◇第八十五話◇覚悟の結末はまだ知らない
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————1週間前に遡る。
調査兵団兵舎、団長室には異様な空気が流れていた。
廊下からは、三兵団を揺るがす事件に奔走する調査兵達の慌ただしい声が、常に漏れ聞こえてきている。
そんな扉の向こうの喧噪は、ハンジ達に、シンと静まり返るこの部屋を、まるで異世界のように錯覚させた。
夢を見ているのではないか———本気で疑ってしまいそうになるのに、しゃんと背中を伸ばし、エルヴィンと対峙するなまえだけが、現実を生きているようにしか見えなくて、それが余計に、気持ちが悪いのだ。
そうして、漸く、気づく。自分達は、夢を見ているなまえを通して、残酷な現実の苦しみの中に安らぎを見ていたらしい。
だから、なまえが現実を生きてしまった途端、怖ろしい現実が、雪崩のように押し寄せてきたのだ。
「ハ…、ハハッ、何を言ってるんだよっ。君達は、どう見たって婚約者さっ。
ジャンがこんなことになってしまって、混乱してるのかもしれないが、
偽物なんて言われてしまったら、起きた時に彼は泣いてしまうよっ。」
口の端を無理やり上げたハンジは、渇いた笑みを滲ませる。
それに、似たような表情でモブリットも追随する。
難しい顔で口を真一文字に閉じてしまったエルヴィンも、壁に寄りかかった格好で腕を組み俯くリヴァイも、あまりにも唐突の情報に、整理が追い付かない頭を、今、必死に働かせているのかもしれない。
「私は、自分がこの調査兵団に残りたい為に、補佐官のジャンを利用しました。
彼は何も悪くありません。それなのに、私の代わりに殺されかけてしまいました。」
「それは…!なまえが悪いんじゃ———。」
「それでも私は、調査兵団を去りたくありません。」
庇おうとしたハンジの声に被せて、なまえが、キッパリと告げる。
驚いた。だって、ハンジは、このまま、なまえが、責任を感じて調査兵団を去ると言い出すのだとばかり思っていた。
他の皆も同じことを考えていたのだろう。
モブリットは大きく目を見開き、リヴァイの片眉がピクリと上がった。
そして、エルヴィンは、小さく息を吐くと、それならば今後どうするつもりなのかをなまえに訊ねる。
ハンジにも、なまえはもう、何かを決めているように見えていた。
それが、調査兵団を去ることなのだと思っていたのだけれど、そうではないのならば、何なのか———。
「父と母にも、事実をすべて話します。その上で、次の壁外調査での作戦が遂行されるまで、
調査兵団を去るつもりはないことを伝えます。」
「君のご両親が、納得されなかったらどうするつもりなのかい?」
「必ず、納得させます。」
なまえは、とても力強く答えた。
「一度は、今回の作戦には私は加われないのだと諦めました。団長達に託すつもりだった。
でも、ジャンが、私にチャンスをくれました。」
「婚約者のフリをして、君が調査兵団に残れるようにしたことかい。」
「彼が、どんなつもりで婚約者のフリをすると提案したのかは分かりません。
でも、私は受け入れた。そして、彼がくれたこのチャンスを手放すつもりもない、絶対に。
それがたとえ、人類の為どころか、あまりにも幼稚で身勝手で我儘な理由だとしても、
私の気持ちは、誰にも変えられない…!」
なまえは、エルヴィンをしっかりと見据えていた。
確かに、今の彼女の気持ちは、すべての理を創造した神にだって変えられそうにない。
しばらく、静かな時間が流れた。
それは、なまえの決意を知ってしまったハンジ達が、考えて、考えて、考える時間だった。
〝あまりにも幼稚で身勝手で我儘な理由〟と表現した彼女の思いを、推し量ったのだ。
そして、彼女を作戦に参加させるべきかを検討した。
強い覚悟を決めたなまえには、この作戦にどうしても参加したいと強く願うだけの理由があることを、多くの幹部達が知っている。
なぜなら、この作戦を立案したのがなまえだからだ。
彼女から、ありえない想定と作戦を聞いた時から、長い時間を費やして作戦の実行について話し合った。そうやって、何年もかけて、準備をしてきた。
慎重に、内密に、ありとあらゆることに目を配り、気を遣いながら、今年やっと、作戦を実行できるだけの目処が立ったのだ。
