◇第六十三話◇臆病者たちは願いを結びたい
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
男女の熱気が残った部屋で、ジャンは、なまえを包み込むように抱きしめて横になっていた。
初めての交わりに、身体と心は夢見心地でぼんやりとしている。
今でもまだ、これが現実なのか夢なのか、自信がないくらいだ。
だって、自分の腕の中には、生まれたままの姿のなまえがいるのだ。
ずっとこんな日が来ればいいと願いながら、どこかで諦めていた。
だって、彼女は、調査兵団のお姫様で、人類最強の騎士すらも、手に入れられなかった高嶺の花なのだ。
それが今、まるで、自分のものになったみたいに———。
「なまえさん、起きてます?」
「ん~…。」
ジャンが訊ねると、腕の中で、子猫のように丸くなっているなまえがモゾモゾと少しだけ動いた。
微睡んでいるような寝ぼけた声に、ジャンはクスリと笑う。
そして、彼女の首筋に唇を落とした。
「ゃ…っ、ジャン…ッ。髭があたって、くすぐったい…っ。」
急に、クスクスと笑い出したなまえが、首を竦めて、腕の中で暴れ出す。
眠りかけていたから、気づかれないと思ったのだけれど、バレてしまった。
「これっすか?」
「もうっ、やめてよ…っ。」
わざと首筋に頬擦りすれば、なまえがケラケラと声を上げて笑う。
まるで、少女のような笑い声が、さっきまでの情事すらも夢だったみたいに、この部屋の雰囲気を変えていく。
ジャンがなまえの腰を抱いて、からかうように首筋を舐めれば、明るい笑い声がさらに大きく響いた。
さっきまでの、誰も見たことのない欲に乱れる彼女も、目に焼き付けたいくらいに綺麗だったけれど、心配事なんて何もないような無邪気な笑顔で笑ってる方が、なまえらしい。
手探りで互いの身体に触れ合い、笑いを重ねていく。シーツの中に出来た薄暗く狭い空間は、ジャンとなまえが創り上げたこの世
で一番小さな世界だった。
ずっとこの世界の中にいれば、彼女は、悲しみを笑顔に変えて夢に逃げなくなるのだろうか。
ずっと、閉じ込めていたい。
無邪気に笑うなまえを抱きしめて、首筋にキスを落とした。
この世界が、彼女にとって一番、安らげる場所になればいいのに———、そんな願いを込める。
なまえは、少しだけ痛みに顔を歪めていた。
でも、逃げなかった意味を、都合の良い方に受け取ってもいいだろうか。
「また、キスマークつけたでしょ。」
唇を離すと、なまえが、口を尖らせた。
「似合ってますよ。」
ジャンは、悪戯に笑って、なまえの首筋に咲いた紅い花に指先で触れる。
からかわれて、頬を膨らませる彼女は、まだほんの小さな少女のようだ。
でも、この世で彼女ほど、残酷な現実に打ちのめされた人間は、多くはいない。
それだけ、調査兵団に10年も在籍している兵士は貴重なのだ。
彼女は、歴戦の勇者で、そして、10年間負け続けた敗者だ。
それでも、強大な敵に立ち向かい続ける自分達は負けていないと、調査兵達は信じている。
そうやって、自分を騙して、彼女はまだまだ戦おうとしている。
後どれくらい、彼女は、この綺麗な瞳を守っていられるのだろう。もうそろそろ、残酷な現実は、彼女を壊して、汚してしまいそうで、怖い。
「お返し!」
ぼんやりとなまえを見ていると、いきなり首筋に噛みつかれた。
あ、と思ったときには、チクリとする痛みが走った。
やられた———。
何をされたのかすぐに理解して、なまえが離れてすぐに、ジャンは自分の首筋に触れた。
「似合ってるよ。」
なまえが、悪戯っ子みたいにニッと笑う。
「そりゃ、どうも。」
