◇第七十一話◇白馬の王子のなり損ないの独り言
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俺の名はリヒター。
元は裁判官に多く与えられた姓だと言われている。
他人に選ばれるよりも、判断して選別する側の男である俺にこそ相応しい苗字だ。
訓練兵団を9位という素晴らしい成績で卒業し、誰もが憧れる憲兵団に入団して早10年が経った。
今では、幹部に近い役職まで与えられているエリート中のエリートだ。
誰もが俺の能力の高さにひれ伏しているらしく、遠巻きに憧れの視線を感じることが多くなった。
まぁ、それも仕方ない。
俺は、顔も良ければ、頭もいい、パーフェクトな男なのだから———。
「あ、アレじゃねぇの?」
正面玄関ホールまでやって来たところで、同期が大きな窓の向こうを指さした。
指さした先に視線を向ければ、ずっと探していた女が、木に寄り掛かって、空を見上げていた。
馬鹿みたいにぼんやりとしているのに、それだけで絵になるところは、昔から変わっていない。
夜風に髪を靡き、どこか寂しそうな横顔は、まるで恋する乙女が、白馬の王子の迎えを待っているようだった。
(そうか。俺を待ってたんだな。)
俺は、親指で鼻をはじき、暇な貴族達が無駄話をしている正面玄関のホールを颯爽と横切る。
玄関の大きな扉を開き外に出ると、冷たい夜風が、俺の自慢の金髪をさらりと靡かせた。
寒さに小さく身震いをしながら、俺を待ち焦がれて寂しさに凍えている彼女に兵団ジャケットをかけてやる自分を想像すると、無意識に口の端が上がった。
あぁ、きっと、なまえは、俺が現れたのに気づいたら、大きな瞳をさらに見開いて、頬を染めるのだろう。
そして他の女は、幸運な彼女のことを羨ましがり、嫉妬するのだ。
彼女にとっての俺は、白馬の王子だ。
訓練兵時代から、なまえが俺に向ける視線は、他の奴らへのそれとは違っていた。
いや、そもそも、恥ずかしがりな彼女は、俺の方をあまり見ないようにしていたようだった。
なまえが俺に惚れているのには気づいていたが、相手をしてやれなかった。
あの頃は、憲兵になることが俺にとって一番大事だったのだ。
それでも、なまえは、どうしても俺の気を引きたかったのか、必死に成績を上げていたが、それも気に食わなくてつまらない意地悪をしてしまったというのもある。
でもまぁそれも、若気のいたり。ご愛嬌だ。
あの頃から容姿は他の女達より頭一つどころか、2つ、3つ上だったが、今では色気も増して、最高に抱き心地が良さそうだ。
今なら、俺の女にしてやってもいい。
調査兵団のお姫様と呼ばれて、誰から見ても綺麗な女なら、俺の自慢にもなる———。
「よう、なまえ。」
俺が声をかけると、なまえがビクッと肩を跳ねさせた。
そして、俺を見て驚いた様子で大きな瞳を見開いた。
まさか、ずっと恋焦がれていた俺から来てくれるなんて思っていなかったのだろう。
だが、もう10年だ。長く待たせ過ぎた。
そろそろ、振り向いてやってもいい頃だと、優しい俺は思うわけだ。
「こんなところで何してるんだ?」
白々しいかとも思いながら、そう訊ねた。
俺から口説いてやってもいいが、よく考えたら先に惚れたのはなまえなのだから、そっちからアピールしてくるのが礼儀というものだろう。
「今から帰るから、ジャンが呼びに行った馬車を待ってるの。」
「ジャン?」
思わず、眉を顰めてしまう。
他の男の名前を出して、男の狩猟本能を煽る作戦に出るとは、なまえも、なかなかやる。
訓練兵団を卒業してから、ただ想い続けるだけの無駄な10年を過ごして来たわけではないようだ。
「パーティーでも会ったでしょ。ジャンはちゃんと自己紹介してたよ。
あなたはしなかったけど。」
