◇第二十五話◇お酒が喋らせる危険な秘密【後編】
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すっかり暗くなった夜道を、ジャンは、ナナバと一緒に歩いていた。
コニーまで目を覚まして騒がしくなったところへ、なまえが寝てしまったから迎えに来て欲しいとナナバが呼びに来たのだ。
行ってはいけないと必死の形相で引き留めていたミカサからも『今だ!GO!!』と背中を殴りつける勢いで許可が出たので、ジャンは漸く、騒がしい同期達の輪の中から抜け出ることに成功したというわけだ。
104期の調査兵達が集まっていた呑み屋からなまえのいるバーまでは、兵舎を挟んで反対の方角にあったせいで、それなりに距離があった。
それも、ハンジがジャンが邪魔をしに来ないようにと企んだ結果なのだろう。
「友人と呑んでるところを邪魔して悪かったね。
このまま私が連れて帰ってもよかったんだけど…。」
「リヴァイ兵長から離れなくなっちまいました?」
ジャンがそう言うと、ナナバは驚いたように目を見張った。
そして、少し気まずそうにしながら、頬を掻く。
分かっているのなら詳しく話しておいた方がよいと思ったのか、ナナバは、バーでの今のなまえの様子を説明しだした。
でもそれも、ジャンが予想していたのと差異はほとんどなかった。
お酒を飲み過ぎたなまえは、隣に座っていたリヴァイの膝に頭を乗せて眠ってしまったそうだ。
さすがに、婚約者のいる女が他の男に甘えるように寝ているのはよくない、とまだ幾分かは酒にのまれていなかったナナバやエルドが引き剥がそうとしたが、そうすればするほど、なまえはリヴァイの腰に抱き着いて離れない。
困り果てたときに、酔っぱらってフラフラのオルオが『そういうときは俺を呼んでくれとジャンが言っていた。』というのを思い出してくれたということだった。
最初は、憧れのリヴァイが男女の修羅場に巻き込まれるのは見たくないと騒いだオルオが、呼びに行くと言っていたらしいが、事情を知っている自分が行った方が良いだろうと判断したナナバが、うまく彼を丸め込み、今に至るようだ。
「ごめん、私も気をつけて見てたんだけど…。」
「いいっすよ。呑みに行ったって聞いたときから
そうなるって分かってましたから。」
ジャンは、平然と答えた。
だって、今さら驚くことでもなければ、動揺するようなことでもない。
数日前に、お酒を飲んだ後にリヴァイに抱き着いて離れずに、一緒に寝る羽目になったのだと、本人達から聞いたばかりなのだ。
こうなることくらい、分かっていた。
このまま、リヴァイを恋人ということにしてしまえばいいんじゃないか———なんて、騒がしい友人達を眺めながら考えていたくらいだ。
「なまえの気持ち、気づいてたんだね。」
「見てれば分かりますよ。」
「ハハ、そっか。
———見てればね。」
ナナバは小さく笑った後に、呟くように言った。
そして、それを誤魔化そうとでも思ったのか「ゲルガーは全然気づいてないけどなぁ。」と茶化すように付け足した。
「なまえを庇うわけじゃないけどさ。
あのコも、ちゃんとジャンが婚約者だって自覚した行動取ろうとはしてたんだよ。」
「へぇ。」
全く信用していないジャンの返事に、ナナバは眉を下げた。
他の男に抱き着いて離れないと聞いて、何を信じるというのか。
これがもしも、本当の恋人だったのなら、信頼度はがた落ちで、大喧嘩で済めばいい方だ。
でも、ジャンとなまえは、偽物の恋人で、期間限定だ。そして、彼女が本当に想っているのはリヴァイなのだから、この状況は、なるべくしてなったものなのだ。
