◇第七十八話◇特等席からは花火と奇跡が見える
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いつもなら立体起動装置を駆使して飛び上がる50mのウォール・ローゼの壁を、リフトで上がっていく。
不思議な気持ちなのはなまえも同じなのか、兵団服を脱いで浴衣になった彼女もまた、リフトからの景色を真剣に眺めていた。
右手には、フルーツサンドにソーセージ、ポテトの入った紙袋を持って、左手で彼女の手を握る。
妙な気分なのは、リフトだけのせいではないはずだ。
特別なデートをしている気分になるけれど、同乗したリフト管理の駐屯兵が斜め後ろに立っているせいで、彼女をからかえないのが残念なところだ。
でも、なまえがあまりにも真剣にトロスト区の街を見下ろしているから、思わずクスリと笑ってしまう。
確かに、リフトから見下ろす街は、いつもとまったく雰囲気が違う。
たくさんの珍しい出店に浴衣、見慣れないオモチャを持って走り回る子供達。行きかう大勢の人々の中には、普段はあまり見ない貴族の姿まである。
それこそ、時間を忘れてキラキラと輝く街は、夢の世界に出てくるおとぎの国に見えなくもなかった。
「何見てんの?」
冗談めかして訊ねたジャンとは対照的に、なまえは眉間に力を込めてじっとしていた。
声をかけられたことに気づいた彼女は、不機嫌に見えなくもないその表情で、ジャンの方を見ると、さらにムッと怒ったように口を尖らせた。
「まだいっぱいお店とか見たかったなぁと思って。
射的したかったのに、どうして壁の上に行くの。壁の上はもう飽きたよ。」
「後でさせてあげますよ。花火までもう時間ねぇから。」
「花火まで時間がなくなっちゃったのは、浴衣を着せてくれなかったジャンのせい。」
なまえが、恨めし気にジャンを見上げる。
駐屯兵達が壁の上に用意した外灯のおかげで、頬を膨らませるなまえの表情がよく見えた。
だからこそ、彼女が怖い顔をしたって、何も怖くないのだ。
むしろ———。
「浴衣姿のなまえが可愛すぎるせいだろ?」
斜め後ろに立っている駐屯兵に聞こえないように、なまえの耳元で小さく囁く。
呆気なく顔を真っ赤にしたなまえが可愛くて、可笑しくて、ジャンはククッと喉を鳴らした。
リフトは、立体起動装置よりもだいぶ時間をかけて壁の上に到着した。
柵を開けてくれた駐屯兵に続いて、彼女の手を引いてリフトから降りたジャンは、一旦立ち止まり、辺りを見渡す。
友人の姿を探したのだ。
赤い派手な髪色が目立つおかげで、すぐに見つかる。
「フロック!」
右手を上げて声をかければ、先輩と思われる駐屯兵と話していたフロックが振り返った。
彼は、一緒にいた小柄な先輩に申し訳なさそうに何かを言った後に、ジャンの元へ駆け寄ってくる。
「遅ぇよ。約束の時間、とっくに過ぎてんだろ。」
「いろいろあったんだよ。時間通りは難しいかもしれねぇって
最初から言っておいただろ。」
やってきてすぐに文句を言いだしたフロックに、ジャンも少し強めに答える。
フロックは、納得のいかないような顔で眉を顰めたけれど、それ以上は何か言うことはなかった。ただ、ジャンの隣に立つなまえをチラリと見て、少し気まずそうに会釈する。
なまえが挨拶をしようとしたけれど、愛想のよくないフロックは、まったく気づかない様子で「こっち。」とだけ言って、歩き出してしまう。
「気にしないでください。アイツ、いつもあんな不機嫌な顔してるから。」
ついてきてください——とジャンはなまえの手を引きながら、フォローを入れる。
「ジャンと一緒だね。」
「あぁ?」
ジャンが不機嫌そうに眉を顰めると、なまえがクスクスと可笑しそうに笑った。
声が聞こえているのか、前を歩くフロックがチラチラと後ろを見る。
彼には、なまえのことを『婚約者を連れて行く。』と伝えてある。まだ子供と呼んだ方がいい頃から一緒に切磋琢磨してきた友人が、彼女を飛び越えて婚約者を連れて目の前に現れたのだから、その反応は自然だろう。
でも、ジャンとなまえをチラチラと見る視線は、フロックだけではなかった。すれ違う駐屯兵のほとんどが、こちらを見てくるのだ。コソコソと何かを話している駐屯兵もいる。
でもそれも、なまえと一緒にいるとよくあることだった。
調査兵団の〝眠り姫〟はどこに行っても有名だ。彼女の両親のこともあるのだろうし、彼女自体が、美人な上に性格も役職も特殊で目立つ。
でも、いつもと違うのは、浴衣姿の彼女がやけにしおらしく見えて、華奢な手が強く握り返してくるから、まるで自分が彼女を守っているように思えて、誇らしかったことだ。
