◇第八十四話◇責任の所在を探し続ける【後編】
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「落ち着いてくださいっ、キルシュタインさんっ。」
早朝、早起きの小鳥たちがさえずりを始めた頃、調査兵団の兵舎門前に、焦ったような大声が響いた。
両手を顔の前まで上げて、押し問答に必死に耐えているのは、調査兵団第四分隊で隊長をしているハンジだ。
朝早くに、激高してやってきたキルシュタイン夫妻になす術を失くした部下に呼ばれて、パジャマのままで駆け付けたのだ。
朝の風が静かに吹く度に、雑に羽織った兵団コートから覗く薄手の生地が揺れるから、心配そうに見守る調査兵達の目には、ひどく肌寒そうに映るが、幸か不幸か、夫妻の怒りを鎮めるのに忙しい彼女には、それを感じる余裕はない。
一緒に呼ばれた副隊長のモブリットは、ついさっき、彼女を残して兵舎内に走って戻っていった。
自分達だけでは対処しきれないと素早く判断し、団長のエルヴィンを呼びに行ってくれている。
とりあえず、エルヴィンが来るまでは耐え忍ばなければならない。
「これが落ち着いていられると思うのか!?私の息子が愛した女性が、
本当は人殺しで!!そのせいで、息子が殺されかけたというんだぞ!?」
「とにかく、息子に会わせて!!こんな危険なところには置いておけない!!
私達に、息子を返して!!」
どんなに必死にハンジが落ち着いてくれと頼みこんでも、キルシュタイン夫妻の怒りや不安は鎮まらない。
夫妻の息子を憂う気持ちを考えれば、仕方のないことだと分かるからこそ、打つ手がない。
調査兵団兵舎内で、耳だけではなく胸まで痛くなるような噂が蔓延していることは、ハンジも把握していた。
どうにかしなければと思いつつも、ジャンの身に起こった事件やそれに関する他兵団との話し合い、壁外調査の準備等で忙しく、噂の鎮静まで動けなかったのが正直なところだ。
噂の元凶であるなまえが、調査兵団のいくすえを思い、そのまま放っておいても構わないと言ってくれたのも、団長を含めた幹部が率先して噂の火消しに動かなかった理由にある。
簡単に言えば、なまえの気遣いと忙しさに甘えたのだ。
でも、まさか、キルシュタイン夫妻の耳に、あの噂が届くとは考えてもいなかった。
さすがに、兵士達は、兵士という立場を悪くするような噂であることは理解しているようで、それを口外するような様子がなかったからだ。
でも、実際は、キルシュタイン夫妻の耳に届いてしまった。
なぜか———と、考える必要もない。
キルシュタイン夫妻の隣で、大きな瞳に涙を溢れさせているフレイヤが、彼らに喋ってしまったのだ。
「ハンジ分隊長…っ。もう、隠蔽体質はやめましょうよ…!
なまえさんのご両親が、憲兵団の元幹部だからって守られてるのかもしれないけど、
調査兵団のお姫様の為に、ジャンさんが犠牲になるなんて、そんなの、おかしいです…!!」
あぁ、そういうことか———。
フレイヤがキルシュタイン夫妻に喋ったのだということは、状況から見て分かっても、ハンジには、どうして彼女がそんなことをしなければならなかったのかが理解できなかった。
でも、今の彼女の発言で漸く理解した。
これは、彼女にとっての正義だったのだろう。
もしそこに、他に理由が紛れているのだとしても、正義であることに変わりはない。
2週間前に、自分の立場や状況を顧みず、団長の前に強く立ち、真実を洗いざらい話したなまえを思い出したハンジは、なんとも言えない気持ちになる。
「別にね、隠蔽体質なわけでも、ましてや彼女の両親のことなんて関係ないんだっ。
彼女は捕まるようなことをしていないから、今も調査兵団にいる!
ジャンのことも、悪いのはなまえじゃないっ。」
「嘘ですっ!そんなの!!あの人が、友達の婚約者を寝取って、
飽きたから捨てて殺したんだって、皆言ってます!あの人も否定しないもの!!」
「だから、否定しないのも、そんな必要すらないからでっ。」
「どっちでもいい!彼女から聞いた話が事実ではないと言うのなら、
私達が納得する話を聞かせてくれ!!」
「とにかく、私達に息子を返して!」
さっきから、互いに同じ主張の堂々巡りだ。
むしろ、それぞれがヒートアップしているおかげで、声のボリュームは次第に大きくなっている。
そのせいで、調査兵団兵舎の門前での騒ぎに気づいた早起きの民間人達が、数名集まり始めていた。
このままここで押し問答していても、兵団にとって不利になるだけだ———ハンジがそう考え始めた頃、後ろから駆け足でやってくる足音が聞こえてきた。
モブリットだ。
「ハンジさん!!団長を連れてきました!!」
出来ればエルヴィンの手は煩わせずに解決したいと思っていた。
だが、この状況では、モブリットの声が、救いの神のように聞こえた。
ホッと息を吐いたハンジとは裏腹に、駆け寄ってくるエルヴィンの姿を確認したキルシュタイン夫妻の激高は頂点へと達した。
「あなたは!息子を殺されかけた私達に嘘の説明をしたのか!!」
「返して!!あなたには、大切な息子を任せられない!!」
エルヴィンがやってくると、キルシュタイン夫妻の怒りは彼へと方向を変えた。
ハンジとは違い、誰よりも早く起きて執務室で書類仕事をしているエルヴィンは、今日も既に兵団服に着替えていた。
髪にも一切の乱れがなく、綺麗に整えられている。
「おはようございます。
キルシュタインご夫妻のお気持ちは、モブリットから聞いております。」
「なら、今すぐ事実を聞かせてくれ。息子が婚約した彼女は、本当に、人殺しなのか!?