彼女を責めるのは間違っている———、少なくともジャンは自分にそう言い聞かせてるところだ。
だが、ナナバは、なまえを庇い続ける。
「なまえ、まるで決意したみたいに、
煽るようにお酒を飲んでたんだよ。」
「酒、弱いのにっすか?本当に馬鹿な人ですね。」
ジャンは、わざとらしく大きくため息を吐いた。
飲み会に誘われることはなまえにとっても想定外の出来事だったかもしれないが、出かける前にあれだけ、気をつけろと言っていたのに、危機感の欠片もない行動を聞かされて、正直苛立っていた。
「そう、馬鹿なんだ。シラフじゃ嘘もつけないから
お酒飲んで、酔っぱらって、ハンジさんからの追撃に対抗したんだよ。
ジャンのことが好きだ~、メロメロだ~って、馬鹿の一つ覚えみたいに言ってたよ。」
ナナバが続けた言葉に、ジャンの足は止まりかけた。
でも、本当に止まることはなく、少し目を伏せて「馬鹿じゃねぇの。」と吐き出すように呟いたジャンの小さすぎる声は、夜風に消える。
ナナバの耳にはきっと、届かなかったはずだ。
でも———。
「馬鹿だろ?」
まるで、ジャンの声が聞こえたみたいに、ナナバはそう言って、苦笑する。
それに対して、ジャンはもう何も言わなかった。
ただ、針で縫われたみたいに上下の唇をしっかりと閉じて、なまえがリヴァイの膝の上で幸せな夢を見ているバーへ向かう為に一歩、一歩、確かに前へ歩みを進める自分のブーツの靴先を睨み続けた。
(ほんと、馬鹿じゃねぇの。)
ジャンは心の中でも、なまえに悪態を吐く。
嘘の下手くそななまえが、シラフの状態でハンジと真っ向勝負できるなんて、誰も思ってない。
お酒に逃げようとする心理も理解できる。
だから、心配だったのだ。
お酒を飲んだ彼女が、余計なことを口走ってしまわないか——。
でも、なまえは、酔っぱらって、理性を飛ばして、好きでもなんでもない男のことを『好きだ。』と告げた。
ジャンは、それが馬鹿だと言っているのだ。
調査兵団に残るために仕方なく嘘を吐いている、という理性を殺してしまえるくらいにお酒に飲まれるなら、そのまま、本当の気持ちもぶちまけてしまえばよかったのに———。
その気持ちをリヴァイが受け止めてくれなかったら、そのときこそ、お酒のせいにすればいい。
今夜は、お酒の力を借りて、本当のことを言うチャンスだったはずだ。
そういう場を、ハンジが作ってくれた。
それなのに、なまえは、律儀にジャンからの忠告を守るために、お酒の力を借りて嘘を吐くことを選んだ。
だから、馬鹿だと言っているのだ。
「なぁ、ジャン。」
「何すか。」
なまえを責め続ける思考を一旦停止して、ジャンは目線はブーツ先に残したままで返事をした。
「なまえが調査兵団に残ることに決まって、私は嬉しい。」
「そうっすね。」
「恋人のフリをする相手を間違えたとも思ってない。」
「…そうっすか。」
「リヴァイ兵長の気持ちは分からないけど、
もしかしたらって思うことは昔から何度かあった。」
「だから、ハンジさんも必死なんじゃないんすかね。」
「そうかもね。でも…、」
ナナバはそこまで言うと、なぜか突然に立ち止まった。
不思議に思って、ジャンも立ち止まり、後ろを振り返る。
どうしました———、そう訊ねる前に、ナナバがジャンを見て口を開く。
「私がずっと待ってたのは、彼じゃない。」
「待ってた?」
ジャンが訝し気に首を傾げる。
そう言われると分かっていたみたいに、ナナバが続ける。
「リヴァイ兵長は、なまえに夢は見せてくれるかもしれない。
でも、目を覚まさせてはくれない。
彼といたら、あのコは一生、ひとりぼっちの夢の中だ。」
