◇第百三十四話◇残酷な現実の当事者となってしまった友人達
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「かかれー--!!」
怒号のようなエルヴィンの指示が叫ばれ、調査兵達が立体起動装置のガスを吹かし飛び上がる。ブレードを振るう。
それは、空を舞うというよりも、風を切っているようだった。
とうとう、鎧の巨人とベルトルト、調査兵達はウォール・マリアの端、壁上までやってきていた。
一気に近くなった太陽の熱が、徹夜で走り続けた調査兵達の疲弊しきった身体にジリジリと照りつける。
本当はもう息をすることすら苦しい状態だ。
それでも、弱音は吐いていられない。すぐそこに、人類にとって史上最悪の仇がいるのだ。
なんとしてでも鎧の巨人と超大型巨人を捕獲しなければならない。
その為に、団長のエルヴィンやミケ、ハンジらの幹部は憲兵団だけではなく王政にまで掛け合ってきた。
結果、巨額の資金が動いた。
人類の仇を討ち壁の外への希望を掴むだけではなく、調査兵団の存続の為にも失敗は許されないのだ。
必ず捕える———その使命に、精鋭兵、熟練兵、新兵も関係はない。
壁を登りきっていた鎧の巨人が、調査兵達の隙をついてついに飛び降りてしまった。
エルヴィンの指示が出るよりも先に、リヴァイ班が目にも止まらぬ速さで追いかけ、飛びかかる。
それを見た調査兵達がさらに続いていく。
「ゆっくり、焦らないでー!落ちたら即死だよー!」
今まさに戦っている仲間達に背を向けるハンジは、大声で壁の下の調査兵達に声をかける。
鎧の巨人の捕獲、もしくは討伐はリヴァイ班らに任せてある。
壁上まで戦闘が長引いた場合のハンジ班の任務は、リフトを使って調査兵達を馬ごと壁上へと持ち上げてやることだ。
寝ずに働いてくれたのは、調査兵だけではなく彼らの愛馬も同じ。調査兵達をここまで生きて運んでくれた。
まずは壁上へと連れてきて、少し休ませてやりたい。
それに、荷馬車も壁上に持ち上げておけば、帰りはわざわざ巨人の巣郷となっている地上を通らずとも、壁を伝ってトロスト区付近まで安全に戻れる。
「やっぱり、ハンジさんの見立て通り、超大型巨人は巨人化しませんね。」
持ち上がって来た馬の手綱を簡易の柵に括り付けた後、ニファがハンジのそばに歩み寄る。
次のリフトが上がってくるのを見下ろしていたハンジが顔を上げる。
「少し期待と賭けがあったんだけどね。
ラッキーだったよ。」
「ラッキーって…。」
困ったように眉尻を下げたニファは、頬を掻きながら後ろを振り向いた。
壁上まで追いつめていた鎧の巨人が、超大型巨人だと思われるベルトルトを肩に乗せたまま壁を滑り落ちていくのが見える。
その背中を精鋭兵や何が起こっているのか分からないままの若い兵士達が追いかけて飛んでいく。
鎧の巨人の捕獲はもう諦めた方が良いのだろう。きっと皆、このまま討伐してしまうつもりだ。
その光景は、幸運というにはあまりにも残酷すぎることをハンジも理解している。
そもそも、超大型巨人と鎧の巨人である可能性があるベルトルトとライナーを捕獲する為の作戦には、沢山の問題があった。
結局、鎧の巨人の鋼のような皮膚への対策は間に合わなかった。対特定目標拘束兵器の準備は出来たものの、心配していた通り鎧の巨人の皮膚にはうまく刺さらず、逃亡を許している状態だ。
そしてもう一つ、超大型巨人の巨人化も懸念要素のひとつだった。
図書施設の地下にライナーとベルトルトを誘導したのは、彼らが巨人化したときの足止めを期待したからだ。
