◇第五十一話◇恋人達の戯れを試す
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「馬鹿っすか。」
お気に入りのベッドの上で、私を後ろから抱きしめて話を聞いていたジャンが、ため息を零した。
夕飯もシャワーも終わり、部屋でのんびりしていたところに、ジャンが土産だというお菓子を持ってやって来たのだ。
今日の非番は、以前から親友のマルコと計画をしていた通り、ウォール・ローゼの街へ買い物に出かけたらしい。
甘いお菓子を食べた後、ベッドでダラダラしながら、今日のアルミンからされた質問を思い出した私は、早速、彼にその話を聞かせた。
どういう流れで、ジャンに後ろから抱きしめられることになったのかは、分からない。
いつの間にか、彼はとても自然に、ベッドに乗って、私を後ろから抱きしめていた。
「でも、アルミンは怪しんでなかったよ。」
後ろを向いて言い訳をしたけれど、そういう問題ではないとジャンにピシャリと切り捨てられてしまった。
そんな風に叱られるのにも慣れている私は、笑って誤魔化しながら首を戻して、話しを続けることにした。
「それでね、恋人と喧嘩しないで仲良くいられる秘訣は何かって訊かれたんだけど、
ジャンは何だと思う?」
私は、首を曲げてジャンを見上げた。
すぐに目が合った後、ジャンは考えるように視線を斜め上に向けた。
「なまえさんは、何て答えたんですか?」
「喧嘩する理由がないから分かんないって答えたよ。」
「確かに、そうっすね。」
ジャンが小さく吹き出して、可笑しそうククッと喉を鳴らす。
「でも、恋人ならきっと喧嘩くらいするよね。」
「まぁ、そういう人たちも多いかもしれませんね。」
「だから、私達も今から喧嘩してみようよ!」
「は?」
ジャンは意味が分からないと言う顔をしていたけれど、私はすごく良い作戦だと思ったのだ。
今までも、恋人ならしている、ということを幾つもしてきた。
後ろから私を抱きしめているこれだって、ただの補佐官と上官ならしない。
そうやって、恋人らしいことをして、私とジャンは、仲間達の目を誤魔化しているのだ。
だから、新しい作戦を〝喧嘩〟にするのはとても良い案なのではないだろうか。
喧嘩をしたことで、お互いの知らなかった気持ちや一面を知り、そして、お互いの大切さを改めて実感する。
それが、恋人達の絆を深めるのだと、以前に何かの小説で読んだことがある。
「———ね?だからさ、喧嘩もしたことないのに婚約するなんて
関係が薄っぺらいと思われちゃう気がしない?」
「別に、喧嘩もしないほど仲の良い恋人同士だと思わせとけばいいと思いますよ。」
「ダメだよ。リアルを追及するから、今だってこうしてるんでしょ?」
「…そんなに喧嘩がしたいんですか。」
「したい!!」
私は腰を捻って後ろを向き、ジャンを見上げた。
輝く私の瞳を見下ろしたジャンは、私の本当の意図に気づいたのかもしれない。
呆れたようにため息を吐いたのだ。
「喧嘩が、してみたいんですね。」
「さすが!恋人と喧嘩する妄想ってしたことなかったから
参考にしたいの!!」
「…はいはい、分かりましたよ。
俺が妄想のネタになればいいんですね。」
「本当にジャンは、素晴らしい補佐官だよ!!」
「その代わり、後悔しても知りませんよ。」
「大丈夫!!恋人との喧嘩っていう新しい妄想に滾るから!!」
「言いましたからね。」
「うん!!」
私は、明るく頷いた。
嬉しかった。
今まで、恋人との切ない別れ——なんていう妄想ならしたことがあったけれど、喧嘩なんてしたことなかったのだ。
だって、普通の恋人達がどんな理由で喧嘩をするのかなんて私は知らないし、仲直りの仕方も分からない。
私が喧嘩の妄想をしたら、彼らは喧嘩別れになってしまうのが目に見えている。
ワクワクドキドキしている私を見下ろして、ジャンは、一度、大きなため息を吐いた。
そして——。
「離れろよ。」
スーッとジャンの瞳が細がくなった途端、私は、肩を振り払われていた。
そのままジャンは立ち上がり、抱きしめられる格好で触れ合っていた私の身体は、唐突のそれに驚いて、バランスを崩しながら離れていく。
何が起こったのか分からないまま、私は、ジャンを呆然と見上げた。
「もう疲れたんですよ。なまえさんの相手すんの。
歳上ならもっとしっかりしたらどうですか。」
「…ごめん。」
「毎回毎回、くだらない思いつきに付き合わされては
尻拭いばかりさせられて、もううんざりなんです。」
「本当に…、ごめん。」
「それに、俺がどれだけ頑張ったって、どうせ、何も伝わってねぇんだろ?」
「えっと、それは…何のことか分かんない…かな。」
「そんなに夢の世界が楽しいなら、一生そっちにいればいいって言ったんですよ。」
「それは…、出来ればそっちにいたいけど…。」
「…そうっすよね。もういいっす。
そこから引きずり出すのも馬鹿らしくなってきたんで。」
「え、引きずり出さないでよ。
私、夢の世界がないと生きていけないんだから。」
私は、ジャンの手首を掴んでいた。
無意識だった。
でも、たぶん、そうやってこの手を引けば、ジャンはまたベッドに座ってくれると思ったのだ。
いつもみたいに、私の望む通りに。
でも——。
「離せよ。」
ジャンは、汚いものに触れてしまったときみたいに、乱暴に私の手を振り払った。
「もう勝手にしろ。」
私を冷たく突き放して、ジャンはベッドを降りてしまう。
「待っ、待って…!ジャン!!」
そのまま部屋を出て行こうとするジャンの背中を私は慌てて引き留めた。
彼の背中は、本当に怒っているように見えたのだ。
そして、泣いてるみたいで———。
名前を呼ばれてすぐに、ジャンは振り返った。
冷たい氷みたいな目が、私を見る。
身体の芯から冷えて凍えるみたいに、ビクリと背筋が伸びた。
「ねぇ、ジャン、本当に怒ってるの…?
