◇第百四十六◇今はこれくらいしかできないけれど
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シンと静まり返った病室で、なまえはずっと俯いたままだった。
ジャンの話にも、今のところは曖昧に答えるか誤魔化すかの二択しかしてくれていない。
けれど、本当のところは、それがとても都合がよかった。
もしも、たった一瞬でも目が合ってしまったら、強引にでも彼女を奪おうとしてしまったかもしれない。
なまえの気持ちも無視して、抱きしめてしまったに違いない。
今、ジャンが願っているのは、なまえの心に残っている傷をどうやって癒してやれるのか———それだけだ。
マルコや友人のおかげで思い出したのだ。
気持ちというのは、押し付けるものではなく、大切な人の笑顔を守る為に気付けばそっとそばに存在している。そんなものなのだ。
少なくとも、ジャンにとっては、そうであってほしいと思っている。
「俺の友達を守ってくれて、ありがとうございました。」
ジャンは、座ったままで頭を下げた。
それが視界の端に見えたのかは分からない。
なまえは少し驚いたように肩をピクリと動かした後に、「ううん。」と小さく首を横に振った。
調査兵として当然のことをした、と本気で思っているのだろう。
けれど、たとえ、そう“したい”ことが“当然”だったとして、それを現実に出来るのかどうかはまた別の話だ。
無傷だったジャンの友人達も、怪我人は出たものの調査兵達は誰も死ななかったのも、奇跡なのだ。
その奇跡を起こしたのは、何年もかけて今回の作戦の準備をしてきた調査兵幹部の先輩達の忍耐と努力、そして、なまえの強い意志と覚悟のおかげだ。
「おかげで、コニー達も大きな怪我はしてません。
———ライナー達も、仲間を殺さずに済みました。」
「うん…。」
頷いた後、なまえは何かを言おうとして、すぐに口を噤んだ。
悲しそうに唇を噛んだ姿を見て、なまえはもしかしたら「よかった。」と言おうとしたのかもしれないと思った。
けれど、その言葉を適切だとは思えなかったのだろう。
「なまえさんは、どんなときも仲間を信じられる人です。
人類最強の兵士やミケ分隊長が認めるほどの実力も
仲間を守る為に必死に訓練に励んで培ってきたのだということも知っています。」
なまえは、眠り姫と揶揄されることが多い。
甘えたお姫様だと本気で思っている者も多いだろう。
けれど、調査兵団に入団してなまえを見てきたジャンからすれば、それは大間違いだ。
なまえは自分の実力と努力で今の地位までのぼりつめた。そうでなければ、殉職の多い調査兵団でこんなに長く生きていられない。
華奢な身体で屈強な男達と肩を並べるには、想像を絶する努力や苦しみ、悔しさがあっただろう。
誰にでも出来ることではない。
「今、なまえさんを悪く言う人はもう誰もいません。
少なくとも、調査兵達は皆、なまえさんがどんな風に仲間を守って
どんな風に仲間を大切に想っているのかを知っています。」
なまえは、自分の力で名誉と仲間を取り戻したのだ。
地にまで落ちたように見えた評判を覆すなんて、大したものだ。
でも、それだけのことをしたのは、誰もが認める事実でもある。
実際、調査兵達は、仲間の為に必死に戦うなまえの姿を見ている。
「あの日、なぜなまえさんがピクシス司令の指示に従わず
駐屯兵団の作戦から離脱したのか…
エルヴィン団長が三兵団合同会議で説明をしました。
エレンの力を知って、もしかしたら巨人化できる人間が壁の中に紛れ込み
壁を破壊したのかもしれないと思ったんですよね。
だから、作戦の邪魔をしてくる敵を危惧して、そいつらを探しに行った。
それを面白い妄想だと誤魔化したのは、友人達を怖がらせたくなかったからだ。」
妄想と誤魔化した理由については、完全にジャンの想像だ。けれど、間違ってもいないと信じている。
だがその他の情報は、事後報告として会議資料を見てその事実を知った。
もともと作戦に参加していたエレンやミカサ、アルミンは知っていたようだが、ほとんどの調査兵達や駐屯兵、憲兵達がすべてを知ったタイミングはジャンと同じだった。
