◇第七十六話◇残酷な世界に打ちあがる花火が姫を守ってくれますように
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
3階、任務時間は誰も来ることのない書庫。
ひとりで仕事をしたいときには、とても役に立つ。
窓際のデスクに座り、悩みながらも慎重に動かすペンの音が、私を憂鬱にしていくようだった。
「今夜の花火、楽しみだねっ。」
楽しそうな声が廊下から漏れ聞こえてきて、私は引かれるように顔を上げた。
「私、浴衣も用意しちゃったっ。」
「私も!初めてのお祭りデートだもんね!」
「お互い、楽しもうねっ。」
「うんっ!」
廊下の向こうを、見覚えのある若い新兵の女の子達が歩いていく。
溢れんばかりの笑顔が、彼女達をより一層可愛らしくしていた。
(花火…、あぁ、今夜なんだ。)
彼女達が見えなくなった廊下から視線を離し、私はすぐ隣の窓の向こうを見上げた。
さっきまでは青かったはずの空が、いつの間にかほんのりと赤く染まり始めている。
それでも、夜を待ち望む彼女達にとって、この空が黒くなるまではとても長く感じるのだろう。
それなら、私にとってはどうだろう———。
「何ひとりで黄昏てんの、なまえ?」
急に、後ろからジャンに抱きしめられた。
そして、デスクの上に散らばる書類や手紙を、肩越しに覗き込む。
「ビックリした…!いつ来たの?」
今日、ジャンは、偶々非番が重なったベルトルトと一緒にトロスト区の街へ買い物へ行くと言っていたのだ。
そのまま夕飯まで食べて帰ってくると言っていたから、帰りは夜だと思っていたのに、なぜ急に現れるのか———。
驚いて肩を跳ねさせた私は、広げていた書類や用箋を慌てて集めて、雑に片付け一つにまとめる。
「今。
——で、リックって誰?浮気?」
ジャンは、私が雑にまとめた書類の中から一枚の用箋を器用に引き抜いた。
「違うよ、憲兵の人。ストヘス区に送る手紙なの。」
「婚約者の俺が非番でそばにいねぇのをいいことに
他の男と密会の約束でもとりつけようとしてんのなら、
またお仕置きしねぇといけないなって思ったのに、残念ですね。」
ジャンの手から用箋を引き抜けば、簡単に取り返すことが出来た。
物騒なことを言いながらも、適当なそれはまるっきり本気ではないということなのだろう。
「残念っておかしいでしょ。」
「そうですか?」
奪い返した用箋を書類の中に混ぜて雑にまとめる私の耳元で、ククッと意地悪な笑い声が聞こえる。
ほらやっぱり、最初からからかう気満々だったということだ。
それなのに———。
「——だって、お仕置きされてるときのなまえ、すげぇ可愛いから。」
私の胸の前に回した腕に力を込めて、ギュッと包みながら、ジャンが耳元で甘く囁く。
また私は、いとも容易くドッと心臓を跳ねさせて、身体中の熱が耳を通して顔に集まる。
真っ赤になった私を、ジャンが面白そうに笑う。
ずっと生意気な部下だったジャンは、最近はそれに拍車がかかってきた。
上司である私の名前は呼び捨てにするし、敬語もなくなってきたのだ———でもそれは、任務外の時の話だ。
仕事中は、いつも通りの生意気な部下なのに、時間外や夜、今日のような非番の日だけ、彼は私をまるで自分のもののように呼んで、悪戯な低い声で私をからかう。
まるで、本物の恋人みたいに———。
「そ…っ、そんなことより…っ。今日はベルトルトと買い物じゃなかったの?
