◇第百三十七話◇眠り姫の帰還
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長い両腕に包まれたなまえは、まるでこの世で最も尊い宝であるかのようにそっと、優しく、寝かされる。
彼女はもともと、その可憐さで見る人の瞳を奪うことが多かった。
最近では、悪い意味でとらえられがちだった〝眠り姫〟という異名も、お姫様という雰囲気がピッタリな彼女だったからこそのものだ。
けれど、足元に横たわる彼女を見て、眠り姫というよりも本物の人形のようだ————と、アルミンは思った。
血の気が引いた青白い顔色のせいだ。
「なまえ…っ。」
寝かされたばかりのなまえを奪い返すかのように、ナナバが強く抱きしめる。
いつも凛として強い印象のある彼女が、泣いている。人目もはばからず泣きじゃくりながら、なまえを抱きしめている。
そんな彼女ごとなまえを包んだのは、ゲルガーだった。
普段から仲の良い彼らが同期だというのは、調査兵団の中でも広く知れ渡っている。
50mもある壁上からなまえが落ちたとき、もう二度と友人とは会えなくなるのかもしれないと覚悟したに違いない。
きっと、生きた心地がしなかっただろう。
「何、やってんだよ…、なまえ…!
お前、マジで死んじまうかと思ったじゃねぇか…!」
よかった————肩を震わせるゲルガーから、涙声の呟きが聞こえてきた。
ゲルガーの男泣きに、アルミンは思わずシャツの上から心臓の辺りをギュッと握りしめた。
本当に、なまえは死んでしまうと思った。
残酷な現実を何度も目の当たりにしてきた調査兵達は皆、最悪の事態を覚悟したのだ。
けれど今、なまえは死んでいない。
ジャンも生きている。
でも、どうして—————策士、調査兵団の頭脳だと呼ばれることの多いアルミンにとっても理解し難い状況だった。
あのとき、確かになまえとジャンは巨人の大群の中に落ちていった。
後は、巨人に喰われる。それだけだった。
そして、ライナーとベルトルトは、そのまま真っ直ぐに走っていれば逃げ切ることが出来た。
そのはずだったのに———。
「さぁ、君はこっちに。」
モブリットが、ベルトルトの腕を掴む。
それは、さっきまでとても大切そうになまえを抱きかかえて壁上まで連れてきてくれた長い腕だ。
彼は、命の恩人なのだ。
けれど、ベルトルトのその腕は、調査兵達に縄で強く拘束される。
ベルトルトに抵抗の意思はないように見えた。
それでも、モブリットを守るように立つハンジ班のメンバーは皆、厳しい表情を浮かべ、鞘に仕舞ったブレードを握りしめている。
彼らからは張りつめた緊張感が漂っている。
ベルトルトに不審な動きがあれば、彼らはきっと躊躇いなく切るのだろう。
だからこそ、ほんの一瞬の気の緩みさえ許されないのだ。
「あ…、ベルトルト…っ。
待って…!」
どうして助けてくれたの。君達が戻ってくれば、こうなることは分かっていたはずなのに————訊ねたいことや、怒鳴ってしまいたいことはたくさんあった。
正直に言えば、このまま殴ってしまいたいくらいに怒っている。
そして、声を上げて泣いてしまいそうだ。
ちゃんと、ベルトルトの苦悩と向き合いたいのだ。
けれど、アルミンの呼び掛けにベルトルトは耳を貸さない。
まるで、何も聞こえていないかのように、両腕を身体の後ろで拘束されたまま、モブリット達に連行されていく。
向かう先には、ハンジに両腕どころか全身を縄でグルグル巻きにされているライナーがいる。
その周囲をエルヴィンや幹部らが鞘から抜いたブレードを握りしめて取り囲んでいるのだから、生きた心地なんてしないだろう。
