◇第二話◇真心知らぬは大罪
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
兵団拠点を襲ってきた巨人の大群は、精鋭兵とベテラン兵ですべて討伐することが出来た。
運よく兵士達から死者は出ていない。
だが、負傷者は避けられず、今は体制を整えるべく、防衛したばかりの兵団拠点で、幹部達が作戦変更の会議を行っているところだ。
その間、他の兵士達は各々が装備の破損チェックや立体起動装置へのガスの補充等、必要なことを行っている。
今回は戦闘に参加せずにいられた新兵達だったが、それでも目の前に現れた巨人の大群にショックを隠し切れず、仲間同士で寄り添い、顔を青くしているものも多い。
「相変わらず、クソ広ぇなぁ。」
双眼鏡を覗き込み、兵団拠点南方の様子を確認していたジャンが、呟くように言った。
見渡す限りの草原はどこまでも続き、果てなどないように見える。
このすべてが、9年前までは人類のものだったのだ。
いや、100年以上前までは、忌々しい壁など存在せず、この世界の全てで人類は生きることが出来ていたはずだ。
人類の生きる場所は、自由と共に巨人に奪われた——。
奪われたものは取り返す、そして人類に自由を取り戻すために、調査兵団は、今日も人類の為に心臓を捧げて戦っている。
だが、果てなどないように見える草原を真っすぐ行っても、ぶち当たるのは、巨人に踏み荒らされた見るも無残な街と、高くそびえ立つ壁だけだ。
調査兵団は、その壁を乗り越えて、天敵を駆逐しなければならない。
ジャンの同期で友人のアルミンが、幼い頃から夢見ている海は、さらにその先にあるのだ。
それすらも、実際にあるのか分からない。
人類は、エレンという巨人の正体を解明する足掛かりを掴んだだけにすぎず、壁の外の世界については未だに謎に包まれたままなのだ。
「どうだ、問題ないか。」
南方の様子の確認にやってきたのはミケだった。
人類最強の兵士と名高いリヴァイに次ぐ実力の持ち主であり、ジャンの所属する分隊の隊長だ。
だが、調査兵団名物である〝眠り姫〟の補佐という役目を団長のエルヴィンから与えられているジャンは、分隊の任務とは外れた仕事をしていることが多く、関わり合うことは少ない。
だから、こうして彼らが並んで話すのはあまり見れない光景だった。
新兵の頃に比べて10㎝以上身長が伸びたジャンは、調査兵団で一番の長身のミケと並んでもあまり身長差を感じない。
「さっきの巨人の大群がここら辺のすべてだったみたいですね。
穏やかなもんです。そんなこと、ミケ分隊長なら鼻で分かるんじゃないんすか?」
「フフ、まぁな。」
巨人の存在を匂いで感知できる程、並外れて鋭い嗅覚を持つミケは、僅かに口の端を上げると、自慢の鼻を鳴らした。
日々の訓練で鍛えているジャンだが、元々の線の細い身体は筋肉を身につけてもそれほど変わらなかった。
それに比べて、ミケは筋肉質でガタイの良い大きな身体をしている。
だが、性格は穏やかで、人同士の争いごとはあまり好まず、隊員達の喧嘩も第三者として遠くから見守っていることの方が多い。
しかし、いざというときには頼りになる彼は、勇敢さと冷静な判断力、高い指揮能力も兼ね備えており、団長や部下達からの信頼は厚い。
初対面の人間の匂いを嗅いでは鼻で笑うというおかしな癖もあるため、新兵からは最初は怖がられる存在だが——。
「あまりお前と話すことがないからな、ついでにと思って声をかけた。」
「それは光栄ですね。」
「フ、どれほど思っているか分からんな。
それで、眠り姫はまだリヴァイのところか?」
「はい、こってり絞られてます。」
「毎度毎度、飽きないな。」
「それはどっちがですか?」
「どちらもだ。」
ジャンとミケは互いに苦笑いを浮かべて、首を竦めた。
重要拠点防衛の為の巨人討伐任務の最中に、居眠りどころかぐっすりと睡眠をとり続けるなんて、言語道断だ。