調査兵10年目に自分が調査兵団を去らなければならないことを知っていながら、なまえが、この作戦を急がせようとしなかったのは、それが最善だと理解していたからだ。
彼女はいつも、人類の為だけではなく、調査兵団や友人の為により良い道を模索し続けてきた。
それが、今回、自分の為に、この作戦に参加したいと言い出した———それはどういう意味か。
考えれば、考えるほど、なまえは、死を意識しているのではないかと疑ってしまう。
動機はこれから解明されるのだとしても、ジャンが刺された事件とその犯人が、彼女が長い間、ひとりきりで抱えていた罪の意識をより明確に、深くしたように思うのだ。
その〝罪〟の償い方を、なまえが見つけてしまったのだとしたら————。
さっきまでは、なまえに調査兵団に残っていてほしいと願っていたはずなのに、途端に、怖くなる。
どうすればいいのか、分からなくなる。
エルヴィンが、ゆっくりと息を吸った。
彼は、決断したらしい。
それが、どちらだったとしても、ハンジは受け入れることを決めた。
「作戦の遂行、中止にするかの判断は、今まで通り、なまえに任せる。」
「それなら…っ。」
「部下の命を、生かすも、殺すも、なまえ次第だということを忘れず、精進するように。」
「…は!」
一瞬、不安そうに眉尻を下げて唇を噛みかけたなまえだったけれど、彼女は逃げなかった。
心臓に拳をあて、敬礼ポーズで答える彼女を目の前にすれば、何かを言いかけたリヴァイも、口を閉じるしかなかったようだ。
それから、エルヴィンは、両親の説得を自分で行うことを、なまえが調査兵団に残る条件として伝えた。その他、細かい指示を出した後、治療を受けているジャンの元へ行くように伝えれば、なまえは、素直に団長室を出た。
すぐに、扉の向こうから、慌ただしく駆けだした足音が聞こえてくる。
残ったのは、ハンジとモブリット、リヴァイとエルヴィン、それから、一抹の不安だけになった。
そんな中、口を開いたのは、エルヴィンだった。
「リヴァイ。」
「なんだ。エルヴィン。」
終始、壁に寄りかかった格好で腕を組み俯いていたリヴァイが、漸く、顔を上げた。
目が合うのを待って、エルヴィンが続ける。
「なまえを見張っておいてくれ。」
「アイツが、死ぬ気だからか。」
「そうだ。」
「友人を殺した罪の意識で、作戦遂行の完了を見届けた後、
死んで償うつもりでいるアイツを、俺に見張っておけと。」
「あぁ、その通りだ。」
エルヴィンが言い切るよりも早く、リヴァイはもう壁を蹴っていた。
そして、ハンジとモブリットが気づいた時にはもう、団長のデスクの上に膝を乗せて上がり、エルヴィンの胸ぐらをつかみ上げているリヴァイが目の前にいたのだ。
「なら、なぜ、調査兵団を辞めるように言わなかった!?」
リヴァイが、エルヴィンを怒鳴りつける。
あぁ———。リヴァイは、ハンジが迷っているとき、人類や調査兵団の未来よりも、なまえの命を守る選択をしていたのだ。
それが、たとえ、生涯、なまえを罪の意識に苦しませることになるかもしれなくても、彼女が必要以上の重責を背負うことがないことを、リヴァイは願っていた。
でも、エルヴィンだって、なまえを大切に思っていないわけではない。
お互いが、なまえにとって、最善の方法を考えたのだ。ただ、出した答えが、違った。
そしてその答えも、今はまだ、どちらが正解なのかなんて、分からない。
だって、いつでも、答えというのは、一番最後に、後悔と共にやってくるものだから———。
「…っ。」
声にならない息を漏らし、ハンジは、シャツの上から心臓を握りしめる。
胸が、締め付けられるようだった。
「なまえの覚悟は、それだけに見えたのか。」
エルヴィンが訊ねると、リヴァイは悔し気に唇を噛んだ。
彼が答えなくても、その反応を見れば、自ずと分かる。
ジャンとは、本当は婚約者ではなかったことなんて、言わなくてもよかったことだ。
調査兵団に残りたいと願っているのなら、尚更だ。
それでも、なまえはすべてを正直に話したうえで、今回の作戦への参加を希望したのは、救いたかったからだ。
この世界と、人類と、傷ついた大切な人を———。
「強い覚悟の前に、我々は無力だ。
出来るのは、その覚悟ごと守ることくらいしかない。」
「・・・・ッ、了解だ、エルヴィン。」
