◇第百五十話◇友情の花火が未来を照らす
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ーーー眠り姫が目を覚ました。
そんな話がリコの耳に届いたのは、今日の任務を終えて自室に帰ろうとしていた時だった。
気づいた時にはもう、彼女は走り出していた。
廊下を駆け抜け、階段を駆け下り、駐屯兵の兵舎から飛び出す。
駐屯兵団施設の入口には、今日の見張り役の駐屯兵数名が立っていた。
そのうちの1人が、リコに気づく。
「お疲れ様でーす、あれ?リコさん、何かあったんですか?」
見張り役の駐屯兵の声は、リコの耳には届かず、彼の横を猛スピードで走り抜けていく。
彼が、「何かあった。」と感じてしまったほどに、急いでいたせいだ。
普段から神経質な顔をしているリコだけれど、いつも以上に表情を強張らせているという自覚が彼女にもあった。
今回の壁外調査の結果が、駐屯兵団や憲兵団に報告が上がったと同時に、その作戦の内容も把握することになった。
人類に紛れ込み、シガンシナ区及びトロスト区襲撃の実行犯だと思われる人物の確保に成功。この作戦の為に、調査兵団では、数年も前から緻密な準備がされていた。
立案者は、なまえ・みょうじ。
あの日、超大型巨人によるトロスト区襲撃が起きたとき、ピクシスからエレンの話を聞いたなまえは、他にも巨人化出来る人間がいる可能性に気づいた。そして、たとえば、その人間が、人類の敵側だったとしたのならーーーー壁を破壊し、そして突如として消えた超大型巨人が、人類の裏切り者の人間かも知れない。せっかく自分達が開けた穴だ。その裏切り者の人間は、エレンの巨人化を利用したトロスト区奪還作戦の邪魔をしにくるだろう。今まさに、彼らはその作戦を練っているのかもしれない。その証拠として、シガンシナ区への巨人強襲の時には現れた鎧の巨人が、まだ姿を現していないのだとしたらーーーーーーー。
ピクシスからエレンの巨人化を利用したトロスト区奪還作戦の説明を聞いたあの数分で、そんなことまで考えていたなまえの思考回路には舌を巻く。ありえないことだ。信じられない。
そんなもの、最悪のシナリオ以外の何ものでもない。今まで、人類が憎んで憎んで泣き疲れるほど憎んできた超大型巨人が、人間だったなんて、信じたくない。
きっとなまえも、それが、杞憂に過ぎないことを願っただろう。
巨人化出来る訓練兵、エレン・イェーガーと共に兵士達がトロスト区奪還作戦を遂行中、なまえは、怪しい人物を探していた。
あのとき、エレンが巨人化出来るということを知れた人物は多数いた。作戦に参加する駐屯兵や訓練兵に目を光らせながら、目星をつけたのが、当時まだ訓練兵だったライナー・ブラウンとベルトルト・フーバー、そして、アニ・レオンハートだ。
成績上位者でありながら、敢えて、エレンと同じ調査兵団への入団を決めたライナーとベルトルトは、さらに濃厚な容疑者だった。
そして、今回の壁外調査で、とうとう鎧の巨人の姿を現したライナーとベルトルトを、調査兵達が一丸となって確保したようだ。
そんな悪い夢のような話を、リコや他の駐屯兵達は、会議室で聞いた。
説明したのは、ストヘス区にある憲兵団本部へ出張して帰ってきたばかりのピクシス司令官だった。
淡々と説明されたそれに、リコの心を握り潰されるのに、あまり時間はかからなかった。
リコ以外の駐屯兵団幹部達もまた、それぞれに思うことがあったのだろう。全ての報告を聞き終えたあと、会議室はシンと静まり返っていた。
数十秒の間を置いて、最初に口を開いたのは、リコだった。
『アイツは…、名前は…!あの日、超大型巨人になれる人間がいるかも知れない可能性について
私達には、一言も説明しませんでした!私たちにも教えてくれていたらーーー。』
『何か出来た、と?
