◇第二十話◇腐らない親友の正義
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ジャンは、探し人の姿を見つけるために、憲兵団本部の中を歩き回っていた。
それにしても、ストヘス区の憲兵団本部は、いつ見ても立派な造りだと圧倒される。
兵士数が最も多いから、というのもあるのだろうが、そもそも建物にかけられるお金が違うのだ。
いつも資金繰りに苦労している調査兵団とは違うということだ。
王政も、革命的な成果を残すわけでもない調査兵団よりも、自分達に仕える憲兵団を優遇している。
だが、それにしては、憲兵の入団服を着ている人間が、仕事らしいことをしている姿は見当たらない。
ぼんやりと立って、任務時間が過ぎるのを待ってる憲兵なんて、まだいい方だ。
さっき通り過ぎた部屋からは賭け事を楽しんでいる男達の騒がしい声がしていたし、昼間から酒を呑んでいる憲兵もいるようだった。
だが、そんな憲兵団本部の様子はいつも通りで驚くべきものではなかったけれど、気になったのは、自分の姿を見つけた憲兵達が、まるでそうすると決めていたみたいに眉を顰めて何かをコソコソと話していることだ。
調査兵が憲兵団本部にいるのは珍しい。しかも、休暇中のジャンは私服だから余計に目立っていた。
それでも、わざわざこちらを見てコソコソと喋られるのは、悪口を言われているようで、ひどく不愉快な気分だった。
だが、わざわざ文句を言いに行って喧嘩をするような子供じみた真似は、さすがにもう卒業している。
ここは大人の対応を———、そう考えて「何か文句でもあんのかよ!」と怒鳴りつけたいのをなんとか堪える。
それもそろそろ限界を迎え始めた頃、憲兵団本部兵舎の方へやって来たジャンは、庭園で寛ぐ若い憲兵の中に、見知った顔を見つけた。
訓練兵時代からの付き合いのあるアニと、訓練地区は違うものの同期のヒッチだ。
飾りのついた白いガーデンテーブルを挟んで座り、楽しそうに喋り続けるヒッチに、アニが興味なさそうに相槌を打っている。
今頃、調査兵団の兵士達は、厳しい訓練で汗水を垂らしているというのに、2人は優雅にお喋りを楽しんでいるらしい。
ジャンが声を掛ける前に、こちらを向いて話していたヒッチが気づいた。
何かを企んでいるような笑みに、嫌な予感しかしない。
「ちょっと、アンタ!!来なさいよ!!」
立ち上がったヒッチが、大きな声で言って手招きをする。
それに反応して、ジャンに背中を向けていたアニも後ろを振り返った。
そこで漸く、アニは、珍しい男が憲兵団本部の兵舎にいることに気づいたようだった。
「アンタ、眠り姫の補佐官に大抜擢されたかと思ったら
とうとうやっちゃったみたいね!!」
ヒッチが、ジャンの肩に腕を回して、からかうように言った。
「はあ?」
身長差のある彼女に肩をくまれて、強引に腰を折り曲げさせられたジャンは、思いきり顔を顰めた。
そして、すぐ横にやって来たヒッチの顔をどかすために頬を両手で押し返していると、アニが説明を補足してくれた。
「お姫様のパパが一昨日憲兵本部に来て、娘が恋人連れて結婚の挨拶しに来るって言いふらしてた。
立派で真面目で誠実だとは全く思えないけど、副兵士長の補佐官ってアンタでしょ。
私服でこんなとこふらついてる余裕があるってことは、結婚の許し貰えたんだ。」
腕を組んだアニが、確かめるようにジャンを見上げて言う。
簡単に離れてくれたヒッチも、口元をニヤニヤさせている。
だが、これで、憲兵達の嫌な視線とコソコソ話している内容も大体は見当がついた。
どうやら、調査兵団の兵舎で自分達のことが噂になるよりも前に、憲兵達が知るところになっていたようだ。
「まだ決まったわけじゃねぇ。1年の猶予貰っただけだ。」
「へぇ。猶予ねぇ。」
面倒だから濁したけれど、ヒッチは信じてはいない様子で口元に嫌な笑みを浮かべたままだ。
表情がひとつも変わらないアニは、どう思っているのか分からない。
たぶん、どうでもいいというのが正解だろう。
「それで、アンタの大事なお姫様は?
