◇第二十一話◇恋人未満と恋人以上の狭間
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宿舎にある書庫で調べ物をしていたモブリットは、壁掛けの時計に目をやって驚いた。
もうそろそろ日付を跨いでしまいそうだ。
夢中になりすぎて気づかなかった。
「ハンジさん、続きは明日にしましょう。
なまえが帰ってくれば、聞いて確認できることもありますし。」
モブリットは、同じように夢中で本を読んでいるハンジに声を掛けた。
本を読んでいたハンジも顔を上げると、一度、壁掛けの時計を確認してから、モブリットの提案に頷いた。
出した多数の書籍を本棚に戻し、ハンジに続いて、モブリットも書庫を出る。
そこで、偶々通りがかったらしい、リヴァイとオルオ、ペトラに出くわした。
「やぁ、遅い時間まで仕事かい?珍しいね。」
早速、ハンジが声を掛けた。
もう0時を過ぎようとしているというのに、リヴァイ達はまだ兵団服を着ていた。
ハンジが言ったように、仕事だと思うのが妥当だ。
リヴァイ班が、こんな時間まで仕事というのも珍しい。
こんな時間まで仕事だとすると、出張の帰りか、書類仕事しか考えられない。
それなら、急の出張が入ったのかもしれない。
書類仕事というのは、あまり考えられなかった。
だって、実践任務の多いリヴァイ班は、書類関係の仕事は少ない。
だから、朝から夕方まで訓練をして、夜はしっかり休むというのが彼らの主なスケジュールだ。
答えてくれたのは、ペトラだった。
「団長に頼まれて、ウォール・ローゼまで日帰りで出張だったんです。
ついでに、壁付近の巨人討伐をして欲しいとその辺一帯の有力者の方達にお願いされて。」
「あ~、そっちがメインだったわけだね。」
「そうっすね。巨人討伐の任務を頼むなら、俺達が一番っすか…ッ。」
自慢しようとして、オルオが盛大に舌を噛んだ。
彼のその癖は、いつになったら治るのだろうか。
今から自室に帰るところだという彼らと一緒に、他愛のない会話をしながら、夜中の廊下を歩く。
昼間は、調査兵達の噂話であれほど騒がしかったのが嘘みたいに静かな廊下だ。
なまえとジャンが恋人同士で、しかも結婚の挨拶に出かけたと聞いて興奮したハンジが、手当たり次第に調査兵達に話したおかげで、その日のうちには、ほとんど全員が、衝撃の事実を知ることになった。
だから、きっとリヴァイも———。
モブリットは、ハンジの隣を歩くリヴァイの様子を、横目でチラリと確認する。
ハンジから、ソニーとビーンの実験結果を聞かされている彼は、鬱陶しいという感情を隠しもしていない。
相槌すらも打たず、話しかけるなと無言のオーラで発している。
リヴァイも、なまえとジャンの噂は聞いているはずだ。
それでも、いつもの彼と、あまり雰囲気は変わらない。
ぼんやりとしているなまえのことをよく叱っていたし、気に掛けていた。
それは、少なからず、男としての感情があるからなのだと思っていたのだが、違ったのだろうか。
それに———。
(なまえは、絶対に、リヴァイ兵長が好きなんだと思ってたんだけどな。)
モブリットは、なまえとはもう10年の付き合いだ。
新兵の頃から知っているからこそ、そうだと信じて疑わなかった。
だって、なまえはいつも、リヴァイを目で追っていた。
それは、地下街からゴロツキの彼が突然現れたときからだった。
地下街からやって来たと知った調査兵達が、軽蔑するようなまなざしをリヴァイやファーラン達に向けているとき、なまえは、彼らをヒーローでも見るような目で見ていた。
たぶん、貴族出身の両親を持ちストヘス区という都会で何不自由なく暮らしていた彼女だからこそ、唇を噛んで強く生きているリヴァイが逞しく、そして、輝いて見えたのだろう。
だから、殆ど同期のはずなのにどんどん先を歩く彼の隣に並ぶために、ツラい訓練に必死に食らいついているのだと思っていた。
でも———。
(違ったんだろうな~。)
視線を前に戻し、モブリットは、小さく息を吐く。
長い付き合いのなまえとリヴァイが想い合っているのなら、応援したいと思っていた。
でも、なまえが選んだのは、ずっと前を歩く憧れの人ではなくて、隣を歩いてくれる人だった。