さすがに、2年間、彼女の補佐という役を担っているジャンも、眠っているお姫様を抱きかかえたまま巨人の討伐をしたのは初めてだったが、彼女が、任務中にぼんやりすることは珍しいことではない。
その度に、リヴァイに見つかって大きな雷を落とされている。
そしてその度、彼女は猛省するのだが、数日もすればすっかり忘れて、また同じ過ちを繰り返す。
飽きないな——、とミケに言われてしまったのはそのせいだ。
会話をしようと思ってやって来た、というミケだったが、壁外では気軽に雑談をする暇はない。
少しの会話を交わした後、ミケは、新しく変更になった作戦書をジャンに渡してから立ち去った。
「ジャンさん、怪我とかはないですか?」
ジャンが、新しい作戦書を開いて、変更点を確認していると、若い女兵士が声をかけて来た。
名前は、フレイヤ。同じミケ分隊長の分隊に所属している兵団歴1年の若い兵士だ。
まだ彼女が調査兵団に入団したての頃、訓練指導をジャンが担当したことがきっかけで、会えば会話を交わすほどには仲良くしている兵士のひとりだった。
そばには彼女の同期の調査兵が数名一緒にいた。
去年、訓練兵を卒業したばかりの彼女達は、まだ新兵と呼んだ方がしっくりくる。
それでも、生きて帰ったら一人前だと言われている壁外調査をもう何度も越えてきた実力のある兵士だ。
「ん?あぁ、問題ねぇけど。」
負傷兵みたいな顔でもしていただろうか——。
そんなことを思いながら答えれば、彼女達はホッと胸を撫でおろしたように息を吐いた後、先ほどの重要拠点防衛の為の巨人討伐作戦でのジャンの戦闘を見ていたのだと教えてくれた。
上司を片手で抱きかかえながらも、精鋭兵として巨人を討伐していたジャンが、怪我をしたのではないかと心配をしていたらしい。
「ジャンさんも大変ですよね。」
「なんてったって、眠り姫の補佐っすもんね。」
「俺、眠り姫って噂なら聞いたことあったけど、
マジで戦闘中に寝てるのなんて初めて見たんで、むしろ感激したっす。」
さすが眠り姫だ——。
無邪気な若い兵士は、興奮気味にそう続けた。
(俺も初めて見たけどな。)
心の中で呟いて、ジャンは苦笑を返した。
フレイヤは、それを、眠り姫に対してジャンが迷惑しているととったようだった。
彼女は、眠り姫の醜態に興奮する若い兵士達に「全然すごいことじゃない!」と一喝した後に、ジャンに心底心配そうな目を向けた。
「ジャンさん、あの人の補佐から早く降ろしてもらうように
エルヴィン団長にお願いした方がいいと思います。」
「は?」
急に何を言い出すんだ——。
予想外の提案に、ジャンは面食らってポカンとしてしまう。
だが、予想外だと感じたのはジャンだけだったようで、彼女と一緒に声をかけて来た若い兵士達も「それがいい。」と頷いていた。
「任務中に寝るなんて責任感も危機感もない上官についてたら
ジャンさんが、無駄に死んでしまいます。
守るべき部下に守られるなんて、最低な上官ですよ。」
そうだ、そうだ、と続く若い兵士達の言葉に、ジャンは眉を顰めた。
今までに彼女が起こした失態やトラブルは、あることからないことまでが噂となって調査兵団内に広がっている。
それを、ここぞとばかりに引っ張り出した彼らは、それが上官に対しての陰口だと気づかないまま、自らの正義感を振りかざす。
そして、ジャンの身の安全だけに留まらず、果てには調査兵団の将来まで心配し始めた。
それを、正しいことだと信じている彼らは、ジャンの眉間に刻まれる皴がどんどん深くなっていくことに気づく様子はない。
「やる気がないなら、調査兵団から去って欲しいですよね。」
「そうっすよ。あの人ならすぐに嫁の貰い手も出てくるだろうし。」
「そういうことじゃなくて!私達は命懸けの戦いをしてるっていうのに、
いつもフラフラ、ヘラヘラしてる人が上官にいたら、新兵の教育上も良くないし、
調査兵団の為にならないって言ってるの。いつか皆を殺しちゃうわ。」
ね?そう思いますよね?——。
そう続けたのは、フレイヤだった。
彼女の瞳は、自信と期待に溢れていた。