本当はずっと、怒ってたとか———。」
「馬鹿じゃねぇの。」
呆れたとかじゃなくて、ジャンは本当に冷たかった。
まるで、本当に私のことが嫌いになったみたいに———。
「なまえさんなんか、大嫌いです。」
ジャンは、私の目を見なかった。
その言葉だって、吐き出されて床に落ちてた消えたのだ。
でも、声だけは、しっかりと、ハッキリと、私の耳に届いた。
とても冷たく、でも、とても悲しそうで、失望しているようだった。
そして、鼓膜を傷めつけながら届いた声は、心にも伝わって、私を傷つけた。
ジャンは、私を見ないまま、扉を閉めた。
怒りに任せて勢いよく扉が閉まったのなら、もう少し、胸の痛みを感じずに済んだかもしれない。
でも、そっと、パタンと静かに扉が閉まる音は、私の胸を寂しさと悲しさで満たした。
まるで、物語の最後のページを閉じたみたいだったのだ。
私とジャンの、恋の物語が終わった音に、聞こえた———。
始まってなんか、いなかった。
読み始めてなんか、いなかったはずなのに———。
お気に入りのベッドの上で、私を後ろから抱きしめて話を聞いていたジャンが、ため息を零した。
夕飯もシャワーも終わり、部屋でのんびりしていたところに、ジャンが土産だというお菓子を持ってやって来たのだ。
今日の非番は、以前から親友のマルコと計画をしていた通り、ウォール・ローゼの街へ買い物に出かけたらしい。
甘いお菓子を食べた後、ベッドでダラダラしながら、今日のアルミンからされた質問を思い出した私は、早速、彼にその話を聞かせた。
どういう流れで、ジャンに後ろから抱きしめられることになったのかは、分からない。
いつの間にか、彼はとても自然に、ベッドに乗って、私を後ろから抱きしめていた。
「でも、アルミンは怪しんでなかったよ。」
後ろを向いて言い訳をしたけれど、そういう問題ではないとジャンにピシャリと切り捨てられてしまった。
そんな風に叱られるのにも慣れている私は、笑って誤魔化しながら首を戻して、話しを続けることにした。
「それでね、恋人と喧嘩しないで仲良くいられる秘訣は何かって訊かれたんだけど、
ジャンは何だと思う?」
私は、首を曲げてジャンを見上げた。
すぐに目が合った後、ジャンは考えるように視線を斜め上に向けた。
「なまえさんは、何て答えたんですか?」
「喧嘩する理由がないから分かんないって答えたよ。」
「確かに、そうっすね。」
ジャンが小さく吹き出して、可笑しそうククッと喉を鳴らす。
「でも、恋人ならきっと喧嘩くらいするよね。」
「まぁ、そういう人たちも多いかもしれませんね。」
「だから、私達も今から喧嘩してみようよ!」
「は?」
ジャンは意味が分からないと言う顔をしていたけれど、私はすごく良い作戦だと思ったのだ。
今までも、恋人ならしている、ということを幾つもしてきた。
後ろから私を抱きしめているこれだって、ただの補佐官と上官ならしない。
そうやって、恋人らしいことをして、私とジャンは、仲間達の目を誤魔化しているのだ。
だから、新しい作戦を〝喧嘩〟にするのはとても良い案なのではないだろうか。
喧嘩をしたことで、お互いの知らなかった気持ちや一面を知り、そして、お互いの大切さを改めて実感する。
それが、恋人達の絆を深めるのだと、以前に何かの小説で読んだことがある。
「———ね?だからさ、喧嘩もしたことないのに婚約するなんて
関係が薄っぺらいと思われちゃう気がしない?」
「別に、喧嘩もしないほど仲の良い恋人同士だと思わせとけばいいと思いますよ。」
「ダメだよ。リアルを追及するから、今だってこうしてるんでしょ?」
「…そんなに喧嘩がしたいんですか。」
「したい!!」
私は腰を捻って後ろを向き、ジャンを見上げた。
輝く私の瞳を見下ろしたジャンは、私の本当の意図に気づいたのかもしれない。
呆れたようにため息を吐いたのだ。
「喧嘩が、してみたいんですね。」
