◇第三十五話◇ご機嫌に雨に踊らされる
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近頃、ジャンの上官で、偽物の婚約者のなまえは、ひどくご機嫌だ。
起きていても、寝ていても、鼻歌を口ずさみ、廊下を歩くときは、ステップを踏んで踊りながら、すれ違う調査兵全員に楽しそうに声をかけていく。
執務室に戻れば、次回の壁外調査での特殊任務に向けて、覚えなければならない作戦案も幾つもあるし、デスクの上には、いつも以上に書類が山を作って積み重なっている。
それでも、彼女は、いつものように憂鬱そうな顔はしない。
書類の山が土砂崩れを起こし、補佐官が声にならない悲鳴を上げていても、彼女は、鼻歌を口ずさみながら書類を片付けるのだ。
昨日の午後からは、リヴァイ班を含む精鋭兵との厳しすぎる合同訓練も開始されたが、彼女は、まるで、空を舞うように立体起動装置で飛び上がっては、巨人に見立てたハリボテを討伐する。
とにかく、なまえは、機嫌がすこぶるいい。
どれくらいかと言うと、雨の日にも傘を差さないで、濡れた道をステップしながら歩くくらい、ご機嫌だ。
「なまえさん、ちゃんと傘差してくださいよ。
ガキじゃないんすから。」
今日は、ジャンとなまえ、駐屯兵団本部の資料庫を借りて仕事をしていた。
次回の壁外調査での特殊任務で調べることが決まった図書施設の資料を探すためだ。
調査兵団の資料室とは違い、広い敷地と膨大な数の資料が所蔵されている駐屯兵団の資料庫は、資料の場所を把握するだけで1日が潰れてしまった。
とりあえず、本格的な資料集めは明日にしようということにしたなまえに頷き、ジャンが彼女と一緒に駐屯兵団本部から出た頃には、空もうすっかり赤く染まっていた。
だが、そのときはまだ雨は降っていなかったのだ。
それなのに、今さら調査兵団本部には戻れないほどまで歩いたところで、激しいにわか雨に襲われてしまった。
ジャンは、なまえを通りすがりの軒下に避難させると、すぐに近くの店で傘を1本調達して来た。
だが、彼女は、ジャンが、濡れるから傘に入れ、と幾ら言っても、気持ちがいいからいいのだ、と雨に打たれることを選ぶ。
水たまりを踏んでは、泥水を跳ねさせ、なまえは、ジャンの少し前をご機嫌にスキップしている。
「せっかく、俺が買ってきてやったのに。」
ジャンは、ボソッと不貞腐れた様に呟くと、楽しそうな後ろ姿に叱るように大きな声を飛ばす。
「風邪引いて、楽しみ過ぎる仮装パーティーに行けなくなってもしらないですからね!!」
激しい雨に打たれて、全身びしょ濡れのなまえが、楽しそうに振り向いた。
「馬鹿は風邪引かないっていうから、大丈夫~。」
なまえが、アハハと楽しそうに笑う。
確かに、彼女が風邪を引いたところは、そう言えば見たことがない。
だが、それが、今日も明日も続くとは限らない。
だから、ジャンは何度も、風邪を引くから一緒に傘に入ろうと声をかけたのだけれど、結局、彼女は、びしょ濡れで兵舎に帰った。
そして————。
「てめぇ、その汚ぇ格好で宿舎に入るつもりじゃねぇだろうな。」
ちょうどエルヴィンの執務室の帰りで、宿舎に戻ろうとしていたリヴァイに見つかってしまった。
姿を見つけた瞬間に、ビクッと肩を揺らした彼女は、逃げようとしたようだったが、それよりも先にリヴァイに声をかけられてしまった。
訓練の片づけを終えた調査兵達が、濡れながら走って宿舎に入っていく———。
その入口で、なまえは、リヴァイのお説教を受ける羽目になってしまった。
一応、屋根があるおかげで、濡れずに済む場所ではあるが、激しく降り続く雨が五月蠅いし、寒い。
ちゃんと傘を差していたおかげで、腕と足元が濡れてしまっただけのジャンは、なまえを残して宿舎に入ってしまいたくなる。
でも、一応、上官で婚約者となっている彼女を他の男の元に置いていくわけにはいかない。
「一応、訊いてやる。お前の大好きな補佐官は濡れてねぇのに、
どうして、てめぇだけびしょ濡れで、そんなにクソ汚くなってやがる。
ソイツが、傘を貸してくれなかったのか?あ?」
ぬかるんだ道をスキップしてきたなまえの兵団服のズボンの裾は、跳ねた泥水で汚れている。
身体中も、兵団服を着たまま川遊びをしたみたいなびしょ濡れだ。
なまえが、今、一番会いたくなかった人物だったかもしれない。
