◇第五十九話◇寂しがりな君が安心して眠れるように
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母親から思いがけない質問を受けたジャンは、すぐに答えを口にできなかった。
結婚の挨拶の時にはスラスラと出て来た言葉も、こうして、心の奥にある本心を訊ねられてしまうと、躊躇してしまう。
何と答えるべきか———。
無意識に考え込もうとして俯いた視線の先で、ジャンは、見慣れた寝顔を見つける。
そのとき、ベッドの中でもぞもぞとなまえが動き出した。
不意に、華奢な手がジャンの手に触れる。
すると、眠っているはずの彼女は、まるで、その手を探していたみたいに、強く握りしめたのだ。
そして、自分の頬に寄せて、嬉しそうに頬を緩める。
その姿が面白くて、愛おしくて、緊張で強張っていたジャンの表情は、自然と柔らかくなった。
母親の質問の答えは、悩む必要もなく、ジャンのすぐ隣にあったのだ。
ジャンは覚悟を決めて、彼女の手をギュッと握りしめた。
「お母さんの質問には答えられません。」
ジャンは、キッパリと断った。
期待外れに聞こえそうなそれに、母親の表情が曇ることはなかった。
むしろ、期待したようにジャンを見ていたのは、まだ続きがあるのだと分かっていたのだからだと思う。
憲兵として、実力を認められていたのは、立体起動や対人格闘が優れていた父親だけではなかった。
むしろ、座学では母親の方が上だったと聞いている。
それがきっと、今の彼女のすべてを見透かすような強い意志のある目だ。
何処かで見たことがある気がすると思ってすぐに、同期の友人の顔が浮かんだ。
アルミンだ。奇抜な発想と賢い地頭で調査兵団を勝利へと導くブレインであるアルミンと、今目の前にある見透かすような強い瞳が重なったのだ。
彼の実力や功績は、ジャンも悔しいくらいに認めている。
アルミンに似ているどころか、経験値から言えば、彼よりも上である彼女の尋問に、初めからジャンが敵うはずがなかったのだ。
だから、ジャンは正直に、素直に答える。
「それは、なまえさんに伝えるべきことですから。
彼女にもまだ言ってないことを、お母さんに先には言えないです。」
ジャンがそう続ければ、漸く彼女の表情が変わった。
彼女が嬉しそうに頬を緩めれば、知らない間に張りつめていた空気の糸が切れ、柔らかい雰囲気に包まれた。
「そっか。そうね。私が先に聞いちゃったら、
なまえに怒られちゃうわ。」
「でも、結婚の挨拶に伺った日、俺は嘘を吐いたつもりはありません。
それだけは、自信を持って言えます。」
「そうだね。知ってるよ。」
母親が柔らかく微笑む。
それが、なまえの笑みと重なって見えて、彼女は母親に似たのだということがよく分かった。
「ねぇ、ジャンくん。」
「何ですか?」
「これからもずっと、なまえのそばにいてあげてほしいの。」
「心配しないでください。
なまえさんはどうか分かりませんけど、俺はそのつもりですから。」
ジャンの答えに、母親は一瞬だけきょとんとした顔をした後、可笑しそうに小さく吹き出した。
そして、楽しそうにクスクスと笑った後、彼女は真剣な顔をしてこう続けた。
「これから、どんななまえを知っても、それがどんななまえでも、
変わらずにそばにいてあげてほしいの。」
「大丈夫ですよ。自堕落な生活を2年間、そばで見せられて
大抵のことには免疫できましたから、実は巨人化出来ますくらい言われても
もう驚かないっつうか、俺は変わらな———。」
「お願いします。」
いつものように冗談めかした憎まれ口を叩いていたジャンは、ソファから立ち上がって頭を下げた母親に驚き、思わず言葉を切ってしまった。
「娘は主人に似て頑固なところがあるし、一度決めたら絶対に折れない。それだけなの。
本当は、凄く繊細で、寂しがり屋で、優しい娘なの。
本当よ、本当にそうなの。悪いこじゃ——。」
「知ってますよ。なまえさんは、呆れるくらい優しくて、
自分を犠牲にしても、誰かの為に動くことが出来る強い人です。
俺はずっと、後輩として背中を見て育ってきたから、彼女の脆さも強さも知ってますよ。」
いきなり娘のことを庇いだした母親に、ジャンは戸惑う。
それでも、母親が求めているだろう答えを伝えた。
だが、それだけでは不安は消えないのか、彼女はさらに続ける。