ひとりにしてていいの。本当に結婚するかは知らないけど、補佐官なんでしょ。」
アニが訊ねた。
ヒッチも気になっていたらしく、椅子に腰を降ろしながら同じような質問を続けた。
「団長から頼まれたナイル師団長への書類と伝言を持って行った。
俺は、偶には同期のところで遊んで来いだってよ。」
「あ~、それで。アンタ、眠り姫のお守りで休みも返上らしいね。」
「なんだよ、そんなことまで噂になってんのかよ。」
ジャンは、心底面倒そうに眉を顰めた。
憲兵団で幹部よりも上の立場を持つ親を持っている〝眠り姫〟が、憲兵達の間でも有名なことは分かっていた。
だが、そこまで、いちいち噂になる程だとは思っていなかった。
自分の知らないところで、憲兵のお喋りのネタにされていると思ったら、不愉快で仕方ない。
「いいや、それはベルトルトから聞いた。」
「ベルトルト?」
「この娘、ひょろひょろのお兄さんと毎月、ラブレターのやりとりしてんのよ。」
首を傾げたジャンに、ヒッチが、さっきとそっくりな嫌な笑みを浮かべる。
ただの近況報告の手紙だ、とアニが言い返すが聞いちゃいない。
恋愛沙汰の話が三度の飯よりも大好物なところは、ヒッチも昔から変わらない。
その割には、自分の話になると、顔を赤くして否定してばかりいるけれど———。
だが、それは、ジャンも似たようなものだった。
「へぇ。ベルトルトとね~。
アイツもコッソリそんなことしてたのか。」
ジャンが、嫌な笑みを浮かべて、アニに言った。
それに、アニはひどく不機嫌そうに眉を顰めた。
「あっちが勝手に送ってくるから、仕方なく返事を書いてあげてるだけ。」
「それにしては、毎月、返事が届くの待ってるじゃん。
壁外調査の後なんて、毎日のように郵便所に確認しに行く癖に。」
「は?」
アニが、ギロリとヒッチを睨みつけた。
まるで殺人者のような恐ろしい顔も、ヒッチは見慣れているのか首を竦めただけだった。
「はいはい、私の勘違いってことにしといてあげるわよ。
可愛げのない娘は、すぐに愛想尽かされちゃうんだからね。
告白の返事をいつまでも引き延ばしてるうちに、他に女が出来ても知らないよ。」
ヒッチが呆れた様に言った言葉に、アニは分かりやすく反応した。
片眉をピクリと上げ、口をヘの字に曲げる。
「故郷に帰らせてくれたら、付き合ってやってもいいって言ってある。
早くしてほしいなら、あっちが早くすればいい。」
アニはムスッとした顔をして言った。
だが、ヒッチの言葉が胸に引っかかってしまったのか、垂れ下がった眉尻は、手紙の相手の心変わりが不安になっている彼女の心の内を饒舌に語っていた。
訓練兵時代からずっとアニばかりを目で追っていたベルトルトが、心変わりするはずない、とジャンもヒッチも、彼の気持ちを知っている全員が分かっている。
それを知らないのは、アニだけだというところが、彼女がベルトルトに恋をしているという分かりやすい証拠だった。
「それで、マルコはどこにいるか知ってるか?
アイツを探してるのに、どこにも見つからねぇ。」
ジャンが訊ねると、ヒッチとアニが、少しだけ眉を顰めた。
どうやら、彼女達は、マルコの居場所を知っているらしい。
あまり褒められたところにはいないのかもしれない。
答えてくれたのは、ヒッチだった。
「また正義感振りかざして上官に盾突いて、
マルロと一緒に、大量の書類仕事を押しつけられてる。
それこそ、アンタじゃないけど休み返上で、もう2週間目突入よ。」
「またかよ。」
ジャンは、首の後ろに手で擦りながら、ため息を吐いた。
憲兵になって王に仕えることに夢を見ていたマルコは、腐敗した憲兵団を正しくしようと、同じ志を持った同期のマルロと一緒に、だらけきった上官に立ち向かっている。
それに対して、ジャンも、馬鹿にする気持ちはない。むしろ、素晴らしいことだとは思う。
だが、4年の歳月が流れて、ジャンが副兵士長の補佐官というそれなりの役職がついたのに比べて、マルコはいまだに、一介の憲兵として上官に面倒な仕事を押しつけられてばかりだ。
もちろん、憲兵団のだらけきった体制が変わったということもない。
長い時間をかけて腐りきった組織はもう、元から取り除くくらいしないと変えることは出来ないのだ。
そんな無駄なことに時間と労力を使うくらいなら、早く無駄だと気づいて、諦めればいいのに———。
