◇第百四十九話◇正直者は「愛」を見る
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早朝、自室に戻る途中、ジャンが見つけたのは、なまえの母親だった。
漸く空が青く色づこうとし始めたばかりだというこの時間に、彼女は、談話室のソファに腰掛けて本を読んでいた。
彼女の視線が文字を追いかける度に、重たそうな長い睫毛が微かに揺れて、ソファ横のランタンの光に反射する。
物語に夢中になっているその横顔が、なまえのそれと重なる。
どうやら、本の虫という性質は、母親から受け継いだようだ。
一瞬、声をかけた方がいいかとも考えたが、すぐに思い直す。
本を読んでいるのを邪魔をするのは憚れる。それに、なまえが母親に似たのであれば、物語に夢中になっているときに声をかけても、きっと彼女の耳には届かない。
「あら、こんなに朝早くに、どこに行くのかしら?」
そのまま部屋に戻ろうと歩き出したところで、談話室の方から声をかけられた。
振り返れば、窓越しになまえの母親と目が合う。
「気づいてたんですね。
読書中に邪魔してしまって、すみません。」
「なんとなく気配を感じただけよ。
それに、もう何度も読んだ物語だから気にしないで。」
談話室に入ってきたジャンに、なまえの母親がにこやかな笑みを返した。
彼女と向かい合うように立ったジャンだったけれど、すぐそこにあるソファには座らなかった。
視線を上げ、そんなジャンをじっと見つめるなまえの母親は、座らないのかと訊ねはしない。
『誰があの娘を嫌っても、憎んでも、ジャンくんだけは、なまえを諦めないで。』
いつだったか、なまえの母親に言われた言葉だ。
すっかり忘れていた。でも、最近また不意に、思い出しては、罪悪感に苛まれていた。
命に誓って、最後の1人になっても彼女のそばにいるーーーーーーそう答えたはずだ。
けれど、謂れのない噂で傷ついたなまえのそばにいたのは、ジャンではなくリヴァイだった。
なまえの母親が、『ジャンを守る為の偽物の婚約者だった』とリヴァイが言い張るあの関係について、どう思っていたのかは分からない。
でも、謝らなければならない。彼女の大切な娘を傷つけてしまったこと、そんな男を許して受け入れてくれた彼女のことを、今度こそ命をかけて守り抜く覚悟だということをーーー。
「すみませんでした。」
ジャンは、深く腰を折って頭を下げる。
なまえの両親は、壁上から落ちたなまえを命懸けで助けたジャンに心から感謝している様子だった。
どうせなら、何も言わないつもりだった。
ただの命の恩人だと思ってもらえていた方が、ジャンにとっては都合がいい。
でもそれでは、本当の意味で、なまえの恋人にはなれない気がするのだ。天使のように綺麗な彼女の隣が似合うような男に、自分がなれるとは到底思えない。いつだって、不釣り合いだと感じていた。
でも、なまえの隣にいることに、負い目は感じていたくない。
そう。自分でも分かってる。この謝罪だって、ただのエゴだ。
なまえのためでも、なまえの母親のためでもない。
「何を謝っているの?むしろ、謝るのはなまえの方でしょ。
あなたは、なまえの問題に巻き込まれて、大怪我をしたんだから。
それなのに、必死にリハビリをして壁外調査に出て、なまえを守ってくれた。」
なまえの母親が言う。
凛としたその声からは、優しくジャンを慰めると言うよりは、そう言うことにしなさい、とピシャリと言い切るような雰囲気を感じられた。
あぁ、きっと分かっているんだーーーーーー。
なまえの母親は、娘のそばにジャンがいない日々があった理由を知っている。リヴァイから聞いたのか。勘付いているのか。どちらにしても、なまえの母親の中で、ジャンは『一度、娘を諦めた男』になってしまっている。
頭を下げたまま、ジャンは唇を噛む。思わず握ってしまった拳が微かに震えた。
「なまえさんを傷つけました。」
「恋人と喧嘩をすることなんて、よくあることよ。
傷つけたり、傷つけあったり。お互いさま。」
「違います。俺は、なまえさんを信じられなくて、それで、ーーーっ。」
言えない。言いたくないーーー。
ジャンは、ギリリと歯を噛んでから、顔を上げた。
「ヒトゴロシとなまえさんにに言って、傷つけました。
絶対に、言ってはいけない言葉を彼女を投げつけて、自分を守ろうとしました。」
ジャンを見上げていたなまえの母親の真っ直ぐな瞳が、初めて揺れた。
戸惑いと驚き。そして、傷ついたその表情からは『聞きたくなかった』という気持ちが読み取れた。
でもすぐに、なまえの母親は、息を吐くように肩の力を抜くと、呆れたような笑みを浮かべた。
