◇第五十三話◇寂しいだけの夢ならまだいい
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「もう、やめて…。」
掠れた声、途切れがちに零れたその声が、自分のものだとはすぐに認識できなかった。
私の意識の遠いところから聞こえて来た気がしたのだ。
「———、————、なまえ…っ!」
肩を揺すられて、私はハッとして目を開けた。
心配そうに顔を覗き込むハンジさんの向こうに、仲間達の視線を見た。
午後の会議は、リヴァイ班とハンジ班と一緒に次の壁外調査で実行する作戦についての話し合いだった。
憂鬱になる議題に頭を使うのも嫌になった私は、いつものように居眠りをしていたようだ。
「あ…寝てた。」
「それはいつものことだからいいんだけど、」
「全くよくねぇぞ、ハンジ。」
「いつも幸せそうに寝てる君が魘されてるのなんて初めて見たよ。
大丈夫かい?」
リヴァイ兵長の冷静な指摘を無視して、ハンジさんが本当に心配そうに眉尻を下げた。
モブリットさん達も似たような顔をしている。
私はそんなに魘されていたのだろうか。
嫌な夢は見ていたような気がする。
虚ろな瞳、真っ暗な空から垂らされる操り糸、意志を持たずに動く手足、孤独———、暗闇の世界は、この世にある不幸をすべてかき集めて出来ているようだった。
それだけは、なんとなく覚えている。
「嫌な夢を見ただけです。」
私は、片手で額を擦りながら小さく首を横に振った。
楽しい夢を見るのが主義の私が、悪夢に魘されるなんて最低な気分だ。
理由なら、なんとなく分かる気がする。
きっと———。
「そっか。次は楽しい夢を見れたらいいね。」
ハンジさんが私の髪をクシャリと撫でた。
私は下手な笑みを作って、ヘラヘラと頷く。
何処からか、ため息が聞こえた気ががした。
「休憩するか。」
それを提案したのは、珍しくリヴァイ兵長だった。
「そうですね。私もさすがに疲れました。
こんな作戦ばかり考えてたら、誰だって嫌な夢を見てしまいますよ。」
モブリットさんが首を竦め、ため息を吐いた。
そうですね、とペトラが眉尻を下げる。
ここにいる誰も、巨人を相手にするための会議を楽しいと思っていない。
だから当然、反対の声もなく、変な時間に休憩が入ることになった。
トイレへ立ったり、椅子の背もたれに身体を預けたり、デスクに突っ伏して眠ったり、各々が休憩を始めた中、私は頬杖をついて窓の向こうをぼんやりと眺めた。
窓から射す赤い夕陽が、疲労で溢れる会議室を包み込み、何処か刹那的な雰囲気を醸し出している。
きっと、そのせいだ。
ここ最近ずっと、気分が乗らない。
妄想も、捗らない。
それに———。
「会いたいな…。」
ポツリ、と漏れた声は、泣いているようだった。
それが誰のものかを私が判断する前に、肩に大きな手が乗った。
「あと少しの辛抱だよ。」
モブリットさんに肩を叩かれて、ハッとする。
仲間達の方を向けば、ペトラやエルド、ハンジがとても不憫そうに私を見ていた。
「私…、何か言いました…?」
「…いいや、何も言ってないよ。」
困ったように微笑んだモブリットさんの手が、肩をひとつポンと軽く叩いてから離れて行った。
さっきの泣きそうな声は、やっぱり私のものだったらしい。
1週間前から、私の自慢の補佐官であるジャンは、団長の右腕であるアルミンと一緒にストヘス区へ出張に出ている。
次回の壁外調査を滞りなく進める為に必要で、とても大切な任務だ。
彼らにしか頼めないし、彼らでなければならない。
そして、その間に、ここで会議を重ねるのは、私やリヴァイ班、ハンジ班でなければならない。
それぞれが、今必要なことをしているのだ。