そこで漸く、なまえの悪い噂を嬉々として喋っていた正義面の愚か者たちは、自分達の大きな過ちに気が付いたのだ。
彼らが今どんな感情を抱いているのかはわからない。
けれど、少なくともジャンは、彼女を信じられなかった自分の浅はかさを恥じて、心から後悔した。
「もっと他に…方法があったかもしれない。
私がもっと…、うまくできていたら…っ。」
なまえが苦しそうに声を漏らす。
あの日のことを思い出させてしまった。
シーツの上で握った両手は微かに震えている。
後悔と罪の意識がまだ彼女の中に残り続けている、悲しい証拠だ。
今日、なまえが初めて見せた反応らしい反応だった。
ジャンは椅子から立ち上がると、床に膝をついて屈んだ。
そうして、なまえの顔を覗き見るように見上れば、悲しく歪む悲劇がそこにあった。
そう、あれは悲劇だ。誰のせいでもない。
それでも、なまえが自分を責めるのならば、自分のせいだと思ってしまうのならば———。
「なまえさんは、俺の友達を救いました。命も、心もです。
そして、調査兵達も守った。」
「それは、エルヴィン団長やリヴァイ兵長達が一緒に戦ってくれたから———。」
「でも救ったのはなまえさんだ。
あの日、あの時、なまえさんがエレンのことを知っただけで、
壁内に紛れ込む巨人化出来る人間に気付いたから、俺達は今回戦えた。
ライナー達を見つけてやれた。
———救ったのは、なまえさんだ。」
どんなに丁寧に伝えようが、なまえの悲劇的な表情はさらに歪んでいくだけだ。
零れそうになっている涙を堪える為に痛々しいほどに唇を噛んで、彼女はきっと思っている。
———でも、私の友人は死んだ。守れなかった。
幸せになるはずだった友人の未来を奪ってしまった。
ジャンが初めて出会ったあの日からすでに、なまえは心の中にこんなにも悲しい思いを抱えて生きていた。
なまえが、こんなにも気持ちを隠すのが得意な人間だっただなんて知らなかった。
何も気づいてやれなかった。
それが悔しくて、自分に腹が立つ。
だから———。
「なまえさんは仲間を信じていただけだ。
そして、強く勇敢な駐屯兵達よりもずっと、巨人と現実が残酷で無慈悲だっただけ。」
なまえが悔しげに唇を噛む。
「それでも、なまえさんが自分を責めるのなら、
まるで罪を償うみたいに、仲間の命を守る為に生きようとするのなら、
俺も一緒にその悲しい罪を背負います。」
「……え?」
なまえの瞳が小さく揺れた。
その意味を思案しているのか、戸惑っている様子がよく分かる。
こんなにもわかりやすい反応を見せる人が、ツラく苦しい思いを必死に隠していた。
重すぎる罪を抱えていたなんて———もう二度と、永遠に、これから先は絶対にそんなことはさせない。
「俺が調査兵として頑張ってこられたのは、なまえさんがいたからだ。
だから、俺が調査兵として救った命は、なまえさんの功績です。」
「違うよ。それは、ジャンの努力と実力だよ。私じゃない。」
なまえが小さく首を横に振る。
そう来ることくらい、分かっていた。
「もし…、そうだったとしても。俺は仲間を守った名誉なんてなくてもいい。
なまえさんが、守れなかった命に罪の意識を感じて、
それ以上に誰かを救わねぇとって思ってるなら、俺も一緒に償います。」
なまえはまた首を横に振った。
自分の罪を誰かに一緒に背負わせるのはツラい。
そんなことくらい知っている。優しいなまえなら尚更だ。
「ヒトゴロシだって…。」
ジャンがそう口にすると、なまえは明らかに怯えるように肩を揺らした。
表情はさらに苦し気に歪み、今にも泣き出しそうだ。
これから死ぬまで、この苦しみをひとりで抱えようというのか。
そんなことはさせられないし、させたくない。
「他の皆が、そうじゃないと言ったところで、
なまえさんが自分で自分のことをそう思うのなら、
俺がそのヒトゴロシの罪を一緒に背負って生きます。」
「そんな…っ。」
「俺は…!なまえさんと一緒なら、どんな批判にだって堪えられるんだ…!