「あ~、お前の補佐官の、あの髭面の馬か。
せっかくの馬面も、俺が乗る白馬にもなれそうにねぇ残念な顔だったな。」
あの男が俺の馬になっているのを想像すると可笑しくて、ククッと笑いが出てしまう。
「あなたって、誰かの顔を馬鹿に出来るような素敵なお顔を持ってるのね。
全然知らなかった。」
「なんだ、そんなに俺の顔がタイプか?」
「…昔から思ってたけど、あなたってすごく幸せな人だよね。
本当に羨ましい。」
「ハハ、よく言われる。みんな、俺に憧れるんだ。」
なまえは、素直に男を褒めるということも出来るらしい。
まぁ、俺の顔は誰もが認めるイケメンだから、思わず本音が漏れてしまったということかもしれない。
それはそれで仕方がない。
「なぁ、まだ帰りたくねぇんだろ?」
「今、心底帰りたいなと思ってるところだよ。」
「仕方ねぇな。なら、俺の命令を何でも聞く奴らがいるから
ソイツに仕事を押しつけて来てやる。」
「何を言ってるのか分からないし、
私が言うのもなんだけど、自分の仕事は自分でしなよ。」
「お前も案外、積極的な女だな。
今すぐ俺の家に行きてぇなんてさ。」
「本当に何を言ってるの?」
「恥ずかしがらなくていいぜ?大胆な女は俺も好きだし、
俺が待たせ過ぎたせいだってことは分かってるからよ。」
家に帰ってから、俺にドレスを脱がされて恥ずかしがるなまえを想像するだけで、身体が疼いた。
俺も早く、家に帰って、なまえの身体も俺のものにしたい。
なまえを抱いたと知ったら、他の男達は唇を噛んで死ぬほど羨ましがるだろう。
今すぐ屋敷の空いてる部屋を適当に見繕ってヤッてしまいたいくらいだが、そこは、きっと俺の為に初体験を残しているに違いないなまえの為に我慢してやる。
俺の部屋で、自慢のアロマキャンドルを焚いて、俺の神業のテックニックで抱いてやるのだ。
だから今のところは、なまえの腰を抱き寄せて———。
「お待たせ、なまえ。」
俺が触れようとしていた細い腰に、無駄に長い腕が伸びたのが見えたときにはもう、俺の女をあの馬面の補佐官が自分の胸元に抱き寄せていた。
そして、あろうことか、オフショルダーのドレスから晒されている肩に馴れ馴れしく触れたのだ。
この俺だってまだ、なまえに指一本触れたことがないというのに———。
「やっぱり、すげぇ冷えてる。だから言っただろ。」
「ごめん、ありがと。」
補佐官の癖に、上官に向かって生意気にため口で話しただけには飽き足らず、馬面は呆れたようにため息を吐いた。
そして、自分のスーツのジャケットを脱いで、なまえの肩にかけてやったではないか。
それは、白馬の王子である俺がしてやることで、なまえだってそれを期待して、わざわざこの夜風に冷える中で、エロい肩を出して待っていたのに——。
なまえも、嫌なら嫌だと言えばいいものを。
でも、昔から彼女は優しすぎるところがある。自分の部下にも、厳しく怒ることが出来ないのだろう。
「てめぇ、なに勝手に触ってんだよ。
それに、補佐官が上官のことを呼び捨てにするな。恥を知れ。」
俺は、なまえの為に馬面を叱りつけてやった。
それに、ただ単純に、俺の女に馴れ馴れしくするなんて許せない。
まぁ、正式に言えばまだ俺のものではないが、もうすぐ俺のものになるのだ。
10年以上前から、それはもう決まっていて———。
「団長からもう任務は終わりだと言われてあるんで
今の俺は補佐官じゃないです。」
俺に叱られたくせに、馬面は飄々と勝手な言い訳を繰り出す。
本当に、今時の若いのは本当にどうしようもない。
俺がまだコイツくらいの時には———。
「だから、婚約者を呼び捨てで呼んで、抱き寄せたって
何も問題ねぇと思うんですけど。」
「・・・・は?」
「それより、他人の女の名前を馴れ馴れしく呼び捨てで呼んで