「さすが!恋人と喧嘩する妄想ってしたことなかったから
参考にしたいの!!」
「…はいはい、分かりましたよ。
俺が妄想のネタになればいいんですね。」
「本当にジャンは、素晴らしい補佐官だよ!!」
「その代わり、後悔しても知りませんよ。」
「大丈夫!!恋人との喧嘩っていう新しい妄想に滾るから!!」
「言いましたからね。」
「うん!!」
私は、明るく頷いた。
嬉しかった。
今まで、恋人との切ない別れ——なんていう妄想ならしたことがあったけれど、喧嘩なんてしたことなかったのだ。
だって、普通の恋人達がどんな理由で喧嘩をするのかなんて私は知らないし、仲直りの仕方も分からない。
私が喧嘩の妄想をしたら、彼らは喧嘩別れになってしまうのが目に見えている。
ワクワクドキドキしている私を見下ろして、ジャンは、一度、大きなため息を吐いた。
そして——。
「離れろよ。」
スーッとジャンの瞳が細がくなった途端、私は、肩を振り払われていた。
そのままジャンは立ち上がり、抱きしめられる格好で触れ合っていた私の身体は、唐突のそれに驚いて、バランスを崩しながら離れていく。
何が起こったのか分からないまま、私は、ジャンを呆然と見上げた。
「もう疲れたんですよ。なまえさんの相手すんの。
歳上ならもっとしっかりしたらどうですか。」
「…ごめん。」
「毎回毎回、くだらない思いつきに付き合わされては
尻拭いばかりさせられて、もううんざりなんです。」
「本当に…、ごめん。」
「それに、俺がどれだけ頑張ったって、どうせ、何も伝わってねぇんだろ?」
「えっと、それは…何のことか分かんない…かな。」
「そんなに夢の世界が楽しいなら、一生そっちにいればいいって言ったんですよ。」
「それは…、出来ればそっちにいたいけど…。」
「…そうっすよね。もういいっす。
そこから引きずり出すのも馬鹿らしくなってきたんで。」
「え、引きずり出さないでよ。
私、夢の世界がないと生きていけないんだから。」
私は、ジャンの手首を掴んでいた。
無意識だった。
でも、たぶん、そうやってこの手を引けば、ジャンはまたベッドに座ってくれると思ったのだ。
いつもみたいに、私の望む通りに。
でも——。
「離せよ。」
ジャンは、汚いものに触れてしまったときみたいに、乱暴に私の手を振り払った。
「もう勝手にしろ。」
私を冷たく突き放して、ジャンはベッドを降りてしまう。
「待っ、待って…!ジャン!!」
そのまま部屋を出て行こうとするジャンの背中を私は慌てて引き留めた。
彼の背中は、本当に怒っているように見えたのだ。
そして、泣いてるみたいで———。
名前を呼ばれてすぐに、ジャンは振り返った。
冷たい氷みたいな目が、私を見る。
身体の芯から冷えて凍えるみたいに、ビクリと背筋が伸びた。
「ねぇ、ジャン、本当に怒ってるの…?
本当はずっと、怒ってたとか———。」
「馬鹿じゃねぇの。」
呆れたとかじゃなくて、ジャンは本当に冷たかった。
まるで、本当に私のことが嫌いになったみたいに———。
「なまえさんなんか、大嫌いです。」
ジャンは、私の目を見なかった。
その言葉だって、吐き出されて床に落ちてた消えたのだ。
でも、声だけは、しっかりと、ハッキリと、私の耳に届いた。
とても冷たく、でも、とても悲しそうで、失望しているようだった。
そして、鼓膜を傷めつけながら届いた声は、心にも伝わって、私を傷つけた。
ジャンは、私を見ないまま、扉を閉めた。
怒りに任せて勢いよく扉が閉まったのなら、もう少し、胸の痛みを感じずに済んだかもしれない。
でも、そっと、パタンと静かに扉が閉まる音は、私の胸を寂しさと悲しさで満たした。
まるで、物語の最後のページを閉じたみたいだったのだ。
私とジャンの、恋の物語が終わった音に、聞こえた———。
始まってなんか、いなかった。
読み始めてなんか、いなかったはずなのに———。