◇第百三十八話◇様々な思いを乗せた帰路
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「これからどうなるんだろうな…。」
コニーの弱弱しい声は、荷馬車が駆ける音に吸い込まれるように消えていく。
それが余計に、彼の不安を物語っているようだった。
ライナーとベルトルトは、帰路を急ぐ調査兵達の列のちょうど中腹あたりの荷馬車に乗せられた。
縄で全身を拘束され、ほんの数ミリさえも自由に身動きのできない状態だ。
見張りとして、人類最強の兵士であるリヴァイがライナー達のすぐ後ろに座り、ブレードを彼らの首に押し当てている。
少しでも怪しい動きをすれば、リヴァイはきっと容赦なく彼らを殺すのだろう。
今にも殺さんばかりの殺気を孕んだオーラは、離れた場所にいる他の調査兵達にまで伝染して緊張させる。
愛馬に跨る兵士、荷馬車に揺られる兵士、馭者を任されている兵士と様々だが、戦線離脱を余儀なくされる重体の怪我人は出ても、あれだけの死闘を繰り広げて死人は1人もいなかった。
それはつまり、古株の調査兵達だけで秘密裏に進められていた鎧の巨人及び超大型巨人の捕獲作戦は、結果的には成功に終わったということなのだろう。
けれど、調査兵達は、今までのどんな壁外調査よりも疲弊していた。
特に精神的疲労が大きかったのは、ライナーとベルトルトと同期の104期の調査兵に違いなかった。
精神的ダメージの大きさを考慮した調査兵幹部達は、104期の調査兵達をひとつの荷馬車に乗せ、帰りはゆっくり休むようにと指示を出してくれた。
さらには、ハンジ達が安全整備を確保してくれていたおかげで、壁上からの帰路はとても穏やかだ。
けれど、ジャンは、未だに震える手を誤魔化すように、膝の上で拳を握っている。
コニーの呟きが、ジャンには耳を塞いでしまいたい程の辛い悲鳴に聞こえたのだ。
馭者席に座る先輩兵士のうなじを不安そうに見つめているサシャやクリスタも、眉間に皴を寄せて不機嫌そうに遠くを睨みつけているユミルも、きっと同じなのだと思う。
ずっと味方だと信じていた友人が、自分達にとって心から憎い仇だった————調査委兵団幹部から聞かされたのは、あまりにも残酷すぎる現実だった。
ライナーが鎧の巨人となり、巨人に襲われている調査兵達を見捨ててベルトルトと共に逃げたのを目の前で見せられた今でも、信じられずにいる。
嫌、信じたくないというのが正直なところだ。
ライナーとベルトルトが鎧の巨人と超大型巨人なのならば、ジャン達は彼らを許せない。
彼らの人類への攻撃によって、ジャン達は大切な友人を何人も失った。エレン達のように家族を殺された人間もいる。
ライナーとベルトルトにどんな事情があったのかは分からない。
けれど、ほんの数秒前まで平和に暮らしていた人達の人生を、彼らが身勝手に奪ったというのは紛れもない事実だ。
決して、許せるようなことではない。
それでも、ジャンにはライナー達を憎むことも出来ないのだ。
数時間前、巨人の餌食になりそうだったところを助けてもらった恩もあるが、彼らを憎めない理由はそこじゃない。
『お前はよくやった。』
『そうだよ!エレンの言う通り、リヴァイ兵長に決闘を挑むなんて
巨人を討伐するより勇気のいることだと思うよ!!』
無謀な決闘を挑み、見事惨敗したジャンの覚悟をライナーとベルトルトは認めてくれた。
どうせ勝てないと分かっていながら、傷だらけになっていくジャンと本気で特訓をつけてくれた。
彼らは、ジャンの味方だった。
特別なことはなにもない。エレン達がそうであってくれたように、彼らもまたいつだって当然のように友人でいてくれたのだ。
ジャンやサシャ達は、ライナーとベルトルトがどういう人間なのかを知っている。
彼らが仲間想いの優しい人間だと知るには十分すぎるほどに長い月日を共に生きてきた。
「尋問と銘打った拷問じゃねぇのか。ハハ。」
相変わらずの憎まれ口を叩き、ユミルが鼻で笑う。
けれど、そんな彼女の声は渇き、覇気がない。それが余計に彼女を痛々しく見せていた。