首を竦めてジャンが言えば、なまえが楽しそうにクスクスと笑う。
何がそんなに嬉しいのか、ご機嫌な彼女が可笑しくて、こちらまでクスリと笑ってしまう。
そして、何度も、首筋に触れてしまう。
彼女の印がついたせいで、自分が彼女のものになったみたいな気がした。
でも、彼女の首筋に自分の痕を残したって、彼女は自分のものにはならない。
矛盾だらけなようで、これが現実なだけなのだ。
振り回されるのはいつも自分で、彼女は誰のものにもならずにふわふわと舞い踊る。
でも————。
「そろそろ寝ましょうか。」
ジャンは、なまえの腰を引き寄せて、抱きしめた。
「服、着なくちゃ。」
「ダメです。」
困ったように持ち上げた顔を、ジャンは強引に自分の胸元に押しつけた。
胸に唇があたって、小さく唸るような声がした。
「風邪、引いちゃうよ。」
「馬鹿は風邪引かないんで、大丈夫ですよ。」
「私、風邪引いたから馬鹿じゃなかったの。」
「心配しなくて大丈夫ですよ、充分馬鹿だから。」
「失礼なやつ。それなら、裸で寝ようとしてるジャンだって馬鹿だからね。」
「そうっすね。俺、馬鹿なのかも。」
「認めるんだ。」
可笑しそうに言って、なまえがクスクスと笑う。
ひとの気も知らないで———、そんな心の声が、彼女に聞こえることはきっといつまで経ってもないのだろう。
あぁ、でも、馬鹿なのだ。
人類最強の兵士すら手を焼いたお姫様に、自分なんて玩具のように振り回されると分かっていて、こうして、腕に抱きしめてしまっているのだから、心底の馬鹿か、勇者くらいじゃなきゃ、ありえない。
「ほら、こうやって抱き合って寝たら寒くねぇから、
きっと、馬鹿じゃなくても風邪は引きませんよ。」
抱き寄せる腕に力を込めて、柔かい彼女の髪に頬を寄せた。
甘い香りに包まれて、安心する。
すると、彼女も、胸元にあった頬を摺り寄せて、背中に手をまわして来た。
「そうだね、あったかい。」
なまえが、幸せそうに言って、ギュッと抱きついてくる。
その理由が、自分と同じならいいのに、と思わずにはいられない。
比較的すぐに、腕の中からは微かな寝息が聞こえてき始めた。
さっきも眠たそうにしていたし、疲れていたのだろう。
無理をさせてしまった自覚はあった。
出来るだけ長く、彼女を感じていたかった。
だって、初めてを貰って欲しいと言った彼女が、次を許してくれるかは分からない。
だから、今が最後かもしれないと思いながら、彼女を抱いたのだ。
でも、もう分からない。
だって———。
『愛して、る…ッ。』
眠りかけているなまえを抱き寄せたジャンの耳には、嬌声と共に零れた、彼女の甘い声が、残って、離れない。
このままずっと、離れて欲しくない。
必死に自分を感じようとしている健気な彼女が愛おしくて、キスをしてくれとせがむ彼女が可愛くて、まるでそこに愛があるみたいに錯覚してしまって———気づいたら、恥ずかしくなるようなことを懇願していた。
期待を、してもいいのだろうか。
もしかして、なまえも同じ気持ちなのかもしれないと、期待をしても、構わないのか。
なまえは、嘘を吐くのを嫌う。
それはきっと、彼女に沁みついていて、情事でぼんやりとした意識の中でも変わらないことだと思うのだ。
気分を上げる為の戯言なんて、最も彼女らしくない。
「なまえさん、俺を…、どうしてぇの?」
すっかり夢の世界に旅だってしまっているなまえの頭に額を乗せて、ジャンが心の声を漏らす。
彼女が望むのなら、今すぐに、夢の世界から攫ったっていい。
どんなつもりで、初めてを貰って欲しいなんて言ったのか。
確かめたい。
