◇第十五話◇嘘を吐かないための覚悟の告白
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
停車駅で駅馬車を降りた私は、途中の駅で買った手土産を持って、ジャンと一緒に、両親の待つ家を目指して歩いていた。
ストヘス区には、憲兵の幹部達が所有する立派な家が立ち並ぶ住宅街がある。
そこから少し離れたところにある緑豊かな長閑な住宅地に、私の実家はあった。
憲兵幹部として何年も勤め上げ、今は名誉憲兵として幹部達を取りまとめる立場にもなっている父が、お金持ち達ばかりが集まる住宅街を嫌ったからだ。
貴族出身の父は、その恵まれた立場を捨てて、人類の為に心臓を捧げる憲兵になった。
そして、許嫁だった母も、優雅な生活や家族、仲良くしていた友人と離れ、今でもただひとり、父だけを愛して、尽くし続けている。
駆け落ちのようなものだったのだと、今では仲良くもしている祖父達から教えてもらったことがある。
彼らは、自分達の息子や娘の勝手な行動を、許してはいながら、理解は出来ていないようだったけれど、私にとって両親は、憧れだ。
そして、あまりに遠い存在でもある。
共に憲兵として長い間、人類に貢献してきた彼らは、今では、ストヘス区に住む民間人だけではなく、トロスト区に住む民間人にまで、お金や権力に屈せずに人類の為に尽力してくれた人格者としてよく知られている。
私が、昔から『変わっている』と呼ばれているのも、〝眠り姫〟なんておかしな呼び名をつけられているのも、そんな素晴らしい彼らの娘にも関わらず、夢ばかりを見て、人類の為に何も成し遂げられていない残念娘だからだと思う。
それでも、そんな風変わりな娘を、両親はいつも心から愛してくれている。
あぁ、そんな両親に今から、嘘を吐くのか———。
嘘を吐くことは、人として最も恥ずべきことだと教えられてきた。
私もそう思っている。
でも、私は今から嘘を吐く。
ただ、自分の為だけに———。
「大丈夫ですよ。」
不意に、私の手をジャンが握った。
これから両親へ吐かなければならない嘘に憂鬱になって俯いていた顔を上げると、ジャンが私を見下ろして、自信満々に言う。
「なまえさんのご両親が安心できるように、
俺、嘘を吐くつもりもないんで。」
「恋人だって言うんでしょ?」
「言いますよ。」
「ほら、嘘吐いた。」
「なら、」
ジャンが立ち止まるから、手を握られていた私の足も強引に止まった。
不思議に思って、首を傾げる私に、ジャンが続ける。
「本当の恋人になりますか。」
あんまり、ジャンが真剣な目で言うから、私はそれを告白だと思ってしまった。
いつの間にか、高級住宅街を抜けていた私達のまわりを、見慣れた長閑な緑と広い空が包んでいた。
驚いて時が止まったみたいな私の向こうで、補佐官に就任したばかりの2年前よりも伸びた髪が、風に小さく靡く。
そういえば、私が彼の目を見るために持ち上げる首の角度も変わった。
調査兵団に入団して10年が経った私はまだ〝眠り姫〟なんて呼ばれる変わった兵士のままなのに、ジャンは、たったの2年で、随分と身長も伸びて、誰もが認める仕事が出来る補佐官になって、精鋭兵として前衛で戦えるくらい立派になった。
そんなことを、今さら改めて思ったのはきっと、ジャンを淡い赤に染めた昇りきった夕陽が、ひどくノスタルジックな郷愁さを漂わせているせいだ。
19歳だと分かっているのに、彼がひどく大人っぽく見えた。
「へ?」
「それなら、なまえさんの大嫌いな嘘を吐く必要もなくなりますよ。
———大事なご両親に嘘を吐くのが、嫌なんでしょ。」
