◇第七十八話◇特等席からは花火と奇跡が見える
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トロスト区の街は、いつもと雰囲気をすっかり変えていた。
普段はない出店がズラリと並ぶ通りを、沢山の人が行き交う。
着慣れない浴衣に歩きづらそうな彼女も、子供を抱えて豪快に笑う父親も、老若男女問わず、みんながそれぞれ大好きな人と一緒にいて、とても楽しそうだ。。
(毎回思うけど、トロスト区って、こんなに人が多かったか?)
人波を縫うように歩くジャンは、今年も人の多さに圧倒される。
去年も、その前も、104期の仲間やマルコ達と遊びに来ていた。
その度に、この人の多さに嫌気がさして、適当にふらついたら、人気の少ないところまで逃げて、花火を見て帰るのだ。
でも、今年は違う。
隣に、なまえがいる。彼女が一緒にいるのは、他の誰でもなく自分なのだ。
いつも、ジャンが声をかけようとする度に、隣に彼女を守るようにリヴァイがいて、彼女を独り占めするように大量の仕事を押し付けていた。
そんな彼女を、祭りに誘えなかった。
祭りに誘う勇気が、なかった。
でも———。
「何をキョロキョロしてるんすか。」
チラリと見たなまえは、あからさまに首を左右に振って辺りを見渡していた。
誰がどう見ても、不審者———いや、誰かを探しているようだ。
「え!?あ、えっと、アニとベルトルトは何処かな…って。」
「あ~、アイツらなら、アニが人混みが好きじゃねぇから、
どこか人の少ねぇところにいるんじゃないんすか。」
「そっか、そうなんだ。」
「どうしてアイツらを探してるんですか。」
「え、あ…初めてのデート、どんな感じかなぁと思って。」
「へぇ。なまえさんでも人の恋愛に興味持つんすね。」
「持つよ!興味津々だよ!!」
あまりにもなまえが勢いよく肯定するから、驚いてしまった。
一瞬だけ目を見開いたジャンは、すぐにプッと吹き出す。
「それは知りませんでした。」
アハハとジャンが可笑しそうに笑えば、なまえが不機嫌そうにむぅっと頬を膨らませる。
「ねぇ、本当にライナーは一緒じゃないのかな?」
「さぁ。アニとベルトルトのことだから、なんだかんだ可哀想な
ライナーも誘ってやってそうですけどね。」
「ねぇ、私達もアニ達と一緒に行動しようよ。たくさんの方が絶対楽しいよ!」
「Wデートってやつですか?」
「そ、そう!!」
なまえが瞳をキラキラとさせて頷く。
どうしても、Wデートがしたいらしい。
嘘を吐けない彼女は、何を考えているのかがわかりやすくて、本当にかわいいし、そして困るし、扱いやすい。
「うーん…。」
ジャンは、顎髭をさすりながら悩む———フリをする。
答えなんて、考えるまでもない。
「嫌っすね。」
「えー。」
なまえは不満気だが、こればかりは彼女の願いを叶えてやることは出来ない。
だって、せっかくのお祭りデートなのだ。
やっと、彼女を誘えたのだ。
だから、今年は二人きりでいたい。
「キャッ。」
すれ違いざまに、肩をぶつけられたなまえが小さな悲鳴を上げて立ち止まる。
彼女にぶつかったのは、駐屯兵の男だった。
トラオム祭りの開催のすべてを仕切っているのが駐屯兵団だ。民間人が出している出店もあるが、ほとんどが駐屯兵達が用意したものだ。
その駐屯兵もパトロールなどの任務だったようだが、ぶつかったことに気づいたはずなのに、何も言わずに立ち去ろうとする。
「おい、ぶつかっておいて何もねぇのかよ!」
ジャンは振り向きざまに、立ち去っていこうとした駐屯兵を怒鳴った。
人混みを歩いていれば仕方のないことなのかもしれないけれど、今のはわざとぶつかったように見えたのだ。
怒鳴られた駐屯兵が、面倒くさそうに振り返る。
「あぁ?俺に言ってんのか?」
駐屯兵は、思いきり眉間に皴を寄せて、睨みつけてきた。
見覚えのある男ではないけれど、見た目からして、ジャンよりも幾つか年上のように見えた。
「アンタだってわかったってことは、自分がぶつかった自覚はあったってことだろ。
普通は謝るもんじゃねぇのか?」