けれど、50mもある超大型巨人にかかれば、軽々と超えられてしまっただろう。
それに、超大型巨人と対峙したことのあるエレンからの情報によれば、超大型巨人の皮膚は熱風を放っていて、容易に近づけるようなものではなかったという。
巨人化の時の衝撃と超大型巨人の熱風が合わさってしまえば、地下に誘導したハンジ班やなまえだけではなく、屋上で待機していたリヴァイ班も無事では済まなかっただろう。
『超大型巨人って本当に巨人化するかなぁ?』
会議中、超大型巨人の対策について幹部達が頭を捻っている中、そう疑問を呈したのはハンジだった。
確かに、50メートルの巨体と熱風は恐ろしい。しっかりと対策が出来るのならそれが一番良いだろう。
けれど、数年かけて、ごく一部の幹部のみでじっくりと話し合いを積み重ねても、うまい方法は見つからなかったのだ。
それに、エレンはこうも言っていた。
——超大型巨人は動きが滅茶苦茶遅かった。
それはつまり、超大型巨人自身も、自分の大きすぎる身体を容易に動かせないということだ。
ハンジ班やリヴァイ班が自分達を捕獲、もしくは討伐に動いているとなれば、それは当然、団長のエルヴィンを筆頭する調査兵団の意向ということだとライナーとベルトルトはきっとすぐに気づく。
もしも、うまくハンジ班とリヴァイ班を熱風で戦闘不能に出来たとしても、彼らにはまだ団長や他の精鋭兵から逃げきらなければいけないという最も重要なミッションが科せられることになる。
そこで、動きの遅い超大型巨人が巨人化して、不要にリスクを背負うことはしないはずだ———それが、ハンジの考えだった。
それには、エレンのように超大型巨人や鎧の巨人も長時間の巨人化が出来ないという前提が必要だ。
日頃の訓練を重ねることで、エレンは少しずつ巨人化出来る時間が増えている。
きっと、訓練次第で巨人化への耐性が出来るのだろう。
けれど逆に考えれば、訓練をサボれば弱くなるのと同じで、ずっと巨人化していなければ、その耐性は弱くなるのではないだろうか。
ハンジの言った賭けは、それだ。
トロスト区の壁を破ったあの日から4年間ずっと巨人化をしていないはずのライナーとベルトルトがそうであることを賭けた。
それともうひとつ————。
『その日、ジャンにもすべてを話して作戦に参加してもらうつもりです。
ライナーとベルトルトは、絶対に友人を傷つけたりしない。
今まで共に死線を越えてきた仲間が死ぬことを望んだりしない…!』
一時は参加を禁止される等の紆余曲折もあったが、結局ジャンも作戦に参加した。
けれど、幹部達にジャンを囮にした意図なんてない。
ただハンジ達は、ライナーとベルトルトがそれでも尚〝仲間〟であることを願ったのだ。
賭けに勝ったのかどうかはまだ分からない。
けれど、幸運にも、今のところベルトルトが巨人化をする様子は見られない。
「やぁ、なまえ!うまくいったかな?」
リフトから降りて来たなまえを見つけて、ハンジは声をかけた。
彼女と一緒に上がって来た荷馬車には、数名の怪我人とそんな彼らを甲斐甲斐しく手当てしているクリスタもいる。
「コニーは?」
「あっちにいるよ。」
目が合った途端にそれか———苦笑いを漏らして、ハンジは鎧の巨人を追いかけて壁を飛び降りた精鋭兵達の後姿を指さした。
調査兵にとって1年を生ききるのはとても難しいことだ。
けれど、成長のスピードを語るのならば、たったの4年と言うべきなのかもしれない。
コニーは、誰もが認める精鋭兵になった。
元々の運動神経もあるのだろうが、馬鹿正直で素直な性格が彼の成長の背中を押したのだと思う。