婚約者が目を離した隙に腰に触れようとしてたクソ野郎の方が
問題じゃありませんか?」
「は!?」
何を言われているのか、分からなかった。
でも俺は、頭の回転が速い。何と言っても、天才だからだ。
だから、同期から聞いたくだらない噂話と馬面の言い分がすぐに繋がり、なまえとこの馬面の関係性も理解した。
(あぁ…そういうことか…。)
なんということだろうか。
俺に振り向いてもらえないと諦めてしまったなまえの傷心に馬面がつけこみ、寂しかった彼女も婚約なんて馬鹿なことをしてしまったらしい。
それを、自分が愛されてると勘違いしてしまった馬面は、調子に乗ってまるで自分のもののように彼女の腰を抱いている。
許せない。
俺は今から、なまえを連れて帰って、抱き尽くす予定なのに———。
「髭を生やして少しは大人に見せようとしてるみたいだが、
お前みてぇなデケぇだけのクソガキなんかじゃ、なまえには不釣り合いなんだよ。
なまえは今から俺の家に帰るんだ。今すぐその手を離してやれ。」
俺に真実を言い当てられて悔しかったのか、馬面が眉を顰めた。
それで諦めて身を引けばいいものを———。
「なら、俺か貴方か、今ここで選んでもらいましょうか。」
「あぁ、それがいい。まぁ、答えは分かってるけどな。」
「ですね、俺もです。」
馬鹿は自ら傷つく為だけになまえに、訊ねる。
これで、やっと、馬鹿みたいな婚約は解消される。そして俺は、お姫様を救う白馬の王子に———。
「俺とソイツ、どっちと帰るか教えて。
———なまえ?」
馬面が、なまえの耳元で名前を囁くように訊ねた。
それだけだ。
ただそれだけなのに、なまえは、まるで恋する乙女のように頬を真っ赤に染めて————。
「ジャンに、決まってるでしょ。」
馬面の胸元に、赤く染まる頬を隠すように、顔を埋めて、なまえが答える。
信じられなかった。
なまえがまさか、俺ではない男を選ぶなんて。
そんな———、女みたいな顔が出来るなんて。
いつも馬鹿みたいに夢ばかりを語って、男なんて知らない顔をしていたくせに。
なまえはもう、女だった。ソイツが、なまえを女にしたのか。
「おい、お前ら。またイチャついてんのか。いい加減にしやがれ。」
正面玄関ホールから出てきて、不機嫌な様子で馬面に声をかけたのは、調査兵団の兵士長だった。
その隣には、団長のエルヴィンもいる。
「帰りの挨拶回り、終わったんすね。
馬車はそこに待たせてるんで、もういつでも帰れますよ。」
「あぁ、助かるよ。さぁ、帰ろうか。」
団長は一度だけ俺の方に視線を向けたが、そのまま正門の方へと向かう。
「てめぇ、なまえに絡んでたクソ野郎じゃねぇか。
まだ凝りてなかったのか。」
俺に気づいた兵士長が、また悪魔みたいな顔で睨む。
巨人を平気で殺しまくるこの男が、俺は好きじゃない。
別に怖いとか、苦手とか、そういうのじゃない。
ただ、好きじゃないだけだ。
「あ、あの…、俺は…。」
「チッ、俺に削がれたくなけりゃ、もう二度となまえに近づくんじゃねぇ。」
「は…っ、はい…!!」
俺は、敬礼で答えた。
別にビビッたわけじゃない。本当だ。
上官を婚約者だと言って、呼び捨てにする馬面と違って、俺は、上下関係を大切にするのだ。
そんな俺をチラッと見るだけして興味なさそうに歩いていく兵士長を、馬面となまえが並んで追いかける。
馬面はなまえの腰を抱いたままで、まるでそれが当然であるように彼女をエスコートしているように見えた。
何故俺を、なまえが置いていくのか全く理解が出来なくて———。
「おい、ジャン。お前の責任だぞ。
あの金髪馬鹿に、なまえを頑張って口説き落とせと言ったらしいじゃねぇか。」
「一番嫌いなタイプの男なら、絶対に口説き落とせねぇから安心だったんですよ。