壁外調査を生き抜くために、いや、人類の未来と共に生きていくために———。
分かっては、いるのだけれど————。
「会いたい…。」
テーブルに突っ伏して、自分の腕の中で呟く。
誰にも聞こえない、心の声だ。
ジャンが補佐官になってから、こんな風に離れて任務を遂行するのは初めてだった。
いや、そもそも、丸1日会わないことなんて今まで1度もなかったのだ。
だから、まるで私の中の大事な何かが欠けたみたいに、毎日が物足りないまま始まって、物足りないままで終わっていく。
「そういえば、ずっと思ってたんすけど、
なまえさんって今、どうやって起きてるんすか?」
不意に聞こえて来たのは、オルオからの純粋な疑問だった。
私が毎朝どうやって起きているのか、きっと調査兵の皆が知っている。
いや、毎朝だけじゃない。
私に規則正しい生活をさせていたのは補佐官のジャンだ。
だから、補佐官のいないこの1週間をどうやって生活しているのか気になったのだろう。
腕の中から目だけを出すように、少しだけ顔を上げた私は、オルオを見た後、その視線を中央の席に座っているリヴァイ兵長へ移した。
「鬼に、身ぐるみを剥がされて、恐怖で目を覚ます…。」
「あ~、リヴァイ兵長に布団をとられるんすね。」
「誰が鬼だ。人を追い剝ぎみたいに言うんじゃねぇ。
そして、オルオよ。すぐに理解するんじゃねぇ。
お前も俺を鬼だと思ってんのか。」
「まさか!!最高で最強の色男だと思ってます!!
朝からリヴァイ兵長に起こしてもらえるなんて、羨ましいっす!!
鬼どころか、抱いて欲しいと思う女の方が多いっす!!
俺もリヴァイ兵長になら抱かれてもいいっす!!むしろ抱いて欲しいっす!!」
「…お前、気色悪ぃな。」
思いきり眉を顰めたリヴァイ兵長に、オルオはショックを受ける。
それが可笑しかったのか、ハンジさんが腹を抱えて笑う。
彼女の屈託のない笑い声が、真っ赤に染まった会議室を少しだけ明るくした。
掠れた声、途切れがちに零れたその声が、自分のものだとはすぐに認識できなかった。
私の意識の遠いところから聞こえて来た気がしたのだ。
「———、————、なまえ…っ!」
肩を揺すられて、私はハッとして目を開けた。
心配そうに顔を覗き込むハンジさんの向こうに、仲間達の視線を見た。
午後の会議は、リヴァイ班とハンジ班と一緒に次の壁外調査で実行する作戦についての話し合いだった。
憂鬱になる議題に頭を使うのも嫌になった私は、いつものように居眠りをしていたようだ。
「あ…寝てた。」
「それはいつものことだからいいんだけど、」
「全くよくねぇぞ、ハンジ。」
「いつも幸せそうに寝てる君が魘されてるのなんて初めて見たよ。
大丈夫かい?」
リヴァイ兵長の冷静な指摘を無視して、ハンジさんが本当に心配そうに眉尻を下げた。
モブリットさん達も似たような顔をしている。
私はそんなに魘されていたのだろうか。
嫌な夢は見ていたような気がする。
虚ろな瞳、真っ暗な空から垂らされる操り糸、意志を持たずに動く手足、孤独———、暗闇の世界は、この世にある不幸をすべてかき集めて出来ているようだった。
それだけは、なんとなく覚えている。
「嫌な夢を見ただけです。」
私は、片手で額を擦りながら小さく首を横に振った。
楽しい夢を見るのが主義の私が、悪夢に魘されるなんて最低な気分だ。
理由なら、なんとなく分かる気がする。
きっと———。
「そっか。次は楽しい夢を見れたらいいね。」
ハンジさんが私の髪をクシャリと撫でた。
私は下手な笑みを作って、ヘラヘラと頷く。
何処からか、ため息が聞こえた気ががした。
「休憩するか。」
それを提案したのは、珍しくリヴァイ兵長だった。
「そうですね。私もさすがに疲れました。
