◇第七十四話◇忙しさの合間に甘ったるく名前を呼んで
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会議が終わったのは、夜の10時過ぎだった。
あれからすぐに執務室に戻った私とジャンは、食べ損ねた夕食をかきこむように腹に押し込むと、部下から預かった書類のチェックを始めた。
明後日の午後に無理やりねじ込まれた会議に参加するためには、せめてこの書類チェックを今日中に終わらせなければならないらしい。
「い・・・っ。」
頬をつねられた痛みで、私はなんとか現世に意識を戻す。
隣を見れば、ジャンはこちらを見もしないで、書類を捌いていた。
(なんで、見てないのに寝てるってわかったんだろ・・・?)
片手で上司の頬をつねりながら、書類にサインを書いていく器用な補佐官に、感心してしまう。
1人用のデスクに2人並んで仕事をするのはきっと、私とジャンだけなんじゃないかと思う。
でも、ジャンは必ず私の隣に座るのだ。
たぶん、頬をつねる為だ。
「なまえさん、次これにサインして。」
「あーい。」
ジャンの指が私の頬から離れた代わりに、見たくもない書類を受け取る。
あくびを噛み殺すことも、隠すこともしないで、豪快に口を開けば、間抜けな空気みたいな声が漏れた。
でも、ジャンが何かを言うことはないし、ほんの少しの反応もない。
いつものこと過ぎて、ジャンにはきっと、風の音と同じくらいの認識で聞き流されているのだろう。
思いっきりあくびを漏らした私は、仕方なくサインを書きながら、少し前に、ジャンから『気色悪いミミズが這ったような字』と言われたことを思い出した。
(・・・気色悪いミミズほどではないかな。生まれたての赤ちゃんミミズかな。)
自分のサインを生温かく見つめていたら、また眠たくなってきた。
ていうか、ずっと眠たいのだ。
眠りたい。
どうしても起きていないといけないのなら、頬が腫れてもいいから、ジャンにずっと頬をつねっていてほしい。
「あーーー、終わった・・・。」
ジャンが頭を抱えて大きく息を吐いた。
随分と疲れている様子だ。
「終わったの!?よし、じゃあ、もう寝よう!
すぐにお風呂に入って、そして、泥のように———。」
「その前に、少し休ませて。」
今すぐに立ち上がって風呂へ向かおうとしていた私を捕まえるみたいに、ジャンの長い腕が腰に回る。
気づいた時にはもう、疲れた———なんて嘘みたいに力強い腕に拘束されていた。
でも、私の肩に額を乗せて寄りかかるジャンの横顔は、ひどくやつれて見える。
(そう、だよな…。)
ジャンは、団長が留守にしている間の調査兵団の兵舎を友人と共になんとかまとめあげたのだ。
その間も、自分が請け負っている仕事はきちんとこなし、幹部が帰ってくれば、上司の世話を焼きながら、他の隊長達とうまく連携して仕事を上手に回してくれている。
まだ、19歳の青年なのに———。
「よしよし、お疲れさまでした。」
ジャンの頭を優しく撫でる。
柔らかい髪がふわふわと指の腹に触れて、私の方が気持ちが良い。
まさか、頭を撫でられるとは思わなかったのか、驚いたらしいジャンの肩が少しだけ跳ねたのも、可愛かった。
「お疲れだと思うなら、もう少し補佐官をいたわってくれませんか。」
「よーしよし、よしよし。」
恨み言が聞こえた気がしたけれど聞き流したら、「無視かよ。」とジャンにつっこまれてしまう。
でも、視線のすぐそばに見えるジャンの横顔は、口元が可笑しそうに上がっていて、明るい表情になっていて、少しだけ安心する。
「今って、仕事の時間ではないですよね。」
私の肩に顔を埋めたままで、ジャンが訊ねる。
「違うよ。絶対に、違う。もう仕事の時間終わり。」
質問の意図は分からないまま、私の願望も込めて答えた。
「なら、また、名前で呼んで、いいですか。」
「———いいよ。」
私は、小さく頷いた。
初めてジャンから名前を呼び捨てされたパーティーの日。驚いて、戸惑って、少しだけドキドキしてしまった私をからかうみたいに、ジャンは何度も私の名前を繰り返した。