そうじゃな、教えてくれていれば、何かが変わっていたかもしれん。
それはもう、誰にも分からんことじゃ。』
柔らかな声色だった。
けれど、駐屯兵団幹部達を見渡したその目は、厳しく、力強く、そして、とても悲しんでいるようにも見えた。
あの日、ピクシスは、なまえが何かに気づいたことに、気づいたのだろう。
そしてそれを、その場で説明しなかったことにもまた理由があるはずだ、となまえを信じたのだ。
今までのなまえの実績と性格、築いてきた絆があったからだ。
でも、駐屯兵たちは、なまえの言葉を素直に受け止め、なまえと築いてきた絆を思い返すこともせずに、悲劇の全てを彼女のせいにすることで、自分たちの苦しみから逃れようとした。
考えれば、分かったことだ。
今までのなまえを思い返せば、あの日、彼女が仲間を見捨てて楽な方に逃げるようなやつじゃないことくらい、すぐに分かった。
それが自分たちを守るためのもので、自分たちの代わりに、なまえが最も苦しい道を歩いてくれたのだと気づけたはずだ。
『なまえは、あの日……、私達を恐怖に怯えさせないために、
面白い夢を見たなんて馬鹿げたことを言ったってことですか…。
私たちが、絶望して…、任務を遂行出来なくならないように…。』
とても苦しげに漏らしたリコの声は、会議室で暗く沈んでいった。
なまえはずっと、人類を守っていたのだ。
なにが目的なのかも、彼らの正体が何かもわからないまま、すぐ隣に巨人化出来る裏切り者がいるかも知れないーーーーーそんな得体の知れない恐怖から、リコ達は知らぬ間に守られ続けていた。
駐屯兵達が、なまえに誹謗を浴びせ、悪い噂で傷つけようと必死になっている時もだ。自分達はずっと、なまえの優しい嘘という壁の中で、守られていた。
『それは、わしにも分からん。
ただ、分かるのは、なまえはいつも、安全な壁の中にいる我らに感謝していた。
民を守る駐屯兵団がいるからこそ、調査兵達は安心して危険な壁の外に出られるんだと。
あの日もきっと、同じようなことを思っていたんじゃないだろうか、とわしは思う。』
静かに、諭すように、ピクシスが言った。
その言葉はとても優しくて、温かくて、静かだった。そして、あまりにも深いナイフとなって、駐屯兵達の心臓を突き刺した。
そうなると分かっていて、ピクシスもそれを敢えて口にしたのだろう。
駐屯兵達は、いつも安全な壁の中にいた。シガンシナ区で大切な人を亡くした経験をした駐屯兵もいたけれど、トロスト区では失ったものがあまりにも多過ぎた。
苦しい、辛い、悲しいーーーーー負の感情は強大で、それを抱えて生きていくなんて到底出来ないと思ってしまったのだ。
リコ達は、この苦しみを誰かに押し付けないと、立っていることもできなかった。
きっと、壁外調査でたくさんの仲間を失い、たくさんの誹謗中傷を浴びてきたなまえら調査兵達は、壊れそうな駐屯兵達の気持ちを理解していたのだ。
だから彼らは、何も言わなかった。言い返すことも、誤解だと叫ぶこともせず、ただただ耐え忍んだ。いつかきっと名誉を取り戻せると信じていた。
調査兵達が一丸となって戦ったと聞いたとき、『あぁ、彼らはきっと、なまえの汚名を返上したかったに違いない。』とリコは思ったのだ。
調査兵団は、人類を守るために自らの命を懸ける馬鹿げた集団だ。だからこそ、命の大切さ、儚さ、尊厳を痛いほどに知っている。そんな自分達の仲間に、誰かの命を軽んじ、挙げ句の果てには奪うような馬鹿げたことをするやつはいないと証明したかったのではないだろうか。
そしてついに、調査兵団はやり遂げた。
今ではもう、なまえのことを『魔女』と揶揄して、乏しめる駐屯兵はいない。
ただひっそりと口をつぐみ、噂に踊らされ、彼女の本意を見ようともしなかった己の浅はかさと過ちを恥じている。
会議が終われば、リコはすぐにでもなまえのもとへ向かい、土下座でもなんでもするつもりだった。
けれど、ピクシスが最後に告げたのは、大規模で危険を伴う作戦だったにも限らず、負傷者は多数出たものの死亡者は0だったという喜ばしい報告と、なまえが転落事故に遭い意識不明になっているという報告だった。
あれからずっと、リコは、なまえが目を覚ますのを待っていた。
