◇第四十七話◇躾が必要
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仮装パーティーから1週間が経って、待ちに待った休日だった。
補佐官のジャンといつも休日が重なるわけではない。
『ここまでうまくやってるんですから、
今日は部屋でおとなしくしててくださいよ。』
今朝、任務に向かう前に私のところへやって来たジャンは、信用の欠片もないような顔でそう言った。
休日を部屋でダラダラ過ごすだけなのに、何を心配しているのかと私は鼻で笑った。
鼻で笑ったのだけれど、もしかして、今のこの状況は、ジャンが危惧していた面倒な問題に当てはまるのだろうか———。
私は今、兵舎裏の壁に追い詰められている。
背中には壁、目の前には、右手を壁に置いて、私を見下ろしている先輩の調査兵がいて、逃げ場はない。
「婚約者がいるのは知ってるから、
付き合ってくれって言ってるわけじゃねぇんだよ。
惚れてる女とヤレないまま死ぬなんて、最悪だろ?」
私を見下ろす男は、まるでその権利が当然自分にはあると本気で思っているみたいだった。
彼は、数年先輩の調査兵だ。
分隊が同じになったことはないから、あまり関わることもないけれど、言葉を交わしたことくらいはある。
そんな彼が、私の部屋に訪れたのは、今からまだ10分ほど前だ。
大切な話があると言ったその真剣な表情には、見覚えがあった。
部屋に入れてくれと言われたけれど、以前、婚約者がいる女が他の男を自分の部屋に入れるのは最低だとジャンに叱られたことを覚えていた私は、やんわりと断りを入れた。
それなら、という彼の申し出を今度こそ受け入れて、兵舎裏にやって来た。
婚約者がいると知っていても尚、自分の気持ちを伝えようとするその真っすぐな想いに、私も誠意を持って対応するべきだと考えたからだ。
予想通りの告白に、婚約者がいるからと、いつもよりもハッキリとした理由を述べることが出来た私は、それでこの話は終わると信じていた。
でも、ここまでは、私に婚約者がいることを知っている彼にとって、想定内で、本当の目的は、気持ちを伝えることではなくて、今のこの状況の方だったのだろう。
だから、私の非番の日に、部屋で話がしたいとやってきたのだ。
「ごめんなさい。」
小さく首を振る私の頭上に、呆れたようなため息が落ちてきた。
これがジャンなら、不思議と心地が良いのだ。
たぶん、私のことを理解してくれていると感じることが出来るからだと思う。
でも、目の前の先輩調査兵のそれは、ただ小馬鹿にされただけみたいで、凄く不快だった。
「だからさ、1回だけでいいって言ってんじゃん。
どうせアイツともヤリまくってんだろ?
その1回を俺にすればいいだけじゃん。」
「1回ならとか、回数の問題じゃなくて…。」
「俺、次の壁外調査で初列索敵班になったんだよ。次こそ死ぬかもしれねぇ。
惚れてる女に冷たくされたまま俺が死んでも、お前は何とも思わねぇの?」
「それは…、」
何と言えばいいか分からず、言葉が続かなかった。
どちらかといえば、おとなしい印象だった先輩兵士が、こんな強引なことをしてくる理由を理解して、胸が締め付けられそうだった。
壁外調査の作戦案が決まる頃になると、調査兵の誰もが、気を引き締めて、そして、不安に襲われる。
次こそはもしかしたら———ときっと誰でも思う。
長距離索敵陣形の初列索敵班に選ばれたのなら、それは余計にそうだろう。
きっと、彼は彼で、いろいろ思い詰めて、無茶苦茶なことを言っているのかもしれない。
そこまでは理解できても、だからといって、受け入れることは出来ない。
でも、何と断ればよいのか、私にはもう分からなかった。
「最後にさ、俺にも夢を見させてよ。」
「夢…。」
「そう、夢。な?だからいいだろ?
