らかいことも、着痩せして見える彼女の胸は、想像よりもずっとずっと柔らかくて、でも、男の手で簡単に包めてしまうくらいに可愛いことも、今はきっと、世界中の誰よりも彼女のことを知っている。
その上で、今、ジャンの瞳には、なまえが世界で一番美しく見えるのだ。
「———綺麗だね。」
ふ、となまえが口を開く。
そして、ただじっと夜景を見つめたまま、柔らかい唇が、凛とした綺麗な声を聞かせてくれた。
「そうっすね。」
「ありがとう、ジャン。ここに連れてきてくれて。」
ふふっと笑えば、なまえが、ジャンの方を向く。
そして、とても幸せそうに、ふわりと微笑んだ。
「喜んでくれてよかった。
なまえの為に用意した特等席なんで。」
なまえをまっすぐに見つめる。
カチリと重なった視線は、まるで引力に囚われてしまったかのように、互いに逸らすことが出来ないことに気づいたその瞬間、二人のまわりの時間が止まった。
音は消え、駐屯兵達が忙しなく働いていた声も、トロスト区の街の賑やかさも、聞こえない。
少し肌寒かった夜風も吹かない。
でも、だからといって、誰も動かない、何もしない———そんなわけではない。
この世界から、自分達以外のすべてが消えたのだ。
だから、素直になれる気がした。
自分が歳下だということ、彼女の部下なのだということ、両親や友人、今まで感じていた沢山のしがらみも、その瞬間にどうでもよくなったのだ。
ジャンが、なまえの頬に触れると、彼女はビクリと肩を揺らした。
「俺、————。」
なまえさんが好きです———そう続いたはずの告白は、夜空に上がった花火にかき消される。
それでもどうか、彼女にだけは届いていますように。
色とりどりの光が、なまえの顔を万華鏡のようにキラキラと照らすのを見つめながら、心の中で強く願った。
数秒だったのだろうか、それともとてつも長い時間が流れたのだろうか。
なまえが口を開くまでの時間は、まるで異世界にいるように感じた。
「ん?何?
ねぇ、それより、見て!すっごく綺麗だよ!」
首を傾げたなまえだったけれど、その心はもう夜空で鮮やかに咲き誇る花火に奪われていた。
彼女には自分の声は届いていなかった———悲しくて、少しだけホッとしている自分もいた。
勢いで告白してしまおうとしたけれど、本当はまだ自信もなかったのだろう。
そして彼女も、ジャンが真剣に伝えようとした話に、興味を持つこともなかったのだ。
「ハシャぎすぎ。」
まるで子供みたいに楽しそうに笑うなまえに、ジャンは苦笑を返した。
そして、彼女の右手を握りしめた。
そうすれば、なまえは握り返して、ジャンの肩に頭をそっと乗せる。
告白がうまくいかなかったことは、確かに残念なことだ。
でも、今はまだこれでいい。
強く握りしめていなければ、呆気なくほどけてしまいそうだからこそ、大切に出来る気がするのだ。
今この時を、まるで奇跡のように、胸に刻める気がする。
そしていつか、もっと強くなったときに、彼女を守る男になったときに———。