「誰があの娘を嫌っても、憎んでも、ジャンくんだけは、なまえを諦めないで。
1000年後なんて途方もない未来の約束なんかは忘れていいわ。今、そばにいてあげて。
あなたさえ、味方でいてくれれば、娘はきっと、どんなに苦しいことも乗り越えられると思うから。」
どうか、お願いします———。
頭を下げたまま、最後にそう続けた母親の声は震えていて、膝の辺りでスカートを握りしめる彼女の手は不安そうに拳を握っていた。
何がそんなに不安なのか、ジャンには理解出来なかった。
だって、なまえの周りには、いつも仲間達で溢れているのだ。
彼女はいつも笑顔の中心にいて、優しくて明るい性格で、誰もに愛されている。
少なくとも、それが、ジャンの知っているなまえという人間だ。
それなのに、母親は、いつかなまえの周りから仲間がいなくなると信じているように見えた。
しかもそれは、近い将来必ず訪れると確信しているような———。
母親の元へ歩み寄り、「大丈夫ですから。」と続けて、不安そうに震える華奢な背中を撫でても、彼女が頭を上げることはなかった。
約束をしてくれるまでは帰るつもりはない———そんな彼女の意志が見えた。
もしかしたら、最初から彼女はこれが目的だったのかもしれない。
きっと、ジャンにこの約束をさせる為に、結婚式場の下見なんて理由を後付けしてやって来たのだ。
「約束します。この命に誓ってもいいです。
最後の1人になっても、俺がなまえさんのそばにいます。
絶対に、彼女をひとりにはしませんから。」
ジャンがそう言うと、一瞬だけ母親は肩を強張らせた。
そして———。
「よかった~。
それを聞けたら、私は安心してストヘス区へ帰れるわ。」
顔を上げた母親は、いつもの彼女に戻っていた。
子供のような無邪気で明るい笑みは、なまえにそっくりだった。
心底ホッとしたようなその様子に、ジャンも安心をする。
でも、ジャンにはついに最後まで、彼女が何を心配しているのか理解出来なかった。
調査兵という危険な仕事に就いている娘のことを心配する親心だったのだろうか。
だって、大好きな特注のベッドで赤ん坊のような寝顔で夢を見ている眠り姫が、どうして仲間達から見放されるようなことになるというのか。
彼女は愛されている。
いつだって、たくさんの仲間に愛されて、幸せの中心で舞い踊るように生きているというのに———。
結婚の挨拶の時にはスラスラと出て来た言葉も、こうして、心の奥にある本心を訊ねられてしまうと、躊躇してしまう。
何と答えるべきか———。
無意識に考え込もうとして俯いた視線の先で、ジャンは、見慣れた寝顔を見つける。
そのとき、ベッドの中でもぞもぞとなまえが動き出した。
不意に、華奢な手がジャンの手に触れる。
すると、眠っているはずの彼女は、まるで、その手を探していたみたいに、強く握りしめたのだ。
そして、自分の頬に寄せて、嬉しそうに頬を緩める。
その姿が面白くて、愛おしくて、緊張で強張っていたジャンの表情は、自然と柔らかくなった。
母親の質問の答えは、悩む必要もなく、ジャンのすぐ隣にあったのだ。
ジャンは覚悟を決めて、彼女の手をギュッと握りしめた。
「お母さんの質問には答えられません。」
ジャンは、キッパリと断った。
期待外れに聞こえそうなそれに、母親の表情が曇ることはなかった。
むしろ、期待したようにジャンを見ていたのは、まだ続きがあるのだと分かっていたのだからだと思う。
憲兵として、実力を認められていたのは、立体起動や対人格闘が優れていた父親だけではなかった。
むしろ、座学では母親の方が上だったと聞いている。
それがきっと、今の彼女のすべてを見透かすような強い意志のある目だ。
何処かで見たことがある気がすると思ってすぐに、同期の友人の顔が浮かんだ。
アルミンだ。奇抜な発想と賢い地頭で調査兵団を勝利へと導くブレインであるアルミンと、今目の前にある見透かすような強い瞳が重なったのだ。
彼の実力や功績は、ジャンも悔しいくらいに認めている。
アルミンに似ているどころか、経験値から言えば、彼よりも上である彼女の尋問に、初めからジャンが敵うはずがなかったのだ。
だから、ジャンは正直に、素直に答える。
「それは、なまえさんに伝えるべきことですから。
彼女にもまだ言ってないことを、お母さんに先には言えないです。」
ジャンがそう続ければ、漸く彼女の表情が変わった。