1回だけヤラせてくれれば、もう二度と話しかけたりもしねぇし、
アイツにも絶対バレないようにしてやるから。」
な?———。
先輩調査兵はダメ押しとばかりにそう言って、私の顔を覗き込もうとした。そのときだった。
ゴンッという大きな音が、私の左耳の辺りで響いた。
驚いて左を向くと、壁に拳を当てて、怖ろしい形相で先輩調査兵を睨むジャンがいた。
でも、先輩調査兵と目が合った途端、表情がスーッと消えていったのが、一番怖かった。
「バレないようにすんの、俺も協力してあげますよ。」
「え…?あ、これは…、」
「アイツにバレちまったら、大変っすからね。
壁外調査に出る前に、ソニーとビーンのおやつですよ、先輩。」
無表情を装ったはずのジャンの目は、怒りの炎を宿していた。
そしてそれは、無言で〝本気で殺す〟と語っているように見えたのだ。
それはきっと、先輩調査兵も同じだったのだろう。
彼は、とても情けない悲鳴を上げながら逃げ去って行ってしまった。
「は~…、よかった。」
小さくなっていく先輩調査兵の背中を見送った私は、胸に手を置いて安堵の息を吐いた。
そして、ジャンを見上げて、礼を伝える。
「ジャンが偶々通りかかってくれて、ラッキーだったよ。
ありがとう。」
「馬鹿っすか。
兵舎の裏に偶々通りかかる用なんてあるわけないでしょ。」
呆れた、というよりも、ジャンは冷たく突き放すように言う。
そしてそのまま、どうしてここに来たのかを教えてくれる。
「ハンジさんのとこで実験補佐してたら、
先輩達から、あのクズ野郎がなまえさんのとこに行くこと聞いたんで、
探してたんですよ。」
「あ~、そっか。そうだったん———。」
「部屋に戻りますよ。」
ジャンは、私の手首を掴むと強引に引っ張った。
私を引きずるように歩くジャンの背中からは、ピリついた空気が放たれていて、声をかけられなかった。
補佐官のジャンといつも休日が重なるわけではない。
『ここまでうまくやってるんですから、
今日は部屋でおとなしくしててくださいよ。』
今朝、任務に向かう前に私のところへやって来たジャンは、信用の欠片もないような顔でそう言った。
休日を部屋でダラダラ過ごすだけなのに、何を心配しているのかと私は鼻で笑った。
鼻で笑ったのだけれど、もしかして、今のこの状況は、ジャンが危惧していた面倒な問題に当てはまるのだろうか———。
私は今、兵舎裏の壁に追い詰められている。
背中には壁、目の前には、右手を壁に置いて、私を見下ろしている先輩の調査兵がいて、逃げ場はない。
「婚約者がいるのは知ってるから、
付き合ってくれって言ってるわけじゃねぇんだよ。
惚れてる女とヤレないまま死ぬなんて、最悪だろ?」
私を見下ろす男は、まるでその権利が当然自分にはあると本気で思っているみたいだった。
彼は、数年先輩の調査兵だ。
分隊が同じになったことはないから、あまり関わることもないけれど、言葉を交わしたことくらいはある。
そんな彼が、私の部屋に訪れたのは、今からまだ10分ほど前だ。
大切な話があると言ったその真剣な表情には、見覚えがあった。
部屋に入れてくれと言われたけれど、以前、婚約者がいる女が他の男を自分の部屋に入れるのは最低だとジャンに叱られたことを覚えていた私は、やんわりと断りを入れた。
それなら、という彼の申し出を今度こそ受け入れて、兵舎裏にやって来た。
婚約者がいると知っていても尚、自分の気持ちを伝えようとするその真っすぐな想いに、私も誠意を持って対応するべきだと考えたからだ。
予想通りの告白に、婚約者がいるからと、いつもよりもハッキリとした理由を述べることが出来た私は、それでこの話は終わると信じていた。
でも、ここまでは、私に婚約者がいることを知っている彼にとって、想定内で、本当の目的は、気持ちを伝えることではなくて、今のこの状況の方だったのだろう。
だから、私の非番の日に、部屋で話がしたいとやってきたのだ。
「ごめんなさい。」
小さく首を振る私の頭上に、呆れたようなため息が落ちてきた。
これがジャンなら、不思議と心地が良いのだ。
たぶん、私のことを理解してくれていると感じることが出来るからだと思う。
でも、目の前の先輩調査兵のそれは、ただ小馬鹿にされただけみたいで、凄く不快だった。
「だからさ、1回だけでいいって言ってんじゃん。
どうせアイツともヤリまくってんだろ?