でも、兵舎に帰ってしまったら、いつも通りの呼び方に変わっていて、そのまま豪雨がやってきて、私がストヘス区へ出張になってしばらく離れている間に、呼び捨てなんてなかったことみたいになっていた。
それが本当は、少し残念で、すごく寂しかった。
「よかった。」
ジャンの口元が緩んだのが見えて、私も嬉しい気持ちになる。
そして、ジャンはゆっくりと起き上がると、私の頬に手を添えた。
「なまえ。」
「なに?」
「呼んだだけ————。」
ジャンはそう言いながら、私の唇に自分の唇を近づける。
私も、それを待っていたように、そっと目を閉じた。
すぐに唇が重なって、高鳴った心臓の鼓動をどうにか抑えたくて、私は、ジャンの腕をギュッと握りしめる。
「なんで、顔が赤ぇの?」
少しだけ唇を離して、額が重なる距離で、ジャンが意地悪く口の端を上げる。
「それは…っ、久しぶり、だったから…っ。」
「だから?」
「だからって、ただ、久しぶりで、それで…っ。」
「ドキドキしたんだ?」
「…ッ。」
あまりにもストレートにジャンが言うから、燃えるように顔が熱くなる。
きっと、さっきよりもずっと真っ赤になっているんだろう。
だから、ジャンは意地悪くククッと喉を鳴らしたのだ。
そして、もう一度、軽く触れるようなキスをすると、ジャンはまた額を重ねたままでこう続けた。
「なまえ、抱いていい?」
「な…っ、だ、ダメだよ…っ。まだお風呂にも入ってないのに…っ。」
「風呂に入ったら、いいってこと?」
「そういうことじゃないけど…っ、せめてお風呂に——。」
「あぁ、でも、無理。
俺、なまえ抱きた過ぎて、もう我慢の限界———。」
私の声なんてまるで耳に入っていないみたいに、ジャンはそれだけ言うと、言い訳ばかりの私の唇を自分の唇で塞いで、私をベッドに押し倒した。
ジャンの柔らかい舌が私の咥内を這いまわって、大きな手が、シャツの隙間から滑り込んでくる。
久しぶりに感じるジャンの体温と、私のことが欲しくて仕方がないと叫ぶような苦し気な息遣いが、私の思考まで溶かしていくようだった。
私は本当に、抵抗しようと思っていたのだろうか。
だって、私もまた———。
『なまえさん。』
彼にそう呼ばれる度に、まるで恋人同士のように、甘い声で呼び捨てにしたあの日のことを思い出しては、彼が欲しくて仕方がなくなっていたのだから———。
あれからすぐに執務室に戻った私とジャンは、食べ損ねた夕食をかきこむように腹に押し込むと、部下から預かった書類のチェックを始めた。
明後日の午後に無理やりねじ込まれた会議に参加するためには、せめてこの書類チェックを今日中に終わらせなければならないらしい。
「い・・・っ。」
頬をつねられた痛みで、私はなんとか現世に意識を戻す。
隣を見れば、ジャンはこちらを見もしないで、書類を捌いていた。
(なんで、見てないのに寝てるってわかったんだろ・・・?)
片手で上司の頬をつねりながら、書類にサインを書いていく器用な補佐官に、感心してしまう。
1人用のデスクに2人並んで仕事をするのはきっと、私とジャンだけなんじゃないかと思う。
でも、ジャンは必ず私の隣に座るのだ。
たぶん、頬をつねる為だ。
「なまえさん、次これにサインして。」
「あーい。」
ジャンの指が私の頬から離れた代わりに、見たくもない書類を受け取る。
あくびを噛み殺すことも、隠すこともしないで、豪快に口を開けば、間抜けな空気みたいな声が漏れた。
でも、ジャンが何かを言うことはないし、ほんの少しの反応もない。
いつものこと過ぎて、ジャンにはきっと、風の音と同じくらいの認識で聞き流されているのだろう。
思いっきりあくびを漏らした私は、仕方なくサインを書きながら、少し前に、ジャンから『気色悪いミミズが這ったような字』と言われたことを思い出した。
(・・・気色悪いミミズほどではないかな。生まれたての赤ちゃんミミズかな。)
自分のサインを生温かく見つめていたら、また眠たくなってきた。
ていうか、ずっと眠たいのだ。
眠りたい。
どうしても起きていないといけないのなら、頬が腫れてもいいから、ジャンにずっと頬をつねっていてほしい。
「あーーー、終わった・・・。」
ジャンが頭を抱えて大きく息を吐いた。
随分と疲れている様子だ。
「終わったの!?よし、じゃあ、もう寝よう!