彼女が嬉しそうに頬を緩めれば、知らない間に張りつめていた空気の糸が切れ、柔らかい雰囲気に包まれた。
「そっか。そうね。私が先に聞いちゃったら、
なまえに怒られちゃうわ。」
「でも、結婚の挨拶に伺った日、俺は嘘を吐いたつもりはありません。
それだけは、自信を持って言えます。」
「そうだね。知ってるよ。」
母親が柔らかく微笑む。
それが、なまえの笑みと重なって見えて、彼女は母親に似たのだということがよく分かった。
「ねぇ、ジャンくん。」
「何ですか?」
「これからもずっと、なまえのそばにいてあげてほしいの。」
「心配しないでください。
なまえさんはどうか分かりませんけど、俺はそのつもりですから。」
ジャンの答えに、母親は一瞬だけきょとんとした顔をした後、可笑しそうに小さく吹き出した。
そして、楽しそうにクスクスと笑った後、彼女は真剣な顔をしてこう続けた。
「これから、どんななまえを知っても、それがどんななまえでも、
変わらずにそばにいてあげてほしいの。」
「大丈夫ですよ。自堕落な生活を2年間、そばで見せられて
大抵のことには免疫できましたから、実は巨人化出来ますくらい言われても
もう驚かないっつうか、俺は変わらな———。」
「お願いします。」
いつものように冗談めかした憎まれ口を叩いていたジャンは、ソファから立ち上がって頭を下げた母親に驚き、思わず言葉を切ってしまった。
「娘は主人に似て頑固なところがあるし、一度決めたら絶対に折れない。それだけなの。
本当は、凄く繊細で、寂しがり屋で、優しい娘なの。
本当よ、本当にそうなの。悪いこじゃ——。」
「知ってますよ。なまえさんは、呆れるくらい優しくて、
自分を犠牲にしても、誰かの為に動くことが出来る強い人です。
俺はずっと、後輩として背中を見て育ってきたから、彼女の脆さも強さも知ってますよ。」
いきなり娘のことを庇いだした母親に、ジャンは戸惑う。
それでも、母親が求めているだろう答えを伝えた。
だが、それだけでは不安は消えないのか、彼女はさらに続ける。
「誰があの娘を嫌っても、憎んでも、ジャンくんだけは、なまえを諦めないで。
1000年後なんて途方もない未来の約束なんかは忘れていいわ。今、そばにいてあげて。
あなたさえ、味方でいてくれれば、娘はきっと、どんなに苦しいことも乗り越えられると思うから。」
どうか、お願いします———。
頭を下げたまま、最後にそう続けた母親の声は震えていて、膝の辺りでスカートを握りしめる彼女の手は不安そうに拳を握っていた。
何がそんなに不安なのか、ジャンには理解出来なかった。
だって、なまえの周りには、いつも仲間達で溢れているのだ。
彼女はいつも笑顔の中心にいて、優しくて明るい性格で、誰もに愛されている。
少なくとも、それが、ジャンの知っているなまえという人間だ。
それなのに、母親は、いつかなまえの周りから仲間がいなくなると信じているように見えた。
しかもそれは、近い将来必ず訪れると確信しているような———。
母親の元へ歩み寄り、「大丈夫ですから。」と続けて、不安そうに震える華奢な背中を撫でても、彼女が頭を上げることはなかった。
約束をしてくれるまでは帰るつもりはない———そんな彼女の意志が見えた。
もしかしたら、最初から彼女はこれが目的だったのかもしれない。
きっと、ジャンにこの約束をさせる為に、結婚式場の下見なんて理由を後付けしてやって来たのだ。
「約束します。この命に誓ってもいいです。
最後の1人になっても、俺がなまえさんのそばにいます。
絶対に、彼女をひとりにはしませんから。」
ジャンがそう言うと、一瞬だけ母親は肩を強張らせた。
そして———。
「よかった~。
それを聞けたら、私は安心してストヘス区へ帰れるわ。」
顔を上げた母親は、いつもの彼女に戻っていた。
子供のような無邪気で明るい笑みは、なまえにそっくりだった。
心底ホッとしたようなその様子に、ジャンも安心をする。
でも、ジャンにはついに最後まで、彼女が何を心配しているのか理解出来なかった。
調査兵という危険な仕事に就いている娘のことを心配する親心だったのだろうか。
だって、大好きな特注のベッドで赤ん坊のような寝顔で夢を見ている眠り姫が、どうして仲間達から見放されるようなことになるというのか。
彼女は愛されている。
いつだって、たくさんの仲間に愛されて、幸せの中心で舞い踊るように生きているというのに———。