「4年でそれなりの役職貰える調査兵団と違って、
憲兵の4年目なんて、まだまだ下っ端なのよ。」
ヒッチが庇うように言ったのはきっと、マルコと一緒に必死に戦っているもう1人の勇者の顔が、絶えずに浮かんでいたからだろう。
恋愛沙汰の話が大好物な彼女が、それを認めるのは、その勇者が成果を残してからだろうけれど———。
ジャンは、玉の輿の乗り方を教えなさいと、また面倒なことを言い出したヒッチを無視して、マルコとマルロがほぼ軟禁されているという資料室へ向かった。
それにしても、ストヘス区の憲兵団本部は、いつ見ても立派な造りだと圧倒される。
兵士数が最も多いから、というのもあるのだろうが、そもそも建物にかけられるお金が違うのだ。
いつも資金繰りに苦労している調査兵団とは違うということだ。
王政も、革命的な成果を残すわけでもない調査兵団よりも、自分達に仕える憲兵団を優遇している。
だが、それにしては、憲兵の入団服を着ている人間が、仕事らしいことをしている姿は見当たらない。
ぼんやりと立って、任務時間が過ぎるのを待ってる憲兵なんて、まだいい方だ。
さっき通り過ぎた部屋からは賭け事を楽しんでいる男達の騒がしい声がしていたし、昼間から酒を呑んでいる憲兵もいるようだった。
だが、そんな憲兵団本部の様子はいつも通りで驚くべきものではなかったけれど、気になったのは、自分の姿を見つけた憲兵達が、まるでそうすると決めていたみたいに眉を顰めて何かをコソコソと話していることだ。
調査兵が憲兵団本部にいるのは珍しい。しかも、休暇中のジャンは私服だから余計に目立っていた。
それでも、わざわざこちらを見てコソコソと喋られるのは、悪口を言われているようで、ひどく不愉快な気分だった。
だが、わざわざ文句を言いに行って喧嘩をするような子供じみた真似は、さすがにもう卒業している。
ここは大人の対応を———、そう考えて「何か文句でもあんのかよ!」と怒鳴りつけたいのをなんとか堪える。
それもそろそろ限界を迎え始めた頃、憲兵団本部兵舎の方へやって来たジャンは、庭園で寛ぐ若い憲兵の中に、見知った顔を見つけた。
訓練兵時代からの付き合いのあるアニと、訓練地区は違うものの同期のヒッチだ。
飾りのついた白いガーデンテーブルを挟んで座り、楽しそうに喋り続けるヒッチに、アニが興味なさそうに相槌を打っている。
今頃、調査兵団の兵士達は、厳しい訓練で汗水を垂らしているというのに、2人は優雅にお喋りを楽しんでいるらしい。
ジャンが声を掛ける前に、こちらを向いて話していたヒッチが気づいた。
何かを企んでいるような笑みに、嫌な予感しかしない。
「ちょっと、アンタ!!来なさいよ!!」
立ち上がったヒッチが、大きな声で言って手招きをする。
それに反応して、ジャンに背中を向けていたアニも後ろを振り返った。
そこで漸く、アニは、珍しい男が憲兵団本部の兵舎にいることに気づいたようだった。
「アンタ、眠り姫の補佐官に大抜擢されたかと思ったら
とうとうやっちゃったみたいね!!」
ヒッチが、ジャンの肩に腕を回して、からかうように言った。
「はあ?」
身長差のある彼女に肩をくまれて、強引に腰を折り曲げさせられたジャンは、思いきり顔を顰めた。
そして、すぐ横にやって来たヒッチの顔をどかすために頬を両手で押し返していると、アニが説明を補足してくれた。
「お姫様のパパが一昨日憲兵本部に来て、娘が恋人連れて結婚の挨拶しに来るって言いふらしてた。
立派で真面目で誠実だとは全く思えないけど、副兵士長の補佐官ってアンタでしょ。
私服でこんなとこふらついてる余裕があるってことは、結婚の許し貰えたんだ。」
腕を組んだアニが、確かめるようにジャンを見上げて言う。
簡単に離れてくれたヒッチも、口元をニヤニヤさせている。
だが、これで、憲兵達の嫌な視線とコソコソ話している内容も大体は見当がついた。
どうやら、調査兵団の兵舎で自分達のことが噂になるよりも前に、憲兵達が知るところになっていたようだ。
「まだ決まったわけじゃねぇ。1年の猶予貰っただけだ。」
「へぇ。猶予ねぇ。」
面倒だから濁したけれど、ヒッチは信じてはいない様子で口元に嫌な笑みを浮かべたままだ。
表情がひとつも変わらないアニは、どう思っているのか分からない。
たぶん、どうでもいいというのが正解だろう。
「それで、アンタの大事なお姫様は?