しかも、強引でしつこくて、他の男が来ても追っ払ってくれそうだったし。
ウォール・バカです。」
「うまいこと言うじゃねぇか。」
「うまくない!」
「そうだぞ、うまくねぇ。なまえの気持ちも考えてやれ。」
「寝返りの速度まで人類最強っすね。」
「うまいことを———。」
「うまくないって言ってるでしょ!リヴァイ兵長もいい加減にしてください!」
「てめぇのせいで俺まで怒られたじゃねぇか。」
「ウォール・バカだかなんだか知らないけど、
そんなバカみたいな理由で私をあの馬鹿のところに置いていったなんて、
信じられない!!」
「まさか、泣くほど嫌だとは思わねぇから。」
「お前は見てねぇから知らねぇだろうがな、
なまえは、この世の終わりみてぇな顔してたぞ。
目が死んでた。」
「それちょっと興味ありますね。」
「ないよ!もう二度と御免だからね!!」
「分かりましたよ。今度から俺がずっとそばにいてあげますから。」
どんどん離れて行く調査兵団の背中から、よく分からない話が聞こえてくる。
馬面がなまえの頭をからかうように撫でれば、なまえが恋する乙女のように顔を赤くして何か文句を言っている。
それを、兵士長が不機嫌そうにツッコんでいて、すごく楽しそうで———。
呆然と立ち尽くす俺の隣に、同期がやって来た。
そして、調査兵団の背中へと視線を向ける。
「すげぇイチャついてるじゃん。すげぇラブラブじゃん。
ありゃ、誰も入りこむ隙はねぇな。」
「どこがだよ。全然仲良さそうじゃねぇし、全然似合ってねぇし。
乗馬してるお姫様だし。ていうか、お姫様が馬に跨るわけねぇだろ!!
ヤッてねぇ…!!絶対にヤッてねぇ…!!」
「…最初がダメだったんだろうなぁ…。
まぁ、10代の頃なら、好きな子をいじめたくなる気持ちも
わからなくもねぇけどな。」
「はぁああ?別に俺は、好きだからいじめてたとかじゃねぇし?」
「訓練兵の頃からの片想いが失恋で終わるのはツラいだろけど、
もうそろそろ諦めろよ、ナナ。」
「うるせぇ!別にあんなぼんやりしてるバカ女なんか好きでもなんでもねぇ!!
ていうか、名前で呼ぶなって言ってんだろ!!
そんな女みてぇな名前は、男らしい俺には似合わねぇんだよ!!」
「はいはい、分かってるよ。」
同期が首を竦めて、俺の肩に手を乗せた。
俺は、失恋をしたわけじゃない。
絶対に俺のことを名前で呼ばない彼女を、気遣いの出来る良い女だとほんの少し褒めてやってもいいと思っただけだ。
それに、あんな馬鹿女はこっちから見切ってやる。
恋人にするなら同じ歳の女より、若い女の方がいい。
ふ、と正面玄関の方を見ると、パーティーに参加させられていた後輩の憲兵を見つけた。
まだ若いが仕事もよく出来て、上官からの評判もすこぶる良い。
その上、美人で政治についても詳しく頭の回転の速い彼女は、華のある憲兵にさらに華を添えるべく、幹部達によくパーティーに同伴させられているのだ。
今夜も、身体のラインが出るデザインのブラウンのドレスが、スタイルの良い彼女によく似合っている。
彼女は、ふわふわとした甘い雰囲気のなまえとは正反対のクールビューティーだ。
ロングの黒髪は月明かりに照らされて輝き、彼女をより一層美しく見せる。
憲兵団よりも調査兵団を選んで、壁外で巨人とデートをする方が楽しい馬鹿なお姫様より、美人で聡明で若い彼女の方が俺に相応しい。
「お、ステラ。今から帰るのか?俺が送ってや——。」
「結構です。」
照れているのか、俺をチラリとも見ようとせずにステラは迎えに来た馬車に乗って帰っていった。
女というのは、どうしてこうも恥ずかしがりなのだろう。
まぁ、俺がイケメン過ぎて、眩しいのは分かる。
あぁ、なんて罪な男だろう。
これからの人生、何人の女を泣かせてしまうのか———。