「本当にもう、どうしてわざわざ自分に不利になることを言っちゃうのかしら。
あなたはもっと、利口で狡猾な男だと思っていたわ。」
「勉強は出来る方でしたが、利口ではないと思います。
狡猾は合ってるけど。」
なんだかんだ言いくるめて、とうとうなまえを自分の恋人にしてしまった。
素直な彼女をいいように操ったという意識はある。
ジャンの素直な返事に、一瞬呆気に取られた様子だったなまえの母親は、すぐにおかしそうにクスリと笑う。
「恋愛をすると、皆、多少なりとも狡猾になるものよ。」
「そうでしょうか。少なくとも、なまえさんとリヴァイ兵長は違うと思います。」
ジャンはそう言いながら、自然と視線が下がる。
本当は今でも、なまえにはリヴァイの方が相応しいと思っている。
隣に並ぶ姿は物語から飛び出してきたみたいだ、と噂になったのも頷けるくらいお似合いだったし、リヴァイならなまえを死ぬまで裏切ったりしないだろう。
なまえのように澄んで綺麗な女性には、リヴァイのようなまっすぐで強い男が隣にいた方がいい。
「あら、あの子達ほど、狡猾な子たちはいないわよ。」
なまえの母親は、わざとらしく目を丸くした。
それはないだろう、とジャンは訝しげに眉を顰める
「なまえは、自分のせいであなたが刺されたと知っても、あなたを手放さなかったのよ。
あなたのご両親や可愛らしいライバルの目を盗んでは、あなたに会いに行っていたみたいだし。」
なまえの母親がクスリと笑う。
それは、ハンジから聞いていたから知っている。
「なまえとジャンを守るために、偽物の恋人になるから協力してほしいと
私達に提案してきたリヴァイ君もそうよ。なまえは嘘を吐くのが苦手だから、
本物の婚約者ってことにしてあるって説明してくれたけど、それだけじゃないと思うのよね。」
「それだけじゃないって?」
「きっと、あなたがなまえの元に戻らなければ、
あわよくばこのまま本物の婚約者としてなまえのそばにいようって気持ちが
あったんじゃないかしら。」
「あ…。」
そういうことか。
「ね?あの2人、なかなか狡猾だと思わない?」
なまえの母親が少し悪戯っぽい顔をして、ニヤリと笑う。
「だからいいのよ。狡猾でいればいい。
ただ、愛する人を愛して。守って。大切にして。」
「…はい、わかりました。今度こそ、必ず。」
ジャンは、決意を新たにして、力強く頷いた。
漸く空が青く色づこうとし始めたばかりだというこの時間に、彼女は、談話室のソファに腰掛けて本を読んでいた。
彼女の視線が文字を追いかける度に、重たそうな長い睫毛が微かに揺れて、ソファ横のランタンの光に反射する。
物語に夢中になっているその横顔が、なまえのそれと重なる。
どうやら、本の虫という性質は、母親から受け継いだようだ。
一瞬、声をかけた方がいいかとも考えたが、すぐに思い直す。
本を読んでいるのを邪魔をするのは憚れる。それに、なまえが母親に似たのであれば、物語に夢中になっているときに声をかけても、きっと彼女の耳には届かない。
「あら、こんなに朝早くに、どこに行くのかしら?」
そのまま部屋に戻ろうと歩き出したところで、談話室の方から声をかけられた。
振り返れば、窓越しになまえの母親と目が合う。
「気づいてたんですね。
読書中に邪魔してしまって、すみません。」
「なんとなく気配を感じただけよ。
それに、もう何度も読んだ物語だから気にしないで。」
談話室に入ってきたジャンに、なまえの母親がにこやかな笑みを返した。
彼女と向かい合うように立ったジャンだったけれど、すぐそこにあるソファには座らなかった。
視線を上げ、そんなジャンをじっと見つめるなまえの母親は、座らないのかと訊ねはしない。
『誰があの娘を嫌っても、憎んでも、ジャンくんだけは、なまえを諦めないで。』
いつだったか、なまえの母親に言われた言葉だ。
すっかり忘れていた。でも、最近また不意に、思い出しては、罪悪感に苛まれていた。
命に誓って、最後の1人になっても彼女のそばにいるーーーーーーそう答えたはずだ。
けれど、謂れのない噂で傷ついたなまえのそばにいたのは、ジャンではなくリヴァイだった。
なまえの母親が、『ジャンを守る為の偽物の婚約者だった』とリヴァイが言い張るあの関係について、どう思っていたのかは分からない。
でも、謝らなければならない。彼女の大切な娘を傷つけてしまったこと、そんな男を許して受け入れてくれた彼女のことを、今度こそ命をかけて守り抜く覚悟だということをーーー。
「すみませんでした。」
ジャンは、深く腰を折って頭を下げる。