そんなことは、恋愛の中ではよくあることで、珍しいことではない。
それでもやっぱり、夢ばかり見ているなまえが、現実的な恋人を選んだのは、とても意外だった。
確かに、ジャンは年齢の割にはしっかりしているし、物事もハッキリと言えるから、ぼんやりとしているなまえには合っているかもしれない。
でも、歳の差もあるし、彼らがそんな関係になるなんて、それこそ夢にも思っていなかったのだ。
そんなことを考えながら、精鋭兵の自室のあるフロアにやってきたモブリット達は、廊下の向こうから歩いてくる人影を見つけた。
その名の通り、夢の中に入り込んでしまったらしい〝眠り姫〟を横抱きに抱えて、こちらに向かって歩いてきているのはジャンだった。
エルヴィンからは、夜のうちに帰ってくると聞いていたが、今やっと帰って来たところのようだ。
なまえを抱えているジャンは、腕に旅行バッグを2人分下げている。
いくらなまえが華奢なのだとしても、兵士である彼女は筋肉がついているし、それなりの重量のはずだ。
それを軽々と抱えて、2人分の旅行バッグも持っているジャンは、さすがだと思う。
それくらい出来ないと、マイペースな上官を持つ補佐官はやっていられない。
出張の帰り、よく似たような事態に遭遇しているモブリットには、その苦労がよく分かった。
「おー!!噂の2人のご帰宅ぅ!?遅かったねーー!!」
ハンジが、楽し気に手を振った。
モブリットは、なんとなく気になってリヴァイの方を見てしまったけれど、いつも通りにしか見えない彼の表情からは、その気持ちを読み取ることは出来なかった。
「こんばんは。ナイル師団長のところに書類を届けに行ったら、
なまえさんがザックレー総統に捕まってしまって、
予定してた駅馬車に乗れなかったんですよ。」
モブリット達の元へジャンがやって来ると、立ち話が始まった。
ジャンの腕の中で、なまえはダラリと身体を預けてぐっすり眠っている。
このまま床に放り投げても起きそうにないくらいに、何度だって見覚えのある気持ちよさそうな寝顔だ。
「あぁ、そういうことか~。
昔から、総統はなまえの夢話を聞くのが好きだからな~。」
ハンジは、納得したように言った。
「そうなんすか?」
「そうだよ。なまえを見つけたら、いつも捕まえて、新しい話をせがむんだ。
いつだったか、それで夜中まで飲みに付き合わされたことがあって
流石にいい加減にしろってリヴァイが迎えに行ったことがあったよね。」
「あぁ、そんなこともあったか。」
ハンジに話を振られたリヴァイが答える。
「そうだよ~。それで、やっと解放されたなまえは、
夜中だったのと、お酒呑まされたてたしで、フラフラしながら寝ちゃってさ!
こうやって、今のジャンみたいにリヴァイが抱えて帰って来たじゃないか!」
ハンジが、ジャンが横抱きに抱えているなまえを指さした。
その指の先をジッと見た後、リヴァイは思い出したように言う。
「あぁ、そういえば、そうだったな。
馬鹿みてぇに俺にくっついて離れねぇから、
仕方なく俺の部屋に連れてって一緒に寝る羽目になったんだ。」
「そうそう!で、なまえはリヴァイの部屋で目が覚めるから朝からパニックで騒いでるし、
リヴァイは、シーツが酒臭いって怒ってるし、あれは面白かったなァ~。」
ハンジが楽しそうにアハハハと笑う。
こういうとき、モブリットは、どうしてこの人は空気の欠片すら読めないのだろうかと、心底思う。
リヴァイさえもなんてことない思い出のように考えているようだった。
だが、自分と出逢う前なのだとしても、恋人が他の男と成り行きで一緒に寝たという話を聞いて、平気でいられる男なんてなかなかいない。
当然、ジャンは、眉を顰めるから、ペトラとオルオはひどく気まずそうにしている。
「それは大変でしたね。今度からは俺が迎えに行きますよ。
俺の女のことで、リヴァイ兵長のお手を煩わせるわけにはいきませんから。」
「ハッハッハッ!言うね~ッ!なッ、リヴァイッ!!」
ハンジが、心底愉快そうに笑って、リヴァイの背中をバシバシと叩く。
激しいそれが痛いのか、それとも明らかに敵意を孕んだジャンのセリフのせいなのか、ここへきて初めて、リヴァイの表情が険しくなった。
