◇第五十九話◇寂しがりな君が安心して眠れるように
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あの騒がしい談話室ですっかり熟睡出来てしまったなまえを、ジャンは、ベッドの上にゆっくり寝かせた。
いつも以上に彼女が無防備に見えるのは、そばに両親がいてくれているという安心感があるからなのかもしれない。
気持ちよさそうな寝顔はまるで赤ん坊のようだ。
「ありがとうね。」
ベッドの縁に腰を降ろしたジャンが、頬にかかった髪を耳にかけてやっていると、後ろから母親に礼を言われた。
顔を上げて振り向くと、とても慈愛に満ちた母親の優しい笑みがあった。
「いえ、いつものことなんで大丈夫ですよ。」
「えぇ、だから。いつも、ありがとう。」
母親が、嬉しそうに目を細める。
あぁ、そういうことか———。
彼女が感謝をしている理由を理解して、ジャンは今度こそその感謝を受け入れた。
どうしてもジャンとチェスがしたくて、チェス盤のある談話室に無理やり引っ張っていった父親は、今度は、ピクシスとエルヴィンと一緒に酒を飲みに出かけた。
なまえの父親が調査兵団の兵舎にやって来たという噂を聞きつけたピクシスが、彼を酒に誘いに訪れたのだ。
当然のようにジャンも誘われたのだけれど、明日は朝から任務のあるジャンをこれ以上振り回すなと母親が父親を叱ってくれたので、なんとか逃げることが出来た。
流石に、ピクシスとエルヴィンまで一緒になって酒に誘われたら、いち調査兵に過ぎないジャンからは断れない。
だから、今日は、朝から、お互いの両親とほとんど1日中一緒に過ごして気疲れをしていたジャンは、正直助かったとホッとしていた。
「ふふ、それにしても気持ちよさそうに寝てるわね。」
ソファに腰を降ろした母親は、ベッドで眠るなまえを眺めながら、どこか嬉しそうに笑う。
「そうっすね。」
同じことを感じていたのが可笑しくて、ジャンはクスリと笑った。
「なまえのそばにいるのは、大変よね。」
「もう慣れましたよ。」
「掃除は苦手だし、親もビックリするくらいマイペースだし、
やりたくないと思ったことは、絶対にしないし。
とんでもない我儘を言い出だしたりするでしょ?」
「まぁ…、それに関しては、否定は出来ませんね。」
ジャンが認めるから、母親は面白そうにクスクスと笑った。
「そのくせ、本当に言いたいことは我慢したりするのよね。
寂しいとか、そばにいてとか、絶対に言わないの。」
「あぁ…、そうですね。」
ジャンは、ストヘス区への長期出張の間のなまえのことを思い出した。
寂しさで寝不足になって倒れたことを、彼女はいまだにジャンに言わない。
ジャンの部屋で生活していたことだって、どうせ部屋の掃除をするのは補佐官のジャンだから、ここで生活している方が効率が良い気がしただとか、そんなトンデモ理論のいいわけを言い出したくらいだ。
「心当たりがあるんだ。」
「ありますね。」
「そっか。」
母親は、面白そうにクスクスと笑った。
でも、緩む頬はどこか嬉しそうだ。
「昔からそうなの。本当は人一倍寂しがりなのに、平気な顔をして笑っちゃう。
仕事であまり私達が家にいられなかったら、癖になっちゃったのかしらね。
きっと、私達のせいね。」
母親は、申し訳なさそうに言って、眠るなまえを悲しそうに見つめる。
後悔を、しているのかもしれない。
もっとそばにいてやりたかった———そんな気持ちが、彼女の悲しそうな表情に滲み出ていた。
「子供の頃から調査兵になりたかったなまえさんですから、
おかあさん達がどれだけ大切な仕事をしてるか、知ってたんですね。」
「そうね。そうなのかもしれない。
私達も、そういうところは物分かりの良いあの子に甘えた。
でも今は、」
母親は、そう言って、ジャンの方を向いた。
「あの子が、ジャンくんに甘えてるのね。
私達が、そばにいてあげたかったって後悔してる分、
今はジャンくんが、あの子のそばにいてくれてる。」
「甘え方がハンパなくて、結構大変っすけどね。」
照れ臭くなって、ジャンは、憎まれ口を叩いてしまう。
そんなジャンの反応に、母親はまた面白そうにクスクスと笑った。