俺達2人なら、守れなかった命の数を守った命の数が越えるのなんてあっという間ですよ。
だから———。」
震える小さな両手をジャンは大きな片手で包む。
そして、ビクリとさらに大きく震え不安そうに彷徨う瞳を見つめて、続けた。
「ひとりで抱え込ませて、ごめん…!」
ジャンの言葉に、なまえは大きな瞳をさらに大きく見開かせた。
2年間もそばにいて、一緒に仕事をしてきたのに、どうして気づいてやれなかったのだろう。
いつもふわふわ夢ばかり見ていると、他の人達と同じような目で彼女のことを見ていたことを思い知らされてショックだった。
自分だけは違うと思っていた。自分だけは彼女の内面を見ているし、自分が誰よりも彼女のことを理解していると思っていた。
ただの己惚れクソ野郎だ。
大きく見開かれたなまえの瞳から、綺麗な涙が零れ落ちる。
それは、ジャンが拭ってやるべきだった、彼女がずっとただひとりで堪えてきた苦しみや悲しみだ。
ジャンは、なまえの両手を包む片手はそのままに、右手で白く柔らかい頬に触れた。
「たとえ…、たとえ、なまえがヒトゴロシだって、そうじゃなくたって、
俺が守りたかったなまえが変わるわけじゃねぇのに…っ。
傷つけて、ごめん…っ。助けてくれって言わせてやれなくて、ごめん…っ。
何もしてやれなくて…っ、ごめん…っ。」
ジャンの懺悔の言葉に呼応するように零れ落ちていくなまえの涙を、何度も何度もすくいあげるように、右手で頬を撫で続けた。
自分の目頭も熱くなっていることには、嫌でも気づいていた。
泣くべきは自分ではないと、男のプライドも相まってなんとか涙は堪える。
けれど、震える声で情けない姿はバレているだろう。
必死に平静を装ってカッコつけて、誰よりも自分がなまえの隣が相応しいのだという印象を与えたかったのに、これでは台無しだ。
「…俺が今日、伝えたかったのは、それだけです。
目を覚ましたばかりなのに、時間とらせてしまってすみませんでした。」
今にも抱きしめてしまいそうな衝動をこらえ、ジャンはなまえに触れていた手を放して立ち上がった。
彼女が目を伏せている隙に、涙を溢れさせている両目を右腕で雑に拭う。
想定していたよりもずっとダサい謝罪になってしまった。
もっとカッコつけて、リヴァイよりも良い男だと思わせたかったのに大失敗だ。
でも、これでもいい。ずっと謝りたかった。許してほしいわけではない。
ただ、謝りたかったのだ。
「それじゃ、俺は戻ります。
なまえさんの補佐官として、誰にも文句言わせねぇくらい努力するつもりです。
だから、まだそばにいさせてください。
今は、それだけでいいです。今はまだ、それだけでいいですから。」
ジャンは、それだけ言うと、なまえに背を向けた。
それ以上を望む権利は、まだない。
病み上がりのなまえに負担はかけたくないし、リヴァイへの気持ちを無理やり自分に向けようと思っているわけでもない。
でも、いつかまたチャンスが巡ってくる日まで、ただひたすら想い続けるだけだ。
なまえが望む夢物語に、ジャン・キルシュタインという男が再登場するように努力をする覚悟を決めたのだから。
ジャンの話にも、今のところは曖昧に答えるか誤魔化すかの二択しかしてくれていない。
けれど、本当のところは、それがとても都合がよかった。
もしも、たった一瞬でも目が合ってしまったら、強引にでも彼女を奪おうとしてしまったかもしれない。
なまえの気持ちも無視して、抱きしめてしまったに違いない。
今、ジャンが願っているのは、なまえの心に残っている傷をどうやって癒してやれるのか———それだけだ。
マルコや友人のおかげで思い出したのだ。