そんなのは、堪えられないよ———。
ナナバはそう言うと、悔しそうに唇を噛んで拳を握った。
そして、震える拳を見て、ジャンは気づいてしまった。
気づいたら、それを口にしてしまうのが、親友のマルコも認めるジャンと言う男だ。
「好きなんすね。」
「…君は凄いね。気づかれたのは、初めてだ。」
「でしょうね。俺も今、驚いてます。」
「そうは見えないけどね。」
ナナバは苦笑すると、ひどく寂しそうな表情を見せた。
そして———。
「馬鹿だと思っただろう?」
ナナバは、自嘲気味に口の端を上げた。
でも、同性からも、綺麗だとよく好意を寄せられている彼女の瞳は、涙を流さずに泣いていた。
女の自分が〝眠り姫〟を好きになるなんて愚かだと、そう思っているのだろう。
残念ながら、ジャンにも言い切れてしまう。
騎士に恋をしているなまえが、彼女に振り向くことは、一生ない。
でも———。
「馬鹿なヤツはクソみたいにたくさんいるんで、
ナナバさんだけが馬鹿だとは思わないです。」
「君って本当、正直だよね。
それって遠回しに、私のことを馬鹿だと言ってるのと同じじゃないか。」
ナナバは困ったように笑いながら言って、一歩足を前に出して歩き出した。
だから、ジャンも前を向いて、少し先を歩く。
「馬鹿っすよ。夢ばっかり見てるどうしようもねぇ眠り姫に
マジで惚れてる奴は、みんな馬鹿です。
現実の人間なんて、それこそ現実離れした戦闘力くらいねぇと見向きもされないですよ。」
ジャンは、ブーツの先を追いかけながら言う。
眠り姫と騎士のいるバーへ向かい続けるブーツは、デザインが気に入って買ったばかりだけれど、重たくて歩きづらい。
「それもそうだね。」
クスッと笑って、ナナバは少し早歩きになって、ジャンの隣に並んだ。
「でも、私は、馬鹿な男達が羨ましいよ。
追いかけることが出来るだろう?」
「空でも飛んでるみたいなお姫様を追いかけるのは
精神的にも体力的にも、結構キツいと思いますよ。」
「ハハ、そうかもしれないね。でも、いつか追いつくかもしれない。」
「追いついたやつは凄いと思います。」
「私もそう思うよ。でも、そんな奇跡が起きたときはさ、
隣を歩いてる私は、振り向いた彼女の背中を押してやりたいんだ。
———だから私は、追いかけることが出来る馬鹿な男が羨ましい。」
ナナバは、小さく目を伏せて、それでもハッキリとそう吐露した。
もしかしたら、彼女も、相当お酒を飲んでしまっているのかもしれない。
だって、そうでなければ、10年近く隠して来た気持ちを、なまえの補佐官で、恋人のフリをしている男の前で、喋ってしまうわけがない。
でも、彼女は言うのだ。
「ジャンが恋人の役をかって出てくれたと知って嬉しかったよ。
君なら、なまえを夢の中から引っ張り出してくれる気がするんだ。」
「買い被り過ぎです。
それ、言う相手を間違ってますよ。」
今度は、ジャンが自嘲気味に笑う。
すると、また急に立ち止まったナナバが、ジャンの腕を掴んで引き留めた。
驚いて振り返るジャンに、ナナバが言う。
「大切な仲間が何人も死んで行くのを目の当たりにして、
夢に逃げたまま囚われてしまったなまえを、救ってくれる誰かを
私はずっと待ってた。」
ジャンの目をまっすぐに見て、ナナバは懇願する。
「お願いだ、ジャン。なまえを夢から覚めさせてあげて。
生きてる仲間がたくさんいる現実に連れてきてくれ。
———それが出来るのはきっと、君だから。」
どうしてナナバが、それを自分に懇願するのか、ジャンには理解出来なかった。
なまえが眠っているバーの看板が、少し先に見え始めていた。
