◇第七十三話◇可愛い秘密を見せ合おう
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「眠れねぇんすか?」
ぼんやりとジャンのシャツの胸元を眺めていたら、声をかけられた。
ベッドに入ってもう1時間は経とうとしている。
もうとっくに、ジャンは眠っているものだとばかり思っていたから驚いた。
ジャンのせいで——、と思わず素直に言いかけて、私はすぐに別の言い訳を口にした。
「…馬車で寝たからかも。」
「俺のせいですよね。」
ジャンは、下手くそな誤魔化しには乗ってくれなかった。
何も言えなくなった私が黙り込めば、ジャンも何も言わなくなってしまう。
ジャンとの沈黙を、これほど気まずいと思ったのは初めてだった。
このままずっと素直になれずに、ジャンと気まずいままだったら———不意にそんなことを考えてしまって、怖くなった。
次の壁外調査は大規模な作戦が組まれる予定だ。
その後、私とジャンがどうしているのかなんて、誰にも分からない。
私達には〝今〟しかないのだ。
「ねぇ、ジャン。」
「ん?」
気まずい沈黙が嘘みたいに、ジャンの声は優しかった。
この優しい低い声が、私はすごく好きだ。
まだ、言えないけれど、いつかちゃんと伝えたい。
この恋が叶っても、叶わなくても、気持ちは伝えたい。
明日がいつ、最後になるか分からない世界に生きているから———。
「私、嫉妬したの。」
「そうですか。」
ジャンが、優しく言う。
さっきそう言っただろとか、誤魔化したくせに、とかは言わない。
ただ、〝今〟の私を受け入れてくれる。
私がどうして欲しいかを、私よりも知っていてくれる。
それが心地よくて、恥ずかしくて、でもやっぱり一番は、安心する。
「ステラのことだけじゃないよ。いろんな娘に、ずっと嫉妬してた。」
「いろんな?」
「今夜のパーティーでね、ジャンが、一番カッコよかった。」
「何すか、急に。しかも、今夜だけですか。
いつでもカッコいいでしょ。」
「いつもカッコいいつもりでいたの?」
「聞かないでくださいよ、そこは。
流すところだし、冗談に決まってるでしょ。」
「でも、いつもカッコいいよ。」
「どっちなんですか。ていうか何すか、まじで。
俺をどうしてぇの。」
困ったようなジャンの声が可愛くて、私はクスクスと笑う。
嫌な空気はあっという間に消えてしまって、私達は楽しそうだった。
月明かりしかない寂しい部屋で、抱き合ってボソボソと話をしている私達は、他の人には、イチャイチャしてる男女に見えるのかもしれない。
でも、ここにいるのは、恋人でもなければ、ただの上官と補佐官でもない。
抱き合って、キスをして、身体も重ねて、嫉妬もするけど、好きとは言わない。
私達の関係を何と呼ぶのか、たぶんもう、私もジャンも分かってない。
ただ、暖かい腕の中で、ジャンの息遣いだけに意識を集中している私には、ジャンだけがすべてだった。
まるでここが、私とジャン、2人きりの世界みたい————。
きっと、賑やかで華やかな場所が大好きな貴族達よりも、私は幸せな場所にいる。
ついさっきまで、夢の世界の方が幸せだって、心底思ったはずなのに。
「ジャンがいないときにね、いろんな娘達が、ジャンの噂をしてたの。」
「悪口かよ。」
「違うよ、なんでそうなっちゃうの。」
可笑しくて吹き出してしまった私に、ジャンは、それ以外は考えられないとブツブツと文句を垂れる。
まだ何も言っていないのに、陰口を叩かれていると信じているようだ。
どうしてそうなってしまうのだろう。
「憲兵の真面目そうな娘も、貴族の可愛らしい娘も、
今夜のジャンは素敵だねって言ってた。」
「は?」
「本当は前から、ジャンのこといいなって思ってたんだって、
いろんな娘がね、そう言ってたの。」
「あれっすよそれ、きっと幻聴です。
俺、いまだかつてモテたことが一度もねぇんですから。
…って、こんな悲しい自慢をさせないでくれます?」
「勝手にしたんだよ。」