リヴァイは、掴んでいた胸ぐらを突き放すように離すと、悔し気に声を絞り出した。
調査兵団兵舎、団長室には異様な空気が流れていた。
廊下からは、三兵団を揺るがす事件に奔走する調査兵達の慌ただしい声が、常に漏れ聞こえてきている。
そんな扉の向こうの喧噪は、ハンジ達に、シンと静まり返るこの部屋を、まるで異世界のように錯覚させた。
夢を見ているのではないか———本気で疑ってしまいそうになるのに、しゃんと背中を伸ばし、エルヴィンと対峙するなまえだけが、現実を生きているようにしか見えなくて、それが余計に、気持ちが悪いのだ。
そうして、漸く、気づく。自分達は、夢を見ているなまえを通して、残酷な現実の苦しみの中に安らぎを見ていたらしい。
だから、なまえが現実を生きてしまった途端、怖ろしい現実が、雪崩のように押し寄せてきたのだ。
「ハ…、ハハッ、何を言ってるんだよっ。君達は、どう見たって婚約者さっ。
ジャンがこんなことになってしまって、混乱してるのかもしれないが、
偽物なんて言われてしまったら、起きた時に彼は泣いてしまうよっ。」
口の端を無理やり上げたハンジは、渇いた笑みを滲ませる。
それに、似たような表情でモブリットも追随する。
難しい顔で口を真一文字に閉じてしまったエルヴィンも、壁に寄りかかった格好で腕を組み俯くリヴァイも、あまりにも唐突の情報に、整理が追い付かない頭を、今、必死に働かせているのかもしれない。
「私は、自分がこの調査兵団に残りたい為に、補佐官のジャンを利用しました。
彼は何も悪くありません。それなのに、私の代わりに殺されかけてしまいました。」
「それは…!なまえが悪いんじゃ———。」
「それでも私は、調査兵団を去りたくありません。」
庇おうとしたハンジの声に被せて、なまえが、キッパリと告げる。
驚いた。だって、ハンジは、このまま、なまえが、責任を感じて調査兵団を去ると言い出すのだとばかり思っていた。
他の皆も同じことを考えていたのだろう。
モブリットは大きく目を見開き、リヴァイの片眉がピクリと上がった。
そして、エルヴィンは、小さく息を吐くと、それならば今後どうするつもりなのかをなまえに訊ねる。
ハンジにも、なまえはもう、何かを決めているように見えていた。
それが、調査兵団を去ることなのだと思っていたのだけれど、そうではないのならば、何なのか———。
「父と母にも、事実をすべて話します。その上で、次の壁外調査での作戦が遂行されるまで、
調査兵団を去るつもりはないことを伝えます。」
「君のご両親が、納得されなかったらどうするつもりなのかい?」
「必ず、納得させます。」
なまえは、とても力強く答えた。
「一度は、今回の作戦には私は加われないのだと諦めました。団長達に託すつもりだった。
でも、ジャンが、私にチャンスをくれました。」
「婚約者のフリをして、君が調査兵団に残れるようにしたことかい。」
「彼が、どんなつもりで婚約者のフリをすると提案したのかは分かりません。
でも、私は受け入れた。そして、彼がくれたこのチャンスを手放すつもりもない、絶対に。
それがたとえ、人類の為どころか、あまりにも幼稚で身勝手で我儘な理由だとしても、
私の気持ちは、誰にも変えられない…!」
なまえは、エルヴィンをしっかりと見据えていた。
確かに、今の彼女の気持ちは、すべての理を創造した神にだって変えられそうにない。
しばらく、静かな時間が流れた。
それは、なまえの決意を知ってしまったハンジ達が、考えて、考えて、考える時間だった。
〝あまりにも幼稚で身勝手で我儘な理由〟と表現した彼女の思いを、推し量ったのだ。
そして、彼女を作戦に参加させるべきかを検討した。
強い覚悟を決めたなまえには、この作戦にどうしても参加したいと強く願うだけの理由があることを、多くの幹部達が知っている。
なぜなら、この作戦を立案したのがなまえだからだ。
彼女から、ありえない想定と作戦を聞いた時から、長い時間を費やして作戦の実行について話し合った。そうやって、何年もかけて、準備をしてきた。
慎重に、内密に、ありとあらゆることに目を配り、気を遣いながら、今年やっと、作戦を実行できるだけの目処が立ったのだ。