やっとアニちゃんが初デートに応じてくれたから、
初デート記念のプレゼントを一緒に選びに行ったんだよね。」
「その嬉し恥ずかし初デートが、今日になったんですよ。」
ジャンは、私の背中に寄りかかっていた身体を離しながら、面倒そうに言う。
「今日に?来週じゃなかった?」
「それが、いきなりアニが会いに来たんですよ。」
ジャンが、隣の椅子を引いて腰を降ろした。
白いシャツにジーンズというシンプルなファッションは、彼のスタイルの良さを際立たせていた。
彼は、デスクの下に入りきらない長い脚をくんで、肘をつくと、頬杖を突きながら私の方を向く。
「それは・・・来ちゃった♡てやつ?」
私は、小さく首を傾げ、軽く握った両手を頬のあたりに持ってきて、それらしいポーズをとってみた。
そんな私をクスッと笑った後、ジャンが答える。
「そんな可愛いことするようなヤツに見えます?」
「んー…、イメージではないかな。」
「ヒッチが、初デートなら今夜のトラオム祭りがいいとか言って、
マルロとアニ引き連れて、勝手にやってきたんですよ。」
今夜、トロスト区で開催されるのは、巨大兵団である駐屯兵団本部が指揮するこの世界で一番大きなお祭りだ。
私達の最後の砦である壁を守ってくれる彼らが、年に一度のこの日、普段苦しい生活を強いられている民間人の為に、屋台や催しを行い、夜には何千発という花火を打ち上げてくれる。
祭りに参加したみんなが、まるで夢の世界に生きているみたいな気分になれる素敵なイベントだ。
「アニの初デートじゃなくて、自分の初デートの話ね。」
「そうっすね。」
呆れたように頷くジャンだけれど、苦笑を滲ませる口元はどこか優し気だ。
友人達が、ほんのひとときでも、残酷な現実を忘れて恋愛や友情を楽しんでくれていることが嬉しいのかもしれない。
「それで、ジャンは邪魔者になっちゃって帰ってきたの?
可哀想に。」
「うるさいですね。目の前でイチャイチャを見せつけられててムカつ・・・。
俺も自分の可愛い婚約者に会いたくなったから、帰ってきたんですよ。」
「本音が駄々洩れすぎてるよ。」
苦笑しながら言えば、ジャンが可笑しそうにアハハと笑う。
さっきまで、ペンを動かす度に私の胸を埋め尽くそうとしていた憂鬱が、ジャンがそばにいるだけで嘘みたいに消えていく。
とても不思議だけれど、ここは、残酷な現実の世界なのに、私はとても心が穏やかになるのだ。
「ライナーも一緒にデート?」
「ヒッチが、筋肉馬鹿は誘わねぇって言ってました。」
「あぁ…それは、可哀想に。」
「本当に。ここに来る途中に、クリスタをデートに誘って、
ユミルに返り討ちにされてました。」
「わぁ…なんていうか…お気の毒。」
「そうっすね。」
肩を落とすライナーを思い浮かべて眉尻を下げる私とは対照的に、ジャンは意地悪く口の端を上げていた。
他人の不幸が面白くて仕方がない、というジャンらしい表情に思わず私もクスリと笑ってしまう。
まだゆっくり話していたかったけれど、今日中にリヴァイ兵長に渡さなければいけない書類もある。
「それで、なまえさん。」
「ん?」
雑にまとめた書類から、期日が今日の分を探していたらジャンに声をかけられた。
視線を向けて首を傾げれば、ジャンがニコリと微笑む。
「俺達も花火デートしません?」
「え?」
「なまえさん、毎年、祭りの日は書類仕事に追われて
リヴァイ兵長にしごかれて行けてないでしょ。」
「…よく知ってるね。」
「だから今夜は、俺が花火デートに連れてってやりますよ。」
「ありがとう。
でも、いいよ。これ終わらなくちゃ、リヴァイ兵長に怒られちゃうから。」
考えるまでもなく、私は首を横に振ると、書類をデスクに広げた。
でも、せっかく、珍しく私が仕事をしようとしているのに、ジャンは諦めなかった。