謝らなければならない。
信じられなかったことも、巨人に友人を奪われた者同士で手を取り合うこともせず、ひとりぼっちにして苦しめたことも。
死んで詫びれーーーなんて、あまりにも残酷な暴言を吐いたことも。
そして、友人を守りきれなかったことをーーーー。
『私がいなくても、いつも民間人を守ってくれてる駐屯兵達ならきっと大丈夫。
だって、リコ達がいるんだから。』
胸を押し潰されそうになるほどの恐怖の中、なまえは必死に、そう信じていたはずなのにーーーー。
そんな話がリコの耳に届いたのは、今日の任務を終えて自室に帰ろうとしていた時だった。
気づいた時にはもう、彼女は走り出していた。
廊下を駆け抜け、階段を駆け下り、駐屯兵の兵舎から飛び出す。
駐屯兵団施設の入口には、今日の見張り役の駐屯兵数名が立っていた。
そのうちの1人が、リコに気づく。
「お疲れ様でーす、あれ?リコさん、何かあったんですか?」
見張り役の駐屯兵の声は、リコの耳には届かず、彼の横を猛スピードで走り抜けていく。
彼が、「何かあった。」と感じてしまったほどに、急いでいたせいだ。
普段から神経質な顔をしているリコだけれど、いつも以上に表情を強張らせているという自覚が彼女にもあった。
今回の壁外調査の結果が、駐屯兵団や憲兵団に報告が上がったと同時に、その作戦の内容も把握することになった。
人類に紛れ込み、シガンシナ区及びトロスト区襲撃の実行犯だと思われる人物の確保に成功。この作戦の為に、調査兵団では、数年も前から緻密な準備がされていた。
立案者は、なまえ・みょうじ。
あの日、超大型巨人によるトロスト区襲撃が起きたとき、ピクシスからエレンの話を聞いたなまえは、他にも巨人化出来る人間がいる可能性に気づいた。そして、たとえば、その人間が、人類の敵側だったとしたのならーーーー壁を破壊し、そして突如として消えた超大型巨人が、人類の裏切り者の人間かも知れない。せっかく自分達が開けた穴だ。その裏切り者の人間は、エレンの巨人化を利用したトロスト区奪還作戦の邪魔をしにくるだろう。今まさに、彼らはその作戦を練っているのかもしれない。その証拠として、シガンシナ区への巨人強襲の時には現れた鎧の巨人が、まだ姿を現していないのだとしたらーーーーーーー。
ピクシスからエレンの巨人化を利用したトロスト区奪還作戦の説明を聞いたあの数分で、そんなことまで考えていたなまえの思考回路には舌を巻く。ありえないことだ。信じられない。
そんなもの、最悪のシナリオ以外の何ものでもない。今まで、人類が憎んで憎んで泣き疲れるほど憎んできた超大型巨人が、人間だったなんて、信じたくない。
きっとなまえも、それが、杞憂に過ぎないことを願っただろう。
巨人化出来る訓練兵、エレン・イェーガーと共に兵士達がトロスト区奪還作戦を遂行中、なまえは、怪しい人物を探していた。
あのとき、エレンが巨人化出来るということを知れた人物は多数いた。作戦に参加する駐屯兵や訓練兵に目を光らせながら、目星をつけたのが、当時まだ訓練兵だったライナー・ブラウンとベルトルト・フーバー、そして、アニ・レオンハートだ。
成績上位者でありながら、敢えて、エレンと同じ調査兵団への入団を決めたライナーとベルトルトは、さらに濃厚な容疑者だった。
そして、今回の壁外調査で、とうとう鎧の巨人の姿を現したライナーとベルトルトを、調査兵達が一丸となって確保したようだ。
そんな悪い夢のような話を、リコや他の駐屯兵達は、会議室で聞いた。
説明したのは、ストヘス区にある憲兵団本部へ出張して帰ってきたばかりのピクシス司令官だった。
淡々と説明されたそれに、リコの心を握り潰されるのに、あまり時間はかからなかった。
リコ以外の駐屯兵団幹部達もまた、それぞれに思うことがあったのだろう。全ての報告を聞き終えたあと、会議室はシンと静まり返っていた。
数十秒の間を置いて、最初に口を開いたのは、リコだった。
『アイツは…、名前は…!あの日、超大型巨人になれる人間がいるかも知れない可能性について
私達には、一言も説明しませんでした!私たちにも教えてくれていたらーーー。』
『何か出来た、と?
