◇第八十二話◇責任の所在を探し続ける【前編】
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「それは…、駐屯兵団はリヴ・ハーンを見捨てるということですか。」
リコは、喉の奥からなんとか声を絞り出した。
その声には、どうしても抑えきれなかった非難が滲んでいる。
1週間前、駐屯兵団本部、会議室にて休職中の駐屯兵が恐ろしい事件を起こした。
仲の良かった友人の狂気を目の当たりにして、精神的に辛いだろうと半ば無理やり休みをとらされていたリコにとって1週間ぶりの職場復帰の場所は、朝食の途中で呼び出した駐屯兵団精鋭部隊隊長、キッツ・ヴェールマンの執務室だった。
そこで、キッツは、自慢の大きなデスクに肘をつき、手に持った書類を淡々と読んで、あの恐ろしい事件の顛末をリコに話して聞かせた。
『動機は、男女関係のもつれであり、リヴは既に駐屯兵団を退団していた為、我々は止めることは出来なかった。』
よって、駐屯兵団は関係ない———そこまでは言わずとも、キッツが何を意図してそう告げたのかは、長く彼の側近の精鋭として仕えてきたリコには、嫌というほどに分かってしまったのだ。
淡々と述べるキッツの説明を聞きながら、ありとあらゆる感情がリコの中を駆け巡ったが、結局のところ、最後に残ったのは〝失望〟だった。
絞り出した声が幾らか非難めいて聞こえたのは、感情を抑えられなかったからではない。震える拳を振り上げられない代わりに、上司であるキッツを攻撃せずにはいられなかったからだ。
だが、当然、部下から口答えを受けたキッツが、黙っているわけがない。
キッツは、とても不愉快そうに眉を顰めると、口を開き非難する。
「言葉を慎め、リコ・ブレツェンスカ。
リヴ・ハーンは既に駐屯兵団を退団していたのだ。
公に心臓を捧げた我々が、男女間の問題にまで付き合ってはいられないことくらい分かるだろう。」
「ですが…!リヴは休職扱いだったはず…っ、」
「すでに退団していた。」
「そんな事実は、———。」
「憲兵団がそう決定した。」
言い返そうとするリコの言葉を、キッツがかぶせるようにして切り落とす。
事実を捻じ曲げてまで、駐屯兵団として責任をとることから逃れるということなのだろう。
いや、もしかしたらそこまで考えていないのかもしれない。
彼はただ、上層部が出した結果を素直に受け入れて、職務を全うしようとしているのだ。
絶望的なほどに、ただ純粋に———。
「キッツ隊長、ひとつ、伺ってもよろしいですか。」
「・・・なんだ。」
返事に少し時間を要した後、キッツがリコに質問を促した。
ぐっと寄せられた眉間の皴が、彼の不安を物語っているようだった。
「キッツ隊長は、アレを、本当にただの男女間のトラブルだったと、お考えですか。」
「—————捜査に尽力してくださった憲兵団がそうだと判断したのだ。
彼女の婚約者をなまえ・みょうじに殺されたことによる復讐が動機だと、
彼らがそう言うのであれば、それが事実であり、我々は受け入れるだけだ。」
キッツは、まるで免罪符を得たかのように〝憲兵団〟という言葉を繰り返す。
彼のそばにずっと仕えてきたからこそ、リコは知っている。
もうこれ以上、何を言っても無駄なのだ。
それにそもそも、すべては事後報告であり、無理やり休みを与えられていたリコには、それが真実だろうがそうではなかろうが、今更もうどうにも出来ない〝事実〟だったのだ。
リコに休みを言い渡したときから、駐屯兵団も憲兵団も、大体の筋書きは決めていたのだろう。
結局、そうなることだろうは予想はついていたにも関わらず、上の決定に従い休むことを選んだリコもまた、キッツと同じ穴の狢であり、〝事実〟を受け入れる以外に出来ることはないのだ。
「・・・・・失礼しました。」
冒頭とは全く違う〝絞り出した声〟で頭を下げて、リコはキッツの執務室を出た。
廊下では、数名の駐屯兵達が自らの任務を遂行しながら、いつもの日常を送っていたはずだ。
でも、キッツの執務室から出てきたリコに気づいた途端に、彼らは交わしていた雑談を途端にやめてしまう。
一瞬で、見慣れた廊下が居心地の悪い場所に変わるが、それをリコは悟らせるようなことはしない。
まるで気づいていないような素振りで、いつもよりも余計に背筋を伸ばして立ち去れば、そんな彼女を横目で見ながら、仲間達が小さな声で下世話な噂話を始めるのだ。
「聞いた?リヴさんの事件。」
「駐屯兵団で知らない人はいないわよ。4年前のあの事件もね。」
「リヴさん、退団扱いになったらしいわよ。」
「仕方ねぇさ。狂って人を刺す人はもう二度と戻ってこれねぇからな。」
「大切な仲間を友人に殺された挙句、
同期で親友のリヴさんまで狂って、事件を起こしちまうなんて。」
聞こえないと思って、仲間達は好き勝手に話す。
優しさを装ったその表情が、どれほど醜く歪んだ笑みを作っているか、彼らは気づきもしないのだ。
仕方がない。
だって、他人の不幸は蜜の味なのだ。
こんな残酷で生きづらい世界ならば、尚のこと。
彼らを責めることが間違っているのならば、誰を、責めればいいのだろうか。
そうして、人間はいつも、責めるべき対象を探しているのだ。
例にもれず、リコもまた———。
あぁ、でも、〝眠り姫〟だなんておかしな異名をつけられてしまった彼女は、そんな人間に嫌気がさして夢の世界へと逃げたのかもしれない。