きっとジャンも同じ意見で、同期達の前でハッキリとそれを口にできた自分のことを褒めてくれる——。
そう思っているのかもしれない。
しかし、ジャンの切れ長の瞳はすーっと細くなり、冷たく彼女達を見下ろした。
「今まであの人が、何人の仲間の命を救ってきたのかも知らねぇし、
いつもヘラヘラフラフラしてるところしか見たことがねぇって言うなら、
そういう意見があっても、それは仕方ねぇよ。」
「え…、えっと、あのそれは—。」
「だが、先輩兵士の背中を見て学ぼうともしねぇで、くだらねぇ噂話に踊らされた挙句、
上官の陰口しか叩けない情けない奴らは、公に心臓を捧げる前に
仲間に信頼を置いて戦う調査兵団の兵士として失格だ。今すぐ辞めちまえ。」
「…っ。」
フレイヤは、ハッと目を見開いた後に、自らの失態と誤った発言に気づいたのか、顔を真っ赤に染めて目を伏せ、押し黙った。
恥ずかしさで頭に血がのぼってしまっているのか、落ちた腕の先で握った拳が小さく震えている。
彼女と一緒にやって来て、彼女と一緒になって〝眠り姫〟の陰口で盛り上がっていた他の若い兵士達も、厳しい視線から逃げるように目を泳がせた。
言い過ぎた——。
そう思ったジャンだったが、もう遅い。
確かに、彼らは上官のことを陰で悪く言うどころか、仲間を信頼していないような発言をした。それは間違っている。
だが、それはそもそも、ジャンの身を案じての後輩なりの思いやりからだった。
決して、意味もなく上官の悪口を言っていたわけではない。
(だから、俺は後輩とか苦手なんだよ。)
気まずそうに俯く若い兵士達を前に、罪悪感と彼らが発した許せない言葉が抜けないジャンの心は、ズシリと重たくなるばかりだった。
「はぁ…。」
ジャンは、ため息を零しながら、首の裏を掻いた。
それにビクリとして、若い兵士達が肩を揺らした。
フレイヤは、呆れられたとでも思ったのか、大きな瞳に涙を溜めて、今にも泣き出してしまいそうだ。
仕方ない——。
隠しておくことでもない、そう判断したジャンは、なぜあんな危険な戦闘スタイルになってしまったのかを、彼らに教えてやることにした。
それは、昨晩にまで遡る——。
運よく兵士達から死者は出ていない。
だが、負傷者は避けられず、今は体制を整えるべく、防衛したばかりの兵団拠点で、幹部達が作戦変更の会議を行っているところだ。
その間、他の兵士達は各々が装備の破損チェックや立体起動装置へのガスの補充等、必要なことを行っている。
今回は戦闘に参加せずにいられた新兵達だったが、それでも目の前に現れた巨人の大群にショックを隠し切れず、仲間同士で寄り添い、顔を青くしているものも多い。
「相変わらず、クソ広ぇなぁ。」
双眼鏡を覗き込み、兵団拠点南方の様子を確認していたジャンが、呟くように言った。
見渡す限りの草原はどこまでも続き、果てなどないように見える。
このすべてが、9年前までは人類のものだったのだ。
いや、100年以上前までは、忌々しい壁など存在せず、この世界の全てで人類は生きることが出来ていたはずだ。
人類の生きる場所は、自由と共に巨人に奪われた——。
奪われたものは取り返す、そして人類に自由を取り戻すために、調査兵団は、今日も人類の為に心臓を捧げて戦っている。
だが、果てなどないように見える草原を真っすぐ行っても、ぶち当たるのは、巨人に踏み荒らされた見るも無残な街と、高くそびえ立つ壁だけだ。
調査兵団は、その壁を乗り越えて、天敵を駆逐しなければならない。
ジャンの同期で友人のアルミンが、幼い頃から夢見ている海は、さらにその先にあるのだ。
それすらも、実際にあるのか分からない。
人類は、エレンという巨人の正体を解明する足掛かりを掴んだだけにすぎず、壁の外の世界については未だに謎に包まれたままなのだ。
「どうだ、問題ないか。」
南方の様子の確認にやってきたのはミケだった。
人類最強の兵士と名高いリヴァイに次ぐ実力の持ち主であり、ジャンの所属する分隊の隊長だ。