今も、鎧の巨人に追いつけない精鋭兵もいる中で、コニーは鎧の巨人の肩に乗っている。
遠すぎてハッキリとは見えないけれど、彼のことだから、きっとライナーやベルトルトに思うことを正直に伝えているのだろう。
「よかった。
じゃあ、私はエルヴィン団長のところへ報告へ向かいます。」
「あぁ、よろしく頼むよ。」
ホッとしたように息を吐くと、なまえはエルヴィンの元へと駆け足で向かう。
なまえと共に最後尾にいた荷馬車も続々とリフトで上がってきた。
荷馬車は怪我人だらけだ。残念ながら、腕や足を失いもう二度と調査兵として任務をこなせないだろう仲間もいる。
けれど、誰も死んではいない。
なまえや精鋭兵達が、自らの命をかけて必死に守ってくれたおかげだ。
「護衛部隊の皆もお疲れだったね。
作戦Dを把握してる精鋭兵のみ、なまえの指示に従ってくれ。
エルヴィンのところだよ。」
「了解です。」
「はい。」
今回の作戦を把握している精鋭兵達は、一様に難しい顔をして頷き、早足で駆けていく。
「俺も行きます。」
そう続いたのは、ジャンだった。
力強い声と覚悟を決めた瞳がハンジを見据える。
巨大樹の森にいたときの不安そうな彼とはまるで別人のようだ。
全てを受け入れて、自分の信じるべき場所を見つけたのだろう。
「なまえが待ってるよ。早く行ってあげて。」
「…!はい!」
分かりやすく嬉しそうな顔をして、ジャンが光の速度で駆け出す。
そして、すぐになまえと精鋭兵の元へ追いついて、彼らを困惑させている。
この地獄で少しだけ光が見えたような————少なくとも、底まで沈んでいたハンジの心がほんの少し持ち上がった気がした。
「あの…!ハンジさん、私達はどうすれば…?」
サシャに声をかけられて、ハンジは視線を向ける。
いつも天真爛漫な笑顔を見せていることが多いサシャだが、さすがに表情が硬い。
顔の筋肉が引きつっているからなのか、眉を顰めて怖い顔をしている。
怪我人の手当は大方終わらせたのか、サシャの隣にはクリスタとユミルの姿もあった。
今にも泣き出しそうなクリスタとどこか不機嫌な様子のユミルは対照的に見えるが、彼女達は共に不安で仕方ないのだろう。
彼女達は皆、なまえに急遽荷馬車護衛班に任命されてしまっただけだ。
この状況をどこまで理解しているのだろうか。
少なくとも、正確に把握しているものはいない。
それは、この作戦を極秘に計画していたハンジ達も同じだ。
一体、この世界で何が起こっているのか。何が起ころうとしているのか———。
思考がもっと遠くの方へ向かおうとしたことに気付いて、ハンジは小さく頭を横に振った。
「君達は私達と一緒にここで待機して、怪我人の手当てと
帰り道の確保のために壁上の安全点検をお願いしたい。」
「はい、わかりました。」
「じゃ、クリスタはケイジに、ユミルはアーベルについて指示に従ってくれ。
——ケイジ!アーベル!彼女達をそっちにつける!」
ケイジとアーベルは、医療兵達に怪我人の手当を指示していた。
彼らは殆ど同時に顔を上げてハンジに視線を向けると「助かります!」と声を上げて、クリスタ達を自分の元に呼びつける。
「サシャは私と一緒に壁上の安全点検だ。
帰り道の巨人の数を把握して、エルヴィンに報告するよ。」
「はい!分かりました!」
サシャが力強く答えた。
現実の残酷さを理解したとき、104期の調査兵達はどれくらいが強くいられるのだろうか。
彼らの明日にある絶望を思う。
これほど、現実から逃げたいと思ったのは初めてだ。
そしてこれから先、今以上に〝逃げ出したい現実〟を目の当たりにするのだろうことも理解している。