クスクスと笑う私に、ジャンは、ため息をついて額を手で擦った。
顔は見えないけれど、頬が染まっている気がする。
褒められることに慣れていないジャンは、いつもそうだから。
「ねぇ、ジャン。」
「…何ですか?」
「ジャンのことを好きな娘はたくさんいるかもしれないし、
私よりも先にジャンと出逢った娘もたくさんいるけど、
私は、噂話してた娘達より、ジャンのこと、知ってるよね?」
読みやすい字は右上がりの癖があって、会議中に耳たぶを触り出したら眠たくなったってことだ。そして、首の後ろを掻き出したら、それは、困っているの合図。
得意な立体起動の小さな癖も知ってるし、よく私のことを叱ってるから仕事は早く終わらせておきたいタイプに思えるけれど、実は本当は逆で、面倒そうな仕事は最後まで残っていたりする。
訓練をサボりたいときは、片づけをしてるフリをして倉庫に逃げてるし、言い訳をするときは他人のせいにすることが多い。
そして、たぶん、マザコンだ。
何度かジャンのお母さんに会ったことがあるけれど、そのときのジャンの顔には、お母さんのことが大好きって書いてた。
それに、寝相はすごくいいけど足癖が悪くて、寝てる間に挟んだものはシーツでも私でも絶対に離さない。
それから、キスの仕方と、身体を重ねてるときの体温と、眉間に寄せる皴。掠れた吐息は、寝起きにの声にも似てる。
そして、達しそうなときはいつも、苦しそうに眉を顰めるのに、優しいキスをくれる。
私はそれが、大好きだ。
まるで、愛してると言ってくれるような抱き方が、私は好き———。
後は、ねぇ、他に何がある?
私の知らないジャンは、あとどれくらいあるの———。
「ジャンのことを一番知ってるのは、私がいい…。」
ジャンのシャツの背中をギュッと、縋るように抱き着く。
不安で、怖くて、手が震えていた。
静かな沈黙が、私の心臓をじわじわと握り潰しているようだった。
しばらくして、ジャンが息を吸った音がした。
その途端に緊張が走って、心臓が勢いよく鼓動し始める。
「今さらっすね。」
ジャンは息を吐き出すように言った。
「今さらって?」
「俺のファースト・キスも、初体験も奪っておいて
今さら何を言ってんだってことですよ。」
「でもそれは…、・・・・・・・へ?」
私は、ジャンの腕の中で首を傾げた。
何を言っているのか、ちょっとよく分からなかったのだ。
「ファースト・キスと初体験?」
顔を上げて訊ねれば、ジャンも私を見下ろした。
「はい。」
「それは、私でしょ?ジャンが奪ったんだよ。
初体験は…、貰ってもらったんだけど。」
「俺も、なまえさんが奪いましたよ。
まぁ、勝手に奪わせたんですけど。」
「待って…、ちょっと待って。
————なんで!?」
一度、冷静に頭の中で整理した後、事態を把握した私は、驚き過ぎて、起き上がってしまった。
そんな私を呆気にとられたように見上げながら、ジャンが平然と続ける。
「なんでって。ファースト・キスは勝手にしましたけど、
初体験は貰ってくれって言われたんで、美味しく頂いたら、
結果的に俺も頂かれてたとしか言えないですね。」
「そうじゃなくて!!
ていうか、言い方が変態!!」
私は、パニックだった。
何を言っているのか分からなくて、混乱した。
だって、ジャンは、たとえば元カノとかがいて、そういうのはすべてその彼女としてきたのだと思っていたのだ。
だから、この歳になっても何もない私を馬鹿にしてるんだと————。
でも、ジャンは、クスクスと笑いながら起き上がると、私を腕の中に抱きしめた。
「17からなまえさんの補佐官をしてる俺に、
いつ彼女を作る暇があったと思うんですか?」
「…エスパー?」
「心の声がだだもれでした。」
「…恥ずかしい。」
私は、ジャンの腕の中で、両手で顔を覆う。
すると、クスッと笑った後に、ジャンが続けた。
「本当は、一生、秘密にしようと思ってたんですよ。」
「…どうして?」
「今日は、調子に乗っていじめ過ぎちまったので、
特別に大サービスです。」
「そうじゃなくて、どうして秘密にするの?