だが、調査兵団名物である〝眠り姫〟の補佐という役目を団長のエルヴィンから与えられているジャンは、分隊の任務とは外れた仕事をしていることが多く、関わり合うことは少ない。
だから、こうして彼らが並んで話すのはあまり見れない光景だった。
新兵の頃に比べて10㎝以上身長が伸びたジャンは、調査兵団で一番の長身のミケと並んでもあまり身長差を感じない。
「さっきの巨人の大群がここら辺のすべてだったみたいですね。
穏やかなもんです。そんなこと、ミケ分隊長なら鼻で分かるんじゃないんすか?」
「フフ、まぁな。」
巨人の存在を匂いで感知できる程、並外れて鋭い嗅覚を持つミケは、僅かに口の端を上げると、自慢の鼻を鳴らした。
日々の訓練で鍛えているジャンだが、元々の線の細い身体は筋肉を身につけてもそれほど変わらなかった。
それに比べて、ミケは筋肉質でガタイの良い大きな身体をしている。
だが、性格は穏やかで、人同士の争いごとはあまり好まず、隊員達の喧嘩も第三者として遠くから見守っていることの方が多い。
しかし、いざというときには頼りになる彼は、勇敢さと冷静な判断力、高い指揮能力も兼ね備えており、団長や部下達からの信頼は厚い。
初対面の人間の匂いを嗅いでは鼻で笑うというおかしな癖もあるため、新兵からは最初は怖がられる存在だが——。
「あまりお前と話すことがないからな、ついでにと思って声をかけた。」
「それは光栄ですね。」
「フ、どれほど思っているか分からんな。
それで、眠り姫はまだリヴァイのところか?」
「はい、こってり絞られてます。」
「毎度毎度、飽きないな。」
「それはどっちがですか?」
「どちらもだ。」
ジャンとミケは互いに苦笑いを浮かべて、首を竦めた。
重要拠点防衛の為の巨人討伐任務の最中に、居眠りどころかぐっすりと睡眠をとり続けるなんて、言語道断だ。
さすがに、2年間、彼女の補佐という役を担っているジャンも、眠っているお姫様を抱きかかえたまま巨人の討伐をしたのは初めてだったが、彼女が、任務中にぼんやりすることは珍しいことではない。
その度に、リヴァイに見つかって大きな雷を落とされている。
そしてその度、彼女は猛省するのだが、数日もすればすっかり忘れて、また同じ過ちを繰り返す。
飽きないな——、とミケに言われてしまったのはそのせいだ。
会話をしようと思ってやって来た、というミケだったが、壁外では気軽に雑談をする暇はない。
少しの会話を交わした後、ミケは、新しく変更になった作戦書をジャンに渡してから立ち去った。
「ジャンさん、怪我とかはないですか?」
ジャンが、新しい作戦書を開いて、変更点を確認していると、若い女兵士が声をかけて来た。
名前は、フレイヤ。同じミケ分隊長の分隊に所属している兵団歴1年の若い兵士だ。
まだ彼女が調査兵団に入団したての頃、訓練指導をジャンが担当したことがきっかけで、会えば会話を交わすほどには仲良くしている兵士のひとりだった。
そばには彼女の同期の調査兵が数名一緒にいた。
去年、訓練兵を卒業したばかりの彼女達は、まだ新兵と呼んだ方がしっくりくる。
それでも、生きて帰ったら一人前だと言われている壁外調査をもう何度も越えてきた実力のある兵士だ。
「ん?あぁ、問題ねぇけど。」
負傷兵みたいな顔でもしていただろうか——。
そんなことを思いながら答えれば、彼女達はホッと胸を撫でおろしたように息を吐いた後、先ほどの重要拠点防衛の為の巨人討伐作戦でのジャンの戦闘を見ていたのだと教えてくれた。
上司を片手で抱きかかえながらも、精鋭兵として巨人を討伐していたジャンが、怪我をしたのではないかと心配をしていたらしい。
「ジャンさんも大変ですよね。」
「なんてったって、眠り姫の補佐っすもんね。」
「俺、眠り姫って噂なら聞いたことあったけど、
マジで戦闘中に寝てるのなんて初めて見たんで、むしろ感激したっす。」
さすが眠り姫だ——。
無邪気な若い兵士は、興奮気味にそう続けた。
(俺も初めて見たけどな。)
心の中で呟いて、ジャンは苦笑を返した。
フレイヤは、それを、眠り姫に対してジャンが迷惑しているととったようだった。