こんな作戦ばかり考えてたら、誰だって嫌な夢を見てしまいますよ。」
モブリットさんが首を竦め、ため息を吐いた。
そうですね、とペトラが眉尻を下げる。
ここにいる誰も、巨人を相手にするための会議を楽しいと思っていない。
だから当然、反対の声もなく、変な時間に休憩が入ることになった。
トイレへ立ったり、椅子の背もたれに身体を預けたり、デスクに突っ伏して眠ったり、各々が休憩を始めた中、私は頬杖をついて窓の向こうをぼんやりと眺めた。
窓から射す赤い夕陽が、疲労で溢れる会議室を包み込み、何処か刹那的な雰囲気を醸し出している。
きっと、そのせいだ。
ここ最近ずっと、気分が乗らない。
妄想も、捗らない。
それに———。
「会いたいな…。」
ポツリ、と漏れた声は、泣いているようだった。
それが誰のものかを私が判断する前に、肩に大きな手が乗った。
「あと少しの辛抱だよ。」
モブリットさんに肩を叩かれて、ハッとする。
仲間達の方を向けば、ペトラやエルド、ハンジがとても不憫そうに私を見ていた。
「私…、何か言いました…?」
「…いいや、何も言ってないよ。」
困ったように微笑んだモブリットさんの手が、肩をひとつポンと軽く叩いてから離れて行った。
さっきの泣きそうな声は、やっぱり私のものだったらしい。
1週間前から、私の自慢の補佐官であるジャンは、団長の右腕であるアルミンと一緒にストヘス区へ出張に出ている。
次回の壁外調査を滞りなく進める為に必要で、とても大切な任務だ。
彼らにしか頼めないし、彼らでなければならない。
そして、その間に、ここで会議を重ねるのは、私やリヴァイ班、ハンジ班でなければならない。
それぞれが、今必要なことをしているのだ。
壁外調査を生き抜くために、いや、人類の未来と共に生きていくために———。
分かっては、いるのだけれど————。
「会いたい…。」
テーブルに突っ伏して、自分の腕の中で呟く。
誰にも聞こえない、心の声だ。
ジャンが補佐官になってから、こんな風に離れて任務を遂行するのは初めてだった。
いや、そもそも、丸1日会わないことなんて今まで1度もなかったのだ。
だから、まるで私の中の大事な何かが欠けたみたいに、毎日が物足りないまま始まって、物足りないままで終わっていく。
「そういえば、ずっと思ってたんすけど、
なまえさんって今、どうやって起きてるんすか?」
不意に聞こえて来たのは、オルオからの純粋な疑問だった。
私が毎朝どうやって起きているのか、きっと調査兵の皆が知っている。
いや、毎朝だけじゃない。
私に規則正しい生活をさせていたのは補佐官のジャンだ。
だから、補佐官のいないこの1週間をどうやって生活しているのか気になったのだろう。
腕の中から目だけを出すように、少しだけ顔を上げた私は、オルオを見た後、その視線を中央の席に座っているリヴァイ兵長へ移した。
「鬼に、身ぐるみを剥がされて、恐怖で目を覚ます…。」
「あ~、リヴァイ兵長に布団をとられるんすね。」
「誰が鬼だ。人を追い剝ぎみたいに言うんじゃねぇ。
そして、オルオよ。すぐに理解するんじゃねぇ。
お前も俺を鬼だと思ってんのか。」
「まさか!!最高で最強の色男だと思ってます!!
朝からリヴァイ兵長に起こしてもらえるなんて、羨ましいっす!!
鬼どころか、抱いて欲しいと思う女の方が多いっす!!
俺もリヴァイ兵長になら抱かれてもいいっす!!むしろ抱いて欲しいっす!!」
「…お前、気色悪ぃな。」
思いきり眉を顰めたリヴァイ兵長に、オルオはショックを受ける。
それが可笑しかったのか、ハンジさんが腹を抱えて笑う。
彼女の屈託のない笑い声が、真っ赤に染まった会議室を少しだけ明るくした。