静かな廊下に、ピリついた空気が流れる。
モブリットとオルオ、ペトラが、どうやってこの場を切り抜けようか頭を回転させていたときだった。
自分を抱きかかえる腕に、ダラリと身体を預けて眠っていたなまえが、寝返りを打つようにして、ジャンの首に両腕をまわして抱き着いた。
「ん~…、うるさぁぁぁい…。
ジャン~、ベッド、まだぁ~~?眠い~~…。」
寝ぼけたなまえの声が、静かな廊下にやけに間抜けに響いた。
「眠いって、なまえさん、もう何時間も寝てるじゃないっすか。」
ジャンが、自分の胸元で顔を埋めているなまえを見下ろして、呆れたように言った。
「ん~~、まだ寝るぅぅ。」
なまえは、ジャンの胸に自分の頬を擦りよせながら甘えたように言う。
そんな様子を見下ろすジャンの目は、苦笑しながらも愛おしそうだった。
「はいはい、すぐ行きますから。
——それじゃ、俺の姫さんがこう言ってるんで、もう部屋に戻ります。
おやすみなさい。」
ジャンはモブリット達に軽く頭を下げると、なまえの部屋のある廊下の奥へと向かった。
なんとなく振り返って、モブリット達は、〝眠り姫〟をベッドに運ぶ男の背中を見送る。
確かに、見ように見れば、恋人同士に見えなくもない。
でも———。
「あの噂、マジだったのかよ…。」
「本当に恋人同士なんですね。意外だけど、お似合いかも。」
ペトラとオルオが、言った。
そうなのだ。確かに、そう見えるのだ。
でも———。
「そうかい?私にはいつものなまえとジャンに見えたけどね。
あれ、本当に付き合ってんの?」
ハンジが頭を掻く。
遠ざかる背中をジッと見ている眼鏡の奥の目は鋭く、ほんの些細な綻びも見逃さないようにしているようだった。
だが、モブリットもハンジの意見に賛成だった。
恋人同士だと言われれば、そうなのかと頷いてしまいそうになるけれど、どこか違和感を覚える。
なまえが想っているのが、リヴァイだと信じていたからという個人的な思い込みのせいかもしれない。
それでも、やっぱり、どこかおかしい。
だって、ジャンがなまえを抱えているのを見るのだって初めてではないし、むしろ、それが彼らの距離感だった。
今さら、それを恋人らしいとは思えない。
(あ…!)
もしかして、昔の話題を出したのは、ジャンの反応を見るためだったのか———。
ふ、とそんな考えにいきついたモブリットは、自分の上官の観察眼と頭の回転の速さが怖くなった。
でも、どう考えても、上官と補佐官であるなまえとジャンが、恋人同士だという嘘を吐かなければならない理由があるとは思えない。
やっぱり、自分達の思い過ごしなのだろうか。
そう思ったモブリットだったけれど、何事もハッキリと答えを出さないと気が済まないハンジは違う。
ハンジは、扉の向こうに消えていくジャンとなまえの背中を最後までずっと見ていた。
そして———。
「わざわざ私達に教えたのも気になる。
まるで、自分達は恋人だって言いふらして欲しいみたいだった。」
ハンジが顎を指で擦って言う。
「それは、上官と補佐官って立場もあって、今までずっと隠してたけど、
エルヴィン団長にも報告が終わったから、
早く言いふらしたくなっちゃったんじゃないですか?」
ペトラが言った。
そう考えるのが、妥当だろう。
今まで1年間隠して来たというのも、上官と補佐官という立場から考えれば、十分にありえる。
だから、ハンジも「まぁね、そうかもね。」と納得はしていないようだったが、一応は頷いていた。
「ていうか、意気揚々と言いふらしてたのは、ハンジさんじゃないっすか。」
オルオに、ぐうの音も出ないツッコミをされたハンジは、誤魔化すようにアハハと笑った。
なまえとジャンの関係を、最初から怪しいと思っていて、調査兵達に噂を広げたのはなぜだろう。
モブリットは、楽しそうに笑いながら歩き出したハンジの隣に並び、顎を擦って考える。
〝奇行種〟と呼ばれる彼女の思考回路を読み解くのは、長年補佐をしていても、容易くはない。
支えることは出来ても、同じ発想は出来ない。
でも、きっと、彼女のことだから何か考えがあるに決まっているのだ。
「ん?」