気持ちというのは、押し付けるものではなく、大切な人の笑顔を守る為に気付けばそっとそばに存在している。そんなものなのだ。
少なくとも、ジャンにとっては、そうであってほしいと思っている。
「俺の友達を守ってくれて、ありがとうございました。」
ジャンは、座ったままで頭を下げた。
それが視界の端に見えたのかは分からない。
なまえは少し驚いたように肩をピクリと動かした後に、「ううん。」と小さく首を横に振った。
調査兵として当然のことをした、と本気で思っているのだろう。
けれど、たとえ、そう“したい”ことが“当然”だったとして、それを現実に出来るのかどうかはまた別の話だ。
無傷だったジャンの友人達も、怪我人は出たものの調査兵達は誰も死ななかったのも、奇跡なのだ。
その奇跡を起こしたのは、何年もかけて今回の作戦の準備をしてきた調査兵幹部の先輩達の忍耐と努力、そして、なまえの強い意志と覚悟のおかげだ。
「おかげで、コニー達も大きな怪我はしてません。
———ライナー達も、仲間を殺さずに済みました。」
「うん…。」
頷いた後、なまえは何かを言おうとして、すぐに口を噤んだ。
悲しそうに唇を噛んだ姿を見て、なまえはもしかしたら「よかった。」と言おうとしたのかもしれないと思った。
けれど、その言葉を適切だとは思えなかったのだろう。
「なまえさんは、どんなときも仲間を信じられる人です。
人類最強の兵士やミケ分隊長が認めるほどの実力も
仲間を守る為に必死に訓練に励んで培ってきたのだということも知っています。」
なまえは、眠り姫と揶揄されることが多い。
甘えたお姫様だと本気で思っている者も多いだろう。
けれど、調査兵団に入団してなまえを見てきたジャンからすれば、それは大間違いだ。
なまえは自分の実力と努力で今の地位までのぼりつめた。そうでなければ、殉職の多い調査兵団でこんなに長く生きていられない。
華奢な身体で屈強な男達と肩を並べるには、想像を絶する努力や苦しみ、悔しさがあっただろう。
誰にでも出来ることではない。
「今、なまえさんを悪く言う人はもう誰もいません。
少なくとも、調査兵達は皆、なまえさんがどんな風に仲間を守って
どんな風に仲間を大切に想っているのかを知っています。」
なまえは、自分の力で名誉と仲間を取り戻したのだ。
地にまで落ちたように見えた評判を覆すなんて、大したものだ。
でも、それだけのことをしたのは、誰もが認める事実でもある。
実際、調査兵達は、仲間の為に必死に戦うなまえの姿を見ている。
「あの日、なぜなまえさんがピクシス司令の指示に従わず
駐屯兵団の作戦から離脱したのか…
エルヴィン団長が三兵団合同会議で説明をしました。
エレンの力を知って、もしかしたら巨人化できる人間が壁の中に紛れ込み
壁を破壊したのかもしれないと思ったんですよね。
だから、作戦の邪魔をしてくる敵を危惧して、そいつらを探しに行った。
それを面白い妄想だと誤魔化したのは、友人達を怖がらせたくなかったからだ。」
妄想と誤魔化した理由については、完全にジャンの想像だ。けれど、間違ってもいないと信じている。
だがその他の情報は、事後報告として会議資料を見てその事実を知った。
もともと作戦に参加していたエレンやミカサ、アルミンは知っていたようだが、ほとんどの調査兵達や駐屯兵、憲兵達がすべてを知ったタイミングはジャンと同じだった。
そこで漸く、なまえの悪い噂を嬉々として喋っていた正義面の愚か者たちは、自分達の大きな過ちに気が付いたのだ。
彼らが今どんな感情を抱いているのかはわからない。
けれど、少なくともジャンは、彼女を信じられなかった自分の浅はかさを恥じて、心から後悔した。