でもやっぱり、緩む頬は嬉しそうだ。
「兵士をしながら、なまえがそんな風に安心したように眠れるのは、
そばにジャンくんがいるからかしらね。」
母親は、優しく微笑んだ。
嘘を吐いているという自覚は、当然、ジャンにもある。
だから、彼女の微笑みと言葉に、ずっと胸の奥に押し込めていた罪悪感が、一気に顔を出した。
「——いえ、それはきっと、お母さん達が来てくれたからですよ。」
誤魔化しながら、ジャンは、さっき思ったことをそのまま言葉にした。
嘘は、吐きたくなかった。
なまえの嘘を吐きたくないという性格がうつったというよりも、ただ、彼女の両親のことが好きになっていたのだ。
兵士達に限らず、民間人からも慕われている彼らの人柄の良さは、手紙のやり取りやこうして会話を交わす中で、ジャンにも伝わっていた。
人間としても、両親としても、彼らはとても素敵な人達だ。
出来れば本当に、家族になれたら楽しいだろうと思ってしまうほど。
だから、両親に嘘を吐きたくないと思うように、彼らにも、嘘を吐きたくないと無意識に思ってしまったのだ。
「そうかしら。なまえは、私達といるときよりも
ジャンくんと一緒にいる方が、安心してるように見えるわ。」
「さぁ、どうですかね。
まだまだ、お父さんとお母さんには敵わないですよ。」
ジャンは、苦笑しながら首を竦める。
「そう?」
「そうですよ。俺がなまえさんに調査兵として認識されたのなんて
2年前に補佐官になってからですし。
最近やっと、なまえさんの———。」
「偽物の婚約者になったばかりだし?」
「そう、婚約者に————。
・・・・ッ!?」
今、彼女は何と言ったか———。
目を見開き固まるジャンは、母親の大きな瞳に視線を捕まえられて、ほんの1ミリも逃げられなかった。
どうしてバレたのか。いや、本当にバレているのか。
今のはハッタリで、証言を引き出そうとしているだけなのか。
いろんな想定が浮かんでは、ジャンは、頭の中で必死に言い訳を組み立てる。
でもそのどれも、元憲兵で、否認を繰り返す罪人を笑顔で追い詰めて洗い浚い吐かせていたという伝説を持つ彼女を誤魔化せるとは思えなかった。
最初に口を開いたのは、母親の方だった。
何を言われるのか———。
緊張して、ジャンは無意識に唾を飲む。
「そんな怖い顔しないで。
誰にも言わないし、嘘を吐かれたことを怒ってるわけでもないの。
むしろ、こっちが謝りたいくらいよ。」
母親は、困ったように眉尻を下げた。
「え…。」
「どうせ、調査兵団を辞めたくないなまえが、
補佐官のジャンくんに泣きついたんでしょ?」
そしてそれが、補佐官のジャンに婚約者になってもらうという作戦だったのだろう、と母親は続ける。
あながち間違ってもいない推理に、ジャンは頷くことも否定することも出来なかった。
「うちの人も気づいてないから、心配もしなくていいわ。
あの人にバレちゃったら、なまえはすぐに調査兵団を辞めさせられちゃうだろうし…。
私はその方がいいんだけど、あなた達はそうじゃないもんね?」
少し悲しそうに言う母親にも、ジャンは何も言えなかった。
母親がどういう意図でこの話をしているのかは分からないけれど、ここで、偽物の関係を勝手に認めるわけにはいかない。
調査兵団を辞めて欲しいというなまえの両親の気持ちが分からないわけではないだけに、罪悪感は大きな塊になって、ジャンを襲っていた。
それでも、どうしても認めるわけにはいかないのだ。
なまえの幸せが、調査兵団に残り危険に飛び込み続けることなのか、好きでもない男と結婚し穏やかな生活を手に入れることなのかは、ジャンには分からない。
ただ、なまえは、調査兵であり続けたい願っていて、ジャンは、彼女に調査兵団に残っていてほしいと思っている。
こうして黙秘を続けるのは、なまえの為じゃない。
自分の我儘の為だという自覚も、嫌というほどにある。
「じゃあ、絶対に誰にも言わないから
最後にひとつだけ、教えてくれる?」
尋問相手が喋る気がないと分かったのか、母親は質問の仕方を変えた。
「…俺に答えられることなら。」
「ジャンくんにしか、答えられないことよ。」