モブリットが、じっとハンジを見ていたら、視線に気づいたらしく、首を傾げられた。
「いえ、何でも。」
ハンジには隠し事は出来ない———。
改めてそう思っただけだということは、あまりにも当然すぎることのような気がして、心の中に留めておいた。
「ねぇ、リヴァイ。」
早々と歩き始めていて、前を行くリヴァイに、ハンジが声を掛けた。
無言の背中から返事はないが、彼女は続ける。
「リヴァイはどう思う?なまえとジャンって本当に付き合ってんのかな。」
ハンジがそう訊ねると、前を歩いていたリヴァイが立ち止まった。
また無視をすると思っていたモブリットにとって、それはとても意外だった。
振り返ったリヴァイは、なまえの部屋のある方をジッと見た後に、ゆっくりと口を開いた。
「アイツが、本当に惚れてる男と結婚するなら、どうでもいい。」
リヴァイはそれだけ言うと、また前を向いて歩き始める。
「へぇ。…結婚ねぇ。」
もう二度と振り返りそうにないリヴァイの後ろを歩きながら、ハンジは顎を擦る。
どうやら、今のリヴァイの返事すら、答えを見つけるヒントにしているようだ。
でも、実際、本当に彼らは恋人同士なのだろうか。
上官と補佐官が恋人になるなんて、モブリットは今までずっと、考えてもみなかったのだ。
だから、もしも、彼らが本当に恋人なら、もしかして自分も———。
「ふわぁ~~、ねむ~。」
考えるのに疲れたのか、ハンジが、大きく口を開いて欠伸を漏らした。
「今日こそはお風呂に入ってくださいよ。」
「ん~、そうだね~。」
絶対に入らない気だ———。
甘い雰囲気になんてなりそうにないハンジの隣で、モブリットは小さく息を吐いた。
そして、少し笑った。
もうそろそろ日付を跨いでしまいそうだ。
夢中になりすぎて気づかなかった。
「ハンジさん、続きは明日にしましょう。
なまえが帰ってくれば、聞いて確認できることもありますし。」
モブリットは、同じように夢中で本を読んでいるハンジに声を掛けた。
本を読んでいたハンジも顔を上げると、一度、壁掛けの時計を確認してから、モブリットの提案に頷いた。
出した多数の書籍を本棚に戻し、ハンジに続いて、モブリットも書庫を出る。
そこで、偶々通りがかったらしい、リヴァイとオルオ、ペトラに出くわした。
「やぁ、遅い時間まで仕事かい?珍しいね。」
早速、ハンジが声を掛けた。
もう0時を過ぎようとしているというのに、リヴァイ達はまだ兵団服を着ていた。
ハンジが言ったように、仕事だと思うのが妥当だ。
リヴァイ班が、こんな時間まで仕事というのも珍しい。
こんな時間まで仕事だとすると、出張の帰りか、書類仕事しか考えられない。
それなら、急の出張が入ったのかもしれない。
書類仕事というのは、あまり考えられなかった。
だって、実践任務の多いリヴァイ班は、書類関係の仕事は少ない。
だから、朝から夕方まで訓練をして、夜はしっかり休むというのが彼らの主なスケジュールだ。
答えてくれたのは、ペトラだった。
「団長に頼まれて、ウォール・ローゼまで日帰りで出張だったんです。
ついでに、壁付近の巨人討伐をして欲しいとその辺一帯の有力者の方達にお願いされて。」
「あ~、そっちがメインだったわけだね。」
「そうっすね。巨人討伐の任務を頼むなら、俺達が一番っすか…ッ。」
自慢しようとして、オルオが盛大に舌を噛んだ。
彼のその癖は、いつになったら治るのだろうか。
今から自室に帰るところだという彼らと一緒に、他愛のない会話をしながら、夜中の廊下を歩く。
昼間は、調査兵達の噂話であれほど騒がしかったのが嘘みたいに静かな廊下だ。
なまえとジャンが恋人同士で、しかも結婚の挨拶に出かけたと聞いて興奮したハンジが、手当たり次第に調査兵達に話したおかげで、その日のうちには、ほとんど全員が、衝撃の事実を知ることになった。
だから、きっとリヴァイも———。
モブリットは、ハンジの隣を歩くリヴァイの様子を、横目でチラリと確認する。
ハンジから、ソニーとビーンの実験結果を聞かされている彼は、鬱陶しいという感情を隠しもしていない。
相槌すらも打たず、話しかけるなと無言のオーラで発している。
リヴァイも、なまえとジャンの噂は聞いているはずだ。
