◇第三十二話◇星達に会える夜に真実のキスを
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
不意に強く吹き出した夜風が、巨人に荒らされたウォール・マリアの土地を撫でた。
砂埃が舞って、足元を流れていく。
夜の見張りの交代を終えテントへ向かおうとしていた私は、立ち止まり後ろを振り向いた。
そこは、芝生から剥き出しになった土の大地が、見渡す限り広がっている寂しい夜の景色しかない。
だから、昼間のうちに他の数班が立ててくれた見張り台だけが、やけに大きくそびえ立って見えた。
以前は、ここには、小さな田舎町があった。
農作業を生業にしている人達が、笑ったり泣いたりしながら、幸せに生きていたのだ。
でも、もう、そんな面影は、どこにも残っていない。
都会とは造りの違う小さな家は、巨人に踏み潰されて瓦礫と化した。そして、それすらも、今では、夜風に舞う土埃に紛れてしまって、もう分からない。
ここに暮らしていた人達の想い出と、それから、命と共に、なかったものみたいに消えていこうとしているのだ。
それが、私は、どんなものよりも怖い。
いつか、私達が暮らすあの街も、この田舎町と同じ運命を辿るのだろうか。
実際、4年前のトロスト区巨人襲来のあの日、エレンがいなければ、そうなっていた———。
不安からなのか、恐怖なのか、はたまた、安堵なのかは分からない。
ただ、私は、無意識に自分の身体を抱きしめた。
「なまえさん、どうしました?」
後ろを振り向いたまま、思わず自分の身体を抱きしめてしまっていた私に、ジャンが声をかけた。
私達は今、ミケ分隊長が率いる数班の精鋭兵達と一緒に、壁外任務にやって来ていた。
次回の壁外調査に向けての拠点設営の為だ。
特殊任務を任されているからといって、壁外調査に必要な拠点設営任務を免除されるわけではない。
昼間のうちに、拠点設営の準備はほとんど終わらせられた。
後は、実際に拠点の設営を残すのみだ。恐らく、2,3日で終わらせて、壁内へ帰れるはずだ。
「うん、なんか…。人って、死んだら終わりだなぁって思ったの。
存在した事実すら消えてなくなってしまうんだろうなぁって。」
立ち止まったまま、振り返りもせずに言った。
私は、ジャンに答えたのではないと思う。
ただ寂しくて、死ぬのが怖くなって、だから敢えてそれを言葉にしたのだ。
今ではもうここに田舎町があったと言われたって信じられない。
消えてしまうのだ。
死んだら、終わりだ。
でも、死んだ。
この田舎町に住んでいた人達は、もうほとんど生きていないらしいと、ここに来る途中に誰かが言っていた。
そう、死んだ。
一緒に共に夢を語り合った仲間達が、何人も、死んだ。
彼らには、もう二度と、会えない。
現実なんて、残酷で、無慈悲で、苦しい————。
私は、夜空を見上げた。
そこには、可哀想な世界を憂いているように淡く照らし続ける月と、その月に寄り添うように幾千の星が輝いている。
死んだ人が星になると教えてくれたのは、母だった。
誰が死んだ時だっただろう。
沢山の人が死に過ぎて、もう覚えていない。
そうやって、死んだ人は、消えていくのだ。
心の中に残り続ける限りは彼らは生きている、なんて、誰が言っただろう。
大切な仲間の顔が、どんな風に笑って、どんな風に泣いていたか、どんな声で私を励まして、悪戯に笑っていたのか、私はどんどん思い出せなくなっている。
夢の中に出演してくれる彼らが、いつからか色褪せているのだ。
怖い。いつか、私は大切な誰かを、忘れてしまうんじゃないか。
怖くて仕方がない。
私はもう、大切な誰かが、夢の中に出演していないことすら、気づいていないんじゃないか———。
知らないうちに、私は大切な仲間を、殺しているのかもしれない。
これからも、私は、忘れることで、彼らを殺してしまうのかもしれない。
そして、そんな恐ろしいことに気づくことすらできない私は、彼らの為に傷つくことも出来なくなるのだ。
なんて悲しくて、残酷で、無慈悲でーーーー。
「行きますよ。」
「うん、ごめん…。」
先を歩いていたジャンを、駆け足で追いかけた。
隣に並ぶと、ジャンが私の手を握った。
「どうしたの?」
「寄り道していきませんか。」
「寄り道?」
「さっき、ゲルガーさんに面白い場所聞いたんですよ。」
「面白い場所?」
「行ってからのお楽しみです。」
「んー…。分かった。寄り道しようっ。」
本来ならば、見張り以外はテントに戻らなければならないし、今のところは問題ないことだってミケ分隊長に報告しなければならない。
そもそも、巨人の活動が鈍る夜だからといって、壁外で寄り道をして遊ぶなんて、危険だ。
そういうことも考慮して、上官としてちゃんと考えて、部下の遊びに乗ることにした。
だって、楽しいことは大好きだ。
「なまえさんならOKしてくれると思いました。」
ジャンが、悪戯っ子みたいに片方だけ口の端を上げた。
こういう顔を見ると、まだ子供だなと感じる。
普段は、頼りになり過ぎる彼の方が、私よりもずっと大人みたいだから。
「でも、怒られる役はジャンね。
私、怒られるの嫌いだから。」
