◇第百四十四話◇偽物と本物が始まる夜
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何と答えるのが正解なのだろうかーーー黙り込んだまま、私は浮かんだ正解を喉の奥に押し込もうとしている。
淡々と説明された婚約解消の理由は、私を驚かせながらも、納得もさせた。
けれど、リヴァイさんは本当にそれでいいのだろうか。
どんな理由があろうと、彼は心のない行動はしないことを長い付き合いでよく理解している。
本物の婚約者にはなれなかったけれど、私は彼がどんなに誠実で優しい人間かを知ってしまったのだ。
そんなリヴァイさんが、私に触れた。もっと先に進もうともした。そこにある意味なんて、私も少女なわけではないから分かってしまう。
とは言え、彼はまた頑固でもある。覚悟のないことを口にする人でもない。
きっと、私が婚約解消を受け入れないと言ったところで、もう決めたことだと突っぱねるはずだ。
それでもーーー自惚れでないのならば、リヴァイさんはきっと私に婚約破棄を拒否してほしいのだと思う。
だから、彼は私の瞳をみないのだろう。
心を見透かされないように、私が傷つかないように。
私もまた、重たい唇を動かせずにいると、病室の扉がノックされた。
医療兵だろうか。
少しホッとしたのも束の間、「ジャン・キルシュタインです。」と名乗る声に、ドキリとする。
今まさに、思い浮かべていた人物だった。会いたいと思っていなかったと言ったら嘘になる。
でも、顔を合わせる心の準備もしていないし、それに今はまだリヴァイさんと話をしている最中だ。
「何の用だ。」
戸惑う私の代わりに答えたのは、リヴァイさんだった。
「副兵士長の目が覚めたと報告があったので参りました。
失礼します。」
リヴァイさんが返事をしたことで、入室の許可を得たと考えたらしい。
ジャンはゆっくりと扉を開くと、一度、私とリヴァイさんを交互に見てから足を踏み入れた。
背筋をしゃんと伸ばしたジャンは、堂々とベッドに歩み寄る。そこに、ここ数ヶ月、まともに話してはいない距離感はなく、そんな気まずさも一切感じない。
「なまえさん、体調はどうですか。」
「え!あ……あぁ……なんともないよ。寝過ぎたなって感じがするくらい。」
「それは珍しいですね。そういう感覚があることが分かって安心しました。」
ベッド脇の椅子に座っているリヴァイさんの隣に立ったジャンは、驚くほどいつも通りだった。
私の知っている『完璧で理想的で、かつ嫌味な補佐官』だ。
対照的に、急に話しかけられて慌てた私は、声が上ずってまともな返事もできない。
「どうしてお前がここに来るんだ。
詳しい検査が終わるまでは面会謝絶だとエルヴィンから周知させたはずだ。」
リヴァイさんが責めるようにジャンを問い詰める。
「それは、俺がなまえさんのことを一番理解してるからなんじゃないですか?」
「ほう…。それは、補佐官として、ということか?」
「さぁ?どうとってもらっても構いませんよ。」
飄々とした調子でそう答えた後、ジャンは少し思案するように視線を斜め上に向けた。
そして、すぐに、また口を開いた。
「少なくとも、“本物”と噂の婚約者よりは———理解してるでしょうね。」
椅子に座るリヴァイさんの為にわざとらしく腰を屈めたジャンは、挑戦的な視線を向ける。
片方だけ口角を上げたその表情は、敢えてリヴァイさんを挑発しているようだ。
「自信だけは一人前だな。」
ハラハラする私を尻目にリヴァイさんは、呆れたように首をすくめただけだった。
そして、立ち上がると、それ以上会話を続けるつもりはないと宣言するかのようにジャンに向けていた視線を私に戻した。
「必要な話は終わった。後は俺がうまくやっておくから心配しなくていい。」
リヴァイさんは、それだけ言うとそのままベッドに背を向けて立ち去ろうとする。
私は慌てて引き留めた。
「え?!ちょ、ちょっと待ってください…っ。
さっきの話はまだ…!」
まだ———何だと言うのだろう。
私だってちゃんとわかっているはずだ。
私とリヴァイさんは、このまま何もなかったように結婚は出来ない。
少なくとも、私はこれから先、『だれよりも』リヴァイさんを愛することはきっとないのだろう。
運よく救われた私の鼓動は未だに、ジャンがいるだけで、速まって、苦しくもなって、高鳴りもする。
そんな事実を、目の前でしゃんと背筋を伸ばして立っているジャンに改めて思い知らされてしまった。
振り返ったリヴァイさんは、そんな私の戸惑いの表情を見抜いてしまったのかもしれない。
見間違いかと疑うくらいほんの一瞬、彼はとても切なそうな顔をした。
けれど、私とジャンを交互に見やると、肩の力が抜けたようだった。
どこか安心したような、そんな優しい瞳をしている。