ジャンがそう言うと、駐屯兵の男は、チラリとなまえの顔を見た後に続ける。
「お前、調査兵団のジャンか。
ボーッと夢ばっかり見てる副兵士長の面倒は大変だろ。」
「ぶつかったのは、自分のせいじゃねぇって言いてぇのか。」
「もういいよ。怒らないで。ぶつかっちゃっただけだし、
私がボーッとしてたからいけないんだよ。任務の邪魔しちゃいけないから。」
駐屯兵と睨み合いを始めたジャンを止めるように、なまえが腕にそっと手を添える。
自分のせい———そう認めたことに満足したのか、駐屯兵は嫌な笑みを浮かべる。
それがひどく気に入らなかったジャンだったけれど、祭りデートをその男のせいで台無しにされる方が、最悪だと思い直す。
「よかったっすね、先輩。調査兵団のお姫様がすごく優しくて。」
「そんな面倒なお姫様を押し付けられて、お前も可哀想にな。」
睨みつけるジャンに、駐屯兵の男は勝ち誇ったようにハッとバカにした笑いを残して、背を向けた。
本当に苛つく野郎だ———腹が立って、今すぐ追いかけて文句を言いたい気持ちがないわけではない。
でも———。
「なまえ、手。
二度とクソ野郎に絡まれねぇように、今度からは俺が守るから。」
ジャンが手を差し出せば、なまえが、一瞬だけ大きな目をぱちくりとさせた後、嬉しそうにニコリと笑う。
「ありがとう。」
当然のように小さく華奢な手が、ジャンの大きな手を握りしめる。
ジャンがさらに守るように、強くギュッと握りしめれば、なまえの頬が赤く染まった———そんな気がしたのだ。
まるで恋する乙女だ、そう思うのは、己惚れだろうか。ただの勘違いだろうか。
それこそ、彼女の妄想癖が移ったのかもしれない。
でも、少なくとも今、自分の隣にいるなまえは、祭りデートを心から楽しんでいる。それは、間違いないはずだ。
「まずは何か食いましょう。腹減って死にそう。」
「フルーツサンド!!フルーツサンドがいい!!」
なまえが楽しそうにはしゃぐ。
「腹減ってんのに甘いものかよ。
俺はソーセージがいい。」
そんな風に言いながら、それなら———、とジャンは彼女の希望を叶えるために出店を探す。
彼女を連れて歩きながら、彼女は自分の婚約者なのだと見せびらかしている気分だった。
普段はない出店がズラリと並ぶ通りを、沢山の人が行き交う。
着慣れない浴衣に歩きづらそうな彼女も、子供を抱えて豪快に笑う父親も、老若男女問わず、みんながそれぞれ大好きな人と一緒にいて、とても楽しそうだ。。
(毎回思うけど、トロスト区って、こんなに人が多かったか?)
人波を縫うように歩くジャンは、今年も人の多さに圧倒される。
去年も、その前も、104期の仲間やマルコ達と遊びに来ていた。
その度に、この人の多さに嫌気がさして、適当にふらついたら、人気の少ないところまで逃げて、花火を見て帰るのだ。
でも、今年は違う。
隣に、なまえがいる。彼女が一緒にいるのは、他の誰でもなく自分なのだ。
いつも、ジャンが声をかけようとする度に、隣に彼女を守るようにリヴァイがいて、彼女を独り占めするように大量の仕事を押し付けていた。
そんな彼女を、祭りに誘えなかった。
祭りに誘う勇気が、なかった。
でも———。
「何をキョロキョロしてるんすか。」
チラリと見たなまえは、あからさまに首を左右に振って辺りを見渡していた。
誰がどう見ても、不審者———いや、誰かを探しているようだ。
「え!?あ、えっと、アニとベルトルトは何処かな…って。」
「あ~、アイツらなら、アニが人混みが好きじゃねぇから、
どこか人の少ねぇところにいるんじゃないんすか。」
「そっか、そうなんだ。」
「どうしてアイツらを探してるんですか。」
「え、あ…初めてのデート、どんな感じかなぁと思って。」
「へぇ。なまえさんでも人の恋愛に興味持つんすね。」
「持つよ!興味津々だよ!!」
あまりにもなまえが勢いよく肯定するから、驚いてしまった。
一瞬だけ目を見開いたジャンは、すぐにプッと吹き出す。
「それは知りませんでした。」
アハハとジャンが可笑しそうに笑えば、なまえが不機嫌そうにむぅっと頬を膨らませる。
「ねぇ、本当にライナーは一緒じゃないのかな?」