私だけが、初めてなんだと思って、寂しかったのに。」
「だって、カッコ悪いでしょ。」
「そうかな。」
「いろいろあるんすよ、男には。」
「ふーん…?」
よく分からなかったけれど、それ以上をつっこんで聞くことはしなかった。
どちらにしろ、ジャンの初めてが私だという事実が、私を喜ばせたのだ。
だって、苦しそうにジャンの額に浮かぶ汗も、眉間に寄せる皴も、それがひどく色っぽい表情で女をゾクゾクさせることも、汗ばんだ身体の熱も、知っているのは、私だけなのだ。
今、この世界にはたくさんの人がいて、たくさんの女の子がジャンを想っていようが、そのときのジャンがどんなに素敵かを知っているのは、私だけ———。
「これで少しは、機嫌が直りました?」
ジャンが、私の顔を覗き込む。
だから、枕をジャンの顔面に押しつけた。
ぶはっと少し驚いたような声と苦しそうな息が聞こえてすぐに、ジャンが強引に枕をどかそうとする。
「顔、見せてくださいよ。」
「やだ。」
「どうしてっすか。」
「嫌だから!」
「だから、どうして。」
「なんででも!」
私は、ジャンの顔に枕を必死で押しつける。
怒ってそうしたわけじゃなくて、ただ、顔を見られたくなかっただけだ。
きっと今私は、凄くだらしない表情をしている。
だって、ジャンが嬉しいことを今さら暴露したりなんかするから、私が必死に堪えようとしても、じわりじわりと顔の筋肉が緩んでいくのだ。
「なまえ、可愛い顔見せて。」
枕の向こうから聞こえてきたジャンの声に、私はもう、抗う気力を奪われた。
必死に押さえつけていた手から力が抜けると、枕がベッドに落ちる。
まんまと作戦にハマってしまった私の顔は真っ赤で、ジャンは意地悪く口の端を上げていた。
「やっと、世界で一番可愛い顔が見れた。」
ジャンが、私の頬を撫でながら言う。
「またそうやって、歳上をからかうんだから。」
頬を膨らませたところで、顔が真っ赤で緩んだ頬をどうしようもできない女なんて、歳上どころか、同期のステラよりもずっとからかいがいのある子供に見えているに違いない。
ほら、ジャンが「いつも本気だって言ってるじゃん。」と楽しそうに笑う。
でも、私とジャンは、こうやって笑ってる方がいい。
誰よりも近いようで、お互いに少しの壁を残してる。
これくらいの距離感が、心地がいい。
ずっと、このままでいられたらいいのに———。
ぼんやりとジャンのシャツの胸元を眺めていたら、声をかけられた。
ベッドに入ってもう1時間は経とうとしている。
もうとっくに、ジャンは眠っているものだとばかり思っていたから驚いた。
ジャンのせいで——、と思わず素直に言いかけて、私はすぐに別の言い訳を口にした。
「…馬車で寝たからかも。」
「俺のせいですよね。」
ジャンは、下手くそな誤魔化しには乗ってくれなかった。
何も言えなくなった私が黙り込めば、ジャンも何も言わなくなってしまう。
ジャンとの沈黙を、これほど気まずいと思ったのは初めてだった。
このままずっと素直になれずに、ジャンと気まずいままだったら———不意にそんなことを考えてしまって、怖くなった。
次の壁外調査は大規模な作戦が組まれる予定だ。
その後、私とジャンがどうしているのかなんて、誰にも分からない。
私達には〝今〟しかないのだ。
「ねぇ、ジャン。」
「ん?」
気まずい沈黙が嘘みたいに、ジャンの声は優しかった。
この優しい低い声が、私はすごく好きだ。
まだ、言えないけれど、いつかちゃんと伝えたい。
この恋が叶っても、叶わなくても、気持ちは伝えたい。
明日がいつ、最後になるか分からない世界に生きているから———。
「私、嫉妬したの。」
「そうですか。」
ジャンが、優しく言う。
さっきそう言っただろとか、誤魔化したくせに、とかは言わない。
ただ、〝今〟の私を受け入れてくれる。
私がどうして欲しいかを、私よりも知っていてくれる。