もっともっと、駐屯兵達に見られたいと思った。見せびらかしたかった。
なまえは、自分の婚約者なのだ、と。
「お前、本当にあの人の婚約者になったんだな。」
ジャンが隣に並ぶと、ボソリと小さく呟くようにフロックが言う。
「だから言っただろ。」
「まぁ…、そうだけど。ていうか、だからってお前達の為に
壁の上に花火見物の場所をセッティングするの大変だったんだからな。」
さすがに、なまえに聞かれてはいけない話題だとは思ったのか、フロックはコソコソと小さな声で言う。
それに、ジャンも小さな声で答える。
「分かってるって。だから、今度、飯奢るって言っただろ。」
「肉な。」
「…それは考えとく。」
「副兵士長の補佐官なら、そこそこ貰ってんだろ。」
「調査兵団の財力なめんじゃねぇぞ。」
「…とにかくな、俺はすげぇ頑張ったんだからな。
俺の班長、小さくて眼鏡のくせにめっちゃ怖ぇんだ。
こんなふざけたお願いしちまったら、普通なら殺されるんだぞ。」
「生きててよかったな。」
「適当に言うんじゃねぇよ。
あのクソ真面目な班長が、お前らのデートの為に花火見物の場所を用意してくれたのだって、
奇跡だからな。俺は今でも、何か裏があるんじゃねぇかと疑ってる。」
「ねぇよ、んなもん。」
呆れたように言うジャンに、フロックは「お前はあの人の怖さを知らないんだ。」と小さく身震いをした。
相当しごかれているようだ。
「ここだ。一応、シートは敷いておいてやった。
駐屯兵団の備品だから、帰りはそのままにしておけば
そこら辺の誰かが片付ける。」
「おう、助かる。サンキューな。」
「肉だぞ!肉だからな!!それ以外は絶対に受け付けねぇから!」
立ち去りながら、フロックが大声で叫ぶ。
文句がたまりにたまっていた様子だったから、肉くらい奢らないといつまでもしつこく言われてしまいそうだ。
でも——。
(めんどくせぇな。こういうことはフロックがうまくやると思ったんだけどな。
やっぱ、ダズに頼んだ方がよかったか。でも、アイツもなぁ…。)
肉を奢ってやっている間にも、任務についての愚痴をずっと聞かされそうで気が滅入る———。
「肉ってなに?」
「いや、なんでもねぇよ。ここ、座って。」
適当に首を横に振ったジャンは、なまえの手を引いてシートに座らせると、自分もその隣に腰を降ろした。
不思議な気持ちなのはなまえも同じなのか、兵団服を脱いで浴衣になった彼女もまた、リフトからの景色を真剣に眺めていた。
右手には、フルーツサンドにソーセージ、ポテトの入った紙袋を持って、左手で彼女の手を握る。
妙な気分なのは、リフトだけのせいではないはずだ。
特別なデートをしている気分になるけれど、同乗したリフト管理の駐屯兵が斜め後ろに立っているせいで、彼女をからかえないのが残念なところだ。
でも、なまえがあまりにも真剣にトロスト区の街を見下ろしているから、思わずクスリと笑ってしまう。
確かに、リフトから見下ろす街は、いつもとまったく雰囲気が違う。
たくさんの珍しい出店に浴衣、見慣れないオモチャを持って走り回る子供達。行きかう大勢の人々の中には、普段はあまり見ない貴族の姿まである。
それこそ、時間を忘れてキラキラと輝く街は、夢の世界に出てくるおとぎの国に見えなくもなかった。
「何見てんの?」
冗談めかして訊ねたジャンとは対照的に、なまえは眉間に力を込めてじっとしていた。
声をかけられたことに気づいた彼女は、不機嫌に見えなくもないその表情で、ジャンの方を見ると、さらにムッと怒ったように口を尖らせた。
「まだいっぱいお店とか見たかったなぁと思って。
射的したかったのに、どうして壁の上に行くの。壁の上はもう飽きたよ。」
「後でさせてあげますよ。花火までもう時間ねぇから。」
「花火まで時間がなくなっちゃったのは、浴衣を着せてくれなかったジャンのせい。」
なまえが、恨めし気にジャンを見上げる。
駐屯兵達が壁の上に用意した外灯のおかげで、頬を膨らませるなまえの表情がよく見えた。
だからこそ、彼女が怖い顔をしたって、何も怖くないのだ。
むしろ———。
「浴衣姿のなまえが可愛すぎるせいだろ?」
斜め後ろに立っている駐屯兵に聞こえないように、なまえの耳元で小さく囁く。
呆気なく顔を真っ赤にしたなまえが可愛くて、可笑しくて、ジャンはククッと喉を鳴らした。
リフトは、立体起動装置よりもだいぶ時間をかけて壁の上に到着した。