壁の中で生を受けたその日から、人類は皆残酷な現実の中で生かされていたのだから————。
怒号のようなエルヴィンの指示が叫ばれ、調査兵達が立体起動装置のガスを吹かし飛び上がる。ブレードを振るう。
それは、空を舞うというよりも、風を切っているようだった。
とうとう、鎧の巨人とベルトルト、調査兵達はウォール・マリアの端、壁上までやってきていた。
一気に近くなった太陽の熱が、徹夜で走り続けた調査兵達の疲弊しきった身体にジリジリと照りつける。
本当はもう息をすることすら苦しい状態だ。
それでも、弱音は吐いていられない。すぐそこに、人類にとって史上最悪の仇がいるのだ。
なんとしてでも鎧の巨人と超大型巨人を捕獲しなければならない。
その為に、団長のエルヴィンやミケ、ハンジらの幹部は憲兵団だけではなく王政にまで掛け合ってきた。
結果、巨額の資金が動いた。
人類の仇を討ち壁の外への希望を掴むだけではなく、調査兵団の存続の為にも失敗は許されないのだ。
必ず捕える———その使命に、精鋭兵、熟練兵、新兵も関係はない。
壁を登りきっていた鎧の巨人が、調査兵達の隙をついてついに飛び降りてしまった。
エルヴィンの指示が出るよりも先に、リヴァイ班が目にも止まらぬ速さで追いかけ、飛びかかる。
それを見た調査兵達がさらに続いていく。
「ゆっくり、焦らないでー!落ちたら即死だよー!」
今まさに戦っている仲間達に背を向けるハンジは、大声で壁の下の調査兵達に声をかける。
鎧の巨人の捕獲、もしくは討伐はリヴァイ班らに任せてある。
壁上まで戦闘が長引いた場合のハンジ班の任務は、リフトを使って調査兵達を馬ごと壁上へと持ち上げてやることだ。
寝ずに働いてくれたのは、調査兵だけではなく彼らの愛馬も同じ。調査兵達をここまで生きて運んでくれた。
まずは壁上へと連れてきて、少し休ませてやりたい。
それに、荷馬車も壁上に持ち上げておけば、帰りはわざわざ巨人の巣郷となっている地上を通らずとも、壁を伝ってトロスト区付近まで安全に戻れる。
「やっぱり、ハンジさんの見立て通り、超大型巨人は巨人化しませんね。」
持ち上がって来た馬の手綱を簡易の柵に括り付けた後、ニファがハンジのそばに歩み寄る。
次のリフトが上がってくるのを見下ろしていたハンジが顔を上げる。
「少し期待と賭けがあったんだけどね。
ラッキーだったよ。」
「ラッキーって…。」
困ったように眉尻を下げたニファは、頬を掻きながら後ろを振り向いた。
壁上まで追いつめていた鎧の巨人が、超大型巨人だと思われるベルトルトを肩に乗せたまま壁を滑り落ちていくのが見える。
その背中を精鋭兵や何が起こっているのか分からないままの若い兵士達が追いかけて飛んでいく。
鎧の巨人の捕獲はもう諦めた方が良いのだろう。きっと皆、このまま討伐してしまうつもりだ。
その光景は、幸運というにはあまりにも残酷すぎることをハンジも理解している。
そもそも、超大型巨人と鎧の巨人である可能性があるベルトルトとライナーを捕獲する為の作戦には、沢山の問題があった。
結局、鎧の巨人の鋼のような皮膚への対策は間に合わなかった。対特定目標拘束兵器の準備は出来たものの、心配していた通り鎧の巨人の皮膚にはうまく刺さらず、逃亡を許している状態だ。
そしてもう一つ、超大型巨人の巨人化も懸念要素のひとつだった。
図書施設の地下にライナーとベルトルトを誘導したのは、彼らが巨人化したときの足止めを期待したからだ。
けれど、50mもある超大型巨人にかかれば、軽々と超えられてしまっただろう。
