◇第四十五話◇遠くで輝く月が沈黙を貫いた理由を
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水音が煩わしい噴水のそばに立つリヴァイは、馬車が門を潜るのを遠くから見送っていた。
あの馬車に乗っている女は、煌びやかなドレスを身に纏い、この夢の城で〝眠り姫〟と呼ばれていた。
でも、本当の彼女は、調査兵だ。
そして、婚約者を愛するどこにでもいる普通の女なのだ。
悪足掻きだと知っていながらも、どうしようもなく引き留めたくなって、右手が上がる。
そんなリヴァイを嘲笑うように、重たい門が、門番達によって閉められた。
馬車の姿は見えなくなり、彼女がこの夢の世界にいた名残さえ消える。
行き場を失くした右手で悔し気に拳を握ったその途端に、強く吹いた冷たい夜風が、リヴァイの頬を殴りつけた。
それを、仕方がないと理解してしまう自分が気に入らない。
御伽噺に登場する〝眠り姫〟のようだと揶揄され、いつも夢ばかりを見ている純粋ななまえを、穢そうとした。
いつも真っすぐで、優しく、愛に溢れている彼女に、愛する男を裏切らせようとしたのだ。
最低なことをした自覚はあるけれど、結局、彼女は、悪い男の手のひらの上では踊ってはくれなかった。
『リヴァイ兵長に騎士をしてもらえるなんて、さすが夢の世界ですね!!
あぁ…!これでもう私、思い残すことなくジャンの看病に戻れます!!
私、先に兵舎に帰るので、皆にそう伝えておいてください!』
ありがとうございました———、屈託のない笑みでそう言って、なまえはドレスの裾を踏まないように両手で摘まみ上げながら、走り去っていった。
リヴァイが手を引かずとも、彼女は転ぶこともなく、愛する男の元へ走り続けられるのだ。
そんなこと、本当は知っていた。
ふわりふわりと宙を舞う彼女を捕まえるのは、無理なのだ。
だから、舞うように踊る彼女を見守り続けて来た。
彼女に対して、欲望にまみれた愚かな男達は、それしか出来ないものだと信じて疑うこともなかった。
でも、あの男は、なまえを手にしてしまった。
一体どうやって、彼女の足を地面につけさせたのだろう。
どうすれば、空を舞う彼女に自分の隣を歩かせることが出来るのだろう。
『リヴァイさんみたいになれるように、私も訓練頑張ります!
———あ、あの…、掃除は、目指さないです…。掃除道具仕舞ってください。』
リヴァイが振り返ると、いつもそこには、なまえのキラキラと輝く瞳があった。
それで満足していられたのなんて、もう随分と昔のことだ。
追いかけてなんか来なくてもいい。
本当はただ、隣を歩きたかった。
でも、どうして、そんなことが出来るだろう。
だって、彼女に映る自分の姿がどんなものなのか、リヴァイは気づいているのだ。
強くて、仲間や友人想いで、夢の世界に住む騎士のようにお姫様を健気に愛せる聖人君主のような男———、それが、彼女が思うリヴァイ・アッカーマンという人間だ。
そんなものは、本当の自分ではないことを、リヴァイは誰よりも知っている。
もっと愚かで、情けなくて、惚れてる女が前にいると、カッコつけることくらいしか出来なくなる。
そんなどこにでもいる普通の男なのだ。
彼女がそんな自分に気づいてさえくれたら、もっと何か変わっていたのかもしれない———。
いや、彼女はそもそも、リヴァイ・アッカーマンという男を見てはいない。
その向こうにいる夢の世界の住人を見ている。
現実の世界にいるリヴァイという男は————。
「ダセぇな…っ。」
リヴァイは、両手で前髪をクシャリと引っ張るように握りしめると、噴水の縁に崩れ落ちるように座り込んだ。
そうして頭を抱えて、自身に対して悪態を吐く。
この夢の世界に散りばめられた悪い魔法に惑わされ、彼女も自分と一緒に堕ちていってくれるんじゃないかと期待してしまった。
その結果、本来の自分には一番似合わない夢の城に一人取り残され、愛する男の元へ走って逃げていく女を見送ることになるなんて、無様過ぎる。
こんな姿、なまえにだけは見られたくない———。
