◇第五十二話◇恋人達の戯れに踊らされる
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
部屋に入ってすぐに、緊張と吐き気に襲われた私は、廊下で立ち話の方がましだったかもしれないとひどく後悔した。
ジャンの部屋は、いつも通りだったのに、今一番遠い場所に思えたのだ。
それに、上官の私の部屋よりは狭いはずなのだけれど、広く感じる。
私のお気に入りのセミダブルベッドとは違って、兵団支給のシングルベッドが置かれているから、部屋の面積を取ることもなかったのだろうが、たぶん、それだけじゃない。
シングルベッドとデスク、小さめのソファとローテーブルが並ぶ部屋が、とても綺麗に片付いているせいだ。
ただ、デスクの上には、書類や資料、ペンが置いてあって、仕事をしていた途中だったのが分かった。
やっぱり、いつも通りだ。
後ろで扉を閉めた音がして、私の緊張は加速する。
「なに突っ立ってるんですか、座ったらどうですか。」
ジャンに促されて、私は、少し悩んだ後にソファに腰を降ろした。
いつもなら、2人掛けのソファを独り占めすることなんて、あまりない。
当然のように隣に並んで、一緒に1枚の書類を覗き込んで話したことは、たくさんある。
でも今夜、ジャンは当然のように、私と距離を置いて、ベッドの縁に腰を降ろした。
ズキリ、胸が痛んだ音が、静かな部屋で大きく響いた気がした。
私は、緊張と不安で何も言い出せず、ジャンが気を利かせることも当然ない。
気まずい沈黙が流れた後、待ちきれずに口を開いたのは、ジャンだった。
「それで?」
冷たく言われて、私はビクリと肩を揺らした。
パジャマになっているゆったりしたロングワンピースを無意識に握りしめれば、床につきそうだった裾が少しだけ持ちあがった。
「本当に…、私のことが、大嫌いなの…?」
私は、ジャンの方を見て訊ねた。
不安で、声は震えていたと思う。
「そうだったら、何なんですか。
別にいいでしょ?」
ジャンも私の方を向いていたけれど、相変わらず、素っ気なかった。
「良く、ないよ。」
「夢の世界で楽しめたらいいなら、
俺の気持ちなんかどうだっていいでしょ。
だから、俺がなまえさんのこと嫌いになったって———。」
「嫌だ…っ。」
気づいたら、私は必死に声を上げていた。
でも、我を忘れたようで、ちゃんとさっき傷ついたことは覚えていて、縋りつきたくて、ジャンに伸びそうになった手は、振り払われるのを恐れて逃げるように拳を握った。
いつもなら、何も考えずに触れられるのに。
まるで自分のものみたいに、私は、ジャンに触れていたのに———。
「お願い、嫌いにならないで…っ。
ジャンに嫌われたら生きていけない…っ、夢も見れない…っ。
悪いところは、治すから…っ。ちゃんと、歳上らしくするから…っ。」
私は、ジャンに懇願した。
こんな状態、いつまでも続くのは嫌だった。
残酷な世界が、地獄になってしまう。
そんなの、最悪どころではない。
目が合ったまま、ジャンはしばらく黙り込んだ後に、ゆっくりと口を開いた。
「なら、これからは、俺の婚約者だってことを
忘れたりしねぇって約束出来ますか。」
希望の持てる返事に、私の瞳に生気が戻ったように見えたはずだ。
食い気味に、私は答えていた。
「出来る…!」
「他の男に触られんなよ?」
「それはない!」
「サボって俺の仕事を増やすのもほどほどにしてください。」
「気をつける…っ。」
「仕事中の居眠りも禁止ですよ。会議中も絶対にダメです。」
「うん、ダメ、絶対!」
「俺の言うこともしっかりきいてくださいよ。」
「ちゃんと聞く!」
「俺の恋人らしくいてください。」
「うん、頑張る!」
「1日に1回は、キスな。」
「わかった、いいよ!」
「あとは、そろそろエッチもしたいですね。」
「そうだね、そろそろ…、えッ!?」
ハッとして言葉を切った。
視線を重ねているジャンの瞳を意識した途端、自分が何を受け入れたのかを瞬時に理解した。
そのときだった。
片手で口を塞いだジャンが、もう我慢できない——という様子で豪快に吹き出した。
そして、腹を抱えてゲラゲラと大笑いをする。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
いや、なんとなく理解した後も、私は呆然としていて、ベッドをバシバシ叩きながら大笑いしているジャンを眺めることしか出来なかった。
思う存分、ひとのことを馬鹿にした後、ジャンは顔を上げて、やっと私のことを見た。
そして、ひどく優しく瞳を細めて、微笑む。
「怒ってませんから。
———おいで。」
ジャンの大きな手が、差し伸べられた。
ホッとした。
大笑いされたときに、今までのは演技だったのだと、今のはからかわれていただけだったのだと理解した。
でも、私はやっと本当に、ホッとしたのだ。