なまえの両親は、壁上から落ちたなまえを命懸けで助けたジャンに心から感謝している様子だった。
どうせなら、何も言わないつもりだった。
ただの命の恩人だと思ってもらえていた方が、ジャンにとっては都合がいい。
でもそれでは、本当の意味で、なまえの恋人にはなれない気がするのだ。天使のように綺麗な彼女の隣が似合うような男に、自分がなれるとは到底思えない。いつだって、不釣り合いだと感じていた。
でも、なまえの隣にいることに、負い目は感じていたくない。
そう。自分でも分かってる。この謝罪だって、ただのエゴだ。
なまえのためでも、なまえの母親のためでもない。
「何を謝っているの?むしろ、謝るのはなまえの方でしょ。
あなたは、なまえの問題に巻き込まれて、大怪我をしたんだから。
それなのに、必死にリハビリをして壁外調査に出て、なまえを守ってくれた。」
なまえの母親が言う。
凛としたその声からは、優しくジャンを慰めると言うよりは、そう言うことにしなさい、とピシャリと言い切るような雰囲気を感じられた。
あぁ、きっと分かっているんだーーーーーー。
なまえの母親は、娘のそばにジャンがいない日々があった理由を知っている。リヴァイから聞いたのか。勘付いているのか。どちらにしても、なまえの母親の中で、ジャンは『一度、娘を諦めた男』になってしまっている。
頭を下げたまま、ジャンは唇を噛む。思わず握ってしまった拳が微かに震えた。
「なまえさんを傷つけました。」
「恋人と喧嘩をすることなんて、よくあることよ。
傷つけたり、傷つけあったり。お互いさま。」
「違います。俺は、なまえさんを信じられなくて、それで、ーーーっ。」
言えない。言いたくないーーー。
ジャンは、ギリリと歯を噛んでから、顔を上げた。
「ヒトゴロシとなまえさんにに言って、傷つけました。
絶対に、言ってはいけない言葉を彼女を投げつけて、自分を守ろうとしました。」
ジャンを見上げていたなまえの母親の真っ直ぐな瞳が、初めて揺れた。
戸惑いと驚き。そして、傷ついたその表情からは『聞きたくなかった』という気持ちが読み取れた。
でもすぐに、なまえの母親は、息を吐くように肩の力を抜くと、呆れたような笑みを浮かべた。
「本当にもう、どうしてわざわざ自分に不利になることを言っちゃうのかしら。
あなたはもっと、利口で狡猾な男だと思っていたわ。」
「勉強は出来る方でしたが、利口ではないと思います。
狡猾は合ってるけど。」
なんだかんだ言いくるめて、とうとうなまえを自分の恋人にしてしまった。
素直な彼女をいいように操ったという意識はある。
ジャンの素直な返事に、一瞬呆気に取られた様子だったなまえの母親は、すぐにおかしそうにクスリと笑う。
「恋愛をすると、皆、多少なりとも狡猾になるものよ。」
「そうでしょうか。少なくとも、なまえさんとリヴァイ兵長は違うと思います。」
ジャンはそう言いながら、自然と視線が下がる。
本当は今でも、なまえにはリヴァイの方が相応しいと思っている。
隣に並ぶ姿は物語から飛び出してきたみたいだ、と噂になったのも頷けるくらいお似合いだったし、リヴァイならなまえを死ぬまで裏切ったりしないだろう。
なまえのように澄んで綺麗な女性には、リヴァイのようなまっすぐで強い男が隣にいた方がいい。
「あら、あの子達ほど、狡猾な子たちはいないわよ。」
なまえの母親は、わざとらしく目を丸くした。
それはないだろう、とジャンは訝しげに眉を顰める
「なまえは、自分のせいであなたが刺されたと知っても、あなたを手放さなかったのよ。
あなたのご両親や可愛らしいライバルの目を盗んでは、あなたに会いに行っていたみたいだし。」
なまえの母親がクスリと笑う。
それは、ハンジから聞いていたから知っている。
「なまえとジャンを守るために、偽物の恋人になるから協力してほしいと
私達に提案してきたリヴァイ君もそうよ。なまえは嘘を吐くのが苦手だから、
本物の婚約者ってことにしてあるって説明してくれたけど、それだけじゃないと思うのよね。」
「それだけじゃないって?」
「きっと、あなたがなまえの元に戻らなければ、
あわよくばこのまま本物の婚約者としてなまえのそばにいようって気持ちが
あったんじゃないかしら。」
「あ…。」
そういうことか。
「ね?あの2人、なかなか狡猾だと思わない?」
なまえの母親が少し悪戯っぽい顔をして、ニヤリと笑う。
「だからいいのよ。狡猾でいればいい。
ただ、愛する人を愛して。守って。大切にして。」
「…はい、わかりました。今度こそ、必ず。」
ジャンは、決意を新たにして、力強く頷いた。