◇第百四十五話◇ふたりきりの緊張
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パタンーーー丁寧な音を立てて静かに扉が閉まった。
どうすればいいのか分からないまま、ジャンとふたりきりになってしまった。
けれど、もしかすると、ジャンはもう『どうするべきか』を決めて来たのかもしれない。
不安そうな私とは対照的に、リヴァイさんと代わるようにベッド脇の椅子に座ったジャンは、そこに座るべきは自分だと主張しているみたいだった。
しゃんと背筋を伸ばしたその姿は、とても力強く感じる。
ジャンが、私を見る。じっと見つめる。
すると途端に、私はドキドキして、混乱して、顔が赤くなるのを感じて、顔を隠すように慌てて額に手をあてて目を伏せた。
「もう一度聞きますけど、具合悪いところか。痛ぇところとかはないですか?」
ジャンが訊ねる。
そして、その視線の先が、怪我をしているらしい額に向いていることにやっと気づいた。
「あ!う、うん!大丈夫!
額の傷も少しつっぱるような感じはあるけど、痛みはあんまりないよ!
傷跡も残らないって言われた!」
顔を伏せたまま、平然を装って答えた。
そのつもりだったのに、不自然な早口になってしまった。
「ならよかったです。
検査はしたんですか?」
「ううん、まだ!診察とかはね、起きたときに少しだけしたんだけど。
詳しい検査はまた今度って言われたよ。」
「分かりました。日程分かったら教えてください。
検査は俺が付き添います。」
「え、あ…、うん。そのときは、付き添いが必要か聞いてみるね。」
「必要じゃなくても付き添います。心配なんで。」
「…わ、分かった。」
補佐官を続けてくれるということなのか————気になったけど、聞けなかった。
思わず口を噤むようにした唇を噛む。
そんな幼稚な仕草は、いとも容易くジャンに見つかってしまった。
「それとも、リヴァイ兵長に付き添って欲しいですか?」
サラリと、とても自然に、ジャンの唇からリヴァイさんの名前が発せられる。
まるで、私と彼とのことなんて何も気にしていないみたいだ。
ふ、と思い出したのは、偽物の婚約者になる前のジャンの姿だった。
私がリヴァイさんに抱く憧れをジャンは気づいていたし、そんな私に対して何の感情も抱いていなかった。
もしも、ジャンが補佐官に戻ってくれたなら、それはきっと『完璧で理想的で、かつ嫌味な“ただの”補佐官』なのだろう。
私はもう、リヴァイさんと婚約関係は解消したということをジャンに伝える機会を失ってしまった。
いや、失ったのは勇気の方だ。
婚約関係解消を知ったジャンに『だからなに?』と興味のない顔をされたらツラい。
それによって、傷つく自分が怖い。
だってそれは、リヴァイさんから、婚約解消の真っ当な理由を与えてもらって、『それならまたジャンに気持ちを伝えられるかもしれない』と期待してしまった。そんな浅はかで自分勝手な自分のこと思い知ることになってしまうから。
「ううん、違うよ。ひとりで検査受けるつもりだったから
少し驚いちゃっただけ。」
顔を伏せたままで私はゆっくりと首を横に振った。
ジャンを見る勇気は、まだなかった。
「どうしてこっち見ないんですか。」
口調は軽く、他愛もない風だった。
でも、圧のようなものを感じてしまう。
私が気にしているせいだろうか。
痛いところをつかれてしまって、私の心臓はさらに鼓動を速める。
言い訳をしなければ、誤魔化さなければ————そうは思うけれど、顔を上げる勇気はない。
ジャンの顔を見てしまったら、私はきっとダメになってしまう。
少なくとも今はまだ、心の準備が出来ていない。
「別に…っ、そういうつもりじゃないよ!