「お前って本当に幸せなやつだよな。」
「ハハ、よく言われるぜ。」
夜の闇に、俺の高笑いが響いた。
元は裁判官に多く与えられた姓だと言われている。
他人に選ばれるよりも、判断して選別する側の男である俺にこそ相応しい苗字だ。
訓練兵団を9位という素晴らしい成績で卒業し、誰もが憧れる憲兵団に入団して早10年が経った。
今では、幹部に近い役職まで与えられているエリート中のエリートだ。
誰もが俺の能力の高さにひれ伏しているらしく、遠巻きに憧れの視線を感じることが多くなった。
まぁ、それも仕方ない。
俺は、顔も良ければ、頭もいい、パーフェクトな男なのだから———。
「あ、アレじゃねぇの?」
正面玄関ホールまでやって来たところで、同期が大きな窓の向こうを指さした。
指さした先に視線を向ければ、ずっと探していた女が、木に寄り掛かって、空を見上げていた。
馬鹿みたいにぼんやりとしているのに、それだけで絵になるところは、昔から変わっていない。
夜風に髪を靡き、どこか寂しそうな横顔は、まるで恋する乙女が、白馬の王子の迎えを待っているようだった。
(そうか。俺を待ってたんだな。)
俺は、親指で鼻をはじき、暇な貴族達が無駄話をしている正面玄関のホールを颯爽と横切る。
玄関の大きな扉を開き外に出ると、冷たい夜風が、俺の自慢の金髪をさらりと靡かせた。
寒さに小さく身震いをしながら、俺を待ち焦がれて寂しさに凍えている彼女に兵団ジャケットをかけてやる自分を想像すると、無意識に口の端が上がった。
あぁ、きっと、なまえは、俺が現れたのに気づいたら、大きな瞳をさらに見開いて、頬を染めるのだろう。
そして他の女は、幸運な彼女のことを羨ましがり、嫉妬するのだ。
彼女にとっての俺は、白馬の王子だ。
訓練兵時代から、なまえが俺に向ける視線は、他の奴らへのそれとは違っていた。
いや、そもそも、恥ずかしがりな彼女は、俺の方をあまり見ないようにしていたようだった。
なまえが俺に惚れているのには気づいていたが、相手をしてやれなかった。
あの頃は、憲兵になることが俺にとって一番大事だったのだ。
それでも、なまえは、どうしても俺の気を引きたかったのか、必死に成績を上げていたが、それも気に食わなくてつまらない意地悪をしてしまったというのもある。
でもまぁそれも、若気のいたり。ご愛嬌だ。
あの頃から容姿は他の女達より頭一つどころか、2つ、3つ上だったが、今では色気も増して、最高に抱き心地が良さそうだ。
今なら、俺の女にしてやってもいい。
調査兵団のお姫様と呼ばれて、誰から見ても綺麗な女なら、俺の自慢にもなる———。
「よう、なまえ。」
俺が声をかけると、なまえがビクッと肩を跳ねさせた。
そして、俺を見て驚いた様子で大きな瞳を見開いた。
まさか、ずっと恋焦がれていた俺から来てくれるなんて思っていなかったのだろう。
だが、もう10年だ。長く待たせ過ぎた。
そろそろ、振り向いてやってもいい頃だと、優しい俺は思うわけだ。
「こんなところで何してるんだ?」
白々しいかとも思いながら、そう訊ねた。
俺から口説いてやってもいいが、よく考えたら先に惚れたのはなまえなのだから、そっちからアピールしてくるのが礼儀というものだろう。
「今から帰るから、ジャンが呼びに行った馬車を待ってるの。」
「ジャン?」
思わず、眉を顰めてしまう。
他の男の名前を出して、男の狩猟本能を煽る作戦に出るとは、なまえも、なかなかやる。
訓練兵団を卒業してから、ただ想い続けるだけの無駄な10年を過ごして来たわけではないようだ。
「パーティーでも会ったでしょ。ジャンはちゃんと自己紹介してたよ。
あなたはしなかったけど。」
「あ~、お前の補佐官の、あの髭面の馬か。
せっかくの馬面も、俺が乗る白馬にもなれそうにねぇ残念な顔だったな。」