無意識にそんなことを思ってしまうけれど、それすら無駄な心配なのだ。
どうせ、彼女が今の自分を見たところで、夢を追いかけるばかりの輝く瞳には映らないのだから———。
「あら?なまえ様と一緒だったのではないのですか?」
やたら丁寧な口調で声をかけられて、リヴァイは顔を上げた。
貴族の娘であるエマ達が、バルコニーの階段を降りて庭にやって来たようだった。
3人は、不思議そうに庭を見渡してなまえの姿を探していた。
「熱で寝込んでる婚約者が心配だからって、さっき帰っていった。」
リヴァイが正直に答えれば、エマ達は驚いた様子で開いた口を両手で隠した。
そして、目を見開き、お互いの顔を見合わせる。
「なまえ様が、補佐官のジャン様と御婚約されたというお噂は本当だったのですね。」
「眠り姫様と騎士様の物語を夢見ていたので、ずっと信じられなかったのですけれど。」
「仕方がありませんわ。騎士様よりも、ジャン様の元へ向かわれてしまうほどに
なまえ様が彼を愛していらっしゃるのなら。」
彼女達は、困ったように眉尻を下げると、口々に、とても残念だというようなことを言う。
だがその後、彼女達の瞳は、キラキラと輝きを放つ。
それは、夢を語るときのなまえにそっくりだった。
そして、彼女達は、でも—————と楽しそうに続ける。
「今、思えば、とてもお似合いですわよねっ。」
「えぇ、そうなんですの!ジャン様と一緒にいるときのなまえ様は、
穏やかな表情をされていて、甘えたり我儘を仰ってるのがとても可愛いらしくって…!
きっと、ジャン様の前にいるなまえ様が自然な姿なんでしょうね。」
「噂を聞いたときには意外だと思いましたけれど、
落ち着いてらっしゃるジャン様が、なまえ様をお守りしている関係が
とても素敵で憧れます!」
貴族の娘達は、なまえにそっくりの夢見る少女のような笑顔で、楽しそうに盛り上がる。
漆黒の闇のような夜空で、いつだって黙ってばかりでお喋りの相手にはなれない月が、ひとりきりで輝き続けていた。
あの馬車に乗っている女は、煌びやかなドレスを身に纏い、この夢の城で〝眠り姫〟と呼ばれていた。
でも、本当の彼女は、調査兵だ。
そして、婚約者を愛するどこにでもいる普通の女なのだ。
悪足掻きだと知っていながらも、どうしようもなく引き留めたくなって、右手が上がる。
そんなリヴァイを嘲笑うように、重たい門が、門番達によって閉められた。
馬車の姿は見えなくなり、彼女がこの夢の世界にいた名残さえ消える。
行き場を失くした右手で悔し気に拳を握ったその途端に、強く吹いた冷たい夜風が、リヴァイの頬を殴りつけた。
それを、仕方がないと理解してしまう自分が気に入らない。
御伽噺に登場する〝眠り姫〟のようだと揶揄され、いつも夢ばかりを見ている純粋ななまえを、穢そうとした。
いつも真っすぐで、優しく、愛に溢れている彼女に、愛する男を裏切らせようとしたのだ。
最低なことをした自覚はあるけれど、結局、彼女は、悪い男の手のひらの上では踊ってはくれなかった。
『リヴァイ兵長に騎士をしてもらえるなんて、さすが夢の世界ですね!!
あぁ…!これでもう私、思い残すことなくジャンの看病に戻れます!!
私、先に兵舎に帰るので、皆にそう伝えておいてください!』
ありがとうございました———、屈託のない笑みでそう言って、なまえはドレスの裾を踏まないように両手で摘まみ上げながら、走り去っていった。
リヴァイが手を引かずとも、彼女は転ぶこともなく、愛する男の元へ走り続けられるのだ。
そんなこと、本当は知っていた。
ふわりふわりと宙を舞う彼女を捕まえるのは、無理なのだ。
だから、舞うように踊る彼女を見守り続けて来た。
彼女に対して、欲望にまみれた愚かな男達は、それしか出来ないものだと信じて疑うこともなかった。
でも、あの男は、なまえを手にしてしまった。
一体どうやって、彼女の足を地面につけさせたのだろう。
どうすれば、空を舞う彼女に自分の隣を歩かせることが出来るのだろう。
『リヴァイさんみたいになれるように、私も訓練頑張ります!