「さぁ。アニとベルトルトのことだから、なんだかんだ可哀想な
ライナーも誘ってやってそうですけどね。」
「ねぇ、私達もアニ達と一緒に行動しようよ。たくさんの方が絶対楽しいよ!」
「Wデートってやつですか?」
「そ、そう!!」
なまえが瞳をキラキラとさせて頷く。
どうしても、Wデートがしたいらしい。
嘘を吐けない彼女は、何を考えているのかがわかりやすくて、本当にかわいいし、そして困るし、扱いやすい。
「うーん…。」
ジャンは、顎髭をさすりながら悩む———フリをする。
答えなんて、考えるまでもない。
「嫌っすね。」
「えー。」
なまえは不満気だが、こればかりは彼女の願いを叶えてやることは出来ない。
だって、せっかくのお祭りデートなのだ。
やっと、彼女を誘えたのだ。
だから、今年は二人きりでいたい。
「キャッ。」
すれ違いざまに、肩をぶつけられたなまえが小さな悲鳴を上げて立ち止まる。
彼女にぶつかったのは、駐屯兵の男だった。
トラオム祭りの開催のすべてを仕切っているのが駐屯兵団だ。民間人が出している出店もあるが、ほとんどが駐屯兵達が用意したものだ。
その駐屯兵もパトロールなどの任務だったようだが、ぶつかったことに気づいたはずなのに、何も言わずに立ち去ろうとする。
「おい、ぶつかっておいて何もねぇのかよ!」
ジャンは振り向きざまに、立ち去っていこうとした駐屯兵を怒鳴った。
人混みを歩いていれば仕方のないことなのかもしれないけれど、今のはわざとぶつかったように見えたのだ。
怒鳴られた駐屯兵が、面倒くさそうに振り返る。
「あぁ?俺に言ってんのか?」
駐屯兵は、思いきり眉間に皴を寄せて、睨みつけてきた。
見覚えのある男ではないけれど、見た目からして、ジャンよりも幾つか年上のように見えた。
「アンタだってわかったってことは、自分がぶつかった自覚はあったってことだろ。
普通は謝るもんじゃねぇのか?」
ジャンがそう言うと、駐屯兵の男は、チラリとなまえの顔を見た後に続ける。
「お前、調査兵団のジャンか。
ボーッと夢ばっかり見てる副兵士長の面倒は大変だろ。」
「ぶつかったのは、自分のせいじゃねぇって言いてぇのか。」
「もういいよ。怒らないで。ぶつかっちゃっただけだし、
私がボーッとしてたからいけないんだよ。任務の邪魔しちゃいけないから。」
駐屯兵と睨み合いを始めたジャンを止めるように、なまえが腕にそっと手を添える。
自分のせい———そう認めたことに満足したのか、駐屯兵は嫌な笑みを浮かべる。
それがひどく気に入らなかったジャンだったけれど、祭りデートをその男のせいで台無しにされる方が、最悪だと思い直す。
「よかったっすね、先輩。調査兵団のお姫様がすごく優しくて。」
「そんな面倒なお姫様を押し付けられて、お前も可哀想にな。」
睨みつけるジャンに、駐屯兵の男は勝ち誇ったようにハッとバカにした笑いを残して、背を向けた。
本当に苛つく野郎だ———腹が立って、今すぐ追いかけて文句を言いたい気持ちがないわけではない。
でも———。
「なまえ、手。
二度とクソ野郎に絡まれねぇように、今度からは俺が守るから。」
ジャンが手を差し出せば、なまえが、一瞬だけ大きな目をぱちくりとさせた後、嬉しそうにニコリと笑う。
「ありがとう。」
当然のように小さく華奢な手が、ジャンの大きな手を握りしめる。
ジャンがさらに守るように、強くギュッと握りしめれば、なまえの頬が赤く染まった———そんな気がしたのだ。
まるで恋する乙女だ、そう思うのは、己惚れだろうか。ただの勘違いだろうか。
それこそ、彼女の妄想癖が移ったのかもしれない。
でも、少なくとも今、自分の隣にいるなまえは、祭りデートを心から楽しんでいる。それは、間違いないはずだ。
「まずは何か食いましょう。腹減って死にそう。」
「フルーツサンド!!フルーツサンドがいい!!」
なまえが楽しそうにはしゃぐ。
「腹減ってんのに甘いものかよ。
俺はソーセージがいい。」
そんな風に言いながら、それなら———、とジャンは彼女の希望を叶えるために出店を探す。
彼女を連れて歩きながら、彼女は自分の婚約者なのだと見せびらかしている気分だった。