すぐに謝るか、補佐官のせいにしてしまえばいいのに、阿呆みたいな言い訳を始める。
「だって、雨が気持ち良かったんです…!」
「あ?」
リヴァイの片眉が上がり、空気が一気に張り詰めた。
いつもいつもどうしようもない言い訳が口を滑らせては、リヴァイに鬼のように怒られているのに、なぜ懲りないのか。
ジャンは、なまえはもうそういう姓癖なんじゃないかと疑っているくらいだ。
「悪いのは、私じゃなくて、雨が————。」
「同じこと言って、高熱出して寝込んだのはどこのどいつだったか?」
「…さ、さぁ…?」
なまえが、顔を引きつらせて無理やり作ったような笑みを浮かべて、首を傾げた。
それがさらにリヴァイの逆鱗に触れる。
「薬は飲まねぇ。それなら何か食えと言えば、紅茶を飲ませろと喚き出す。
そのせいで、ハンジに捕まった俺が紅茶を作る羽目になったことを忘れたとは言わせねぇぞ、クソが。」
「は、はい…!今、思い出しました!!」
心臓を捧げる敬礼をして、なまえが、声を裏返らせた。
きっと、思わずだったのだろうけれど、まるで、リヴァイに心臓を捧げようとしているみたいだ。
(へぇ、馬鹿でも風邪引くんだな。)
ジャンは、見飽きたお説教シーンを眺めながら、そんなことを考えていた。
10年も調査兵団にいれば、怪我だけではなく、病気をすることも一度はあるだろう。
当然のはずなのに、彼女は風邪を引いたことがないのだと思っていた。
自分が、見たことがないからだ。
でも、そうか。当然だ、どんな馬鹿だって、風邪は引く。
コニーが風邪を引いたのだって見たことがあるのだから、馬鹿だって、風邪は引く。
とにかく、宿舎に入るのは、汚い泥を落としてからだと言った後、リヴァイは、すぐにシャワーを浴びて、今日は早く寝るようにとまで注意し始めた。
こうして、いつもいつも、リヴァイはなまえに誰よりも厳しくて、誰よりも構う。
まるで———。
そう、まるで、まるで、父親のようだ。
「言っとくが、俺はもう二度と看病なんかしてやらねぇからな。」
リヴァイが、ギロリとなまえを睨みつけた。
眉尻を下げて泣きそうな顔をした後、なまえが、恐る恐るジャンを見上げた。
その視線に気づいて、ジャンが口を開く。
「言っときますけど、俺だって嫌っすよ。」
「…馬鹿は風邪引かないもん。」
なまえが、ボソリと不貞腐れたように呟いた。
起きていても、寝ていても、鼻歌を口ずさみ、廊下を歩くときは、ステップを踏んで踊りながら、すれ違う調査兵全員に楽しそうに声をかけていく。
執務室に戻れば、次回の壁外調査での特殊任務に向けて、覚えなければならない作戦案も幾つもあるし、デスクの上には、いつも以上に書類が山を作って積み重なっている。
それでも、彼女は、いつものように憂鬱そうな顔はしない。
書類の山が土砂崩れを起こし、補佐官が声にならない悲鳴を上げていても、彼女は、鼻歌を口ずさみながら書類を片付けるのだ。
昨日の午後からは、リヴァイ班を含む精鋭兵との厳しすぎる合同訓練も開始されたが、彼女は、まるで、空を舞うように立体起動装置で飛び上がっては、巨人に見立てたハリボテを討伐する。
とにかく、なまえは、機嫌がすこぶるいい。
どれくらいかと言うと、雨の日にも傘を差さないで、濡れた道をステップしながら歩くくらい、ご機嫌だ。
「なまえさん、ちゃんと傘差してくださいよ。
ガキじゃないんすから。」
今日は、ジャンとなまえ、駐屯兵団本部の資料庫を借りて仕事をしていた。
次回の壁外調査での特殊任務で調べることが決まった図書施設の資料を探すためだ。
調査兵団の資料室とは違い、広い敷地と膨大な数の資料が所蔵されている駐屯兵団の資料庫は、資料の場所を把握するだけで1日が潰れてしまった。
とりあえず、本格的な資料集めは明日にしようということにしたなまえに頷き、ジャンが彼女と一緒に駐屯兵団本部から出た頃には、空もうすっかり赤く染まっていた。
だが、そのときはまだ雨は降っていなかったのだ。
それなのに、今さら調査兵団本部には戻れないほどまで歩いたところで、激しいにわか雨に襲われてしまった。
ジャンは、なまえを通りすがりの軒下に避難させると、すぐに近くの店で傘を1本調達して来た。
だが、彼女は、ジャンが、濡れるから傘に入れ、と幾ら言っても、気持ちがいいからいいのだ、と雨に打たれることを選ぶ。
水たまりを踏んでは、泥水を跳ねさせ、なまえは、ジャンの少し前をご機嫌にスキップしている。