その1回を俺にすればいいだけじゃん。」
「1回ならとか、回数の問題じゃなくて…。」
「俺、次の壁外調査で初列索敵班になったんだよ。次こそ死ぬかもしれねぇ。
惚れてる女に冷たくされたまま俺が死んでも、お前は何とも思わねぇの?」
「それは…、」
何と言えばいいか分からず、言葉が続かなかった。
どちらかといえば、おとなしい印象だった先輩兵士が、こんな強引なことをしてくる理由を理解して、胸が締め付けられそうだった。
壁外調査の作戦案が決まる頃になると、調査兵の誰もが、気を引き締めて、そして、不安に襲われる。
次こそはもしかしたら———ときっと誰でも思う。
長距離索敵陣形の初列索敵班に選ばれたのなら、それは余計にそうだろう。
きっと、彼は彼で、いろいろ思い詰めて、無茶苦茶なことを言っているのかもしれない。
そこまでは理解できても、だからといって、受け入れることは出来ない。
でも、何と断ればよいのか、私にはもう分からなかった。
「最後にさ、俺にも夢を見させてよ。」
「夢…。」
「そう、夢。な?だからいいだろ?
1回だけヤラせてくれれば、もう二度と話しかけたりもしねぇし、
アイツにも絶対バレないようにしてやるから。」
な?———。
先輩調査兵はダメ押しとばかりにそう言って、私の顔を覗き込もうとした。そのときだった。
ゴンッという大きな音が、私の左耳の辺りで響いた。
驚いて左を向くと、壁に拳を当てて、怖ろしい形相で先輩調査兵を睨むジャンがいた。
でも、先輩調査兵と目が合った途端、表情がスーッと消えていったのが、一番怖かった。
「バレないようにすんの、俺も協力してあげますよ。」
「え…?あ、これは…、」
「アイツにバレちまったら、大変っすからね。
壁外調査に出る前に、ソニーとビーンのおやつですよ、先輩。」
無表情を装ったはずのジャンの目は、怒りの炎を宿していた。
そしてそれは、無言で〝本気で殺す〟と語っているように見えたのだ。
それはきっと、先輩調査兵も同じだったのだろう。
彼は、とても情けない悲鳴を上げながら逃げ去って行ってしまった。
「は~…、よかった。」
小さくなっていく先輩調査兵の背中を見送った私は、胸に手を置いて安堵の息を吐いた。
そして、ジャンを見上げて、礼を伝える。
「ジャンが偶々通りかかってくれて、ラッキーだったよ。
ありがとう。」
「馬鹿っすか。
兵舎の裏に偶々通りかかる用なんてあるわけないでしょ。」
呆れた、というよりも、ジャンは冷たく突き放すように言う。
そしてそのまま、どうしてここに来たのかを教えてくれる。
「ハンジさんのとこで実験補佐してたら、
先輩達から、あのクズ野郎がなまえさんのとこに行くこと聞いたんで、
探してたんですよ。」
「あ~、そっか。そうだったん———。」
「部屋に戻りますよ。」
ジャンは、私の手首を掴むと強引に引っ張った。
私を引きずるように歩くジャンの背中からは、ピリついた空気が放たれていて、声をかけられなかった。