「俺とデートしてくれるなら、
その大量の仕事、手伝ってやってもいいですよ。
頑張れば、花火までには間に合うだろうから。」
ジャンが言う。
彼の方を見れば、してやったり顔で悪戯に口の端を上げていた。
さすが、ジャンだ。彼が今言ったそれは、私をデートに誘う、一番の殺し文句だ。
「でも、せっかく非番のジャンに仕事をさせるわけには———。
————お願いします。」
考えて、やっぱり、ジャンの優しさに甘えることにした。
想定通りの私の反応に機嫌を良くしたジャンが、満足気にククッと喉を鳴らした。
ひとりで仕事をしたいときには、とても役に立つ。
窓際のデスクに座り、悩みながらも慎重に動かすペンの音が、私を憂鬱にしていくようだった。
「今夜の花火、楽しみだねっ。」
楽しそうな声が廊下から漏れ聞こえてきて、私は引かれるように顔を上げた。
「私、浴衣も用意しちゃったっ。」
「私も!初めてのお祭りデートだもんね!」
「お互い、楽しもうねっ。」
「うんっ!」
廊下の向こうを、見覚えのある若い新兵の女の子達が歩いていく。
溢れんばかりの笑顔が、彼女達をより一層可愛らしくしていた。
(花火…、あぁ、今夜なんだ。)
彼女達が見えなくなった廊下から視線を離し、私はすぐ隣の窓の向こうを見上げた。
さっきまでは青かったはずの空が、いつの間にかほんのりと赤く染まり始めている。
それでも、夜を待ち望む彼女達にとって、この空が黒くなるまではとても長く感じるのだろう。
それなら、私にとってはどうだろう———。
「何ひとりで黄昏てんの、なまえ?」
急に、後ろからジャンに抱きしめられた。
そして、デスクの上に散らばる書類や手紙を、肩越しに覗き込む。
「ビックリした…!いつ来たの?」
今日、ジャンは、偶々非番が重なったベルトルトと一緒にトロスト区の街へ買い物へ行くと言っていたのだ。
そのまま夕飯まで食べて帰ってくると言っていたから、帰りは夜だと思っていたのに、なぜ急に現れるのか———。
驚いて肩を跳ねさせた私は、広げていた書類や用箋を慌てて集めて、雑に片付け一つにまとめる。
「今。
——で、リックって誰?浮気?」
ジャンは、私が雑にまとめた書類の中から一枚の用箋を器用に引き抜いた。
「違うよ、憲兵の人。ストヘス区に送る手紙なの。」
「婚約者の俺が非番でそばにいねぇのをいいことに
他の男と密会の約束でもとりつけようとしてんのなら、
またお仕置きしねぇといけないなって思ったのに、残念ですね。」
ジャンの手から用箋を引き抜けば、簡単に取り返すことが出来た。
物騒なことを言いながらも、適当なそれはまるっきり本気ではないということなのだろう。
「残念っておかしいでしょ。」
「そうですか?」
奪い返した用箋を書類の中に混ぜて雑にまとめる私の耳元で、ククッと意地悪な笑い声が聞こえる。
ほらやっぱり、最初からからかう気満々だったということだ。
それなのに———。
「——だって、お仕置きされてるときのなまえ、すげぇ可愛いから。」
私の胸の前に回した腕に力を込めて、ギュッと包みながら、ジャンが耳元で甘く囁く。
また私は、いとも容易くドッと心臓を跳ねさせて、身体中の熱が耳を通して顔に集まる。
真っ赤になった私を、ジャンが面白そうに笑う。
ずっと生意気な部下だったジャンは、最近はそれに拍車がかかってきた。
上司である私の名前は呼び捨てにするし、敬語もなくなってきたのだ———でもそれは、任務外の時の話だ。
仕事中は、いつも通りの生意気な部下なのに、時間外や夜、今日のような非番の日だけ、彼は私をまるで自分のもののように呼んで、悪戯な低い声で私をからかう。
まるで、本物の恋人みたいに———。
「そ…っ、そんなことより…っ。今日はベルトルトと買い物じゃなかったの?