「せっかく、俺が買ってきてやったのに。」
ジャンは、ボソッと不貞腐れた様に呟くと、楽しそうな後ろ姿に叱るように大きな声を飛ばす。
「風邪引いて、楽しみ過ぎる仮装パーティーに行けなくなってもしらないですからね!!」
激しい雨に打たれて、全身びしょ濡れのなまえが、楽しそうに振り向いた。
「馬鹿は風邪引かないっていうから、大丈夫~。」
なまえが、アハハと楽しそうに笑う。
確かに、彼女が風邪を引いたところは、そう言えば見たことがない。
だが、それが、今日も明日も続くとは限らない。
だから、ジャンは何度も、風邪を引くから一緒に傘に入ろうと声をかけたのだけれど、結局、彼女は、びしょ濡れで兵舎に帰った。
そして————。
「てめぇ、その汚ぇ格好で宿舎に入るつもりじゃねぇだろうな。」
ちょうどエルヴィンの執務室の帰りで、宿舎に戻ろうとしていたリヴァイに見つかってしまった。
姿を見つけた瞬間に、ビクッと肩を揺らした彼女は、逃げようとしたようだったが、それよりも先にリヴァイに声をかけられてしまった。
訓練の片づけを終えた調査兵達が、濡れながら走って宿舎に入っていく———。
その入口で、なまえは、リヴァイのお説教を受ける羽目になってしまった。
一応、屋根があるおかげで、濡れずに済む場所ではあるが、激しく降り続く雨が五月蠅いし、寒い。
ちゃんと傘を差していたおかげで、腕と足元が濡れてしまっただけのジャンは、なまえを残して宿舎に入ってしまいたくなる。
でも、一応、上官で婚約者となっている彼女を他の男の元に置いていくわけにはいかない。
「一応、訊いてやる。お前の大好きな補佐官は濡れてねぇのに、
どうして、てめぇだけびしょ濡れで、そんなにクソ汚くなってやがる。
ソイツが、傘を貸してくれなかったのか?あ?」
ぬかるんだ道をスキップしてきたなまえの兵団服のズボンの裾は、跳ねた泥水で汚れている。
身体中も、兵団服を着たまま川遊びをしたみたいなびしょ濡れだ。
なまえが、今、一番会いたくなかった人物だったかもしれない。
すぐに謝るか、補佐官のせいにしてしまえばいいのに、阿呆みたいな言い訳を始める。
「だって、雨が気持ち良かったんです…!」
「あ?」
リヴァイの片眉が上がり、空気が一気に張り詰めた。
いつもいつもどうしようもない言い訳が口を滑らせては、リヴァイに鬼のように怒られているのに、なぜ懲りないのか。
ジャンは、なまえはもうそういう姓癖なんじゃないかと疑っているくらいだ。
「悪いのは、私じゃなくて、雨が————。」
「同じこと言って、高熱出して寝込んだのはどこのどいつだったか?」
「…さ、さぁ…?」
なまえが、顔を引きつらせて無理やり作ったような笑みを浮かべて、首を傾げた。
それがさらにリヴァイの逆鱗に触れる。
「薬は飲まねぇ。それなら何か食えと言えば、紅茶を飲ませろと喚き出す。
そのせいで、ハンジに捕まった俺が紅茶を作る羽目になったことを忘れたとは言わせねぇぞ、クソが。」
「は、はい…!今、思い出しました!!」
心臓を捧げる敬礼をして、なまえが、声を裏返らせた。
きっと、思わずだったのだろうけれど、まるで、リヴァイに心臓を捧げようとしているみたいだ。
(へぇ、馬鹿でも風邪引くんだな。)
ジャンは、見飽きたお説教シーンを眺めながら、そんなことを考えていた。
10年も調査兵団にいれば、怪我だけではなく、病気をすることも一度はあるだろう。
当然のはずなのに、彼女は風邪を引いたことがないのだと思っていた。
自分が、見たことがないからだ。
でも、そうか。当然だ、どんな馬鹿だって、風邪は引く。
コニーが風邪を引いたのだって見たことがあるのだから、馬鹿だって、風邪は引く。
とにかく、宿舎に入るのは、汚い泥を落としてからだと言った後、リヴァイは、すぐにシャワーを浴びて、今日は早く寝るようにとまで注意し始めた。
こうして、いつもいつも、リヴァイはなまえに誰よりも厳しくて、誰よりも構う。
まるで———。
そう、まるで、まるで、父親のようだ。
「言っとくが、俺はもう二度と看病なんかしてやらねぇからな。」
リヴァイが、ギロリとなまえを睨みつけた。
眉尻を下げて泣きそうな顔をした後、なまえが、恐る恐るジャンを見上げた。
その視線に気づいて、ジャンが口を開く。
「言っときますけど、俺だって嫌っすよ。」
「…馬鹿は風邪引かないもん。」
なまえが、ボソリと不貞腐れたように呟いた。