ジャンが続けたそれで、私は漸く、彼の真意を理解した気がした。
いつだって、誰よりも私の心を見抜いてしまうジャンは、誰よりも上官を守れる強くて仕事の出来る補佐官だ。
だからまた、私が嘘を吐きたくないと思っていることに気がついて、新しい選択肢を与えてくれた。
それが、自分を犠牲にすることだって、分かっているのに。
いつもだ。
新兵が残酷な現実に苦しんでいるのを見ていられなくて、勝手に妄想物語を話して、勝手に寝不足になった私が悪いのに、眠る私をそのままにしてくれた。
片手に上官を抱いて、巨人の大群と戦うなんて聞いたことがない。
想像しただけで怖くて、私の方が震えてしまう。
でも、ジャンはいつも、迷うことなく、自分を犠牲にして上官を守ることを選んでしまうのだ。
上官を甘やかしすぎだっていうリヴァイ兵長のお叱りは、最もだと思う。
それでも私は、それが心地よくて、ジャンに甘え過ぎていたのかもしれない。
だから、きっと、ジャンも私も、正しい上官と補佐官を保つための線引きを忘れてしまったのだ。
それが、今の恋人のフリなんて関係で、ここが限界。
これ以上は、間違ってる。
私は、自分の為に補佐官を犠牲にして、大切な補佐官との関係を壊すくらいなら、自分の為に大嫌いな嘘を吐く方を選ぶ。
それに、両親に嘘を吐かないために、自分達の気持ちに嘘を吐いて本当の恋人になるなんて、本末転倒だ。
「ありがとう。」
ニコリと微笑んだ後、私は繋がっていたジャンの手を解いた。
これがもし、本物の告白で、ジャンの目の前にいるのが、彼の好きな人なら引き留めたはずの大きくて骨ばった手は、あっけなく、引き下がって離れていく。
これでいい。
「でも、大丈夫。」
ジャンに背を向けて数歩進みながら言った後、私はクルリと振り返った。
「ジャンが覚悟を見せてくれたおかげで、
私も今度こそ、覚悟を決めたよ。」
「——そうですか、それなら俺も覚悟を決めた甲斐があります。」
ニッと笑った私に、ジャンが少しだけ首を竦めた。
ストヘス区には、憲兵の幹部達が所有する立派な家が立ち並ぶ住宅街がある。
そこから少し離れたところにある緑豊かな長閑な住宅地に、私の実家はあった。
憲兵幹部として何年も勤め上げ、今は名誉憲兵として幹部達を取りまとめる立場にもなっている父が、お金持ち達ばかりが集まる住宅街を嫌ったからだ。
貴族出身の父は、その恵まれた立場を捨てて、人類の為に心臓を捧げる憲兵になった。
そして、許嫁だった母も、優雅な生活や家族、仲良くしていた友人と離れ、今でもただひとり、父だけを愛して、尽くし続けている。
駆け落ちのようなものだったのだと、今では仲良くもしている祖父達から教えてもらったことがある。
彼らは、自分達の息子や娘の勝手な行動を、許してはいながら、理解は出来ていないようだったけれど、私にとって両親は、憧れだ。
そして、あまりに遠い存在でもある。
共に憲兵として長い間、人類に貢献してきた彼らは、今では、ストヘス区に住む民間人だけではなく、トロスト区に住む民間人にまで、お金や権力に屈せずに人類の為に尽力してくれた人格者としてよく知られている。
私が、昔から『変わっている』と呼ばれているのも、〝眠り姫〟なんておかしな呼び名をつけられているのも、そんな素晴らしい彼らの娘にも関わらず、夢ばかりを見て、人類の為に何も成し遂げられていない残念娘だからだと思う。
それでも、そんな風変わりな娘を、両親はいつも心から愛してくれている。
あぁ、そんな両親に今から、嘘を吐くのか———。
嘘を吐くことは、人として最も恥ずべきことだと教えられてきた。
私もそう思っている。
でも、私は今から嘘を吐く。