きっと地獄だ。
「アイツ等、何考えてんだ。」
隣にやって来て、首を捻ったのはコニーだった。
純粋に不思議に思っているというよりも、友人だと思っていた彼らの考えていることが分からない困惑から来る苛立ちを感じているように見える。
アルミンも同じ気持ちだった。
早速、ハンジに縄でグルグル巻きにされだしたベルトルトは、そこでもやっぱり抵抗の意思を見せない。
調査兵達が犠牲になる可能性があると分かっていたにも関わらず、ライナーとベルトルトはそれでも必死に逃げようとしていた。
それなのに、彼らは戻って来た。
なまえとジャンを巨人の大群の中から助ける、その為だけに————。
「何考えてんのかで言えば、ジャンも同じだろ。
アイツは馬鹿なのか。」
コニーの隣に並んで、呆れたようにため息を吐いたのはユミルだ。
なまえを抱えたまま巨人の大群の中に飛び込んだ無謀な行為について言っているのだろう。
彼女もまた苛立ちを感じてはいるようだが、微かに上がる口角からは、この状況を〝楽しんでいる〟ようにも見える。
本当に困惑していて、本当に心配をしているのはきっと、悲しそうに眉尻を下げている調査兵団の女神、クリスタだけだ。
「でも、皆が無事でよかったよ。
どうしても危なかったら、私が助けに行かなきゃって思ってたから。」
「助けに行かなきゃ、ね。
死にに行くじゃなきゃいいけどな。」
「ユミル!どうして、あなたはいつもそんな意地悪な言い方をするの!」
「また女神様がお怒りだ。
図星をつかれるのがお気に召さないらしい。」
「ユミル!」
また始まったーーー。
ユミルとクリスタのよく聞く言い争いを聞き流しながら、アルミンは辺りを見渡した。
「それで、ジャンはどこに行ったの?
腕を怪我してたと思うんだけど。」
医療班のところに、ジャンの姿はない。
鎧の巨人が巨人の大群に突っ込んでいったとき、ジャンはなまえを守る為に腕を負傷したように見えた。
その後すぐに、鎧の巨人がジャンとなまえごと両腕で守ってくれたが、無傷ではなかったはずだ。
なまえの容態が気になって、ジャンの確認が疎かになっていたのは認める。
けれど、ジャンはライナーが壁上まで運んでくれていたから、すぐに医療班が彼を診てくれるのだと思っていた。
「ジャンならあっちでお説教受けてますよ。」
サシャがやって来て、エルヴィン達がいるのとは逆の方向を指さした。
アルミンだけではなく、コニー、喧嘩を始めていたユミルとクリスタの視線も指の先へと向かう。
壁上の端の辺りにいるのは、背中を丸めて反省した表情をしているジャンだった。
彼女はもともと、その可憐さで見る人の瞳を奪うことが多かった。
最近では、悪い意味でとらえられがちだった〝眠り姫〟という異名も、お姫様という雰囲気がピッタリな彼女だったからこそのものだ。
けれど、足元に横たわる彼女を見て、眠り姫というよりも本物の人形のようだ————と、アルミンは思った。
血の気が引いた青白い顔色のせいだ。
「なまえ…っ。」
寝かされたばかりのなまえを奪い返すかのように、ナナバが強く抱きしめる。
いつも凛として強い印象のある彼女が、泣いている。人目もはばからず泣きじゃくりながら、なまえを抱きしめている。
そんな彼女ごとなまえを包んだのは、ゲルガーだった。
普段から仲の良い彼らが同期だというのは、調査兵団の中でも広く知れ渡っている。
50mもある壁上からなまえが落ちたとき、もう二度と友人とは会えなくなるのかもしれないと覚悟したに違いない。
きっと、生きた心地がしなかっただろう。
「何、やってんだよ…、なまえ…!