ジャンが、ナナバの意図を理解しようが、しまいが、そろそろ彼女は、夢から覚めなければならない時間だ———。
コニーまで目を覚まして騒がしくなったところへ、なまえが寝てしまったから迎えに来て欲しいとナナバが呼びに来たのだ。
行ってはいけないと必死の形相で引き留めていたミカサからも『今だ!GO!!』と背中を殴りつける勢いで許可が出たので、ジャンは漸く、騒がしい同期達の輪の中から抜け出ることに成功したというわけだ。
104期の調査兵達が集まっていた呑み屋からなまえのいるバーまでは、兵舎を挟んで反対の方角にあったせいで、それなりに距離があった。
それも、ハンジがジャンが邪魔をしに来ないようにと企んだ結果なのだろう。
「友人と呑んでるところを邪魔して悪かったね。
このまま私が連れて帰ってもよかったんだけど…。」
「リヴァイ兵長から離れなくなっちまいました?」
ジャンがそう言うと、ナナバは驚いたように目を見張った。
そして、少し気まずそうにしながら、頬を掻く。
分かっているのなら詳しく話しておいた方がよいと思ったのか、ナナバは、バーでの今のなまえの様子を説明しだした。
でもそれも、ジャンが予想していたのと差異はほとんどなかった。
お酒を飲み過ぎたなまえは、隣に座っていたリヴァイの膝に頭を乗せて眠ってしまったそうだ。
さすがに、婚約者のいる女が他の男に甘えるように寝ているのはよくない、とまだ幾分かは酒にのまれていなかったナナバやエルドが引き剥がそうとしたが、そうすればするほど、なまえはリヴァイの腰に抱き着いて離れない。
困り果てたときに、酔っぱらってフラフラのオルオが『そういうときは俺を呼んでくれとジャンが言っていた。』というのを思い出してくれたということだった。
最初は、憧れのリヴァイが男女の修羅場に巻き込まれるのは見たくないと騒いだオルオが、呼びに行くと言っていたらしいが、事情を知っている自分が行った方が良いだろうと判断したナナバが、うまく彼を丸め込み、今に至るようだ。
「ごめん、私も気をつけて見てたんだけど…。」
「いいっすよ。呑みに行ったって聞いたときから
そうなるって分かってましたから。」
ジャンは、平然と答えた。
だって、今さら驚くことでもなければ、動揺するようなことでもない。
数日前に、お酒を飲んだ後にリヴァイに抱き着いて離れずに、一緒に寝る羽目になったのだと、本人達から聞いたばかりなのだ。
こうなることくらい、分かっていた。
このまま、リヴァイを恋人ということにしてしまえばいいんじゃないか———なんて、騒がしい友人達を眺めながら考えていたくらいだ。
「なまえの気持ち、気づいてたんだね。」
「見てれば分かりますよ。」
「ハハ、そっか。
———見てればね。」
ナナバは小さく笑った後に、呟くように言った。
そして、それを誤魔化そうとでも思ったのか「ゲルガーは全然気づいてないけどなぁ。」と茶化すように付け足した。
「なまえを庇うわけじゃないけどさ。
あのコも、ちゃんとジャンが婚約者だって自覚した行動取ろうとはしてたんだよ。」
「へぇ。」
全く信用していないジャンの返事に、ナナバは眉を下げた。
他の男に抱き着いて離れないと聞いて、何を信じるというのか。
これがもしも、本当の恋人だったのなら、信頼度はがた落ちで、大喧嘩で済めばいい方だ。
でも、ジャンとなまえは、偽物の恋人で、期間限定だ。そして、彼女が本当に想っているのはリヴァイなのだから、この状況は、なるべくしてなったものなのだ。
彼女を責めるのは間違っている———、少なくともジャンは自分にそう言い聞かせてるところだ。