そうじゃな、教えてくれていれば、何かが変わっていたかもしれん。
それはもう、誰にも分からんことじゃ。』
柔らかな声色だった。
けれど、駐屯兵団幹部達を見渡したその目は、厳しく、力強く、そして、とても悲しんでいるようにも見えた。
あの日、ピクシスは、なまえが何かに気づいたことに、気づいたのだろう。
そしてそれを、その場で説明しなかったことにもまた理由があるはずだ、となまえを信じたのだ。
今までのなまえの実績と性格、築いてきた絆があったからだ。
でも、駐屯兵たちは、なまえの言葉を素直に受け止め、なまえと築いてきた絆を思い返すこともせずに、悲劇の全てを彼女のせいにすることで、自分たちの苦しみから逃れようとした。
考えれば、分かったことだ。
今までのなまえを思い返せば、あの日、彼女が仲間を見捨てて楽な方に逃げるようなやつじゃないことくらい、すぐに分かった。
それが自分たちを守るためのもので、自分たちの代わりに、なまえが最も苦しい道を歩いてくれたのだと気づけたはずだ。
『なまえは、あの日……、私達を恐怖に怯えさせないために、
面白い夢を見たなんて馬鹿げたことを言ったってことですか…。
私たちが、絶望して…、任務を遂行出来なくならないように…。』
とても苦しげに漏らしたリコの声は、会議室で暗く沈んでいった。
なまえはずっと、人類を守っていたのだ。
なにが目的なのかも、彼らの正体が何かもわからないまま、すぐ隣に巨人化出来る裏切り者がいるかも知れないーーーーーそんな得体の知れない恐怖から、リコ達は知らぬ間に守られ続けていた。
駐屯兵達が、なまえに誹謗を浴びせ、悪い噂で傷つけようと必死になっている時もだ。自分達はずっと、なまえの優しい嘘という壁の中で、守られていた。
『それは、わしにも分からん。
ただ、分かるのは、なまえはいつも、安全な壁の中にいる我らに感謝していた。
民を守る駐屯兵団がいるからこそ、調査兵達は安心して危険な壁の外に出られるんだと。
あの日もきっと、同じようなことを思っていたんじゃないだろうか、とわしは思う。』
静かに、諭すように、ピクシスが言った。
その言葉はとても優しくて、温かくて、静かだった。そして、あまりにも深いナイフとなって、駐屯兵達の心臓を突き刺した。
そうなると分かっていて、ピクシスもそれを敢えて口にしたのだろう。
駐屯兵達は、いつも安全な壁の中にいた。シガンシナ区で大切な人を亡くした経験をした駐屯兵もいたけれど、トロスト区では失ったものがあまりにも多過ぎた。
苦しい、辛い、悲しいーーーーー負の感情は強大で、それを抱えて生きていくなんて到底出来ないと思ってしまったのだ。
リコ達は、この苦しみを誰かに押し付けないと、立っていることもできなかった。
きっと、壁外調査でたくさんの仲間を失い、たくさんの誹謗中傷を浴びてきたなまえら調査兵達は、壊れそうな駐屯兵達の気持ちを理解していたのだ。
だから彼らは、何も言わなかった。言い返すことも、誤解だと叫ぶこともせず、ただただ耐え忍んだ。いつかきっと名誉を取り戻せると信じていた。
調査兵達が一丸となって戦ったと聞いたとき、『あぁ、彼らはきっと、なまえの汚名を返上したかったに違いない。』とリコは思ったのだ。
調査兵団は、人類を守るために自らの命を懸ける馬鹿げた集団だ。だからこそ、命の大切さ、儚さ、尊厳を痛いほどに知っている。そんな自分達の仲間に、誰かの命を軽んじ、挙げ句の果てには奪うような馬鹿げたことをするやつはいないと証明したかったのではないだろうか。
そしてついに、調査兵団はやり遂げた。
今ではもう、なまえのことを『魔女』と揶揄して、乏しめる駐屯兵はいない。
ただひっそりと口をつぐみ、噂に踊らされ、彼女の本意を見ようともしなかった己の浅はかさと過ちを恥じている。
会議が終われば、リコはすぐにでもなまえのもとへ向かい、土下座でもなんでもするつもりだった。
けれど、ピクシスが最後に告げたのは、大規模で危険を伴う作戦だったにも限らず、負傷者は多数出たものの死亡者は0だったという喜ばしい報告と、なまえが転落事故に遭い意識不明になっているという報告だった。
あれからずっと、リコは、なまえが目を覚ますのを待っていた。
謝らなければならない。
信じられなかったことも、巨人に友人を奪われた者同士で手を取り合うこともせず、ひとりぼっちにして苦しめたことも。
死んで詫びれーーーなんて、あまりにも残酷な暴言を吐いたことも。
そして、友人を守りきれなかったことをーーーー。
『私がいなくても、いつも民間人を守ってくれてる駐屯兵達ならきっと大丈夫。
だって、リコ達がいるんだから。』
胸を押し潰されそうになるほどの恐怖の中、なまえは必死に、そう信じていたはずなのにーーーー。