すぐにお風呂に入って、そして、泥のように———。」
「その前に、少し休ませて。」
今すぐに立ち上がって風呂へ向かおうとしていた私を捕まえるみたいに、ジャンの長い腕が腰に回る。
気づいた時にはもう、疲れた———なんて嘘みたいに力強い腕に拘束されていた。
でも、私の肩に額を乗せて寄りかかるジャンの横顔は、ひどくやつれて見える。
(そう、だよな…。)
ジャンは、団長が留守にしている間の調査兵団の兵舎を友人と共になんとかまとめあげたのだ。
その間も、自分が請け負っている仕事はきちんとこなし、幹部が帰ってくれば、上司の世話を焼きながら、他の隊長達とうまく連携して仕事を上手に回してくれている。
まだ、19歳の青年なのに———。
「よしよし、お疲れさまでした。」
ジャンの頭を優しく撫でる。
柔らかい髪がふわふわと指の腹に触れて、私の方が気持ちが良い。
まさか、頭を撫でられるとは思わなかったのか、驚いたらしいジャンの肩が少しだけ跳ねたのも、可愛かった。
「お疲れだと思うなら、もう少し補佐官をいたわってくれませんか。」
「よーしよし、よしよし。」
恨み言が聞こえた気がしたけれど聞き流したら、「無視かよ。」とジャンにつっこまれてしまう。
でも、視線のすぐそばに見えるジャンの横顔は、口元が可笑しそうに上がっていて、明るい表情になっていて、少しだけ安心する。
「今って、仕事の時間ではないですよね。」
私の肩に顔を埋めたままで、ジャンが訊ねる。
「違うよ。絶対に、違う。もう仕事の時間終わり。」
質問の意図は分からないまま、私の願望も込めて答えた。
「なら、また、名前で呼んで、いいですか。」
「———いいよ。」
私は、小さく頷いた。
初めてジャンから名前を呼び捨てされたパーティーの日。驚いて、戸惑って、少しだけドキドキしてしまった私をからかうみたいに、ジャンは何度も私の名前を繰り返した。
でも、兵舎に帰ってしまったら、いつも通りの呼び方に変わっていて、そのまま豪雨がやってきて、私がストヘス区へ出張になってしばらく離れている間に、呼び捨てなんてなかったことみたいになっていた。
それが本当は、少し残念で、すごく寂しかった。
「よかった。」
ジャンの口元が緩んだのが見えて、私も嬉しい気持ちになる。
そして、ジャンはゆっくりと起き上がると、私の頬に手を添えた。
「なまえ。」
「なに?」
「呼んだだけ————。」
ジャンはそう言いながら、私の唇に自分の唇を近づける。
私も、それを待っていたように、そっと目を閉じた。
すぐに唇が重なって、高鳴った心臓の鼓動をどうにか抑えたくて、私は、ジャンの腕をギュッと握りしめる。
「なんで、顔が赤ぇの?」
少しだけ唇を離して、額が重なる距離で、ジャンが意地悪く口の端を上げる。
「それは…っ、久しぶり、だったから…っ。」
「だから?」
「だからって、ただ、久しぶりで、それで…っ。」
「ドキドキしたんだ?」
「…ッ。」
あまりにもストレートにジャンが言うから、燃えるように顔が熱くなる。
きっと、さっきよりもずっと真っ赤になっているんだろう。
だから、ジャンは意地悪くククッと喉を鳴らしたのだ。
そして、もう一度、軽く触れるようなキスをすると、ジャンはまた額を重ねたままでこう続けた。
「なまえ、抱いていい?」
「な…っ、だ、ダメだよ…っ。まだお風呂にも入ってないのに…っ。」
「風呂に入ったら、いいってこと?」
「そういうことじゃないけど…っ、せめてお風呂に——。」
「あぁ、でも、無理。
俺、なまえ抱きた過ぎて、もう我慢の限界———。」
私の声なんてまるで耳に入っていないみたいに、ジャンはそれだけ言うと、言い訳ばかりの私の唇を自分の唇で塞いで、私をベッドに押し倒した。
ジャンの柔らかい舌が私の咥内を這いまわって、大きな手が、シャツの隙間から滑り込んでくる。
久しぶりに感じるジャンの体温と、私のことが欲しくて仕方がないと叫ぶような苦し気な息遣いが、私の思考まで溶かしていくようだった。
私は本当に、抵抗しようと思っていたのだろうか。
だって、私もまた———。
『なまえさん。』
彼にそう呼ばれる度に、まるで恋人同士のように、甘い声で呼び捨てにしたあの日のことを思い出しては、彼が欲しくて仕方がなくなっていたのだから———。