それでも、いつもの彼と、あまり雰囲気は変わらない。
ぼんやりとしているなまえのことをよく叱っていたし、気に掛けていた。
それは、少なからず、男としての感情があるからなのだと思っていたのだが、違ったのだろうか。
それに———。
(なまえは、絶対に、リヴァイ兵長が好きなんだと思ってたんだけどな。)
モブリットは、なまえとはもう10年の付き合いだ。
新兵の頃から知っているからこそ、そうだと信じて疑わなかった。
だって、なまえはいつも、リヴァイを目で追っていた。
それは、地下街からゴロツキの彼が突然現れたときからだった。
地下街からやって来たと知った調査兵達が、軽蔑するようなまなざしをリヴァイやファーラン達に向けているとき、なまえは、彼らをヒーローでも見るような目で見ていた。
たぶん、貴族出身の両親を持ちストヘス区という都会で何不自由なく暮らしていた彼女だからこそ、唇を噛んで強く生きているリヴァイが逞しく、そして、輝いて見えたのだろう。
だから、殆ど同期のはずなのにどんどん先を歩く彼の隣に並ぶために、ツラい訓練に必死に食らいついているのだと思っていた。
でも———。
(違ったんだろうな~。)
視線を前に戻し、モブリットは、小さく息を吐く。
長い付き合いのなまえとリヴァイが想い合っているのなら、応援したいと思っていた。
でも、なまえが選んだのは、ずっと前を歩く憧れの人ではなくて、隣を歩いてくれる人だった。
そんなことは、恋愛の中ではよくあることで、珍しいことではない。
それでもやっぱり、夢ばかり見ているなまえが、現実的な恋人を選んだのは、とても意外だった。
確かに、ジャンは年齢の割にはしっかりしているし、物事もハッキリと言えるから、ぼんやりとしているなまえには合っているかもしれない。
でも、歳の差もあるし、彼らがそんな関係になるなんて、それこそ夢にも思っていなかったのだ。
そんなことを考えながら、精鋭兵の自室のあるフロアにやってきたモブリット達は、廊下の向こうから歩いてくる人影を見つけた。
その名の通り、夢の中に入り込んでしまったらしい〝眠り姫〟を横抱きに抱えて、こちらに向かって歩いてきているのはジャンだった。
エルヴィンからは、夜のうちに帰ってくると聞いていたが、今やっと帰って来たところのようだ。
なまえを抱えているジャンは、腕に旅行バッグを2人分下げている。
いくらなまえが華奢なのだとしても、兵士である彼女は筋肉がついているし、それなりの重量のはずだ。
それを軽々と抱えて、2人分の旅行バッグも持っているジャンは、さすがだと思う。
それくらい出来ないと、マイペースな上官を持つ補佐官はやっていられない。
出張の帰り、よく似たような事態に遭遇しているモブリットには、その苦労がよく分かった。
「おー!!噂の2人のご帰宅ぅ!?遅かったねーー!!」
ハンジが、楽し気に手を振った。
モブリットは、なんとなく気になってリヴァイの方を見てしまったけれど、いつも通りにしか見えない彼の表情からは、その気持ちを読み取ることは出来なかった。
「こんばんは。ナイル師団長のところに書類を届けに行ったら、
なまえさんがザックレー総統に捕まってしまって、
予定してた駅馬車に乗れなかったんですよ。」
モブリット達の元へジャンがやって来ると、立ち話が始まった。
ジャンの腕の中で、なまえはダラリと身体を預けてぐっすり眠っている。
このまま床に放り投げても起きそうにないくらいに、何度だって見覚えのある気持ちよさそうな寝顔だ。
「あぁ、そういうことか~。
昔から、総統はなまえの夢話を聞くのが好きだからな~。」
ハンジは、納得したように言った。
「そうなんすか?」
「そうだよ。なまえを見つけたら、いつも捕まえて、新しい話をせがむんだ。
いつだったか、それで夜中まで飲みに付き合わされたことがあって
流石にいい加減にしろってリヴァイが迎えに行ったことがあったよね。」
「あぁ、そんなこともあったか。」
ハンジに話を振られたリヴァイが答える。
「そうだよ~。それで、やっと解放されたなまえは、
夜中だったのと、お酒呑まされたてたしで、フラフラしながら寝ちゃってさ!