「お前は、自由に笑ってればいい。
好きなことを好きなようにやってくれ。」
リヴァイさんはそれだけ言って、病室から出て行った。
淡々と説明された婚約解消の理由は、私を驚かせながらも、納得もさせた。
けれど、リヴァイさんは本当にそれでいいのだろうか。
どんな理由があろうと、彼は心のない行動はしないことを長い付き合いでよく理解している。
本物の婚約者にはなれなかったけれど、私は彼がどんなに誠実で優しい人間かを知ってしまったのだ。
そんなリヴァイさんが、私に触れた。もっと先に進もうともした。そこにある意味なんて、私も少女なわけではないから分かってしまう。
とは言え、彼はまた頑固でもある。覚悟のないことを口にする人でもない。
きっと、私が婚約解消を受け入れないと言ったところで、もう決めたことだと突っぱねるはずだ。
それでもーーー自惚れでないのならば、リヴァイさんはきっと私に婚約破棄を拒否してほしいのだと思う。
だから、彼は私の瞳をみないのだろう。
心を見透かされないように、私が傷つかないように。
私もまた、重たい唇を動かせずにいると、病室の扉がノックされた。
医療兵だろうか。
少しホッとしたのも束の間、「ジャン・キルシュタインです。」と名乗る声に、ドキリとする。
今まさに、思い浮かべていた人物だった。会いたいと思っていなかったと言ったら嘘になる。
でも、顔を合わせる心の準備もしていないし、それに今はまだリヴァイさんと話をしている最中だ。
「何の用だ。」
戸惑う私の代わりに答えたのは、リヴァイさんだった。
「副兵士長の目が覚めたと報告があったので参りました。
失礼します。」
リヴァイさんが返事をしたことで、入室の許可を得たと考えたらしい。
ジャンはゆっくりと扉を開くと、一度、私とリヴァイさんを交互に見てから足を踏み入れた。
背筋をしゃんと伸ばしたジャンは、堂々とベッドに歩み寄る。そこに、ここ数ヶ月、まともに話してはいない距離感はなく、そんな気まずさも一切感じない。
「なまえさん、体調はどうですか。」
「え!あ……あぁ……なんともないよ。寝過ぎたなって感じがするくらい。」
「それは珍しいですね。そういう感覚があることが分かって安心しました。」
ベッド脇の椅子に座っているリヴァイさんの隣に立ったジャンは、驚くほどいつも通りだった。
私の知っている『完璧で理想的で、かつ嫌味な補佐官』だ。
対照的に、急に話しかけられて慌てた私は、声が上ずってまともな返事もできない。
「どうしてお前がここに来るんだ。
詳しい検査が終わるまでは面会謝絶だとエルヴィンから周知させたはずだ。」
リヴァイさんが責めるようにジャンを問い詰める。
「それは、俺がなまえさんのことを一番理解してるからなんじゃないですか?」
「ほう…。それは、補佐官として、ということか?」
「さぁ?どうとってもらっても構いませんよ。」
飄々とした調子でそう答えた後、ジャンは少し思案するように視線を斜め上に向けた。
そして、すぐに、また口を開いた。
「少なくとも、“本物”と噂の婚約者よりは———理解してるでしょうね。」
椅子に座るリヴァイさんの為にわざとらしく腰を屈めたジャンは、挑戦的な視線を向ける。
片方だけ口角を上げたその表情は、敢えてリヴァイさんを挑発しているようだ。
「自信だけは一人前だな。」
ハラハラする私を尻目にリヴァイさんは、呆れたように首をすくめただけだった。
そして、立ち上がると、それ以上会話を続けるつもりはないと宣言するかのようにジャンに向けていた視線を私に戻した。
「必要な話は終わった。後は俺がうまくやっておくから心配しなくていい。」
リヴァイさんは、それだけ言うとそのままベッドに背を向けて立ち去ろうとする。
私は慌てて引き留めた。
「え?!ちょ、ちょっと待ってください…っ。
さっきの話はまだ…!」
まだ———何だと言うのだろう。
私だってちゃんとわかっているはずだ。
私とリヴァイさんは、このまま何もなかったように結婚は出来ない。
少なくとも、私はこれから先、『だれよりも』リヴァイさんを愛することはきっとないのだろう。
運よく救われた私の鼓動は未だに、ジャンがいるだけで、速まって、苦しくもなって、高鳴りもする。
そんな事実を、目の前でしゃんと背筋を伸ばして立っているジャンに改めて思い知らされてしまった。
振り返ったリヴァイさんは、そんな私の戸惑いの表情を見抜いてしまったのかもしれない。
見間違いかと疑うくらいほんの一瞬、彼はとても切なそうな顔をした。
けれど、私とジャンを交互に見やると、肩の力が抜けたようだった。
どこか安心したような、そんな優しい瞳をしている。
「お前は、自由に笑ってればいい。
好きなことを好きなようにやってくれ。」
リヴァイさんはそれだけ言って、病室から出て行った。