「清々しいほどのクソ野郎っすね。」
もう数えきれないくらいに吐かれたセリフを、今日もジャンが言った。
砂埃が舞って、足元を流れていく。
夜の見張りの交代を終えテントへ向かおうとしていた私は、立ち止まり後ろを振り向いた。
そこは、芝生から剥き出しになった土の大地が、見渡す限り広がっている寂しい夜の景色しかない。
だから、昼間のうちに他の数班が立ててくれた見張り台だけが、やけに大きくそびえ立って見えた。
以前は、ここには、小さな田舎町があった。
農作業を生業にしている人達が、笑ったり泣いたりしながら、幸せに生きていたのだ。
でも、もう、そんな面影は、どこにも残っていない。
都会とは造りの違う小さな家は、巨人に踏み潰されて瓦礫と化した。そして、それすらも、今では、夜風に舞う土埃に紛れてしまって、もう分からない。
ここに暮らしていた人達の想い出と、それから、命と共に、なかったものみたいに消えていこうとしているのだ。
それが、私は、どんなものよりも怖い。
いつか、私達が暮らすあの街も、この田舎町と同じ運命を辿るのだろうか。
実際、4年前のトロスト区巨人襲来のあの日、エレンがいなければ、そうなっていた———。
不安からなのか、恐怖なのか、はたまた、安堵なのかは分からない。
ただ、私は、無意識に自分の身体を抱きしめた。
「なまえさん、どうしました?」
後ろを振り向いたまま、思わず自分の身体を抱きしめてしまっていた私に、ジャンが声をかけた。
私達は今、ミケ分隊長が率いる数班の精鋭兵達と一緒に、壁外任務にやって来ていた。
次回の壁外調査に向けての拠点設営の為だ。
特殊任務を任されているからといって、壁外調査に必要な拠点設営任務を免除されるわけではない。
昼間のうちに、拠点設営の準備はほとんど終わらせられた。
後は、実際に拠点の設営を残すのみだ。恐らく、2,3日で終わらせて、壁内へ帰れるはずだ。
「うん、なんか…。人って、死んだら終わりだなぁって思ったの。
存在した事実すら消えてなくなってしまうんだろうなぁって。」
立ち止まったまま、振り返りもせずに言った。
私は、ジャンに答えたのではないと思う。
ただ寂しくて、死ぬのが怖くなって、だから敢えてそれを言葉にしたのだ。
今ではもうここに田舎町があったと言われたって信じられない。
消えてしまうのだ。
死んだら、終わりだ。
でも、死んだ。
この田舎町に住んでいた人達は、もうほとんど生きていないらしいと、ここに来る途中に誰かが言っていた。
そう、死んだ。
一緒に共に夢を語り合った仲間達が、何人も、死んだ。
彼らには、もう二度と、会えない。
現実なんて、残酷で、無慈悲で、苦しい————。
私は、夜空を見上げた。
そこには、可哀想な世界を憂いているように淡く照らし続ける月と、その月に寄り添うように幾千の星が輝いている。
死んだ人が星になると教えてくれたのは、母だった。
誰が死んだ時だっただろう。
沢山の人が死に過ぎて、もう覚えていない。
そうやって、死んだ人は、消えていくのだ。
心の中に残り続ける限りは彼らは生きている、なんて、誰が言っただろう。
大切な仲間の顔が、どんな風に笑って、どんな風に泣いていたか、どんな声で私を励まして、悪戯に笑っていたのか、私はどんどん思い出せなくなっている。
夢の中に出演してくれる彼らが、いつからか色褪せているのだ。
怖い。いつか、私は大切な誰かを、忘れてしまうんじゃないか。
怖くて仕方がない。
私はもう、大切な誰かが、夢の中に出演していないことすら、気づいていないんじゃないか———。
知らないうちに、私は大切な仲間を、殺しているのかもしれない。
これからも、私は、忘れることで、彼らを殺してしまうのかもしれない。
そして、そんな恐ろしいことに気づくことすらできない私は、彼らの為に傷つくことも出来なくなるのだ。
なんて悲しくて、残酷で、無慈悲でーーーー。
「行きますよ。」
「うん、ごめん…。」
先を歩いていたジャンを、駆け足で追いかけた。
隣に並ぶと、ジャンが私の手を握った。
「どうしたの?」
「寄り道していきませんか。」
「寄り道?」
「さっき、ゲルガーさんに面白い場所聞いたんですよ。」
「面白い場所?」
「行ってからのお楽しみです。」
「んー…。分かった。寄り道しようっ。」
本来ならば、見張り以外はテントに戻らなければならないし、今のところは問題ないことだってミケ分隊長に報告しなければならない。
そもそも、巨人の活動が鈍る夜だからといって、壁外で寄り道をして遊ぶなんて、危険だ。
そういうことも考慮して、上官としてちゃんと考えて、部下の遊びに乗ることにした。
だって、楽しいことは大好きだ。
「なまえさんならOKしてくれると思いました。」
ジャンが、悪戯っ子みたいに片方だけ口の端を上げた。
こういう顔を見ると、まだ子供だなと感じる。
普段は、頼りになり過ぎる彼の方が、私よりもずっと大人みたいだから。
「でも、怒られる役はジャンね。
私、怒られるの嫌いだから。」
「清々しいほどのクソ野郎っすね。」
もう数えきれないくらいに吐かれたセリフを、今日もジャンが言った。