◇第百三十二話◇地獄でも尚、彼らが戦う理由
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「撃てぇぇぇぇええええ!!」
エルヴィンが腹の底から叫ぶ。
まるで、遠い昔から受け継がれてきた恨みが込められているような怒号だった。
実際、それは間違いでもないのだろう。
だからこそ調査兵達は、エルヴィンの指示を受けて、対特定目標拘束兵器を撃つ。立体起動装置で宙を舞い、刃を振るう。
結局、エレンはハンジの指示を無視して巨人化した。
なんとか逃亡をはかろうとする鎧の巨人を、どうしても引き留めなければ気が済まなったのだ。
格闘術に関しては、五分五分といったところだった。
けれど、負傷したベルトルトを両手で胸に守りながら戦わなければならなかった鎧の巨人にとっては、不利な戦いだっただろう。
それでも、意地と覚悟を見せつけた鎧の巨人を捕まえられなかった。
けれど、今は、長時間の巨人化に堪えられずに人間の姿に戻り巨大樹の枝の上で横になっているエレンが見せた根性のおかげで、巨大樹の森に誘い込むまでに、鎧の巨人の体力を確実に消耗させられたはずだ。
対特定目標拘束兵器から飛び出すワイヤーは、残念ながら鎧の巨人の硬い皮膚には刺さらない。けれど、無数に飛び出すワイヤーは、鎧の巨人の動きを止め、逃げ道を塞ぐことに成功している。
そこにきて、力の限りに振り下ろされる精鋭兵達の複数の刃は、ついに諸悪の根源を捕らえることが出来るのではないかと人間に希望を見せつけた。
ひとりひとりでは無理でも、調査兵達は皆で力を合わせて、ここまでやって来た。
「なぁ、嘘だろ。ベルトルト?ライナー?
今までずっと…俺達のことを騙してたのかよ…。
そんなの…、ひでぇよ…!」
精鋭兵の1人が、鎧の巨人の肩に飛び乗ると、悲壮な表情で叫ぶ。
それは、最も生存率の低い調査兵団へと入り、訓練兵団時代からの仲間達と苦楽を共にしながら、精鋭兵にまで成長したコニーだった。
彼のそばには、アルミンとミカサの姿もある。
団長であるエルヴィンの右腕であるアルミンや、リヴァイ班のミカサは、いつもならば同期達とは別行動が多い。
それでも今、彼らは、この地獄にいる。
サシャやユミル、クリスタは、まだ若い新兵達をこの戦闘から離れた場所へと逃がしつつ、巨大樹の森から鎧の巨人が逃げ出した時に捕獲できるように待ち構えているようだ。
ジャンの友人達は皆、自らの職務を全うし、鎧の巨人を捕獲、必要ならば討伐をしようとしている。
「は…?あれが…、ライナー…?なんだよ、これ…。悪夢だろ…?」
薄く開いた唇はカサカサに渇き、掠れた声が願望を乗せて漏らす。
今、巨大樹の森の中心で繰り広げられている〝それ〟は、人類史上最悪の仇を討つための決闘だった。
それでもまだ、ジャンは、信じられなかった。
その人類史上最悪の仇が、今まで苦楽を共にしてきた友人だっただなんて————。
今まさに、苦楽を共にしてきた仲間達がその命を削りながら戦っているというのに、ジャンは巨大樹の太い枝の上で呆然としたまま動けない。
二本のブレードを持つ手には力が入らず、立っているのがやっとのような状態だ。
泣きながら、二本のブレードを振り下ろすコニーは、壁外調査に出る前から〝こう〟なることを分かっていたのだろうか。
104期の同期で集まって、同窓会のようなものをしてからまだ1年も経っていない。
あの夜、エルヴィン団長の右腕であるアルミンは、すべてを分かっていて、ライナーと微笑み合っていたのだろうか。
少なくともミカサとエレンは、こうなることを分かっていたようだった———。
「君は行かなくていいのかい?」
「!!」
突然、後ろから声をかけられて、驚いたジャンの肩が上下に跳ねる。
振り返ると、そこにいたのはハンジだった。
対特定目標拘束兵器での攻撃を任されていたはずだが、モブリットに任せてきたのだろうか。
ゴーグル越しのハンジの瞳が、ジャンを見据える。
彼女の瞳は、巨大樹の枝の上で呆然と立ち尽くすばかりのジャンを責めてはいなかった。