こうやって、今のジャンみたいにリヴァイが抱えて帰って来たじゃないか!」
ハンジが、ジャンが横抱きに抱えているなまえを指さした。
その指の先をジッと見た後、リヴァイは思い出したように言う。
「あぁ、そういえば、そうだったな。
馬鹿みてぇに俺にくっついて離れねぇから、
仕方なく俺の部屋に連れてって一緒に寝る羽目になったんだ。」
「そうそう!で、なまえはリヴァイの部屋で目が覚めるから朝からパニックで騒いでるし、
リヴァイは、シーツが酒臭いって怒ってるし、あれは面白かったなァ~。」
ハンジが楽しそうにアハハハと笑う。
こういうとき、モブリットは、どうしてこの人は空気の欠片すら読めないのだろうかと、心底思う。
リヴァイさえもなんてことない思い出のように考えているようだった。
だが、自分と出逢う前なのだとしても、恋人が他の男と成り行きで一緒に寝たという話を聞いて、平気でいられる男なんてなかなかいない。
当然、ジャンは、眉を顰めるから、ペトラとオルオはひどく気まずそうにしている。
「それは大変でしたね。今度からは俺が迎えに行きますよ。
俺の女のことで、リヴァイ兵長のお手を煩わせるわけにはいきませんから。」
「ハッハッハッ!言うね~ッ!なッ、リヴァイッ!!」
ハンジが、心底愉快そうに笑って、リヴァイの背中をバシバシと叩く。
激しいそれが痛いのか、それとも明らかに敵意を孕んだジャンのセリフのせいなのか、ここへきて初めて、リヴァイの表情が険しくなった。
静かな廊下に、ピリついた空気が流れる。
モブリットとオルオ、ペトラが、どうやってこの場を切り抜けようか頭を回転させていたときだった。
自分を抱きかかえる腕に、ダラリと身体を預けて眠っていたなまえが、寝返りを打つようにして、ジャンの首に両腕をまわして抱き着いた。
「ん~…、うるさぁぁぁい…。
ジャン~、ベッド、まだぁ~~?眠い~~…。」
寝ぼけたなまえの声が、静かな廊下にやけに間抜けに響いた。
「眠いって、なまえさん、もう何時間も寝てるじゃないっすか。」
ジャンが、自分の胸元で顔を埋めているなまえを見下ろして、呆れたように言った。
「ん~~、まだ寝るぅぅ。」
なまえは、ジャンの胸に自分の頬を擦りよせながら甘えたように言う。
そんな様子を見下ろすジャンの目は、苦笑しながらも愛おしそうだった。
「はいはい、すぐ行きますから。
——それじゃ、俺の姫さんがこう言ってるんで、もう部屋に戻ります。
おやすみなさい。」
ジャンはモブリット達に軽く頭を下げると、なまえの部屋のある廊下の奥へと向かった。
なんとなく振り返って、モブリット達は、〝眠り姫〟をベッドに運ぶ男の背中を見送る。
確かに、見ように見れば、恋人同士に見えなくもない。
でも———。
「あの噂、マジだったのかよ…。」
「本当に恋人同士なんですね。意外だけど、お似合いかも。」
ペトラとオルオが、言った。
そうなのだ。確かに、そう見えるのだ。
でも———。
「そうかい?私にはいつものなまえとジャンに見えたけどね。
あれ、本当に付き合ってんの?」
ハンジが頭を掻く。
遠ざかる背中をジッと見ている眼鏡の奥の目は鋭く、ほんの些細な綻びも見逃さないようにしているようだった。
だが、モブリットもハンジの意見に賛成だった。
恋人同士だと言われれば、そうなのかと頷いてしまいそうになるけれど、どこか違和感を覚える。
なまえが想っているのが、リヴァイだと信じていたからという個人的な思い込みのせいかもしれない。
それでも、やっぱり、どこかおかしい。
だって、ジャンがなまえを抱えているのを見るのだって初めてではないし、むしろ、それが彼らの距離感だった。
今さら、それを恋人らしいとは思えない。
(あ…!)