あの男が俺の馬になっているのを想像すると可笑しくて、ククッと笑いが出てしまう。
「あなたって、誰かの顔を馬鹿に出来るような素敵なお顔を持ってるのね。
全然知らなかった。」
「なんだ、そんなに俺の顔がタイプか?」
「…昔から思ってたけど、あなたってすごく幸せな人だよね。
本当に羨ましい。」
「ハハ、よく言われる。みんな、俺に憧れるんだ。」
なまえは、素直に男を褒めるということも出来るらしい。
まぁ、俺の顔は誰もが認めるイケメンだから、思わず本音が漏れてしまったということかもしれない。
それはそれで仕方がない。
「なぁ、まだ帰りたくねぇんだろ?」
「今、心底帰りたいなと思ってるところだよ。」
「仕方ねぇな。なら、俺の命令を何でも聞く奴らがいるから
ソイツに仕事を押しつけて来てやる。」
「何を言ってるのか分からないし、
私が言うのもなんだけど、自分の仕事は自分でしなよ。」
「お前も案外、積極的な女だな。
今すぐ俺の家に行きてぇなんてさ。」
「本当に何を言ってるの?」
「恥ずかしがらなくていいぜ?大胆な女は俺も好きだし、
俺が待たせ過ぎたせいだってことは分かってるからよ。」
家に帰ってから、俺にドレスを脱がされて恥ずかしがるなまえを想像するだけで、身体が疼いた。
俺も早く、家に帰って、なまえの身体も俺のものにしたい。
なまえを抱いたと知ったら、他の男達は唇を噛んで死ぬほど羨ましがるだろう。
今すぐ屋敷の空いてる部屋を適当に見繕ってヤッてしまいたいくらいだが、そこは、きっと俺の為に初体験を残しているに違いないなまえの為に我慢してやる。
俺の部屋で、自慢のアロマキャンドルを焚いて、俺の神業のテックニックで抱いてやるのだ。
だから今のところは、なまえの腰を抱き寄せて———。
「お待たせ、なまえ。」
俺が触れようとしていた細い腰に、無駄に長い腕が伸びたのが見えたときにはもう、俺の女をあの馬面の補佐官が自分の胸元に抱き寄せていた。
そして、あろうことか、オフショルダーのドレスから晒されている肩に馴れ馴れしく触れたのだ。
この俺だってまだ、なまえに指一本触れたことがないというのに———。
「やっぱり、すげぇ冷えてる。だから言っただろ。」
「ごめん、ありがと。」
補佐官の癖に、上官に向かって生意気にため口で話しただけには飽き足らず、馬面は呆れたようにため息を吐いた。
そして、自分のスーツのジャケットを脱いで、なまえの肩にかけてやったではないか。
それは、白馬の王子である俺がしてやることで、なまえだってそれを期待して、わざわざこの夜風に冷える中で、エロい肩を出して待っていたのに——。
なまえも、嫌なら嫌だと言えばいいものを。
でも、昔から彼女は優しすぎるところがある。自分の部下にも、厳しく怒ることが出来ないのだろう。
「てめぇ、なに勝手に触ってんだよ。
それに、補佐官が上官のことを呼び捨てにするな。恥を知れ。」
俺は、なまえの為に馬面を叱りつけてやった。
それに、ただ単純に、俺の女に馴れ馴れしくするなんて許せない。
まぁ、正式に言えばまだ俺のものではないが、もうすぐ俺のものになるのだ。
10年以上前から、それはもう決まっていて———。
「団長からもう任務は終わりだと言われてあるんで
今の俺は補佐官じゃないです。」
俺に叱られたくせに、馬面は飄々と勝手な言い訳を繰り出す。
本当に、今時の若いのは本当にどうしようもない。
俺がまだコイツくらいの時には———。
「だから、婚約者を呼び捨てで呼んで、抱き寄せたって
何も問題ねぇと思うんですけど。」
「・・・・は?」
「それより、他人の女の名前を馴れ馴れしく呼び捨てで呼んで
婚約者が目を離した隙に腰に触れようとしてたクソ野郎の方が
問題じゃありませんか?」