そのせいで、うちの息子は殺されかけて、今も目を覚まさないのか!!」
夫の方が、エルヴィンに詰め寄った。
不安そうにしているハンジとモブリットを一瞥した後、エルヴィンは小さく頷くと、おもむろに頭を下げた。
思わぬ行動に、キルシュタイン夫妻は目を見開き、口を閉じる。
「先日は、息子さんの容態について不安になっておられるご両親に、
わざわざ逆恨みの原因となってしまった内容まで深くお話しする必要はないと私が判断をし、
お伝えすることはしませんでした。
ですが、その結果、不安にさせてしまいました。私の判断ミスです。申し訳ありません。」
「…謝ってほしいと言っているわけではありません。
私達は、真実が知りたいだけです。息子が、調査兵団に入って本当によかったのか。
今、傷ついた彼は、それでも幸せだと言えるのか。教えてほしいんです。」
さっきまで怒鳴りながら自分の主張を訴えていた夫は、冷静さを取り戻し、静かに、それでもハッキリと気持ちを伝えた。
エルヴィンの謝罪は、キルシュタイン夫妻の怒りを幾らかは和らげることが出来たようだった。
「では、確認しに行きましょうか。」
「確認、とは?」
「息子さんの婚約者が、本当に人殺しなのかを確認されに来たのでしょう。
それなら本人に聞くのが一番早い。」
「え!?エルヴィン、君は何を言って——。」
「さぁ、病棟はこちらです。
なまえは毎晩、眠らずに息子さんの看病をしていますから
今もきっと、彼のそばにいるはずですよ。」
あまりの急展開に驚くキルシュタイン夫妻と、狼狽えるハンジやモブリットを残し、エルヴィンは、飄々とした様子で病棟へ向かって歩き出した。
早朝、早起きの小鳥たちがさえずりを始めた頃、調査兵団の兵舎門前に、焦ったような大声が響いた。
両手を顔の前まで上げて、押し問答に必死に耐えているのは、調査兵団第四分隊で隊長をしているハンジだ。
朝早くに、激高してやってきたキルシュタイン夫妻になす術を失くした部下に呼ばれて、パジャマのままで駆け付けたのだ。
朝の風が静かに吹く度に、雑に羽織った兵団コートから覗く薄手の生地が揺れるから、心配そうに見守る調査兵達の目には、ひどく肌寒そうに映るが、幸か不幸か、夫妻の怒りを鎮めるのに忙しい彼女には、それを感じる余裕はない。
一緒に呼ばれた副隊長のモブリットは、ついさっき、彼女を残して兵舎内に走って戻っていった。
自分達だけでは対処しきれないと素早く判断し、団長のエルヴィンを呼びに行ってくれている。
とりあえず、エルヴィンが来るまでは耐え忍ばなければならない。
「これが落ち着いていられると思うのか!?私の息子が愛した女性が、
本当は人殺しで!!そのせいで、息子が殺されかけたというんだぞ!?」
「とにかく、息子に会わせて!!こんな危険なところには置いておけない!!
私達に、息子を返して!!」
どんなに必死にハンジが落ち着いてくれと頼みこんでも、キルシュタイン夫妻の怒りや不安は鎮まらない。
夫妻の息子を憂う気持ちを考えれば、仕方のないことだと分かるからこそ、打つ手がない。
調査兵団兵舎内で、耳だけではなく胸まで痛くなるような噂が蔓延していることは、ハンジも把握していた。
どうにかしなければと思いつつも、ジャンの身に起こった事件やそれに関する他兵団との話し合い、壁外調査の準備等で忙しく、噂の鎮静まで動けなかったのが正直なところだ。
噂の元凶であるなまえが、調査兵団のいくすえを思い、そのまま放っておいても構わないと言ってくれたのも、団長を含めた幹部が率先して噂の火消しに動かなかった理由にある。
簡単に言えば、なまえの気遣いと忙しさに甘えたのだ。
でも、まさか、キルシュタイン夫妻の耳に、あの噂が届くとは考えてもいなかった。
さすがに、兵士達は、兵士という立場を悪くするような噂であることは理解しているようで、それを口外するような様子がなかったからだ。
でも、実際は、キルシュタイン夫妻の耳に届いてしまった。
なぜか———と、考える必要もない。
キルシュタイン夫妻の隣で、大きな瞳に涙を溢れさせているフレイヤが、彼らに喋ってしまったのだ。
「ハンジ分隊長…っ。もう、隠蔽体質はやめましょうよ…!