お前、マジで死んじまうかと思ったじゃねぇか…!」
よかった————肩を震わせるゲルガーから、涙声の呟きが聞こえてきた。
ゲルガーの男泣きに、アルミンは思わずシャツの上から心臓の辺りをギュッと握りしめた。
本当に、なまえは死んでしまうと思った。
残酷な現実を何度も目の当たりにしてきた調査兵達は皆、最悪の事態を覚悟したのだ。
けれど今、なまえは死んでいない。
ジャンも生きている。
でも、どうして—————策士、調査兵団の頭脳だと呼ばれることの多いアルミンにとっても理解し難い状況だった。
あのとき、確かになまえとジャンは巨人の大群の中に落ちていった。
後は、巨人に喰われる。それだけだった。
そして、ライナーとベルトルトは、そのまま真っ直ぐに走っていれば逃げ切ることが出来た。
そのはずだったのに———。
「さぁ、君はこっちに。」
モブリットが、ベルトルトの腕を掴む。
それは、さっきまでとても大切そうになまえを抱きかかえて壁上まで連れてきてくれた長い腕だ。
彼は、命の恩人なのだ。
けれど、ベルトルトのその腕は、調査兵達に縄で強く拘束される。
ベルトルトに抵抗の意思はないように見えた。
それでも、モブリットを守るように立つハンジ班のメンバーは皆、厳しい表情を浮かべ、鞘に仕舞ったブレードを握りしめている。
彼らからは張りつめた緊張感が漂っている。
ベルトルトに不審な動きがあれば、彼らはきっと躊躇いなく切るのだろう。
だからこそ、ほんの一瞬の気の緩みさえ許されないのだ。
「あ…、ベルトルト…っ。
待って…!」
どうして助けてくれたの。君達が戻ってくれば、こうなることは分かっていたはずなのに————訊ねたいことや、怒鳴ってしまいたいことはたくさんあった。
正直に言えば、このまま殴ってしまいたいくらいに怒っている。
そして、声を上げて泣いてしまいそうだ。
ちゃんと、ベルトルトの苦悩と向き合いたいのだ。
けれど、アルミンの呼び掛けにベルトルトは耳を貸さない。
まるで、何も聞こえていないかのように、両腕を身体の後ろで拘束されたまま、モブリット達に連行されていく。
向かう先には、ハンジに両腕どころか全身を縄でグルグル巻きにされているライナーがいる。
その周囲をエルヴィンや幹部らが鞘から抜いたブレードを握りしめて取り囲んでいるのだから、生きた心地なんてしないだろう。
きっと地獄だ。
「アイツ等、何考えてんだ。」
隣にやって来て、首を捻ったのはコニーだった。
純粋に不思議に思っているというよりも、友人だと思っていた彼らの考えていることが分からない困惑から来る苛立ちを感じているように見える。
アルミンも同じ気持ちだった。
早速、ハンジに縄でグルグル巻きにされだしたベルトルトは、そこでもやっぱり抵抗の意思を見せない。
調査兵達が犠牲になる可能性があると分かっていたにも関わらず、ライナーとベルトルトはそれでも必死に逃げようとしていた。
それなのに、彼らは戻って来た。
なまえとジャンを巨人の大群の中から助ける、その為だけに————。
「何考えてんのかで言えば、ジャンも同じだろ。
アイツは馬鹿なのか。」
コニーの隣に並んで、呆れたようにため息を吐いたのはユミルだ。
なまえを抱えたまま巨人の大群の中に飛び込んだ無謀な行為について言っているのだろう。
彼女もまた苛立ちを感じてはいるようだが、微かに上がる口角からは、この状況を〝楽しんでいる〟ようにも見える。
本当に困惑していて、本当に心配をしているのはきっと、悲しそうに眉尻を下げている調査兵団の女神、クリスタだけだ。
「でも、皆が無事でよかったよ。
どうしても危なかったら、私が助けに行かなきゃって思ってたから。」
「助けに行かなきゃ、ね。
死にに行くじゃなきゃいいけどな。」
「ユミル!どうして、あなたはいつもそんな意地悪な言い方をするの!」
「また女神様がお怒りだ。
図星をつかれるのがお気に召さないらしい。」
「ユミル!」
また始まったーーー。
ユミルとクリスタのよく聞く言い争いを聞き流しながら、アルミンは辺りを見渡した。
「それで、ジャンはどこに行ったの?
腕を怪我してたと思うんだけど。」
医療班のところに、ジャンの姿はない。
鎧の巨人が巨人の大群に突っ込んでいったとき、ジャンはなまえを守る為に腕を負傷したように見えた。
その後すぐに、鎧の巨人がジャンとなまえごと両腕で守ってくれたが、無傷ではなかったはずだ。
なまえの容態が気になって、ジャンの確認が疎かになっていたのは認める。
けれど、ジャンはライナーが壁上まで運んでくれていたから、すぐに医療班が彼を診てくれるのだと思っていた。
「ジャンならあっちでお説教受けてますよ。」
サシャがやって来て、エルヴィン達がいるのとは逆の方向を指さした。
アルミンだけではなく、コニー、喧嘩を始めていたユミルとクリスタの視線も指の先へと向かう。
壁上の端の辺りにいるのは、背中を丸めて反省した表情をしているジャンだった。