「もっと他に…方法があったかもしれない。
私がもっと…、うまくできていたら…っ。」
なまえが苦しそうに声を漏らす。
あの日のことを思い出させてしまった。
シーツの上で握った両手は微かに震えている。
後悔と罪の意識がまだ彼女の中に残り続けている、悲しい証拠だ。
今日、なまえが初めて見せた反応らしい反応だった。
ジャンは椅子から立ち上がると、床に膝をついて屈んだ。
そうして、なまえの顔を覗き見るように見上れば、悲しく歪む悲劇がそこにあった。
そう、あれは悲劇だ。誰のせいでもない。
それでも、なまえが自分を責めるのならば、自分のせいだと思ってしまうのならば———。
「なまえさんは、俺の友達を救いました。命も、心もです。
そして、調査兵達も守った。」
「それは、エルヴィン団長やリヴァイ兵長達が一緒に戦ってくれたから———。」
「でも救ったのはなまえさんだ。
あの日、あの時、なまえさんがエレンのことを知っただけで、
壁内に紛れ込む巨人化出来る人間に気付いたから、俺達は今回戦えた。
ライナー達を見つけてやれた。
———救ったのは、なまえさんだ。」
どんなに丁寧に伝えようが、なまえの悲劇的な表情はさらに歪んでいくだけだ。
零れそうになっている涙を堪える為に痛々しいほどに唇を噛んで、彼女はきっと思っている。
———でも、私の友人は死んだ。守れなかった。
幸せになるはずだった友人の未来を奪ってしまった。
ジャンが初めて出会ったあの日からすでに、なまえは心の中にこんなにも悲しい思いを抱えて生きていた。
なまえが、こんなにも気持ちを隠すのが得意な人間だっただなんて知らなかった。
何も気づいてやれなかった。
それが悔しくて、自分に腹が立つ。
だから———。
「なまえさんは仲間を信じていただけだ。
そして、強く勇敢な駐屯兵達よりもずっと、巨人と現実が残酷で無慈悲だっただけ。」
なまえが悔しげに唇を噛む。
「それでも、なまえさんが自分を責めるのなら、
まるで罪を償うみたいに、仲間の命を守る為に生きようとするのなら、
俺も一緒にその悲しい罪を背負います。」
「……え?」
なまえの瞳が小さく揺れた。
その意味を思案しているのか、戸惑っている様子がよく分かる。
こんなにもわかりやすい反応を見せる人が、ツラく苦しい思いを必死に隠していた。
重すぎる罪を抱えていたなんて———もう二度と、永遠に、これから先は絶対にそんなことはさせない。
「俺が調査兵として頑張ってこられたのは、なまえさんがいたからだ。
だから、俺が調査兵として救った命は、なまえさんの功績です。」
「違うよ。それは、ジャンの努力と実力だよ。私じゃない。」
なまえが小さく首を横に振る。
そう来ることくらい、分かっていた。
「もし…、そうだったとしても。俺は仲間を守った名誉なんてなくてもいい。
なまえさんが、守れなかった命に罪の意識を感じて、
それ以上に誰かを救わねぇとって思ってるなら、俺も一緒に償います。」
なまえはまた首を横に振った。
自分の罪を誰かに一緒に背負わせるのはツラい。
そんなことくらい知っている。優しいなまえなら尚更だ。
「ヒトゴロシだって…。」
ジャンがそう口にすると、なまえは明らかに怯えるように肩を揺らした。
表情はさらに苦し気に歪み、今にも泣き出しそうだ。
これから死ぬまで、この苦しみをひとりで抱えようというのか。
そんなことはさせられないし、させたくない。
「他の皆が、そうじゃないと言ったところで、
なまえさんが自分で自分のことをそう思うのなら、
俺がそのヒトゴロシの罪を一緒に背負って生きます。」
「そんな…っ。」
「俺は…!なまえさんと一緒なら、どんな批判にだって堪えられるんだ…!