柵を開けてくれた駐屯兵に続いて、彼女の手を引いてリフトから降りたジャンは、一旦立ち止まり、辺りを見渡す。
友人の姿を探したのだ。
赤い派手な髪色が目立つおかげで、すぐに見つかる。
「フロック!」
右手を上げて声をかければ、先輩と思われる駐屯兵と話していたフロックが振り返った。
彼は、一緒にいた小柄な先輩に申し訳なさそうに何かを言った後に、ジャンの元へ駆け寄ってくる。
「遅ぇよ。約束の時間、とっくに過ぎてんだろ。」
「いろいろあったんだよ。時間通りは難しいかもしれねぇって
最初から言っておいただろ。」
やってきてすぐに文句を言いだしたフロックに、ジャンも少し強めに答える。
フロックは、納得のいかないような顔で眉を顰めたけれど、それ以上は何か言うことはなかった。ただ、ジャンの隣に立つなまえをチラリと見て、少し気まずそうに会釈する。
なまえが挨拶をしようとしたけれど、愛想のよくないフロックは、まったく気づかない様子で「こっち。」とだけ言って、歩き出してしまう。
「気にしないでください。アイツ、いつもあんな不機嫌な顔してるから。」
ついてきてください——とジャンはなまえの手を引きながら、フォローを入れる。
「ジャンと一緒だね。」
「あぁ?」
ジャンが不機嫌そうに眉を顰めると、なまえがクスクスと可笑しそうに笑った。
声が聞こえているのか、前を歩くフロックがチラチラと後ろを見る。
彼には、なまえのことを『婚約者を連れて行く。』と伝えてある。まだ子供と呼んだ方がいい頃から一緒に切磋琢磨してきた友人が、彼女を飛び越えて婚約者を連れて目の前に現れたのだから、その反応は自然だろう。
でも、ジャンとなまえをチラチラと見る視線は、フロックだけではなかった。すれ違う駐屯兵のほとんどが、こちらを見てくるのだ。コソコソと何かを話している駐屯兵もいる。
でもそれも、なまえと一緒にいるとよくあることだった。
調査兵団の〝眠り姫〟はどこに行っても有名だ。彼女の両親のこともあるのだろうし、彼女自体が、美人な上に性格も役職も特殊で目立つ。
でも、いつもと違うのは、浴衣姿の彼女がやけにしおらしく見えて、華奢な手が強く握り返してくるから、まるで自分が彼女を守っているように思えて、誇らしかったことだ。
もっともっと、駐屯兵達に見られたいと思った。見せびらかしたかった。
なまえは、自分の婚約者なのだ、と。
「お前、本当にあの人の婚約者になったんだな。」
ジャンが隣に並ぶと、ボソリと小さく呟くようにフロックが言う。
「だから言っただろ。」
「まぁ…、そうだけど。ていうか、だからってお前達の為に
壁の上に花火見物の場所をセッティングするの大変だったんだからな。」
さすがに、なまえに聞かれてはいけない話題だとは思ったのか、フロックはコソコソと小さな声で言う。
それに、ジャンも小さな声で答える。
「分かってるって。だから、今度、飯奢るって言っただろ。」
「肉な。」
「…それは考えとく。」
「副兵士長の補佐官なら、そこそこ貰ってんだろ。」
「調査兵団の財力なめんじゃねぇぞ。」
「…とにかくな、俺はすげぇ頑張ったんだからな。
俺の班長、小さくて眼鏡のくせにめっちゃ怖ぇんだ。
こんなふざけたお願いしちまったら、普通なら殺されるんだぞ。」
「生きててよかったな。」
「適当に言うんじゃねぇよ。
あのクソ真面目な班長が、お前らのデートの為に花火見物の場所を用意してくれたのだって、
奇跡だからな。俺は今でも、何か裏があるんじゃねぇかと疑ってる。」
「ねぇよ、んなもん。」
呆れたように言うジャンに、フロックは「お前はあの人の怖さを知らないんだ。」と小さく身震いをした。
相当しごかれているようだ。
「ここだ。一応、シートは敷いておいてやった。
駐屯兵団の備品だから、帰りはそのままにしておけば
そこら辺の誰かが片付ける。」
「おう、助かる。サンキューな。」
「肉だぞ!肉だからな!!それ以外は絶対に受け付けねぇから!」
立ち去りながら、フロックが大声で叫ぶ。
文句がたまりにたまっていた様子だったから、肉くらい奢らないといつまでもしつこく言われてしまいそうだ。
でも——。
(めんどくせぇな。こういうことはフロックがうまくやると思ったんだけどな。
やっぱ、ダズに頼んだ方がよかったか。でも、アイツもなぁ…。)
肉を奢ってやっている間にも、任務についての愚痴をずっと聞かされそうで気が滅入る———。
「肉ってなに?」
「いや、なんでもねぇよ。ここ、座って。」
適当に首を横に振ったジャンは、なまえの手を引いてシートに座らせると、自分もその隣に腰を降ろした。