———あ、あの…、掃除は、目指さないです…。掃除道具仕舞ってください。』
リヴァイが振り返ると、いつもそこには、なまえのキラキラと輝く瞳があった。
それで満足していられたのなんて、もう随分と昔のことだ。
追いかけてなんか来なくてもいい。
本当はただ、隣を歩きたかった。
でも、どうして、そんなことが出来るだろう。
だって、彼女に映る自分の姿がどんなものなのか、リヴァイは気づいているのだ。
強くて、仲間や友人想いで、夢の世界に住む騎士のようにお姫様を健気に愛せる聖人君主のような男———、それが、彼女が思うリヴァイ・アッカーマンという人間だ。
そんなものは、本当の自分ではないことを、リヴァイは誰よりも知っている。
もっと愚かで、情けなくて、惚れてる女が前にいると、カッコつけることくらいしか出来なくなる。
そんなどこにでもいる普通の男なのだ。
彼女がそんな自分に気づいてさえくれたら、もっと何か変わっていたのかもしれない———。
いや、彼女はそもそも、リヴァイ・アッカーマンという男を見てはいない。
その向こうにいる夢の世界の住人を見ている。
現実の世界にいるリヴァイという男は————。
「ダセぇな…っ。」
リヴァイは、両手で前髪をクシャリと引っ張るように握りしめると、噴水の縁に崩れ落ちるように座り込んだ。
そうして頭を抱えて、自身に対して悪態を吐く。
この夢の世界に散りばめられた悪い魔法に惑わされ、彼女も自分と一緒に堕ちていってくれるんじゃないかと期待してしまった。
その結果、本来の自分には一番似合わない夢の城に一人取り残され、愛する男の元へ走って逃げていく女を見送ることになるなんて、無様過ぎる。
こんな姿、なまえにだけは見られたくない———。
無意識にそんなことを思ってしまうけれど、それすら無駄な心配なのだ。
どうせ、彼女が今の自分を見たところで、夢を追いかけるばかりの輝く瞳には映らないのだから———。
「あら?なまえ様と一緒だったのではないのですか?」
やたら丁寧な口調で声をかけられて、リヴァイは顔を上げた。
貴族の娘であるエマ達が、バルコニーの階段を降りて庭にやって来たようだった。
3人は、不思議そうに庭を見渡してなまえの姿を探していた。
「熱で寝込んでる婚約者が心配だからって、さっき帰っていった。」
リヴァイが正直に答えれば、エマ達は驚いた様子で開いた口を両手で隠した。
そして、目を見開き、お互いの顔を見合わせる。
「なまえ様が、補佐官のジャン様と御婚約されたというお噂は本当だったのですね。」
「眠り姫様と騎士様の物語を夢見ていたので、ずっと信じられなかったのですけれど。」
「仕方がありませんわ。騎士様よりも、ジャン様の元へ向かわれてしまうほどに
なまえ様が彼を愛していらっしゃるのなら。」
彼女達は、困ったように眉尻を下げると、口々に、とても残念だというようなことを言う。
だがその後、彼女達の瞳は、キラキラと輝きを放つ。
それは、夢を語るときのなまえにそっくりだった。
そして、彼女達は、でも—————と楽しそうに続ける。
「今、思えば、とてもお似合いですわよねっ。」
「えぇ、そうなんですの!ジャン様と一緒にいるときのなまえ様は、
穏やかな表情をされていて、甘えたり我儘を仰ってるのがとても可愛いらしくって…!
きっと、ジャン様の前にいるなまえ様が自然な姿なんでしょうね。」
「噂を聞いたときには意外だと思いましたけれど、
落ち着いてらっしゃるジャン様が、なまえ様をお守りしている関係が
とても素敵で憧れます!」
貴族の娘達は、なまえにそっくりの夢見る少女のような笑顔で、楽しそうに盛り上がる。
漆黒の闇のような夜空で、いつだって黙ってばかりでお喋りの相手にはなれない月が、ひとりきりで輝き続けていた。