やっとアニちゃんが初デートに応じてくれたから、
初デート記念のプレゼントを一緒に選びに行ったんだよね。」
「その嬉し恥ずかし初デートが、今日になったんですよ。」
ジャンは、私の背中に寄りかかっていた身体を離しながら、面倒そうに言う。
「今日に?来週じゃなかった?」
「それが、いきなりアニが会いに来たんですよ。」
ジャンが、隣の椅子を引いて腰を降ろした。
白いシャツにジーンズというシンプルなファッションは、彼のスタイルの良さを際立たせていた。
彼は、デスクの下に入りきらない長い脚をくんで、肘をつくと、頬杖を突きながら私の方を向く。
「それは・・・来ちゃった♡てやつ?」
私は、小さく首を傾げ、軽く握った両手を頬のあたりに持ってきて、それらしいポーズをとってみた。
そんな私をクスッと笑った後、ジャンが答える。
「そんな可愛いことするようなヤツに見えます?」
「んー…、イメージではないかな。」
「ヒッチが、初デートなら今夜のトラオム祭りがいいとか言って、
マルロとアニ引き連れて、勝手にやってきたんですよ。」
今夜、トロスト区で開催されるのは、巨大兵団である駐屯兵団本部が指揮するこの世界で一番大きなお祭りだ。
私達の最後の砦である壁を守ってくれる彼らが、年に一度のこの日、普段苦しい生活を強いられている民間人の為に、屋台や催しを行い、夜には何千発という花火を打ち上げてくれる。
祭りに参加したみんなが、まるで夢の世界に生きているみたいな気分になれる素敵なイベントだ。
「アニの初デートじゃなくて、自分の初デートの話ね。」
「そうっすね。」
呆れたように頷くジャンだけれど、苦笑を滲ませる口元はどこか優し気だ。
友人達が、ほんのひとときでも、残酷な現実を忘れて恋愛や友情を楽しんでくれていることが嬉しいのかもしれない。
「それで、ジャンは邪魔者になっちゃって帰ってきたの?
可哀想に。」
「うるさいですね。目の前でイチャイチャを見せつけられててムカつ・・・。
俺も自分の可愛い婚約者に会いたくなったから、帰ってきたんですよ。」
「本音が駄々洩れすぎてるよ。」
苦笑しながら言えば、ジャンが可笑しそうにアハハと笑う。
さっきまで、ペンを動かす度に私の胸を埋め尽くそうとしていた憂鬱が、ジャンがそばにいるだけで嘘みたいに消えていく。
とても不思議だけれど、ここは、残酷な現実の世界なのに、私はとても心が穏やかになるのだ。
「ライナーも一緒にデート?」
「ヒッチが、筋肉馬鹿は誘わねぇって言ってました。」
「あぁ…それは、可哀想に。」
「本当に。ここに来る途中に、クリスタをデートに誘って、
ユミルに返り討ちにされてました。」
「わぁ…なんていうか…お気の毒。」
「そうっすね。」
肩を落とすライナーを思い浮かべて眉尻を下げる私とは対照的に、ジャンは意地悪く口の端を上げていた。
他人の不幸が面白くて仕方がない、というジャンらしい表情に思わず私もクスリと笑ってしまう。
まだゆっくり話していたかったけれど、今日中にリヴァイ兵長に渡さなければいけない書類もある。
「それで、なまえさん。」
「ん?」
雑にまとめた書類から、期日が今日の分を探していたらジャンに声をかけられた。
視線を向けて首を傾げれば、ジャンがニコリと微笑む。
「俺達も花火デートしません?」
「え?」
「なまえさん、毎年、祭りの日は書類仕事に追われて
リヴァイ兵長にしごかれて行けてないでしょ。」
「…よく知ってるね。」
「だから今夜は、俺が花火デートに連れてってやりますよ。」
「ありがとう。
でも、いいよ。これ終わらなくちゃ、リヴァイ兵長に怒られちゃうから。」
考えるまでもなく、私は首を横に振ると、書類をデスクに広げた。
でも、せっかく、珍しく私が仕事をしようとしているのに、ジャンは諦めなかった。
「俺とデートしてくれるなら、
その大量の仕事、手伝ってやってもいいですよ。
頑張れば、花火までには間に合うだろうから。」
ジャンが言う。
彼の方を見れば、してやったり顔で悪戯に口の端を上げていた。
さすが、ジャンだ。彼が今言ったそれは、私をデートに誘う、一番の殺し文句だ。
「でも、せっかく非番のジャンに仕事をさせるわけには———。
————お願いします。」
考えて、やっぱり、ジャンの優しさに甘えることにした。
想定通りの私の反応に機嫌を良くしたジャンが、満足気にククッと喉を鳴らした。