◇第八十九話◇君の声を、待っている
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「ジャン、聞こえるか!?聞こえたら、手を握ってくれ!」
医療兵は、ジャンの耳元に口を近づけ、声をかけ続けた。
ベッドの上に横たわるジャンは、虚ろな目をぼんやりとさせて、天井を見上げている。
その様子を、壁際から不安そうに見守っているのは、フレイヤとキルシュタイン夫妻、ミケだ。
ジャンが目を覚ましたことに気がついたのは、フレイヤだった。
最初に、異変に気付いたのは、なまえを病室から追い出した後、眠るジャンにキスをしてしまおうとしていた時だった。
僅かに眉が動いたのだ。
気のせいかもしれない———そう思いながらも、フレイヤの脳裏には『ジャンがもうすぐ起きると言った』と訴えたなまえの声が、警告の様に鳴り響いた。
だから、念のため、ジャンの肩を揺すり、名前を呼ぼうとしたところに、キルシュタイン夫妻がやってきたのだ。
ジャンが目を覚ましたかもしれないと言うが早いか、キルシュタイン夫妻が、焦りと期待で大声で息子に声をかければ、なまえが病室に飛び込んできた。
自分の任務に戻ったと思っていたなまえは、どうやら、病室の外でジャンが目を覚ますのを待っていたらしい。
ジャンに近づくなと怒るフレイヤに、呆気なく追い出されたなまえは、数分後に医療兵と看護兵、たまたま様子を見に来ていたというミケを連れて戻ってきた。
それからは、怒涛のようだった。
医療兵達がジャンの周りに集まり、あれこれと身体を調べながら声をかけている間に、フレイヤは、なまえを必死に部屋から追い出した。
約束だとか騒いでいたけれど、キルシュタイン夫妻に迷惑だと言えば、仕方なさそうに部屋を出ていったが、きっと今も扉の向こうにいるのだろう。
(早く諦めればいいのに。)
扉の向こうを睨みつけた後、フレイヤは大きく息を吐く。
部屋には、ジャンに声かけをしている医療兵達の忙しない声と、まるで呪文のように息子の名前を呟くキルシュタイン夫妻の声が響いて、頭が痛くなりそうだ。
医療兵達の邪魔にならないように壁際で様子を見守っているといっても、それほど広い部屋ではないからジャンの表情はよく見える。
確かに、ずっと閉じていた瞼は開いているのだ。
今までとは違うのは明らかなのに、反応がないところを見ると、その虚ろな目には、何も映っていないのかもしれない。
長い昏睡状態の経過から、目が覚めた後の後遺症については、医療兵達も沢山の想定済みだった。
もしかしたら、今、ジャンは、その想定の中で最悪な後遺症を連れて、目覚めてしまったのかもしれない。
それでも、仲間の未来に、希望を持っていたい医療兵や看護兵達は、ベッドの周りを忙しなく動き回り、医療道具や薬を用意して、何が起こっても彼を助ける為の万全の体制を整えようとしている。
「なまえを呼んで来たら、どうだろうか。」
ひとりじっと黙って様子を見守っていたミケが、急に口を開いたと思ったら、とんでもない提案を言い出した。
ありえない———そう思ったフレイヤだったけれど、医療兵達は違った。
きっと、藁にも縋る思いだったのだろう。
ミケの提案に乗ってしまったのだ。
「なまえを呼んで来てくれ!」
「アイツの声になら、反応するかもしれねぇ!」
「はい、今すぐ!!」
「行かせません!」
扉へ向かって走り出した看護兵の前に、フレイヤが立ちはだかる。
一瞬、驚いたような表情を見せた看護兵は、すぐに眉間に皴を寄せた。
「何を考えてる。俺は急いでるんだ、そこをどけ。」
「ジャンさんのご両親が声をかけても反応しなかったんですよ。
それなのに、なまえさんなら反応するかもしれないなんて、
ご両親に失礼じゃないですか?」
「今はそんなことを言ってる場合じゃねぇのは、お前にも分かるだろ。
やっとジャンが目を覚ますかもしれないんだ、試せるものは何でも試す必要がある。」
「それでも、なまえさんはダメです。
人殺しなんかをジャンさんのそばに行かせるわけにはいきません。」
先輩の看護兵に対して、フレイヤは、頑なだった。
なにがなんでも、ジャンのそばになまえを近寄らせないという強い意志が、看護兵を押そうとしていたときだった。
重たい鍵でもつけていたかのようにかたくしめられていたはずの病室の扉が、開いたのだ。
「…!」
驚いたフレイヤは、扉の方を見て、さらに驚愕した。
扉を開いたのは、キルシュタイン夫妻だったのだ。
突然、開いた扉に驚いたのは、なまえも同じだったらしい。
扉の向こうの廊下で、病室の方を向いて、驚いたように目を見開いている。
そんななまえの元へ、キルシュタイン夫妻がゆっくりと歩み寄る。
口を開いたのは、妻の方だった。
「息子に…、声をかけてやって…、くれませんか…?」
「え・・・?」
戸惑うなまえに、今度は、夫の方が、声をかける。
「私達の声には反応してくれないんだ。
もしかしたら、君の声でなら、目を覚ましてくれるかもしれない。
息子に近寄るなと言って君を追い出しておいて、随分と勝手なことを言っているのは分かってる。
でも、どうか…、息子に、声をかけてやってほしい。どうか…。」
「お願い、します…。」
フレイヤは、信じられなかった。