俺達2人なら、守れなかった命の数を守った命の数が越えるのなんてあっという間ですよ。
だから———。」
震える小さな両手をジャンは大きな片手で包む。
そして、ビクリとさらに大きく震え不安そうに彷徨う瞳を見つめて、続けた。
「ひとりで抱え込ませて、ごめん…!」
ジャンの言葉に、なまえは大きな瞳をさらに大きく見開かせた。
2年間もそばにいて、一緒に仕事をしてきたのに、どうして気づいてやれなかったのだろう。
いつもふわふわ夢ばかり見ていると、他の人達と同じような目で彼女のことを見ていたことを思い知らされてショックだった。
自分だけは違うと思っていた。自分だけは彼女の内面を見ているし、自分が誰よりも彼女のことを理解していると思っていた。
ただの己惚れクソ野郎だ。
大きく見開かれたなまえの瞳から、綺麗な涙が零れ落ちる。
それは、ジャンが拭ってやるべきだった、彼女がずっとただひとりで堪えてきた苦しみや悲しみだ。
ジャンは、なまえの両手を包む片手はそのままに、右手で白く柔らかい頬に触れた。
「たとえ…、たとえ、なまえがヒトゴロシだって、そうじゃなくたって、
俺が守りたかったなまえが変わるわけじゃねぇのに…っ。
傷つけて、ごめん…っ。助けてくれって言わせてやれなくて、ごめん…っ。
何もしてやれなくて…っ、ごめん…っ。」
ジャンの懺悔の言葉に呼応するように零れ落ちていくなまえの涙を、何度も何度もすくいあげるように、右手で頬を撫で続けた。
自分の目頭も熱くなっていることには、嫌でも気づいていた。
泣くべきは自分ではないと、男のプライドも相まってなんとか涙は堪える。
けれど、震える声で情けない姿はバレているだろう。
必死に平静を装ってカッコつけて、誰よりも自分がなまえの隣が相応しいのだという印象を与えたかったのに、これでは台無しだ。
「…俺が今日、伝えたかったのは、それだけです。
目を覚ましたばかりなのに、時間とらせてしまってすみませんでした。」
今にも抱きしめてしまいそうな衝動をこらえ、ジャンはなまえに触れていた手を放して立ち上がった。
彼女が目を伏せている隙に、涙を溢れさせている両目を右腕で雑に拭う。
想定していたよりもずっとダサい謝罪になってしまった。
もっとカッコつけて、リヴァイよりも良い男だと思わせたかったのに大失敗だ。
でも、これでもいい。ずっと謝りたかった。許してほしいわけではない。
ただ、謝りたかったのだ。
「それじゃ、俺は戻ります。
なまえさんの補佐官として、誰にも文句言わせねぇくらい努力するつもりです。
だから、まだそばにいさせてください。
今は、それだけでいいです。今はまだ、それだけでいいですから。」
ジャンは、それだけ言うと、なまえに背を向けた。
それ以上を望む権利は、まだない。
病み上がりのなまえに負担はかけたくないし、リヴァイへの気持ちを無理やり自分に向けようと思っているわけでもない。
でも、いつかまたチャンスが巡ってくる日まで、ただひたすら想い続けるだけだ。
なまえが望む夢物語に、ジャン・キルシュタインという男が再登場するように努力をする覚悟を決めたのだから。