だが、ナナバは、なまえを庇い続ける。
「なまえ、まるで決意したみたいに、
煽るようにお酒を飲んでたんだよ。」
「酒、弱いのにっすか?本当に馬鹿な人ですね。」
ジャンは、わざとらしく大きくため息を吐いた。
飲み会に誘われることはなまえにとっても想定外の出来事だったかもしれないが、出かける前にあれだけ、気をつけろと言っていたのに、危機感の欠片もない行動を聞かされて、正直苛立っていた。
「そう、馬鹿なんだ。シラフじゃ嘘もつけないから
お酒飲んで、酔っぱらって、ハンジさんからの追撃に対抗したんだよ。
ジャンのことが好きだ~、メロメロだ~って、馬鹿の一つ覚えみたいに言ってたよ。」
ナナバが続けた言葉に、ジャンの足は止まりかけた。
でも、本当に止まることはなく、少し目を伏せて「馬鹿じゃねぇの。」と吐き出すように呟いたジャンの小さすぎる声は、夜風に消える。
ナナバの耳にはきっと、届かなかったはずだ。
でも———。
「馬鹿だろ?」
まるで、ジャンの声が聞こえたみたいに、ナナバはそう言って、苦笑する。
それに対して、ジャンはもう何も言わなかった。
ただ、針で縫われたみたいに上下の唇をしっかりと閉じて、なまえがリヴァイの膝の上で幸せな夢を見ているバーへ向かう為に一歩、一歩、確かに前へ歩みを進める自分のブーツの靴先を睨み続けた。
(ほんと、馬鹿じゃねぇの。)
ジャンは心の中でも、なまえに悪態を吐く。
嘘の下手くそななまえが、シラフの状態でハンジと真っ向勝負できるなんて、誰も思ってない。
お酒に逃げようとする心理も理解できる。
だから、心配だったのだ。
お酒を飲んだ彼女が、余計なことを口走ってしまわないか——。
でも、なまえは、酔っぱらって、理性を飛ばして、好きでもなんでもない男のことを『好きだ。』と告げた。
ジャンは、それが馬鹿だと言っているのだ。
調査兵団に残るために仕方なく嘘を吐いている、という理性を殺してしまえるくらいにお酒に飲まれるなら、そのまま、本当の気持ちもぶちまけてしまえばよかったのに———。
その気持ちをリヴァイが受け止めてくれなかったら、そのときこそ、お酒のせいにすればいい。
今夜は、お酒の力を借りて、本当のことを言うチャンスだったはずだ。
そういう場を、ハンジが作ってくれた。
それなのに、なまえは、律儀にジャンからの忠告を守るために、お酒の力を借りて嘘を吐くことを選んだ。
だから、馬鹿だと言っているのだ。
「なぁ、ジャン。」
「何すか。」
なまえを責め続ける思考を一旦停止して、ジャンは目線はブーツ先に残したままで返事をした。
「なまえが調査兵団に残ることに決まって、私は嬉しい。」
「そうっすね。」
「恋人のフリをする相手を間違えたとも思ってない。」
「…そうっすか。」
「リヴァイ兵長の気持ちは分からないけど、
もしかしたらって思うことは昔から何度かあった。」
「だから、ハンジさんも必死なんじゃないんすかね。」
「そうかもね。でも…、」
ナナバはそこまで言うと、なぜか突然に立ち止まった。
不思議に思って、ジャンも立ち止まり、後ろを振り返る。
どうしました———、そう訊ねる前に、ナナバがジャンを見て口を開く。
「私がずっと待ってたのは、彼じゃない。」
「待ってた?」
ジャンが訝し気に首を傾げる。
そう言われると分かっていたみたいに、ナナバが続ける。
「リヴァイ兵長は、なまえに夢は見せてくれるかもしれない。
でも、目を覚まさせてはくれない。
彼といたら、あのコは一生、ひとりぼっちの夢の中だ。」
そんなのは、堪えられないよ———。
ナナバはそう言うと、悔しそうに唇を噛んで拳を握った。