それが心地よくて、恥ずかしくて、でもやっぱり一番は、安心する。
「ステラのことだけじゃないよ。いろんな娘に、ずっと嫉妬してた。」
「いろんな?」
「今夜のパーティーでね、ジャンが、一番カッコよかった。」
「何すか、急に。しかも、今夜だけですか。
いつでもカッコいいでしょ。」
「いつもカッコいいつもりでいたの?」
「聞かないでくださいよ、そこは。
流すところだし、冗談に決まってるでしょ。」
「でも、いつもカッコいいよ。」
「どっちなんですか。ていうか何すか、まじで。
俺をどうしてぇの。」
困ったようなジャンの声が可愛くて、私はクスクスと笑う。
嫌な空気はあっという間に消えてしまって、私達は楽しそうだった。
月明かりしかない寂しい部屋で、抱き合ってボソボソと話をしている私達は、他の人には、イチャイチャしてる男女に見えるのかもしれない。
でも、ここにいるのは、恋人でもなければ、ただの上官と補佐官でもない。
抱き合って、キスをして、身体も重ねて、嫉妬もするけど、好きとは言わない。
私達の関係を何と呼ぶのか、たぶんもう、私もジャンも分かってない。
ただ、暖かい腕の中で、ジャンの息遣いだけに意識を集中している私には、ジャンだけがすべてだった。
まるでここが、私とジャン、2人きりの世界みたい————。
きっと、賑やかで華やかな場所が大好きな貴族達よりも、私は幸せな場所にいる。
ついさっきまで、夢の世界の方が幸せだって、心底思ったはずなのに。
「ジャンがいないときにね、いろんな娘達が、ジャンの噂をしてたの。」
「悪口かよ。」
「違うよ、なんでそうなっちゃうの。」
可笑しくて吹き出してしまった私に、ジャンは、それ以外は考えられないとブツブツと文句を垂れる。
まだ何も言っていないのに、陰口を叩かれていると信じているようだ。
どうしてそうなってしまうのだろう。
「憲兵の真面目そうな娘も、貴族の可愛らしい娘も、
今夜のジャンは素敵だねって言ってた。」
「は?」
「本当は前から、ジャンのこといいなって思ってたんだって、
いろんな娘がね、そう言ってたの。」
「あれっすよそれ、きっと幻聴です。
俺、いまだかつてモテたことが一度もねぇんですから。
…って、こんな悲しい自慢をさせないでくれます?」
「勝手にしたんだよ。」
クスクスと笑う私に、ジャンは、ため息をついて額を手で擦った。
顔は見えないけれど、頬が染まっている気がする。
褒められることに慣れていないジャンは、いつもそうだから。
「ねぇ、ジャン。」
「…何ですか?」
「ジャンのことを好きな娘はたくさんいるかもしれないし、
私よりも先にジャンと出逢った娘もたくさんいるけど、
私は、噂話してた娘達より、ジャンのこと、知ってるよね?」
読みやすい字は右上がりの癖があって、会議中に耳たぶを触り出したら眠たくなったってことだ。そして、首の後ろを掻き出したら、それは、困っているの合図。
得意な立体起動の小さな癖も知ってるし、よく私のことを叱ってるから仕事は早く終わらせておきたいタイプに思えるけれど、実は本当は逆で、面倒そうな仕事は最後まで残っていたりする。
訓練をサボりたいときは、片づけをしてるフリをして倉庫に逃げてるし、言い訳をするときは他人のせいにすることが多い。
そして、たぶん、マザコンだ。
何度かジャンのお母さんに会ったことがあるけれど、そのときのジャンの顔には、お母さんのことが大好きって書いてた。
それに、寝相はすごくいいけど足癖が悪くて、寝てる間に挟んだものはシーツでも私でも絶対に離さない。
それから、キスの仕方と、身体を重ねてるときの体温と、眉間に寄せる皴。掠れた吐息は、寝起きにの声にも似てる。
そして、達しそうなときはいつも、苦しそうに眉を顰めるのに、優しいキスをくれる。
私はそれが、大好きだ。
まるで、愛してると言ってくれるような抱き方が、私は好き———。
後は、ねぇ、他に何がある?