彼女は、眠り姫の醜態に興奮する若い兵士達に「全然すごいことじゃない!」と一喝した後に、ジャンに心底心配そうな目を向けた。
「ジャンさん、あの人の補佐から早く降ろしてもらうように
エルヴィン団長にお願いした方がいいと思います。」
「は?」
急に何を言い出すんだ——。
予想外の提案に、ジャンは面食らってポカンとしてしまう。
だが、予想外だと感じたのはジャンだけだったようで、彼女と一緒に声をかけて来た若い兵士達も「それがいい。」と頷いていた。
「任務中に寝るなんて責任感も危機感もない上官についてたら
ジャンさんが、無駄に死んでしまいます。
守るべき部下に守られるなんて、最低な上官ですよ。」
そうだ、そうだ、と続く若い兵士達の言葉に、ジャンは眉を顰めた。
今までに彼女が起こした失態やトラブルは、あることからないことまでが噂となって調査兵団内に広がっている。
それを、ここぞとばかりに引っ張り出した彼らは、それが上官に対しての陰口だと気づかないまま、自らの正義感を振りかざす。
そして、ジャンの身の安全だけに留まらず、果てには調査兵団の将来まで心配し始めた。
それを、正しいことだと信じている彼らは、ジャンの眉間に刻まれる皴がどんどん深くなっていくことに気づく様子はない。
「やる気がないなら、調査兵団から去って欲しいですよね。」
「そうっすよ。あの人ならすぐに嫁の貰い手も出てくるだろうし。」
「そういうことじゃなくて!私達は命懸けの戦いをしてるっていうのに、
いつもフラフラ、ヘラヘラしてる人が上官にいたら、新兵の教育上も良くないし、
調査兵団の為にならないって言ってるの。いつか皆を殺しちゃうわ。」
ね?そう思いますよね?——。
そう続けたのは、フレイヤだった。
彼女の瞳は、自信と期待に溢れていた。
きっとジャンも同じ意見で、同期達の前でハッキリとそれを口にできた自分のことを褒めてくれる——。
そう思っているのかもしれない。
しかし、ジャンの切れ長の瞳はすーっと細くなり、冷たく彼女達を見下ろした。
「今まであの人が、何人の仲間の命を救ってきたのかも知らねぇし、
いつもヘラヘラフラフラしてるところしか見たことがねぇって言うなら、
そういう意見があっても、それは仕方ねぇよ。」
「え…、えっと、あのそれは—。」
「だが、先輩兵士の背中を見て学ぼうともしねぇで、くだらねぇ噂話に踊らされた挙句、
上官の陰口しか叩けない情けない奴らは、公に心臓を捧げる前に
仲間に信頼を置いて戦う調査兵団の兵士として失格だ。今すぐ辞めちまえ。」
「…っ。」
フレイヤは、ハッと目を見開いた後に、自らの失態と誤った発言に気づいたのか、顔を真っ赤に染めて目を伏せ、押し黙った。
恥ずかしさで頭に血がのぼってしまっているのか、落ちた腕の先で握った拳が小さく震えている。
彼女と一緒にやって来て、彼女と一緒になって〝眠り姫〟の陰口で盛り上がっていた他の若い兵士達も、厳しい視線から逃げるように目を泳がせた。
言い過ぎた——。
そう思ったジャンだったが、もう遅い。
確かに、彼らは上官のことを陰で悪く言うどころか、仲間を信頼していないような発言をした。それは間違っている。
だが、それはそもそも、ジャンの身を案じての後輩なりの思いやりからだった。
決して、意味もなく上官の悪口を言っていたわけではない。
(だから、俺は後輩とか苦手なんだよ。)
気まずそうに俯く若い兵士達を前に、罪悪感と彼らが発した許せない言葉が抜けないジャンの心は、ズシリと重たくなるばかりだった。
「はぁ…。」
ジャンは、ため息を零しながら、首の裏を掻いた。
それにビクリとして、若い兵士達が肩を揺らした。
フレイヤは、呆れられたとでも思ったのか、大きな瞳に涙を溜めて、今にも泣き出してしまいそうだ。
仕方ない——。
隠しておくことでもない、そう判断したジャンは、なぜあんな危険な戦闘スタイルになってしまったのかを、彼らに教えてやることにした。
それは、昨晩にまで遡る——。