クリスタのこと以外は正直どうでもいいと思っていそうな態度を見せるくせに、時々、気まぐれに仲間を思いやるような行動を見せることもあるユミルのことだ。
きっと彼女もまた、友人の行く末を案じているのだろう。
その証拠に、彼女はすぐに「そんなことより———」と話題を切り替えた。
不安そうなクリスタの気を紛らわせたかったのかもしれない。
その為の適当な話題にされたのは、ジャンだった。
「お前の方はどうすんだよ、ジャン。」
ユミルの声かけに、ジャンは自分の膝のあたりに視線を落とす。
そこには、ジャンの膝を枕にして眠るなまえがいる。
こんななまえの姿を見るのは、どれくらいぶりだろうか。
数か月前ならば幸せに緩んでいたはずのジャンの頬は、緊張で引きつり、意外と長い睫毛が切れ長の瞳に陰を落とす。
友人の悲し気な姿を前にして、問いかけたユミルだけではなくクリスタ達の表情も暗い。
あの後、なまえは気を失うようにして眠ってしまった。ジャンとリヴァイがどんなに声をかけても目を覚まさない。
医療兵の診察によれば、疲労と寝不足が原因だろうということだった。
だが、頭を打ち額に傷もあるので脳に何らかの衝撃が加わってしまった可能性も否めない為、わざわざ起こすことはせずにこのまま静かに眠らせた方が良いと指示されている。
調査兵団兵舎に戻ったら、すぐに医療棟に運び詳しい検査を受ける予定だ。
きっと大丈夫———そう信じているが。
———なまえはこのまま本物の眠り姫になってしまうのではないだろうか。
彼らの脳裏に浮かぶ同じ不安、それが現実になってしまいそうで怖いのだ。
今回の壁外調査で命を懸けて仲間を守り抜いたなまえの活躍を調査兵の皆が目のあたりにしている。
そして、欺瞞に苛まれていた調査兵達は、彼女はいつだってそうだったことを漸く思い出した。
眠り姫が帰って来た調査兵団が、どれほど暖かいのかということを思い知った。
彼女は、自分に向けられた黒い噂を自らの手で振り払い、信頼を取り返したのだ。
調査兵達はもう二度と欺瞞と不安に満ちた息苦しい調査兵団には戻りたくない。
けれど、もしも、なまえがこのまま目を覚まさなければ———。
ジャンは、眠るなまえの頬を優しくそっと撫でる。
もう二度と触れられないと思っていたのに、触れてしまえば、つい昨日もこうしたような気持ちになる。
しっくり来て、心が穏やかになるのに、胸に熱いものがこみあげてきて苦しくもなる。
——なまえが、愛おしくて仕方がない。もう気持ちを抑えられないほどに。
「どうするかって———。」
ジャンは、ゆっくりと顔を上げた。
「そんなの、もう決まってる。」
先ほどまでとはまるで別人のように力強くなった切れ長の瞳が、遠くを真っ直ぐに見据える。
その先にあるのは、ライナーとベルトルトを見張る人類最強の兵士の後姿だ。
今、なまえがジャンの膝枕で眠っているのは、我儘な男が眠り姫を離さなかったせいじゃない。
リヴァイに重要な任務があったから、許してもらえただけだ。
ジャンがなまえを助けに走ったからと言って、なまえとリヴァイの婚約が破棄されたわけではないということだ。当然だ。
兵舎に戻れば、なまえはまたリヴァイの隣に並ぼうとするのかもしれない。
それでも————。
覚悟を決めたジャンの張りつめた緊張感が、コニー達にも伝染して身体が強張る。
「ぁあ~、もうなんだよ。いろいろありすぎて頭が破裂しそうだ。寝よ。」
ため息を吐くように大きな声でコニーが言って、そのまま後ろに倒れ込む。
そして、いつの間にか伸びた長い手足を無造作に放り投げて、大の字で寝転がり目を閉じてしまう。
分かりやすい現実逃避方法だ。
「私も疲れちゃった。少し寝ようかな。」
「なら、あたしが腕枕してやるよ。」
横になったクリスタをユミルが抱き寄せる。
そのそばで、サシャも眠ると横になった。
それから数分もすれば、本当に寝息が聞こえ始めて来た。
難しいことを考えたくない現実逃避かと思ったが、本当に疲れていたのだろう。
(俺も、疲れたな…。)
ジャンは顔を上げて、空を仰いだ。
「なまえさん、今日は快晴ですよ。最高の昼寝日和っすね。」
50mもある壁上から見上げても、空は遠い。