そして、震える拳を見て、ジャンは気づいてしまった。
気づいたら、それを口にしてしまうのが、親友のマルコも認めるジャンと言う男だ。
「好きなんすね。」
「…君は凄いね。気づかれたのは、初めてだ。」
「でしょうね。俺も今、驚いてます。」
「そうは見えないけどね。」
ナナバは苦笑すると、ひどく寂しそうな表情を見せた。
そして———。
「馬鹿だと思っただろう?」
ナナバは、自嘲気味に口の端を上げた。
でも、同性からも、綺麗だとよく好意を寄せられている彼女の瞳は、涙を流さずに泣いていた。
女の自分が〝眠り姫〟を好きになるなんて愚かだと、そう思っているのだろう。
残念ながら、ジャンにも言い切れてしまう。
騎士に恋をしているなまえが、彼女に振り向くことは、一生ない。
でも———。
「馬鹿なヤツはクソみたいにたくさんいるんで、
ナナバさんだけが馬鹿だとは思わないです。」
「君って本当、正直だよね。
それって遠回しに、私のことを馬鹿だと言ってるのと同じじゃないか。」
ナナバは困ったように笑いながら言って、一歩足を前に出して歩き出した。
だから、ジャンも前を向いて、少し先を歩く。
「馬鹿っすよ。夢ばっかり見てるどうしようもねぇ眠り姫に
マジで惚れてる奴は、みんな馬鹿です。
現実の人間なんて、それこそ現実離れした戦闘力くらいねぇと見向きもされないですよ。」
ジャンは、ブーツの先を追いかけながら言う。
眠り姫と騎士のいるバーへ向かい続けるブーツは、デザインが気に入って買ったばかりだけれど、重たくて歩きづらい。
「それもそうだね。」
クスッと笑って、ナナバは少し早歩きになって、ジャンの隣に並んだ。
「でも、私は、馬鹿な男達が羨ましいよ。
追いかけることが出来るだろう?」
「空でも飛んでるみたいなお姫様を追いかけるのは
精神的にも体力的にも、結構キツいと思いますよ。」
「ハハ、そうかもしれないね。でも、いつか追いつくかもしれない。」
「追いついたやつは凄いと思います。」
「私もそう思うよ。でも、そんな奇跡が起きたときはさ、
隣を歩いてる私は、振り向いた彼女の背中を押してやりたいんだ。
———だから私は、追いかけることが出来る馬鹿な男が羨ましい。」
ナナバは、小さく目を伏せて、それでもハッキリとそう吐露した。
もしかしたら、彼女も、相当お酒を飲んでしまっているのかもしれない。
だって、そうでなければ、10年近く隠して来た気持ちを、なまえの補佐官で、恋人のフリをしている男の前で、喋ってしまうわけがない。
でも、彼女は言うのだ。
「ジャンが恋人の役をかって出てくれたと知って嬉しかったよ。
君なら、なまえを夢の中から引っ張り出してくれる気がするんだ。」
「買い被り過ぎです。
それ、言う相手を間違ってますよ。」
今度は、ジャンが自嘲気味に笑う。
すると、また急に立ち止まったナナバが、ジャンの腕を掴んで引き留めた。
驚いて振り返るジャンに、ナナバが言う。
「大切な仲間が何人も死んで行くのを目の当たりにして、
夢に逃げたまま囚われてしまったなまえを、救ってくれる誰かを
私はずっと待ってた。」
ジャンの目をまっすぐに見て、ナナバは懇願する。
「お願いだ、ジャン。なまえを夢から覚めさせてあげて。
生きてる仲間がたくさんいる現実に連れてきてくれ。
———それが出来るのはきっと、君だから。」
どうしてナナバが、それを自分に懇願するのか、ジャンには理解出来なかった。
なまえが眠っているバーの看板が、少し先に見え始めていた。
ジャンが、ナナバの意図を理解しようが、しまいが、そろそろ彼女は、夢から覚めなければならない時間だ———。