調査兵10年目に自分が調査兵団を去らなければならないことを知っていながら、なまえが、この作戦を急がせようとしなかったのは、それが最善だと理解していたからだ。
彼女はいつも、人類の為だけではなく、調査兵団や友人の為により良い道を模索し続けてきた。
それが、今回、自分の為に、この作戦に参加したいと言い出した———それはどういう意味か。
考えれば、考えるほど、なまえは、死を意識しているのではないかと疑ってしまう。
動機はこれから解明されるのだとしても、ジャンが刺された事件とその犯人が、彼女が長い間、ひとりきりで抱えていた罪の意識をより明確に、深くしたように思うのだ。
その〝罪〟の償い方を、なまえが見つけてしまったのだとしたら————。
さっきまでは、なまえに調査兵団に残っていてほしいと願っていたはずなのに、途端に、怖くなる。
どうすればいいのか、分からなくなる。
エルヴィンが、ゆっくりと息を吸った。
彼は、決断したらしい。
それが、どちらだったとしても、ハンジは受け入れることを決めた。
「作戦の遂行、中止にするかの判断は、今まで通り、なまえに任せる。」
「それなら…っ。」
「部下の命を、生かすも、殺すも、なまえ次第だということを忘れず、精進するように。」
「…は!」
一瞬、不安そうに眉尻を下げて唇を噛みかけたなまえだったけれど、彼女は逃げなかった。
心臓に拳をあて、敬礼ポーズで答える彼女を目の前にすれば、何かを言いかけたリヴァイも、口を閉じるしかなかったようだ。
それから、エルヴィンは、両親の説得を自分で行うことを、なまえが調査兵団に残る条件として伝えた。その他、細かい指示を出した後、治療を受けているジャンの元へ行くように伝えれば、なまえは、素直に団長室を出た。
すぐに、扉の向こうから、慌ただしく駆けだした足音が聞こえてくる。
残ったのは、ハンジとモブリット、リヴァイとエルヴィン、それから、一抹の不安だけになった。
そんな中、口を開いたのは、エルヴィンだった。
「リヴァイ。」
「なんだ。エルヴィン。」
終始、壁に寄りかかった格好で腕を組み俯いていたリヴァイが、漸く、顔を上げた。
目が合うのを待って、エルヴィンが続ける。
「なまえを見張っておいてくれ。」
「アイツが、死ぬ気だからか。」
「そうだ。」
「友人を殺した罪の意識で、作戦遂行の完了を見届けた後、
死んで償うつもりでいるアイツを、俺に見張っておけと。」
「あぁ、その通りだ。」
エルヴィンが言い切るよりも早く、リヴァイはもう壁を蹴っていた。
そして、ハンジとモブリットが気づいた時にはもう、団長のデスクの上に膝を乗せて上がり、エルヴィンの胸ぐらをつかみ上げているリヴァイが目の前にいたのだ。
「なら、なぜ、調査兵団を辞めるように言わなかった!?」
リヴァイが、エルヴィンを怒鳴りつける。
あぁ———。リヴァイは、ハンジが迷っているとき、人類や調査兵団の未来よりも、なまえの命を守る選択をしていたのだ。
それが、たとえ、生涯、なまえを罪の意識に苦しませることになるかもしれなくても、彼女が必要以上の重責を背負うことがないことを、リヴァイは願っていた。
でも、エルヴィンだって、なまえを大切に思っていないわけではない。
お互いが、なまえにとって、最善の方法を考えたのだ。ただ、出した答えが、違った。
そしてその答えも、今はまだ、どちらが正解なのかなんて、分からない。
だって、いつでも、答えというのは、一番最後に、後悔と共にやってくるものだから———。
「…っ。」
声にならない息を漏らし、ハンジは、シャツの上から心臓を握りしめる。
胸が、締め付けられるようだった。
「なまえの覚悟は、それだけに見えたのか。」
エルヴィンが訊ねると、リヴァイは悔し気に唇を噛んだ。
彼が答えなくても、その反応を見れば、自ずと分かる。
ジャンとは、本当は婚約者ではなかったことなんて、言わなくてもよかったことだ。
調査兵団に残りたいと願っているのなら、尚更だ。
それでも、なまえはすべてを正直に話したうえで、今回の作戦への参加を希望したのは、救いたかったからだ。
この世界と、人類と、傷ついた大切な人を———。
「強い覚悟の前に、我々は無力だ。
出来るのは、その覚悟ごと守ることくらいしかない。」
「・・・・ッ、了解だ、エルヴィン。」
リヴァイは、掴んでいた胸ぐらを突き放すように離すと、悔し気に声を絞り出した。