「なまえさん、着きましたよ。」

ジャンに肩を揺すられて、私はゆっくりと瞼を上げた。
前の座席に座っていたはずの団長とリヴァイ兵長の姿はもうなく、馬車の扉が開いているのが視界の端に見える。

「ん～…、わかった…。」

小さく唸るように答えて、ジャンに寄り掛かっていた身体を起こす。
トロスト区の調査兵団兵舎には明日の朝に戻る予定の私達は、団長達と一緒に、パーティー会場から1時間弱の憲兵団本部に帰ってきていた。
馬車に乗ってすぐに眠ったのか、帰る道中の記憶はほとんどないけれど、まだ全然眠り足りない。
このままトロスト区まで帰れた方が眠れたのに———、となんだか残念な気持ちだ。
ジャンの手を借りて、馬車からゆっくりと降りていく。
団長とリヴァイ兵長は、ナイル師団長の元へ行く用事が残っているとかで、先にさっさと本部の中に入っていった。

「ジャン、眠い。」

だから抱っこ———、そんな意味を込めて広げた両手を「自分で歩いてください。」と下ろされてしまった。
こんなに眠たいのに、意地悪だ。
そう思いながら頬を膨らませたら、ジャンはまた私の心の中を読んだのか、帰りの馬車の中で、私を甘やかすなとリヴァイ兵長からまた注意をされたことを教えてくれた。
どうせリヴァイ兵長は見ていないのだからいいじゃないかと、駄々をこねる私の腕をジャンが引っ張る。

「ジャンも今帰り？」

本部の正面玄関の扉まであと数メートルのところで、後ろから凛とした綺麗な声が聞こえてきた。
名前を呼ばれたジャンと同じように、私も後ろを振り向く。
長い黒髪を耳にかけながら「こんばんは。」と微笑んだのは、パーティー会場のあの屋敷の中庭で、ジャンとふたりきりでいた美人な彼女だった。