そして、吸い込まれてしまいそうなくらいに澄んでいて、とても綺麗だ。
気が遠くなるくらいに、綺麗だ————。
コニーの弱弱しい声は、荷馬車が駆ける音に吸い込まれるように消えていく。
それが余計に、彼の不安を物語っているようだった。
ライナーとベルトルトは、帰路を急ぐ調査兵達の列のちょうど中腹あたりの荷馬車に乗せられた。
縄で全身を拘束され、ほんの数ミリさえも自由に身動きのできない状態だ。
見張りとして、人類最強の兵士であるリヴァイがライナー達のすぐ後ろに座り、ブレードを彼らの首に押し当てている。
少しでも怪しい動きをすれば、リヴァイはきっと容赦なく彼らを殺すのだろう。
今にも殺さんばかりの殺気を孕んだオーラは、離れた場所にいる他の調査兵達にまで伝染して緊張させる。
愛馬に跨る兵士、荷馬車に揺られる兵士、馭者を任されている兵士と様々だが、戦線離脱を余儀なくされる重体の怪我人は出ても、あれだけの死闘を繰り広げて死人は1人もいなかった。
それはつまり、古株の調査兵達だけで秘密裏に進められていた鎧の巨人及び超大型巨人の捕獲作戦は、結果的には成功に終わったということなのだろう。
けれど、調査兵達は、今までのどんな壁外調査よりも疲弊していた。
特に精神的疲労が大きかったのは、ライナーとベルトルトと同期の104期の調査兵に違いなかった。
精神的ダメージの大きさを考慮した調査兵幹部達は、104期の調査兵達をひとつの荷馬車に乗せ、帰りはゆっくり休むようにと指示を出してくれた。
さらには、ハンジ達が安全整備を確保してくれていたおかげで、壁上からの帰路はとても穏やかだ。
けれど、ジャンは、未だに震える手を誤魔化すように、膝の上で拳を握っている。
コニーの呟きが、ジャンには耳を塞いでしまいたい程の辛い悲鳴に聞こえたのだ。
馭者席に座る先輩兵士のうなじを不安そうに見つめているサシャやクリスタも、眉間に皴を寄せて不機嫌そうに遠くを睨みつけているユミルも、きっと同じなのだと思う。
ずっと味方だと信じていた友人が、自分達にとって心から憎い仇だった————調査委兵団幹部から聞かされたのは、あまりにも残酷すぎる現実だった。
ライナーが鎧の巨人となり、巨人に襲われている調査兵達を見捨ててベルトルトと共に逃げたのを目の前で見せられた今でも、信じられずにいる。
嫌、信じたくないというのが正直なところだ。
ライナーとベルトルトが鎧の巨人と超大型巨人なのならば、ジャン達は彼らを許せない。
彼らの人類への攻撃によって、ジャン達は大切な友人を何人も失った。エレン達のように家族を殺された人間もいる。
ライナーとベルトルトにどんな事情があったのかは分からない。
けれど、ほんの数秒前まで平和に暮らしていた人達の人生を、彼らが身勝手に奪ったというのは紛れもない事実だ。
決して、許せるようなことではない。
それでも、ジャンにはライナー達を憎むことも出来ないのだ。
数時間前、巨人の餌食になりそうだったところを助けてもらった恩もあるが、彼らを憎めない理由はそこじゃない。
『お前はよくやった。』
『そうだよ!エレンの言う通り、リヴァイ兵長に決闘を挑むなんて
巨人を討伐するより勇気のいることだと思うよ!!』
無謀な決闘を挑み、見事惨敗したジャンの覚悟をライナーとベルトルトは認めてくれた。
どうせ勝てないと分かっていながら、傷だらけになっていくジャンと本気で特訓をつけてくれた。
彼らは、ジャンの味方だった。
特別なことはなにもない。エレン達がそうであってくれたように、彼らもまたいつだって当然のように友人でいてくれたのだ。
ジャンやサシャ達は、ライナーとベルトルトがどういう人間なのかを知っている。
彼らが仲間想いの優しい人間だと知るには十分すぎるほどに長い月日を共に生きてきた。
「尋問と銘打った拷問じゃねぇのか。ハハ。」
相変わらずの憎まれ口を叩き、ユミルが鼻で笑う。
けれど、そんな彼女の声は渇き、覇気がない。それが余計に彼女を痛々しく見せていた。
クリスタのこと以外は正直どうでもいいと思っていそうな態度を見せるくせに、時々、気まぐれに仲間を思いやるような行動を見せることもあるユミルのことだ。