もしかして、昔の話題を出したのは、ジャンの反応を見るためだったのか———。
ふ、とそんな考えにいきついたモブリットは、自分の上官の観察眼と頭の回転の速さが怖くなった。
でも、どう考えても、上官と補佐官であるなまえとジャンが、恋人同士だという嘘を吐かなければならない理由があるとは思えない。
やっぱり、自分達の思い過ごしなのだろうか。
そう思ったモブリットだったけれど、何事もハッキリと答えを出さないと気が済まないハンジは違う。
ハンジは、扉の向こうに消えていくジャンとなまえの背中を最後までずっと見ていた。
そして———。
「わざわざ私達に教えたのも気になる。
まるで、自分達は恋人だって言いふらして欲しいみたいだった。」
ハンジが顎を指で擦って言う。
「それは、上官と補佐官って立場もあって、今までずっと隠してたけど、
エルヴィン団長にも報告が終わったから、
早く言いふらしたくなっちゃったんじゃないですか?」
ペトラが言った。
そう考えるのが、妥当だろう。
今まで1年間隠して来たというのも、上官と補佐官という立場から考えれば、十分にありえる。
だから、ハンジも「まぁね、そうかもね。」と納得はしていないようだったが、一応は頷いていた。
「ていうか、意気揚々と言いふらしてたのは、ハンジさんじゃないっすか。」
オルオに、ぐうの音も出ないツッコミをされたハンジは、誤魔化すようにアハハと笑った。
なまえとジャンの関係を、最初から怪しいと思っていて、調査兵達に噂を広げたのはなぜだろう。
モブリットは、楽しそうに笑いながら歩き出したハンジの隣に並び、顎を擦って考える。
〝奇行種〟と呼ばれる彼女の思考回路を読み解くのは、長年補佐をしていても、容易くはない。
支えることは出来ても、同じ発想は出来ない。
でも、きっと、彼女のことだから何か考えがあるに決まっているのだ。
「ん?」
モブリットが、じっとハンジを見ていたら、視線に気づいたらしく、首を傾げられた。
「いえ、何でも。」
ハンジには隠し事は出来ない———。
改めてそう思っただけだということは、あまりにも当然すぎることのような気がして、心の中に留めておいた。
「ねぇ、リヴァイ。」
早々と歩き始めていて、前を行くリヴァイに、ハンジが声を掛けた。
無言の背中から返事はないが、彼女は続ける。
「リヴァイはどう思う?なまえとジャンって本当に付き合ってんのかな。」
ハンジがそう訊ねると、前を歩いていたリヴァイが立ち止まった。
また無視をすると思っていたモブリットにとって、それはとても意外だった。
振り返ったリヴァイは、なまえの部屋のある方をジッと見た後に、ゆっくりと口を開いた。
「アイツが、本当に惚れてる男と結婚するなら、どうでもいい。」
リヴァイはそれだけ言うと、また前を向いて歩き始める。
「へぇ。…結婚ねぇ。」
もう二度と振り返りそうにないリヴァイの後ろを歩きながら、ハンジは顎を擦る。
どうやら、今のリヴァイの返事すら、答えを見つけるヒントにしているようだ。
でも、実際、本当に彼らは恋人同士なのだろうか。
上官と補佐官が恋人になるなんて、モブリットは今までずっと、考えてもみなかったのだ。
だから、もしも、彼らが本当に恋人なら、もしかして自分も———。
「ふわぁ~~、ねむ~。」
考えるのに疲れたのか、ハンジが、大きく口を開いて欠伸を漏らした。
「今日こそはお風呂に入ってくださいよ。」
「ん~、そうだね~。」
絶対に入らない気だ———。
甘い雰囲気になんてなりそうにないハンジの隣で、モブリットは小さく息を吐いた。
そして、少し笑った。