「は!?」
何を言われているのか、分からなかった。
でも俺は、頭の回転が速い。何と言っても、天才だからだ。
だから、同期から聞いたくだらない噂話と馬面の言い分がすぐに繋がり、なまえとこの馬面の関係性も理解した。
(あぁ…そういうことか…。)
なんということだろうか。
俺に振り向いてもらえないと諦めてしまったなまえの傷心に馬面がつけこみ、寂しかった彼女も婚約なんて馬鹿なことをしてしまったらしい。
それを、自分が愛されてると勘違いしてしまった馬面は、調子に乗ってまるで自分のもののように彼女の腰を抱いている。
許せない。
俺は今から、なまえを連れて帰って、抱き尽くす予定なのに———。
「髭を生やして少しは大人に見せようとしてるみたいだが、
お前みてぇなデケぇだけのクソガキなんかじゃ、なまえには不釣り合いなんだよ。
なまえは今から俺の家に帰るんだ。今すぐその手を離してやれ。」
俺に真実を言い当てられて悔しかったのか、馬面が眉を顰めた。
それで諦めて身を引けばいいものを———。
「なら、俺か貴方か、今ここで選んでもらいましょうか。」
「あぁ、それがいい。まぁ、答えは分かってるけどな。」
「ですね、俺もです。」
馬鹿は自ら傷つく為だけになまえに、訊ねる。
これで、やっと、馬鹿みたいな婚約は解消される。そして俺は、お姫様を救う白馬の王子に———。
「俺とソイツ、どっちと帰るか教えて。
———なまえ?」
馬面が、なまえの耳元で名前を囁くように訊ねた。
それだけだ。
ただそれだけなのに、なまえは、まるで恋する乙女のように頬を真っ赤に染めて————。
「ジャンに、決まってるでしょ。」
馬面の胸元に、赤く染まる頬を隠すように、顔を埋めて、なまえが答える。
信じられなかった。
なまえがまさか、俺ではない男を選ぶなんて。
そんな———、女みたいな顔が出来るなんて。
いつも馬鹿みたいに夢ばかりを語って、男なんて知らない顔をしていたくせに。
なまえはもう、女だった。ソイツが、なまえを女にしたのか。
「おい、お前ら。またイチャついてんのか。いい加減にしやがれ。」
正面玄関ホールから出てきて、不機嫌な様子で馬面に声をかけたのは、調査兵団の兵士長だった。
その隣には、団長のエルヴィンもいる。
「帰りの挨拶回り、終わったんすね。
馬車はそこに待たせてるんで、もういつでも帰れますよ。」
「あぁ、助かるよ。さぁ、帰ろうか。」
団長は一度だけ俺の方に視線を向けたが、そのまま正門の方へと向かう。
「てめぇ、なまえに絡んでたクソ野郎じゃねぇか。
まだ凝りてなかったのか。」
俺に気づいた兵士長が、また悪魔みたいな顔で睨む。
巨人を平気で殺しまくるこの男が、俺は好きじゃない。
別に怖いとか、苦手とか、そういうのじゃない。
ただ、好きじゃないだけだ。
「あ、あの…、俺は…。」
「チッ、俺に削がれたくなけりゃ、もう二度となまえに近づくんじゃねぇ。」
「は…っ、はい…!!」
俺は、敬礼で答えた。
別にビビッたわけじゃない。本当だ。
上官を婚約者だと言って、呼び捨てにする馬面と違って、俺は、上下関係を大切にするのだ。
そんな俺をチラッと見るだけして興味なさそうに歩いていく兵士長を、馬面となまえが並んで追いかける。
馬面はなまえの腰を抱いたままで、まるでそれが当然であるように彼女をエスコートしているように見えた。
何故俺を、なまえが置いていくのか全く理解が出来なくて———。
「おい、ジャン。お前の責任だぞ。
あの金髪馬鹿に、なまえを頑張って口説き落とせと言ったらしいじゃねぇか。」
「一番嫌いなタイプの男なら、絶対に口説き落とせねぇから安心だったんですよ。
しかも、強引でしつこくて、他の男が来ても追っ払ってくれそうだったし。
ウォール・バカです。」