きっと彼女もまた、友人の行く末を案じているのだろう。
その証拠に、彼女はすぐに「そんなことより———」と話題を切り替えた。
不安そうなクリスタの気を紛らわせたかったのかもしれない。
その為の適当な話題にされたのは、ジャンだった。
「お前の方はどうすんだよ、ジャン。」
ユミルの声かけに、ジャンは自分の膝のあたりに視線を落とす。
そこには、ジャンの膝を枕にして眠るなまえがいる。
こんななまえの姿を見るのは、どれくらいぶりだろうか。
数か月前ならば幸せに緩んでいたはずのジャンの頬は、緊張で引きつり、意外と長い睫毛が切れ長の瞳に陰を落とす。
友人の悲し気な姿を前にして、問いかけたユミルだけではなくクリスタ達の表情も暗い。
あの後、なまえは気を失うようにして眠ってしまった。ジャンとリヴァイがどんなに声をかけても目を覚まさない。
医療兵の診察によれば、疲労と寝不足が原因だろうということだった。
だが、頭を打ち額に傷もあるので脳に何らかの衝撃が加わってしまった可能性も否めない為、わざわざ起こすことはせずにこのまま静かに眠らせた方が良いと指示されている。
調査兵団兵舎に戻ったら、すぐに医療棟に運び詳しい検査を受ける予定だ。
きっと大丈夫———そう信じているが。
———なまえはこのまま本物の眠り姫になってしまうのではないだろうか。
彼らの脳裏に浮かぶ同じ不安、それが現実になってしまいそうで怖いのだ。
今回の壁外調査で命を懸けて仲間を守り抜いたなまえの活躍を調査兵の皆が目のあたりにしている。
そして、欺瞞に苛まれていた調査兵達は、彼女はいつだってそうだったことを漸く思い出した。
眠り姫が帰って来た調査兵団が、どれほど暖かいのかということを思い知った。
彼女は、自分に向けられた黒い噂を自らの手で振り払い、信頼を取り返したのだ。
調査兵達はもう二度と欺瞞と不安に満ちた息苦しい調査兵団には戻りたくない。
けれど、もしも、なまえがこのまま目を覚まさなければ———。
ジャンは、眠るなまえの頬を優しくそっと撫でる。
もう二度と触れられないと思っていたのに、触れてしまえば、つい昨日もこうしたような気持ちになる。
しっくり来て、心が穏やかになるのに、胸に熱いものがこみあげてきて苦しくもなる。
——なまえが、愛おしくて仕方がない。もう気持ちを抑えられないほどに。
「どうするかって———。」
ジャンは、ゆっくりと顔を上げた。
「そんなの、もう決まってる。」
先ほどまでとはまるで別人のように力強くなった切れ長の瞳が、遠くを真っ直ぐに見据える。
その先にあるのは、ライナーとベルトルトを見張る人類最強の兵士の後姿だ。
今、なまえがジャンの膝枕で眠っているのは、我儘な男が眠り姫を離さなかったせいじゃない。
リヴァイに重要な任務があったから、許してもらえただけだ。
ジャンがなまえを助けに走ったからと言って、なまえとリヴァイの婚約が破棄されたわけではないということだ。当然だ。
兵舎に戻れば、なまえはまたリヴァイの隣に並ぼうとするのかもしれない。
それでも————。
覚悟を決めたジャンの張りつめた緊張感が、コニー達にも伝染して身体が強張る。
「ぁあ~、もうなんだよ。いろいろありすぎて頭が破裂しそうだ。寝よ。」
ため息を吐くように大きな声でコニーが言って、そのまま後ろに倒れ込む。
そして、いつの間にか伸びた長い手足を無造作に放り投げて、大の字で寝転がり目を閉じてしまう。
分かりやすい現実逃避方法だ。
「私も疲れちゃった。少し寝ようかな。」
「なら、あたしが腕枕してやるよ。」
横になったクリスタをユミルが抱き寄せる。
そのそばで、サシャも眠ると横になった。
それから数分もすれば、本当に寝息が聞こえ始めて来た。
難しいことを考えたくない現実逃避かと思ったが、本当に疲れていたのだろう。
(俺も、疲れたな…。)
ジャンは顔を上げて、空を仰いだ。
「なまえさん、今日は快晴ですよ。最高の昼寝日和っすね。」
50mもある壁上から見上げても、空は遠い。
そして、吸い込まれてしまいそうなくらいに澄んでいて、とても綺麗だ。
気が遠くなるくらいに、綺麗だ————。