そして、許せなかった。
キルシュタイン夫妻は、あろうことか、なまえに頭を下げたのだ。
医療兵は、ジャンの耳元に口を近づけ、声をかけ続けた。
ベッドの上に横たわるジャンは、虚ろな目をぼんやりとさせて、天井を見上げている。
その様子を、壁際から不安そうに見守っているのは、フレイヤとキルシュタイン夫妻、ミケだ。
ジャンが目を覚ましたことに気がついたのは、フレイヤだった。
最初に、異変に気付いたのは、なまえを病室から追い出した後、眠るジャンにキスをしてしまおうとしていた時だった。
僅かに眉が動いたのだ。
気のせいかもしれない———そう思いながらも、フレイヤの脳裏には『ジャンがもうすぐ起きると言った』と訴えたなまえの声が、警告の様に鳴り響いた。
だから、念のため、ジャンの肩を揺すり、名前を呼ぼうとしたところに、キルシュタイン夫妻がやってきたのだ。
ジャンが目を覚ましたかもしれないと言うが早いか、キルシュタイン夫妻が、焦りと期待で大声で息子に声をかければ、なまえが病室に飛び込んできた。
自分の任務に戻ったと思っていたなまえは、どうやら、病室の外でジャンが目を覚ますのを待っていたらしい。
ジャンに近づくなと怒るフレイヤに、呆気なく追い出されたなまえは、数分後に医療兵と看護兵、たまたま様子を見に来ていたというミケを連れて戻ってきた。
それからは、怒涛のようだった。
医療兵達がジャンの周りに集まり、あれこれと身体を調べながら声をかけている間に、フレイヤは、なまえを必死に部屋から追い出した。
約束だとか騒いでいたけれど、キルシュタイン夫妻に迷惑だと言えば、仕方なさそうに部屋を出ていったが、きっと今も扉の向こうにいるのだろう。
(早く諦めればいいのに。)
扉の向こうを睨みつけた後、フレイヤは大きく息を吐く。
部屋には、ジャンに声かけをしている医療兵達の忙しない声と、まるで呪文のように息子の名前を呟くキルシュタイン夫妻の声が響いて、頭が痛くなりそうだ。
医療兵達の邪魔にならないように壁際で様子を見守っているといっても、それほど広い部屋ではないからジャンの表情はよく見える。
確かに、ずっと閉じていた瞼は開いているのだ。
今までとは違うのは明らかなのに、反応がないところを見ると、その虚ろな目には、何も映っていないのかもしれない。
長い昏睡状態の経過から、目が覚めた後の後遺症については、医療兵達も沢山の想定済みだった。
もしかしたら、今、ジャンは、その想定の中で最悪な後遺症を連れて、目覚めてしまったのかもしれない。
それでも、仲間の未来に、希望を持っていたい医療兵や看護兵達は、ベッドの周りを忙しなく動き回り、医療道具や薬を用意して、何が起こっても彼を助ける為の万全の体制を整えようとしている。
「なまえを呼んで来たら、どうだろうか。」
ひとりじっと黙って様子を見守っていたミケが、急に口を開いたと思ったら、とんでもない提案を言い出した。
ありえない———そう思ったフレイヤだったけれど、医療兵達は違った。
きっと、藁にも縋る思いだったのだろう。
ミケの提案に乗ってしまったのだ。
「なまえを呼んで来てくれ!」
「アイツの声になら、反応するかもしれねぇ!」
「はい、今すぐ!!」
「行かせません!」
扉へ向かって走り出した看護兵の前に、フレイヤが立ちはだかる。
一瞬、驚いたような表情を見せた看護兵は、すぐに眉間に皴を寄せた。
「何を考えてる。俺は急いでるんだ、そこをどけ。」
「ジャンさんのご両親が声をかけても反応しなかったんですよ。
それなのに、なまえさんなら反応するかもしれないなんて、
ご両親に失礼じゃないですか?」
「今はそんなことを言ってる場合じゃねぇのは、お前にも分かるだろ。
やっとジャンが目を覚ますかもしれないんだ、試せるものは何でも試す必要がある。」
「それでも、なまえさんはダメです。
人殺しなんかをジャンさんのそばに行かせるわけにはいきません。」
先輩の看護兵に対して、フレイヤは、頑なだった。
なにがなんでも、ジャンのそばになまえを近寄らせないという強い意志が、看護兵を押そうとしていたときだった。
重たい鍵でもつけていたかのようにかたくしめられていたはずの病室の扉が、開いたのだ。
「…!」
驚いたフレイヤは、扉の方を見て、さらに驚愕した。
扉を開いたのは、キルシュタイン夫妻だったのだ。
突然、開いた扉に驚いたのは、なまえも同じだったらしい。
扉の向こうの廊下で、病室の方を向いて、驚いたように目を見開いている。
そんななまえの元へ、キルシュタイン夫妻がゆっくりと歩み寄る。
口を開いたのは、妻の方だった。
「息子に…、声をかけてやって…、くれませんか…?」
「え・・・?」
戸惑うなまえに、今度は、夫の方が、声をかける。
「私達の声には反応してくれないんだ。
もしかしたら、君の声でなら、目を覚ましてくれるかもしれない。
息子に近寄るなと言って君を追い出しておいて、随分と勝手なことを言っているのは分かってる。
でも、どうか…、息子に、声をかけてやってほしい。どうか…。」
「お願い、します…。」
フレイヤは、信じられなかった。
そして、許せなかった。
キルシュタイン夫妻は、あろうことか、なまえに頭を下げたのだ。