それに、超大型巨人と対峙したことのあるエレンからの情報によれば、超大型巨人の皮膚は熱風を放っていて、容易に近づけるようなものではなかったという。
巨人化の時の衝撃と超大型巨人の熱風が合わさってしまえば、地下に誘導したハンジ班やなまえだけではなく、屋上で待機していたリヴァイ班も無事では済まなかっただろう。
『超大型巨人って本当に巨人化するかなぁ?』
会議中、超大型巨人の対策について幹部達が頭を捻っている中、そう疑問を呈したのはハンジだった。
確かに、50メートルの巨体と熱風は恐ろしい。しっかりと対策が出来るのならそれが一番良いだろう。
けれど、数年かけて、ごく一部の幹部のみでじっくりと話し合いを積み重ねても、うまい方法は見つからなかったのだ。
それに、エレンはこうも言っていた。
——超大型巨人は動きが滅茶苦茶遅かった。
それはつまり、超大型巨人自身も、自分の大きすぎる身体を容易に動かせないということだ。
ハンジ班やリヴァイ班が自分達を捕獲、もしくは討伐に動いているとなれば、それは当然、団長のエルヴィンを筆頭する調査兵団の意向ということだとライナーとベルトルトはきっとすぐに気づく。
もしも、うまくハンジ班とリヴァイ班を熱風で戦闘不能に出来たとしても、彼らにはまだ団長や他の精鋭兵から逃げきらなければいけないという最も重要なミッションが科せられることになる。
そこで、動きの遅い超大型巨人が巨人化して、不要にリスクを背負うことはしないはずだ———それが、ハンジの考えだった。
それには、エレンのように超大型巨人や鎧の巨人も長時間の巨人化が出来ないという前提が必要だ。
日頃の訓練を重ねることで、エレンは少しずつ巨人化出来る時間が増えている。
きっと、訓練次第で巨人化への耐性が出来るのだろう。
けれど逆に考えれば、訓練をサボれば弱くなるのと同じで、ずっと巨人化していなければ、その耐性は弱くなるのではないだろうか。
ハンジの言った賭けは、それだ。
トロスト区の壁を破ったあの日から4年間ずっと巨人化をしていないはずのライナーとベルトルトがそうであることを賭けた。
それともうひとつ————。
『その日、ジャンにもすべてを話して作戦に参加してもらうつもりです。
ライナーとベルトルトは、絶対に友人を傷つけたりしない。
今まで共に死線を越えてきた仲間が死ぬことを望んだりしない…!』
一時は参加を禁止される等の紆余曲折もあったが、結局ジャンも作戦に参加した。
けれど、幹部達にジャンを囮にした意図なんてない。
ただハンジ達は、ライナーとベルトルトがそれでも尚〝仲間〟であることを願ったのだ。
賭けに勝ったのかどうかはまだ分からない。
けれど、幸運にも、今のところベルトルトが巨人化をする様子は見られない。
「やぁ、なまえ!うまくいったかな?」
リフトから降りて来たなまえを見つけて、ハンジは声をかけた。
彼女と一緒に上がって来た荷馬車には、数名の怪我人とそんな彼らを甲斐甲斐しく手当てしているクリスタもいる。
「コニーは?」
「あっちにいるよ。」
目が合った途端にそれか———苦笑いを漏らして、ハンジは鎧の巨人を追いかけて壁を飛び降りた精鋭兵達の後姿を指さした。
調査兵にとって1年を生ききるのはとても難しいことだ。
けれど、成長のスピードを語るのならば、たったの4年と言うべきなのかもしれない。
コニーは、誰もが認める精鋭兵になった。
元々の運動神経もあるのだろうが、馬鹿正直で素直な性格が彼の成長の背中を押したのだと思う。
今も、鎧の巨人に追いつけない精鋭兵もいる中で、コニーは鎧の巨人の肩に乗っている。