ただ、自分の為だけに———。
「大丈夫ですよ。」
不意に、私の手をジャンが握った。
これから両親へ吐かなければならない嘘に憂鬱になって俯いていた顔を上げると、ジャンが私を見下ろして、自信満々に言う。
「なまえさんのご両親が安心できるように、
俺、嘘を吐くつもりもないんで。」
「恋人だって言うんでしょ?」
「言いますよ。」
「ほら、嘘吐いた。」
「なら、」
ジャンが立ち止まるから、手を握られていた私の足も強引に止まった。
不思議に思って、首を傾げる私に、ジャンが続ける。
「本当の恋人になりますか。」
あんまり、ジャンが真剣な目で言うから、私はそれを告白だと思ってしまった。
いつの間にか、高級住宅街を抜けていた私達のまわりを、見慣れた長閑な緑と広い空が包んでいた。
驚いて時が止まったみたいな私の向こうで、補佐官に就任したばかりの2年前よりも伸びた髪が、風に小さく靡く。
そういえば、私が彼の目を見るために持ち上げる首の角度も変わった。
調査兵団に入団して10年が経った私はまだ〝眠り姫〟なんて呼ばれる変わった兵士のままなのに、ジャンは、たったの2年で、随分と身長も伸びて、誰もが認める仕事が出来る補佐官になって、精鋭兵として前衛で戦えるくらい立派になった。
そんなことを、今さら改めて思ったのはきっと、ジャンを淡い赤に染めた昇りきった夕陽が、ひどくノスタルジックな郷愁さを漂わせているせいだ。
19歳だと分かっているのに、彼がひどく大人っぽく見えた。
「へ?」
「それなら、なまえさんの大嫌いな嘘を吐く必要もなくなりますよ。
———大事なご両親に嘘を吐くのが、嫌なんでしょ。」
ジャンが続けたそれで、私は漸く、彼の真意を理解した気がした。
いつだって、誰よりも私の心を見抜いてしまうジャンは、誰よりも上官を守れる強くて仕事の出来る補佐官だ。
だからまた、私が嘘を吐きたくないと思っていることに気がついて、新しい選択肢を与えてくれた。
それが、自分を犠牲にすることだって、分かっているのに。
いつもだ。
新兵が残酷な現実に苦しんでいるのを見ていられなくて、勝手に妄想物語を話して、勝手に寝不足になった私が悪いのに、眠る私をそのままにしてくれた。
片手に上官を抱いて、巨人の大群と戦うなんて聞いたことがない。
想像しただけで怖くて、私の方が震えてしまう。
でも、ジャンはいつも、迷うことなく、自分を犠牲にして上官を守ることを選んでしまうのだ。
上官を甘やかしすぎだっていうリヴァイ兵長のお叱りは、最もだと思う。
それでも私は、それが心地よくて、ジャンに甘え過ぎていたのかもしれない。
だから、きっと、ジャンも私も、正しい上官と補佐官を保つための線引きを忘れてしまったのだ。
それが、今の恋人のフリなんて関係で、ここが限界。
これ以上は、間違ってる。
私は、自分の為に補佐官を犠牲にして、大切な補佐官との関係を壊すくらいなら、自分の為に大嫌いな嘘を吐く方を選ぶ。
それに、両親に嘘を吐かないために、自分達の気持ちに嘘を吐いて本当の恋人になるなんて、本末転倒だ。
「ありがとう。」
ニコリと微笑んだ後、私は繋がっていたジャンの手を解いた。
これがもし、本物の告白で、ジャンの目の前にいるのが、彼の好きな人なら引き留めたはずの大きくて骨ばった手は、あっけなく、引き下がって離れていく。
これでいい。
「でも、大丈夫。」
ジャンに背を向けて数歩進みながら言った後、私はクルリと振り返った。
「ジャンが覚悟を見せてくれたおかげで、
私も今度こそ、覚悟を決めたよ。」
「——そうですか、それなら俺も覚悟を決めた甲斐があります。」
ニッと笑った私に、ジャンが少しだけ首を竦めた。