何事もハッキリさせたい性格が顔を出しては、ジャンがその気になった途端に、今はまだ早いと弱気になる。
気持ちなんて、もうとっくに、決まっているのに———。
初めての交わりに、身体と心は夢見心地でぼんやりとしている。
今でもまだ、これが現実なのか夢なのか、自信がないくらいだ。
だって、自分の腕の中には、生まれたままの姿のなまえがいるのだ。
ずっとこんな日が来ればいいと願いながら、どこかで諦めていた。
だって、彼女は、調査兵団のお姫様で、人類最強の騎士すらも、手に入れられなかった高嶺の花なのだ。
それが今、まるで、自分のものになったみたいに———。
「なまえさん、起きてます?」
「ん~…。」
ジャンが訊ねると、腕の中で、子猫のように丸くなっているなまえがモゾモゾと少しだけ動いた。
微睡んでいるような寝ぼけた声に、ジャンはクスリと笑う。
そして、彼女の首筋に唇を落とした。
「ゃ…っ、ジャン…ッ。髭があたって、くすぐったい…っ。」
急に、クスクスと笑い出したなまえが、首を竦めて、腕の中で暴れ出す。
眠りかけていたから、気づかれないと思ったのだけれど、バレてしまった。
「これっすか?」
「もうっ、やめてよ…っ。」
わざと首筋に頬擦りすれば、なまえがケラケラと声を上げて笑う。
まるで、少女のような笑い声が、さっきまでの情事すらも夢だったみたいに、この部屋の雰囲気を変えていく。
ジャンがなまえの腰を抱いて、からかうように首筋を舐めれば、明るい笑い声がさらに大きく響いた。
さっきまでの、誰も見たことのない欲に乱れる彼女も、目に焼き付けたいくらいに綺麗だったけれど、心配事なんて何もないような無邪気な笑顔で笑ってる方が、なまえらしい。
手探りで互いの身体に触れ合い、笑いを重ねていく。シーツの中に出来た薄暗く狭い空間は、ジャンとなまえが創り上げたこの世
で一番小さな世界だった。
ずっとこの世界の中にいれば、彼女は、悲しみを笑顔に変えて夢に逃げなくなるのだろうか。
ずっと、閉じ込めていたい。
無邪気に笑うなまえを抱きしめて、首筋にキスを落とした。
この世界が、彼女にとって一番、安らげる場所になればいいのに———、そんな願いを込める。
なまえは、少しだけ痛みに顔を歪めていた。
でも、逃げなかった意味を、都合の良い方に受け取ってもいいだろうか。
「また、キスマークつけたでしょ。」
唇を離すと、なまえが、口を尖らせた。
「似合ってますよ。」
ジャンは、悪戯に笑って、なまえの首筋に咲いた紅い花に指先で触れる。
からかわれて、頬を膨らませる彼女は、まだほんの小さな少女のようだ。
でも、この世で彼女ほど、残酷な現実に打ちのめされた人間は、多くはいない。
それだけ、調査兵団に10年も在籍している兵士は貴重なのだ。
彼女は、歴戦の勇者で、そして、10年間負け続けた敗者だ。
それでも、強大な敵に立ち向かい続ける自分達は負けていないと、調査兵達は信じている。
そうやって、自分を騙して、彼女はまだまだ戦おうとしている。
後どれくらい、彼女は、この綺麗な瞳を守っていられるのだろう。もうそろそろ、残酷な現実は、彼女を壊して、汚してしまいそうで、怖い。
「お返し!」
ぼんやりとなまえを見ていると、いきなり首筋に噛みつかれた。
あ、と思ったときには、チクリとする痛みが走った。
やられた———。
何をされたのかすぐに理解して、なまえが離れてすぐに、ジャンは自分の首筋に触れた。
「似合ってるよ。」
なまえが、悪戯っ子みたいにニッと笑う。
「そりゃ、どうも。」
首を竦めてジャンが言えば、なまえが楽しそうにクスクスと笑う。
何がそんなに嬉しいのか、ご機嫌な彼女が可笑しくて、こちらまでクスリと笑ってしまう。