「うまいこと言うじゃねぇか。」
「うまくない!」
「そうだぞ、うまくねぇ。なまえの気持ちも考えてやれ。」
「寝返りの速度まで人類最強っすね。」
「うまいことを———。」
「うまくないって言ってるでしょ!リヴァイ兵長もいい加減にしてください!」
「てめぇのせいで俺まで怒られたじゃねぇか。」
「ウォール・バカだかなんだか知らないけど、
そんなバカみたいな理由で私をあの馬鹿のところに置いていったなんて、
信じられない!!」
「まさか、泣くほど嫌だとは思わねぇから。」
「お前は見てねぇから知らねぇだろうがな、
なまえは、この世の終わりみてぇな顔してたぞ。
目が死んでた。」
「それちょっと興味ありますね。」
「ないよ!もう二度と御免だからね!!」
「分かりましたよ。今度から俺がずっとそばにいてあげますから。」
どんどん離れて行く調査兵団の背中から、よく分からない話が聞こえてくる。
馬面がなまえの頭をからかうように撫でれば、なまえが恋する乙女のように顔を赤くして何か文句を言っている。
それを、兵士長が不機嫌そうにツッコんでいて、すごく楽しそうで———。
呆然と立ち尽くす俺の隣に、同期がやって来た。
そして、調査兵団の背中へと視線を向ける。
「すげぇイチャついてるじゃん。すげぇラブラブじゃん。
ありゃ、誰も入りこむ隙はねぇな。」
「どこがだよ。全然仲良さそうじゃねぇし、全然似合ってねぇし。
乗馬してるお姫様だし。ていうか、お姫様が馬に跨るわけねぇだろ!!
ヤッてねぇ…!!絶対にヤッてねぇ…!!」
「…最初がダメだったんだろうなぁ…。
まぁ、10代の頃なら、好きな子をいじめたくなる気持ちも
わからなくもねぇけどな。」
「はぁああ?別に俺は、好きだからいじめてたとかじゃねぇし?」
「訓練兵の頃からの片想いが失恋で終わるのはツラいだろけど、
もうそろそろ諦めろよ、ナナ。」
「うるせぇ!別にあんなぼんやりしてるバカ女なんか好きでもなんでもねぇ!!
ていうか、名前で呼ぶなって言ってんだろ!!
そんな女みてぇな名前は、男らしい俺には似合わねぇんだよ!!」
「はいはい、分かってるよ。」
同期が首を竦めて、俺の肩に手を乗せた。
俺は、失恋をしたわけじゃない。
絶対に俺のことを名前で呼ばない彼女を、気遣いの出来る良い女だとほんの少し褒めてやってもいいと思っただけだ。
それに、あんな馬鹿女はこっちから見切ってやる。
恋人にするなら同じ歳の女より、若い女の方がいい。
ふ、と正面玄関の方を見ると、パーティーに参加させられていた後輩の憲兵を見つけた。
まだ若いが仕事もよく出来て、上官からの評判もすこぶる良い。
その上、美人で政治についても詳しく頭の回転の速い彼女は、華のある憲兵にさらに華を添えるべく、幹部達によくパーティーに同伴させられているのだ。
今夜も、身体のラインが出るデザインのブラウンのドレスが、スタイルの良い彼女によく似合っている。
彼女は、ふわふわとした甘い雰囲気のなまえとは正反対のクールビューティーだ。
ロングの黒髪は月明かりに照らされて輝き、彼女をより一層美しく見せる。
憲兵団よりも調査兵団を選んで、壁外で巨人とデートをする方が楽しい馬鹿なお姫様より、美人で聡明で若い彼女の方が俺に相応しい。
「お、ステラ。今から帰るのか?俺が送ってや——。」
「結構です。」
照れているのか、俺をチラリとも見ようとせずにステラは迎えに来た馬車に乗って帰っていった。
女というのは、どうしてこうも恥ずかしがりなのだろう。
まぁ、俺がイケメン過ぎて、眩しいのは分かる。
あぁ、なんて罪な男だろう。
これからの人生、何人の女を泣かせてしまうのか———。
「お前って本当に幸せなやつだよな。」
「ハハ、よく言われるぜ。」
夜の闇に、俺の高笑いが響いた。