なまえさんのご両親が、憲兵団の元幹部だからって守られてるのかもしれないけど、
調査兵団のお姫様の為に、ジャンさんが犠牲になるなんて、そんなの、おかしいです…!!」
あぁ、そういうことか———。
フレイヤがキルシュタイン夫妻に喋ったのだということは、状況から見て分かっても、ハンジには、どうして彼女がそんなことをしなければならなかったのかが理解できなかった。
でも、今の彼女の発言で漸く理解した。
これは、彼女にとっての正義だったのだろう。
もしそこに、他に理由が紛れているのだとしても、正義であることに変わりはない。
2週間前に、自分の立場や状況を顧みず、団長の前に強く立ち、真実を洗いざらい話したなまえを思い出したハンジは、なんとも言えない気持ちになる。
「別にね、隠蔽体質なわけでも、ましてや彼女の両親のことなんて関係ないんだっ。
彼女は捕まるようなことをしていないから、今も調査兵団にいる!
ジャンのことも、悪いのはなまえじゃないっ。」
「嘘ですっ!そんなの!!あの人が、友達の婚約者を寝取って、
飽きたから捨てて殺したんだって、皆言ってます!あの人も否定しないもの!!」
「だから、否定しないのも、そんな必要すらないからでっ。」
「どっちでもいい!彼女から聞いた話が事実ではないと言うのなら、
私達が納得する話を聞かせてくれ!!」
「とにかく、私達に息子を返して!」
さっきから、互いに同じ主張の堂々巡りだ。
むしろ、それぞれがヒートアップしているおかげで、声のボリュームは次第に大きくなっている。
そのせいで、調査兵団兵舎の門前での騒ぎに気づいた早起きの民間人達が、数名集まり始めていた。
このままここで押し問答していても、兵団にとって不利になるだけだ———ハンジがそう考え始めた頃、後ろから駆け足でやってくる足音が聞こえてきた。
モブリットだ。
「ハンジさん!!団長を連れてきました!!」
出来ればエルヴィンの手は煩わせずに解決したいと思っていた。
だが、この状況では、モブリットの声が、救いの神のように聞こえた。
ホッと息を吐いたハンジとは裏腹に、駆け寄ってくるエルヴィンの姿を確認したキルシュタイン夫妻の激高は頂点へと達した。
「あなたは!息子を殺されかけた私達に嘘の説明をしたのか!!」
「返して!!あなたには、大切な息子を任せられない!!」
エルヴィンがやってくると、キルシュタイン夫妻の怒りは彼へと方向を変えた。
ハンジとは違い、誰よりも早く起きて執務室で書類仕事をしているエルヴィンは、今日も既に兵団服に着替えていた。
髪にも一切の乱れがなく、綺麗に整えられている。
「おはようございます。
キルシュタインご夫妻のお気持ちは、モブリットから聞いております。」
「なら、今すぐ事実を聞かせてくれ。息子が婚約した彼女は、本当に、人殺しなのか!?
そのせいで、うちの息子は殺されかけて、今も目を覚まさないのか!!」
夫の方が、エルヴィンに詰め寄った。
不安そうにしているハンジとモブリットを一瞥した後、エルヴィンは小さく頷くと、おもむろに頭を下げた。
思わぬ行動に、キルシュタイン夫妻は目を見開き、口を閉じる。
「先日は、息子さんの容態について不安になっておられるご両親に、
わざわざ逆恨みの原因となってしまった内容まで深くお話しする必要はないと私が判断をし、
お伝えすることはしませんでした。
ですが、その結果、不安にさせてしまいました。私の判断ミスです。申し訳ありません。」
「…謝ってほしいと言っているわけではありません。
私達は、真実が知りたいだけです。息子が、調査兵団に入って本当によかったのか。
今、傷ついた彼は、それでも幸せだと言えるのか。教えてほしいんです。」
さっきまで怒鳴りながら自分の主張を訴えていた夫は、冷静さを取り戻し、静かに、それでもハッキリと気持ちを伝えた。
エルヴィンの謝罪は、キルシュタイン夫妻の怒りを幾らかは和らげることが出来たようだった。
「では、確認しに行きましょうか。」
「確認、とは?」
「息子さんの婚約者が、本当に人殺しなのかを確認されに来たのでしょう。
それなら本人に聞くのが一番早い。」
「え!?エルヴィン、君は何を言って——。」
「さぁ、病棟はこちらです。
なまえは毎晩、眠らずに息子さんの看病をしていますから
今もきっと、彼のそばにいるはずですよ。」
あまりの急展開に驚くキルシュタイン夫妻と、狼狽えるハンジやモブリットを残し、エルヴィンは、飄々とした様子で病棟へ向かって歩き出した。