そして、何度も、首筋に触れてしまう。
彼女の印がついたせいで、自分が彼女のものになったみたいな気がした。
でも、彼女の首筋に自分の痕を残したって、彼女は自分のものにはならない。
矛盾だらけなようで、これが現実なだけなのだ。
振り回されるのはいつも自分で、彼女は誰のものにもならずにふわふわと舞い踊る。
でも————。
「そろそろ寝ましょうか。」
ジャンは、なまえの腰を引き寄せて、抱きしめた。
「服、着なくちゃ。」
「ダメです。」
困ったように持ち上げた顔を、ジャンは強引に自分の胸元に押しつけた。
胸に唇があたって、小さく唸るような声がした。
「風邪、引いちゃうよ。」
「馬鹿は風邪引かないんで、大丈夫ですよ。」
「私、風邪引いたから馬鹿じゃなかったの。」
「心配しなくて大丈夫ですよ、充分馬鹿だから。」
「失礼なやつ。それなら、裸で寝ようとしてるジャンだって馬鹿だからね。」
「そうっすね。俺、馬鹿なのかも。」
「認めるんだ。」
可笑しそうに言って、なまえがクスクスと笑う。
ひとの気も知らないで———、そんな心の声が、彼女に聞こえることはきっといつまで経ってもないのだろう。
あぁ、でも、馬鹿なのだ。
人類最強の兵士すら手を焼いたお姫様に、自分なんて玩具のように振り回されると分かっていて、こうして、腕に抱きしめてしまっているのだから、心底の馬鹿か、勇者くらいじゃなきゃ、ありえない。
「ほら、こうやって抱き合って寝たら寒くねぇから、
きっと、馬鹿じゃなくても風邪は引きませんよ。」
抱き寄せる腕に力を込めて、柔かい彼女の髪に頬を寄せた。
甘い香りに包まれて、安心する。
すると、彼女も、胸元にあった頬を摺り寄せて、背中に手をまわして来た。
「そうだね、あったかい。」
なまえが、幸せそうに言って、ギュッと抱きついてくる。
その理由が、自分と同じならいいのに、と思わずにはいられない。
比較的すぐに、腕の中からは微かな寝息が聞こえてき始めた。
さっきも眠たそうにしていたし、疲れていたのだろう。
無理をさせてしまった自覚はあった。
出来るだけ長く、彼女を感じていたかった。
だって、初めてを貰って欲しいと言った彼女が、次を許してくれるかは分からない。
だから、今が最後かもしれないと思いながら、彼女を抱いたのだ。
でも、もう分からない。
だって———。
『愛して、る…ッ。』
眠りかけているなまえを抱き寄せたジャンの耳には、嬌声と共に零れた、彼女の甘い声が、残って、離れない。
このままずっと、離れて欲しくない。
必死に自分を感じようとしている健気な彼女が愛おしくて、キスをしてくれとせがむ彼女が可愛くて、まるでそこに愛があるみたいに錯覚してしまって———気づいたら、恥ずかしくなるようなことを懇願していた。
期待を、してもいいのだろうか。
もしかして、なまえも同じ気持ちなのかもしれないと、期待をしても、構わないのか。
なまえは、嘘を吐くのを嫌う。
それはきっと、彼女に沁みついていて、情事でぼんやりとした意識の中でも変わらないことだと思うのだ。
気分を上げる為の戯言なんて、最も彼女らしくない。
「なまえさん、俺を…、どうしてぇの?」
すっかり夢の世界に旅だってしまっているなまえの頭に額を乗せて、ジャンが心の声を漏らす。
彼女が望むのなら、今すぐに、夢の世界から攫ったっていい。
どんなつもりで、初めてを貰って欲しいなんて言ったのか。
確かめたい。
何事もハッキリさせたい性格が顔を出しては、ジャンがその気になった途端に、今はまだ早いと弱気になる。
気持ちなんて、もうとっくに、決まっているのに———。