私の知らないジャンは、あとどれくらいあるの———。
「ジャンのことを一番知ってるのは、私がいい…。」
ジャンのシャツの背中をギュッと、縋るように抱き着く。
不安で、怖くて、手が震えていた。
静かな沈黙が、私の心臓をじわじわと握り潰しているようだった。
しばらくして、ジャンが息を吸った音がした。
その途端に緊張が走って、心臓が勢いよく鼓動し始める。
「今さらっすね。」
ジャンは息を吐き出すように言った。
「今さらって?」
「俺のファースト・キスも、初体験も奪っておいて
今さら何を言ってんだってことですよ。」
「でもそれは…、・・・・・・・へ?」
私は、ジャンの腕の中で首を傾げた。
何を言っているのか、ちょっとよく分からなかったのだ。
「ファースト・キスと初体験?」
顔を上げて訊ねれば、ジャンも私を見下ろした。
「はい。」
「それは、私でしょ?ジャンが奪ったんだよ。
初体験は…、貰ってもらったんだけど。」
「俺も、なまえさんが奪いましたよ。
まぁ、勝手に奪わせたんですけど。」
「待って…、ちょっと待って。
————なんで!?」
一度、冷静に頭の中で整理した後、事態を把握した私は、驚き過ぎて、起き上がってしまった。
そんな私を呆気にとられたように見上げながら、ジャンが平然と続ける。
「なんでって。ファースト・キスは勝手にしましたけど、
初体験は貰ってくれって言われたんで、美味しく頂いたら、
結果的に俺も頂かれてたとしか言えないですね。」
「そうじゃなくて!!
ていうか、言い方が変態!!」
私は、パニックだった。
何を言っているのか分からなくて、混乱した。
だって、ジャンは、たとえば元カノとかがいて、そういうのはすべてその彼女としてきたのだと思っていたのだ。
だから、この歳になっても何もない私を馬鹿にしてるんだと————。
でも、ジャンは、クスクスと笑いながら起き上がると、私を腕の中に抱きしめた。
「17からなまえさんの補佐官をしてる俺に、
いつ彼女を作る暇があったと思うんですか?」
「…エスパー?」
「心の声がだだもれでした。」
「…恥ずかしい。」
私は、ジャンの腕の中で、両手で顔を覆う。
すると、クスッと笑った後に、ジャンが続けた。
「本当は、一生、秘密にしようと思ってたんですよ。」
「…どうして?」
「今日は、調子に乗っていじめ過ぎちまったので、
特別に大サービスです。」
「そうじゃなくて、どうして秘密にするの?
私だけが、初めてなんだと思って、寂しかったのに。」
「だって、カッコ悪いでしょ。」
「そうかな。」
「いろいろあるんすよ、男には。」
「ふーん…?」
よく分からなかったけれど、それ以上をつっこんで聞くことはしなかった。
どちらにしろ、ジャンの初めてが私だという事実が、私を喜ばせたのだ。
だって、苦しそうにジャンの額に浮かぶ汗も、眉間に寄せる皴も、それがひどく色っぽい表情で女をゾクゾクさせることも、汗ばんだ身体の熱も、知っているのは、私だけなのだ。
今、この世界にはたくさんの人がいて、たくさんの女の子がジャンを想っていようが、そのときのジャンがどんなに素敵かを知っているのは、私だけ———。
「これで少しは、機嫌が直りました?」
ジャンが、私の顔を覗き込む。
だから、枕をジャンの顔面に押しつけた。
ぶはっと少し驚いたような声と苦しそうな息が聞こえてすぐに、ジャンが強引に枕をどかそうとする。
「顔、見せてくださいよ。」
「やだ。」
「どうしてっすか。」
「嫌だから!」
「だから、どうして。」
「なんででも!」
私は、ジャンの顔に枕を必死で押しつける。
怒ってそうしたわけじゃなくて、ただ、顔を見られたくなかっただけだ。
きっと今私は、凄くだらしない表情をしている。
だって、ジャンが嬉しいことを今さら暴露したりなんかするから、私が必死に堪えようとしても、じわりじわりと顔の筋肉が緩んでいくのだ。
「なまえ、可愛い顔見せて。」
枕の向こうから聞こえてきたジャンの声に、私はもう、抗う気力を奪われた。
必死に押さえつけていた手から力が抜けると、枕がベッドに落ちる。
まんまと作戦にハマってしまった私の顔は真っ赤で、ジャンは意地悪く口の端を上げていた。
「やっと、世界で一番可愛い顔が見れた。」
ジャンが、私の頬を撫でながら言う。
「またそうやって、歳上をからかうんだから。」
頬を膨らませたところで、顔が真っ赤で緩んだ頬をどうしようもできない女なんて、歳上どころか、同期のステラよりもずっとからかいがいのある子供に見えているに違いない。
ほら、ジャンが「いつも本気だって言ってるじゃん。」と楽しそうに笑う。
でも、私とジャンは、こうやって笑ってる方がいい。
誰よりも近いようで、お互いに少しの壁を残してる。
これくらいの距離感が、心地がいい。
ずっと、このままでいられたらいいのに———。