今なら、ほんの少しだけ、彼女の気持ちが分かった気がした。
リコは、喉の奥からなんとか声を絞り出した。
その声には、どうしても抑えきれなかった非難が滲んでいる。
1週間前、駐屯兵団本部、会議室にて休職中の駐屯兵が恐ろしい事件を起こした。
仲の良かった友人の狂気を目の当たりにして、精神的に辛いだろうと半ば無理やり休みをとらされていたリコにとって1週間ぶりの職場復帰の場所は、朝食の途中で呼び出した駐屯兵団精鋭部隊隊長、キッツ・ヴェールマンの執務室だった。
そこで、キッツは、自慢の大きなデスクに肘をつき、手に持った書類を淡々と読んで、あの恐ろしい事件の顛末をリコに話して聞かせた。
『動機は、男女関係のもつれであり、リヴは既に駐屯兵団を退団していた為、我々は止めることは出来なかった。』
よって、駐屯兵団は関係ない———そこまでは言わずとも、キッツが何を意図してそう告げたのかは、長く彼の側近の精鋭として仕えてきたリコには、嫌というほどに分かってしまったのだ。
淡々と述べるキッツの説明を聞きながら、ありとあらゆる感情がリコの中を駆け巡ったが、結局のところ、最後に残ったのは〝失望〟だった。
絞り出した声が幾らか非難めいて聞こえたのは、感情を抑えられなかったからではない。震える拳を振り上げられない代わりに、上司であるキッツを攻撃せずにはいられなかったからだ。
だが、当然、部下から口答えを受けたキッツが、黙っているわけがない。
キッツは、とても不愉快そうに眉を顰めると、口を開き非難する。
「言葉を慎め、リコ・ブレツェンスカ。
リヴ・ハーンは既に駐屯兵団を退団していたのだ。
公に心臓を捧げた我々が、男女間の問題にまで付き合ってはいられないことくらい分かるだろう。」
「ですが…!リヴは休職扱いだったはず…っ、」
「すでに退団していた。」
「そんな事実は、———。」
「憲兵団がそう決定した。」
言い返そうとするリコの言葉を、キッツがかぶせるようにして切り落とす。
事実を捻じ曲げてまで、駐屯兵団として責任をとることから逃れるということなのだろう。
いや、もしかしたらそこまで考えていないのかもしれない。
彼はただ、上層部が出した結果を素直に受け入れて、職務を全うしようとしているのだ。
絶望的なほどに、ただ純粋に———。
「キッツ隊長、ひとつ、伺ってもよろしいですか。」
「・・・なんだ。」
返事に少し時間を要した後、キッツがリコに質問を促した。
ぐっと寄せられた眉間の皴が、彼の不安を物語っているようだった。
「キッツ隊長は、アレを、本当にただの男女間のトラブルだったと、お考えですか。」
「—————捜査に尽力してくださった憲兵団がそうだと判断したのだ。
彼女の婚約者をなまえ・みょうじに殺されたことによる復讐が動機だと、
彼らがそう言うのであれば、それが事実であり、我々は受け入れるだけだ。」
キッツは、まるで免罪符を得たかのように〝憲兵団〟という言葉を繰り返す。
彼のそばにずっと仕えてきたからこそ、リコは知っている。
もうこれ以上、何を言っても無駄なのだ。
それにそもそも、すべては事後報告であり、無理やり休みを与えられていたリコには、それが真実だろうがそうではなかろうが、今更もうどうにも出来ない〝事実〟だったのだ。
リコに休みを言い渡したときから、駐屯兵団も憲兵団も、大体の筋書きは決めていたのだろう。
結局、そうなることだろうは予想はついていたにも関わらず、上の決定に従い休むことを選んだリコもまた、キッツと同じ穴の狢であり、〝事実〟を受け入れる以外に出来ることはないのだ。
「・・・・・失礼しました。」
冒頭とは全く違う〝絞り出した声〟で頭を下げて、リコはキッツの執務室を出た。
廊下では、数名の駐屯兵達が自らの任務を遂行しながら、いつもの日常を送っていたはずだ。
でも、キッツの執務室から出てきたリコに気づいた途端に、彼らは交わしていた雑談を途端にやめてしまう。
一瞬で、見慣れた廊下が居心地の悪い場所に変わるが、それをリコは悟らせるようなことはしない。
まるで気づいていないような素振りで、いつもよりも余計に背筋を伸ばして立ち去れば、そんな彼女を横目で見ながら、仲間達が小さな声で下世話な噂話を始めるのだ。
「聞いた?リヴさんの事件。」
「駐屯兵団で知らない人はいないわよ。4年前のあの事件もね。」
「リヴさん、退団扱いになったらしいわよ。」
「仕方ねぇさ。狂って人を刺す人はもう二度と戻ってこれねぇからな。」
「大切な仲間を友人に殺された挙句、
同期で親友のリヴさんまで狂って、事件を起こしちまうなんて。」
聞こえないと思って、仲間達は好き勝手に話す。
優しさを装ったその表情が、どれほど醜く歪んだ笑みを作っているか、彼らは気づきもしないのだ。
仕方がない。
だって、他人の不幸は蜜の味なのだ。
こんな残酷で生きづらい世界ならば、尚のこと。
彼らを責めることが間違っているのならば、誰を、責めればいいのだろうか。
そうして、人間はいつも、責めるべき対象を探しているのだ。
例にもれず、リコもまた———。
あぁ、でも、〝眠り姫〟だなんておかしな異名をつけられてしまった彼女は、そんな人間に嫌気がさして夢の世界へと逃げたのかもしれない。
今なら、ほんの少しだけ、彼女の気持ちが分かった気がした。