「…何すか?」
「なまえのこと、好き?」
母親が、最後にひとつだけ選んだ質問は、確かにジャンにしか答えられないものだった。
いつも以上に彼女が無防備に見えるのは、そばに両親がいてくれているという安心感があるからなのかもしれない。
気持ちよさそうな寝顔はまるで赤ん坊のようだ。
「ありがとうね。」
ベッドの縁に腰を降ろしたジャンが、頬にかかった髪を耳にかけてやっていると、後ろから母親に礼を言われた。
顔を上げて振り向くと、とても慈愛に満ちた母親の優しい笑みがあった。
「いえ、いつものことなんで大丈夫ですよ。」
「えぇ、だから。いつも、ありがとう。」
母親が、嬉しそうに目を細める。
あぁ、そういうことか———。
彼女が感謝をしている理由を理解して、ジャンは今度こそその感謝を受け入れた。
どうしてもジャンとチェスがしたくて、チェス盤のある談話室に無理やり引っ張っていった父親は、今度は、ピクシスとエルヴィンと一緒に酒を飲みに出かけた。
なまえの父親が調査兵団の兵舎にやって来たという噂を聞きつけたピクシスが、彼を酒に誘いに訪れたのだ。
当然のようにジャンも誘われたのだけれど、明日は朝から任務のあるジャンをこれ以上振り回すなと母親が父親を叱ってくれたので、なんとか逃げることが出来た。
流石に、ピクシスとエルヴィンまで一緒になって酒に誘われたら、いち調査兵に過ぎないジャンからは断れない。
だから、今日は、朝から、お互いの両親とほとんど1日中一緒に過ごして気疲れをしていたジャンは、正直助かったとホッとしていた。
「ふふ、それにしても気持ちよさそうに寝てるわね。」
ソファに腰を降ろした母親は、ベッドで眠るなまえを眺めながら、どこか嬉しそうに笑う。
「そうっすね。」
同じことを感じていたのが可笑しくて、ジャンはクスリと笑った。
「なまえのそばにいるのは、大変よね。」
「もう慣れましたよ。」
「掃除は苦手だし、親もビックリするくらいマイペースだし、
やりたくないと思ったことは、絶対にしないし。
とんでもない我儘を言い出だしたりするでしょ?」
「まぁ…、それに関しては、否定は出来ませんね。」
ジャンが認めるから、母親は面白そうにクスクスと笑った。
「そのくせ、本当に言いたいことは我慢したりするのよね。
寂しいとか、そばにいてとか、絶対に言わないの。」
「あぁ…、そうですね。」
ジャンは、ストヘス区への長期出張の間のなまえのことを思い出した。
寂しさで寝不足になって倒れたことを、彼女はいまだにジャンに言わない。
ジャンの部屋で生活していたことだって、どうせ部屋の掃除をするのは補佐官のジャンだから、ここで生活している方が効率が良い気がしただとか、そんなトンデモ理論のいいわけを言い出したくらいだ。
「心当たりがあるんだ。」
「ありますね。」
「そっか。」
母親は、面白そうにクスクスと笑った。
でも、緩む頬はどこか嬉しそうだ。
「昔からそうなの。本当は人一倍寂しがりなのに、平気な顔をして笑っちゃう。
仕事であまり私達が家にいられなかったら、癖になっちゃったのかしらね。
きっと、私達のせいね。」
母親は、申し訳なさそうに言って、眠るなまえを悲しそうに見つめる。
後悔を、しているのかもしれない。
もっとそばにいてやりたかった———そんな気持ちが、彼女の悲しそうな表情に滲み出ていた。
「子供の頃から調査兵になりたかったなまえさんですから、
おかあさん達がどれだけ大切な仕事をしてるか、知ってたんですね。」
「そうね。そうなのかもしれない。
私達も、そういうところは物分かりの良いあの子に甘えた。
でも今は、」
母親は、そう言って、ジャンの方を向いた。
「あの子が、ジャンくんに甘えてるのね。
私達が、そばにいてあげたかったって後悔してる分、
今はジャンくんが、あの子のそばにいてくれてる。」
「甘え方がハンパなくて、結構大変っすけどね。」
照れ臭くなって、ジャンは、憎まれ口を叩いてしまう。
そんなジャンの反応に、母親はまた面白そうにクスクスと笑った。
でもやっぱり、緩む頬は嬉しそうだ。
「兵士をしながら、なまえがそんな風に安心したように眠れるのは、