遠すぎてハッキリとは見えないけれど、彼のことだから、きっとライナーやベルトルトに思うことを正直に伝えているのだろう。
「よかった。
じゃあ、私はエルヴィン団長のところへ報告へ向かいます。」
「あぁ、よろしく頼むよ。」
ホッとしたように息を吐くと、なまえはエルヴィンの元へと駆け足で向かう。
なまえと共に最後尾にいた荷馬車も続々とリフトで上がってきた。
荷馬車は怪我人だらけだ。残念ながら、腕や足を失いもう二度と調査兵として任務をこなせないだろう仲間もいる。
けれど、誰も死んではいない。
なまえや精鋭兵達が、自らの命をかけて必死に守ってくれたおかげだ。
「護衛部隊の皆もお疲れだったね。
作戦Dを把握してる精鋭兵のみ、なまえの指示に従ってくれ。
エルヴィンのところだよ。」
「了解です。」
「はい。」
今回の作戦を把握している精鋭兵達は、一様に難しい顔をして頷き、早足で駆けていく。
「俺も行きます。」
そう続いたのは、ジャンだった。
力強い声と覚悟を決めた瞳がハンジを見据える。
巨大樹の森にいたときの不安そうな彼とはまるで別人のようだ。
全てを受け入れて、自分の信じるべき場所を見つけたのだろう。
「なまえが待ってるよ。早く行ってあげて。」
「…!はい!」
分かりやすく嬉しそうな顔をして、ジャンが光の速度で駆け出す。
そして、すぐになまえと精鋭兵の元へ追いついて、彼らを困惑させている。
この地獄で少しだけ光が見えたような————少なくとも、底まで沈んでいたハンジの心がほんの少し持ち上がった気がした。
「あの…!ハンジさん、私達はどうすれば…?」
サシャに声をかけられて、ハンジは視線を向ける。
いつも天真爛漫な笑顔を見せていることが多いサシャだが、さすがに表情が硬い。
顔の筋肉が引きつっているからなのか、眉を顰めて怖い顔をしている。
怪我人の手当は大方終わらせたのか、サシャの隣にはクリスタとユミルの姿もあった。
今にも泣き出しそうなクリスタとどこか不機嫌な様子のユミルは対照的に見えるが、彼女達は共に不安で仕方ないのだろう。
彼女達は皆、なまえに急遽荷馬車護衛班に任命されてしまっただけだ。
この状況をどこまで理解しているのだろうか。
少なくとも、正確に把握しているものはいない。
それは、この作戦を極秘に計画していたハンジ達も同じだ。
一体、この世界で何が起こっているのか。何が起ころうとしているのか———。
思考がもっと遠くの方へ向かおうとしたことに気付いて、ハンジは小さく頭を横に振った。
「君達は私達と一緒にここで待機して、怪我人の手当てと
帰り道の確保のために壁上の安全点検をお願いしたい。」
「はい、わかりました。」
「じゃ、クリスタはケイジに、ユミルはアーベルについて指示に従ってくれ。
——ケイジ!アーベル!彼女達をそっちにつける!」
ケイジとアーベルは、医療兵達に怪我人の手当を指示していた。
彼らは殆ど同時に顔を上げてハンジに視線を向けると「助かります!」と声を上げて、クリスタ達を自分の元に呼びつける。
「サシャは私と一緒に壁上の安全点検だ。
帰り道の巨人の数を把握して、エルヴィンに報告するよ。」
「はい!分かりました!」
サシャが力強く答えた。
現実の残酷さを理解したとき、104期の調査兵達はどれくらいが強くいられるのだろうか。
彼らの明日にある絶望を思う。
これほど、現実から逃げたいと思ったのは初めてだ。
そしてこれから先、今以上に〝逃げ出したい現実〟を目の当たりにするのだろうことも理解している。
壁の中で生を受けたその日から、人類は皆残酷な現実の中で生かされていたのだから————。