ひとりにしてていいの。本当に結婚するかは知らないけど、補佐官なんでしょ。」
アニが訊ねた。
ヒッチも気になっていたらしく、椅子に腰を降ろしながら同じような質問を続けた。
「団長から頼まれたナイル師団長への書類と伝言を持って行った。
俺は、偶には同期のところで遊んで来いだってよ。」
「あ~、それで。アンタ、眠り姫のお守りで休みも返上らしいね。」
「なんだよ、そんなことまで噂になってんのかよ。」
ジャンは、心底面倒そうに眉を顰めた。
憲兵団で幹部よりも上の立場を持つ親を持っている〝眠り姫〟が、憲兵達の間でも有名なことは分かっていた。
だが、そこまで、いちいち噂になる程だとは思っていなかった。
自分の知らないところで、憲兵のお喋りのネタにされていると思ったら、不愉快で仕方ない。
「いいや、それはベルトルトから聞いた。」
「ベルトルト?」
「この娘、ひょろひょろのお兄さんと毎月、ラブレターのやりとりしてんのよ。」
首を傾げたジャンに、ヒッチが、さっきとそっくりな嫌な笑みを浮かべる。
ただの近況報告の手紙だ、とアニが言い返すが聞いちゃいない。
恋愛沙汰の話が三度の飯よりも大好物なところは、ヒッチも昔から変わらない。
その割には、自分の話になると、顔を赤くして否定してばかりいるけれど———。
だが、それは、ジャンも似たようなものだった。
「へぇ。ベルトルトとね~。
アイツもコッソリそんなことしてたのか。」
ジャンが、嫌な笑みを浮かべて、アニに言った。
それに、アニはひどく不機嫌そうに眉を顰めた。
「あっちが勝手に送ってくるから、仕方なく返事を書いてあげてるだけ。」
「それにしては、毎月、返事が届くの待ってるじゃん。
壁外調査の後なんて、毎日のように郵便所に確認しに行く癖に。」
「は?」
アニが、ギロリとヒッチを睨みつけた。
まるで殺人者のような恐ろしい顔も、ヒッチは見慣れているのか首を竦めただけだった。
「はいはい、私の勘違いってことにしといてあげるわよ。
可愛げのない娘は、すぐに愛想尽かされちゃうんだからね。
告白の返事をいつまでも引き延ばしてるうちに、他に女が出来ても知らないよ。」
ヒッチが呆れた様に言った言葉に、アニは分かりやすく反応した。
片眉をピクリと上げ、口をヘの字に曲げる。
「故郷に帰らせてくれたら、付き合ってやってもいいって言ってある。
早くしてほしいなら、あっちが早くすればいい。」
アニはムスッとした顔をして言った。
だが、ヒッチの言葉が胸に引っかかってしまったのか、垂れ下がった眉尻は、手紙の相手の心変わりが不安になっている彼女の心の内を饒舌に語っていた。
訓練兵時代からずっとアニばかりを目で追っていたベルトルトが、心変わりするはずない、とジャンもヒッチも、彼の気持ちを知っている全員が分かっている。
それを知らないのは、アニだけだというところが、彼女がベルトルトに恋をしているという分かりやすい証拠だった。
「それで、マルコはどこにいるか知ってるか?
アイツを探してるのに、どこにも見つからねぇ。」
ジャンが訊ねると、ヒッチとアニが、少しだけ眉を顰めた。
どうやら、彼女達は、マルコの居場所を知っているらしい。
あまり褒められたところにはいないのかもしれない。
答えてくれたのは、ヒッチだった。
「また正義感振りかざして上官に盾突いて、
マルロと一緒に、大量の書類仕事を押しつけられてる。
それこそ、アンタじゃないけど休み返上で、もう2週間目突入よ。」
「またかよ。」
ジャンは、首の後ろに手で擦りながら、ため息を吐いた。
憲兵になって王に仕えることに夢を見ていたマルコは、腐敗した憲兵団を正しくしようと、同じ志を持った同期のマルロと一緒に、だらけきった上官に立ち向かっている。
それに対して、ジャンも、馬鹿にする気持ちはない。むしろ、素晴らしいことだとは思う。
だが、4年の歳月が流れて、ジャンが副兵士長の補佐官というそれなりの役職がついたのに比べて、マルコはいまだに、一介の憲兵として上官に面倒な仕事を押しつけられてばかりだ。
もちろん、憲兵団のだらけきった体制が変わったということもない。
長い時間をかけて腐りきった組織はもう、元から取り除くくらいしないと変えることは出来ないのだ。
そんな無駄なことに時間と労力を使うくらいなら、早く無駄だと気づいて、諦めればいいのに———。
「4年でそれなりの役職貰える調査兵団と違って、
憲兵の4年目なんて、まだまだ下っ端なのよ。」
ヒッチが庇うように言ったのはきっと、マルコと一緒に必死に戦っているもう1人の勇者の顔が、絶えずに浮かんでいたからだろう。
恋愛沙汰の話が大好物な彼女が、それを認めるのは、その勇者が成果を残してからだろうけれど———。
ジャンは、玉の輿の乗り方を教えなさいと、また面倒なことを言い出したヒッチを無視して、マルコとマルロがほぼ軟禁されているという資料室へ向かった。