たまたま、なんか…っ、シーツ白いな~キレイダナ~って思って、
気になって!!」
呆れるくらいに下手くそな誤魔化しだ。
ジャンじゃなくても嘘だとバレる。
心臓が破裂しそうだ。
「そうですか。」
ジャンはそれしか言わなかった。
違うだろうと否定されると思った。
少なくとも、何か嫌味を言われるのを予想していた。
これ以上、下手くそな言い訳を重ねるわけにもいかない。
気まずい沈黙が流れる。
少しして、口を開いたのはジャンだった。
「なら、そのままでいいんで、聞いてください。」
ジャンの静かな声は、一瞬で部屋の空気を変えた。
緊張感が伝わってくる。
しゃんと背筋を伸ばしていたあの補佐官が本当に喋っているのだろうかと、疑ってしまいそうだった。
私はしっかりと頷いた。
何の話をするのだろう————私もまた、緊張していた。
どうすればいいのか分からないまま、ジャンとふたりきりになってしまった。
けれど、もしかすると、ジャンはもう『どうするべきか』を決めて来たのかもしれない。
不安そうな私とは対照的に、リヴァイさんと代わるようにベッド脇の椅子に座ったジャンは、そこに座るべきは自分だと主張しているみたいだった。
しゃんと背筋を伸ばしたその姿は、とても力強く感じる。
ジャンが、私を見る。じっと見つめる。
すると途端に、私はドキドキして、混乱して、顔が赤くなるのを感じて、顔を隠すように慌てて額に手をあてて目を伏せた。
「もう一度聞きますけど、具合悪いところか。痛ぇところとかはないですか?」
ジャンが訊ねる。
そして、その視線の先が、怪我をしているらしい額に向いていることにやっと気づいた。
「あ!う、うん!大丈夫!
額の傷も少しつっぱるような感じはあるけど、痛みはあんまりないよ!
傷跡も残らないって言われた!」
顔を伏せたまま、平然を装って答えた。
そのつもりだったのに、不自然な早口になってしまった。
「ならよかったです。
検査はしたんですか?」
「ううん、まだ!診察とかはね、起きたときに少しだけしたんだけど。
詳しい検査はまた今度って言われたよ。」
「分かりました。日程分かったら教えてください。
検査は俺が付き添います。」
「え、あ…、うん。そのときは、付き添いが必要か聞いてみるね。」
「必要じゃなくても付き添います。心配なんで。」
「…わ、分かった。」
補佐官を続けてくれるということなのか————気になったけど、聞けなかった。
思わず口を噤むようにした唇を噛む。
そんな幼稚な仕草は、いとも容易くジャンに見つかってしまった。
「それとも、リヴァイ兵長に付き添って欲しいですか?」
サラリと、とても自然に、ジャンの唇からリヴァイさんの名前が発せられる。
まるで、私と彼とのことなんて何も気にしていないみたいだ。
ふ、と思い出したのは、偽物の婚約者になる前のジャンの姿だった。
私がリヴァイさんに抱く憧れをジャンは気づいていたし、そんな私に対して何の感情も抱いていなかった。
もしも、ジャンが補佐官に戻ってくれたなら、それはきっと『完璧で理想的で、かつ嫌味な“ただの”補佐官』なのだろう。
私はもう、リヴァイさんと婚約関係は解消したということをジャンに伝える機会を失ってしまった。
いや、失ったのは勇気の方だ。
婚約関係解消を知ったジャンに『だからなに?』と興味のない顔をされたらツラい。
それによって、傷つく自分が怖い。
だってそれは、リヴァイさんから、婚約解消の真っ当な理由を与えてもらって、『それならまたジャンに気持ちを伝えられるかもしれない』と期待してしまった。そんな浅はかで自分勝手な自分のこと思い知ることになってしまうから。
「ううん、違うよ。ひとりで検査受けるつもりだったから
少し驚いちゃっただけ。」
顔を伏せたままで私はゆっくりと首を横に振った。
ジャンを見る勇気は、まだなかった。
「どうしてこっち見ないんですか。」
口調は軽く、他愛もない風だった。
でも、圧のようなものを感じてしまう。
私が気にしているせいだろうか。
痛いところをつかれてしまって、私の心臓はさらに鼓動を速める。
言い訳をしなければ、誤魔化さなければ————そうは思うけれど、顔を上げる勇気はない。
ジャンの顔を見てしまったら、私はきっとダメになってしまう。
少なくとも今はまだ、心の準備が出来ていない。
「別に…っ、そういうつもりじゃないよ!
たまたま、なんか…っ、シーツ白いな~キレイダナ~って思って、
気になって!!」
呆れるくらいに下手くそな誤魔化しだ。
ジャンじゃなくても嘘だとバレる。
心臓が破裂しそうだ。
「そうですか。」
ジャンはそれしか言わなかった。
違うだろうと否定されると思った。
少なくとも、何か嫌味を言われるのを予想していた。
これ以上、下手くそな言い訳を重ねるわけにもいかない。
気まずい沈黙が流れる。
少しして、口を開いたのはジャンだった。
「なら、そのままでいいんで、聞いてください。」
ジャンの静かな声は、一瞬で部屋の空気を変えた。
緊張感が伝わってくる。
しゃんと背筋を伸ばしていたあの補佐官が本当に喋っているのだろうかと、疑ってしまいそうだった。
私はしっかりと頷いた。
何の話をするのだろう————私もまた、緊張していた。