だって、優しく微笑むジャンは、私を嫌いじゃないと思えたから——。
気づいたら私は、飛び上がるようにソファから立ち上がり、地面を蹴っていた。
ジャンの部屋は、いつも通りだったのに、今一番遠い場所に思えたのだ。
それに、上官の私の部屋よりは狭いはずなのだけれど、広く感じる。
私のお気に入りのセミダブルベッドとは違って、兵団支給のシングルベッドが置かれているから、部屋の面積を取ることもなかったのだろうが、たぶん、それだけじゃない。
シングルベッドとデスク、小さめのソファとローテーブルが並ぶ部屋が、とても綺麗に片付いているせいだ。
ただ、デスクの上には、書類や資料、ペンが置いてあって、仕事をしていた途中だったのが分かった。
やっぱり、いつも通りだ。
後ろで扉を閉めた音がして、私の緊張は加速する。
「なに突っ立ってるんですか、座ったらどうですか。」
ジャンに促されて、私は、少し悩んだ後にソファに腰を降ろした。
いつもなら、2人掛けのソファを独り占めすることなんて、あまりない。
当然のように隣に並んで、一緒に1枚の書類を覗き込んで話したことは、たくさんある。
でも今夜、ジャンは当然のように、私と距離を置いて、ベッドの縁に腰を降ろした。
ズキリ、胸が痛んだ音が、静かな部屋で大きく響いた気がした。
私は、緊張と不安で何も言い出せず、ジャンが気を利かせることも当然ない。
気まずい沈黙が流れた後、待ちきれずに口を開いたのは、ジャンだった。
「それで?」
冷たく言われて、私はビクリと肩を揺らした。
パジャマになっているゆったりしたロングワンピースを無意識に握りしめれば、床につきそうだった裾が少しだけ持ちあがった。
「本当に…、私のことが、大嫌いなの…?」
私は、ジャンの方を見て訊ねた。
不安で、声は震えていたと思う。
「そうだったら、何なんですか。
別にいいでしょ?」
ジャンも私の方を向いていたけれど、相変わらず、素っ気なかった。
「良く、ないよ。」
「夢の世界で楽しめたらいいなら、
俺の気持ちなんかどうだっていいでしょ。
だから、俺がなまえさんのこと嫌いになったって———。」
「嫌だ…っ。」
気づいたら、私は必死に声を上げていた。
でも、我を忘れたようで、ちゃんとさっき傷ついたことは覚えていて、縋りつきたくて、ジャンに伸びそうになった手は、振り払われるのを恐れて逃げるように拳を握った。
いつもなら、何も考えずに触れられるのに。
まるで自分のものみたいに、私は、ジャンに触れていたのに———。
「お願い、嫌いにならないで…っ。
ジャンに嫌われたら生きていけない…っ、夢も見れない…っ。
悪いところは、治すから…っ。ちゃんと、歳上らしくするから…っ。」
私は、ジャンに懇願した。
こんな状態、いつまでも続くのは嫌だった。
残酷な世界が、地獄になってしまう。
そんなの、最悪どころではない。
目が合ったまま、ジャンはしばらく黙り込んだ後に、ゆっくりと口を開いた。
「なら、これからは、俺の婚約者だってことを
忘れたりしねぇって約束出来ますか。」
希望の持てる返事に、私の瞳に生気が戻ったように見えたはずだ。
食い気味に、私は答えていた。
「出来る…!」
「他の男に触られんなよ?」
「それはない!」
「サボって俺の仕事を増やすのもほどほどにしてください。」
「気をつける…っ。」
「仕事中の居眠りも禁止ですよ。会議中も絶対にダメです。」
「うん、ダメ、絶対!」
「俺の言うこともしっかりきいてくださいよ。」
「ちゃんと聞く!」
「俺の恋人らしくいてください。」
「うん、頑張る!」
「1日に1回は、キスな。」
「わかった、いいよ!」
「あとは、そろそろエッチもしたいですね。」
「そうだね、そろそろ…、えッ!?」
ハッとして言葉を切った。
視線を重ねているジャンの瞳を意識した途端、自分が何を受け入れたのかを瞬時に理解した。
そのときだった。
片手で口を塞いだジャンが、もう我慢できない——という様子で豪快に吹き出した。
そして、腹を抱えてゲラゲラと大笑いをする。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
いや、なんとなく理解した後も、私は呆然としていて、ベッドをバシバシ叩きながら大笑いしているジャンを眺めることしか出来なかった。
思う存分、ひとのことを馬鹿にした後、ジャンは顔を上げて、やっと私のことを見た。
そして、ひどく優しく瞳を細めて、微笑む。
「怒ってませんから。
———おいで。」
ジャンの大きな手が、差し伸べられた。
ホッとした。
大笑いされたときに、今までのは演技だったのだと、今のはからかわれていただけだったのだと理解した。
でも、私はやっと本当に、ホッとしたのだ。
だって、優しく微笑むジャンは、私を嫌いじゃないと思えたから——。
気づいたら私は、飛び上がるようにソファから立ち上がり、地面を蹴っていた。