そばにジャンくんがいるからかしらね。」
母親は、優しく微笑んだ。
嘘を吐いているという自覚は、当然、ジャンにもある。
だから、彼女の微笑みと言葉に、ずっと胸の奥に押し込めていた罪悪感が、一気に顔を出した。
「——いえ、それはきっと、お母さん達が来てくれたからですよ。」
誤魔化しながら、ジャンは、さっき思ったことをそのまま言葉にした。
嘘は、吐きたくなかった。
なまえの嘘を吐きたくないという性格がうつったというよりも、ただ、彼女の両親のことが好きになっていたのだ。
兵士達に限らず、民間人からも慕われている彼らの人柄の良さは、手紙のやり取りやこうして会話を交わす中で、ジャンにも伝わっていた。
人間としても、両親としても、彼らはとても素敵な人達だ。
出来れば本当に、家族になれたら楽しいだろうと思ってしまうほど。
だから、両親に嘘を吐きたくないと思うように、彼らにも、嘘を吐きたくないと無意識に思ってしまったのだ。
「そうかしら。なまえは、私達といるときよりも
ジャンくんと一緒にいる方が、安心してるように見えるわ。」
「さぁ、どうですかね。
まだまだ、お父さんとお母さんには敵わないですよ。」
ジャンは、苦笑しながら首を竦める。
「そう?」
「そうですよ。俺がなまえさんに調査兵として認識されたのなんて
2年前に補佐官になってからですし。
最近やっと、なまえさんの———。」
「偽物の婚約者になったばかりだし?」
「そう、婚約者に————。
・・・・ッ!?」
今、彼女は何と言ったか———。
目を見開き固まるジャンは、母親の大きな瞳に視線を捕まえられて、ほんの1ミリも逃げられなかった。
どうしてバレたのか。いや、本当にバレているのか。
今のはハッタリで、証言を引き出そうとしているだけなのか。
いろんな想定が浮かんでは、ジャンは、頭の中で必死に言い訳を組み立てる。
でもそのどれも、元憲兵で、否認を繰り返す罪人を笑顔で追い詰めて洗い浚い吐かせていたという伝説を持つ彼女を誤魔化せるとは思えなかった。
最初に口を開いたのは、母親の方だった。
何を言われるのか———。
緊張して、ジャンは無意識に唾を飲む。
「そんな怖い顔しないで。
誰にも言わないし、嘘を吐かれたことを怒ってるわけでもないの。
むしろ、こっちが謝りたいくらいよ。」
母親は、困ったように眉尻を下げた。
「え…。」
「どうせ、調査兵団を辞めたくないなまえが、
補佐官のジャンくんに泣きついたんでしょ?」
そしてそれが、補佐官のジャンに婚約者になってもらうという作戦だったのだろう、と母親は続ける。
あながち間違ってもいない推理に、ジャンは頷くことも否定することも出来なかった。
「うちの人も気づいてないから、心配もしなくていいわ。
あの人にバレちゃったら、なまえはすぐに調査兵団を辞めさせられちゃうだろうし…。
私はその方がいいんだけど、あなた達はそうじゃないもんね?」
少し悲しそうに言う母親にも、ジャンは何も言えなかった。
母親がどういう意図でこの話をしているのかは分からないけれど、ここで、偽物の関係を勝手に認めるわけにはいかない。
調査兵団を辞めて欲しいというなまえの両親の気持ちが分からないわけではないだけに、罪悪感は大きな塊になって、ジャンを襲っていた。
それでも、どうしても認めるわけにはいかないのだ。
なまえの幸せが、調査兵団に残り危険に飛び込み続けることなのか、好きでもない男と結婚し穏やかな生活を手に入れることなのかは、ジャンには分からない。
ただ、なまえは、調査兵であり続けたい願っていて、ジャンは、彼女に調査兵団に残っていてほしいと思っている。
こうして黙秘を続けるのは、なまえの為じゃない。
自分の我儘の為だという自覚も、嫌というほどにある。
「じゃあ、絶対に誰にも言わないから
最後にひとつだけ、教えてくれる?」
尋問相手が喋る気がないと分かったのか、母親は質問の仕方を変えた。
「…俺に答えられることなら。」
「ジャンくんにしか、答えられないことよ。」
「…何すか?」
「なまえのこと、好き?」
母親が、最後にひとつだけ選んだ質問は、確かにジャンにしか答えられないものだった。