何も知らずに作戦に参加したジャンを哀れんでもいない。
ただただ、とても力強い意志が感じられた。
「俺達は…、どうしたらいいんですか…?」
104期の同期の仲間達は、個性的な変わり者の集まりだった。
一緒にいると腹が立つことも多くて、疲れさせられっぱなしだ。
けれど、一生ものの友人だと思っていた。大切だった———嫌、今でも大切なのだ。
巨人が駆逐された世界で、共に笑い合いたい。
その為に、命懸けで守っていく。他の誰が死んでも、友人達だけでも守れたら————。
「俺達?」
ハンジの眉がピクリと上がる。
そして、彼女はすぐに鎧の巨人のいる方へと視線を移した。
「コニー達のことを言ってるなら、彼らはもう〝どうするべきか〟決めたみたいだよ。」
「…ッ。」
ジャンは、明らかな動揺の表情を見せた。
そうだ。コニーやミカサ、エレンが、この地獄をいつ知ったのかは分からない。
けれど〝今〟、彼らはもう、自分が何をするべきなのかを受け入れている。
それは、誰かに何かを言われたからではない。強要されたわけじゃない。
彼らが自分で『決めた』のだ。
苦楽を共にした友人を刺し違えても、罪を償わせる———強い覚悟を、彼らが振り下ろすブレードから感じる。
それは、必死の形相で戦う他の精鋭兵達も同じだ。
彼らもまた、ライナーとベルトルトと共に苦しい訓練に励んできた。
時には、壁外での苦しい状況で、共に励まし合い生き抜いてきた。
ライナーとベルトルトを命懸けで守った精鋭兵もいただろう。逆に、守られた精鋭兵もいたはずだ。
強い絆で結ばれていると信じていたからだ。
今だってきっと、信じていないわけじゃない。
信じているからこそ、戦うのだ。
『どうして?』『なんで?』『仲間じゃなかったの?』『全部、嘘だったの?』
心の中に、この言葉が渦巻いていない調査兵なんていない。
辛いのは、ジャンだけではないのだ。
「毎朝、君がリヴァイに決闘を挑んでいたのはなんでだい?」
「…え?」
なぜ、今そんなことを訊ねられるのか。
戸惑うジャンから、その答えを聞けるとは思っていなかったのか。
ハンジはそのまま続けた。
「リヴァイの婚約者を無理やり奪い返したかったから?」
「違ッ…!」
言いかけて、ジャンはハッとした。
それを見て、ハンジも理解したようだった。
少し困ったように首を竦めた。
「俺は…。」
違うのだ。毎朝、死ぬ思いをしてリヴァイに決闘を挑んでいたのは、彼からなまえを奪い返したかったからじゃない。
なまえの隣に立つのにふさわしい男になりたかったのだ。
リヴァイにも、それを認めさせたかった。
いや、リヴァイだけではない。この世界のすべてに、認めさせたかったのだ。
自分なら————。
「俺は、なまえを守れる男になりたかった…。
リヴァイ兵長じゃなくて、俺が、なまえを守るんだって、
分かってもらいたくて…!」
「そう。じゃあ、今こそ、そのときなんじゃないかい?」
ハンジの言う通りだ。
ジャンは、鎧の巨人と戦う精鋭兵達の元へ改めて視線を向けた。
そこには、必死の形相で泣きながら戦うコニーやアルミンのそばで、無表情でブレードを振るうなまえの姿があった。
ジャンの同期達とは対照的に見えるけれど、だからって、なまえが何とも思っていないわけじゃない。
彼女は、心を殺しているのだ。
優しい彼女は、この地獄を受け入れる為に、そうするしかなかったのだろう。
「戦う理由なんて、みんなそれぞれ違っていていいと思うよ。
コニーやアルミン、ミカサ達もきっと、いろんなことを考えてる。
でも、目的は同じだ。」
そうだろう?————ハンジさんの声は、とても優しかった。
そのミカサ〝達〟の中には、ライナーとベルトルトも入っているのだろうか。
ふ、とそんなことを思ってしまったくらいに、悲しいほどに優しかった。
「ありがとうございます…!!」
ジャンは、勢いよく頭を下げた。
どうするべきか、ハッキリした。
なまえを守る。彼女の心も身体も、自分が守る。
大切な友人達をひとりだって失わないように、命を懸けて戦う。
調査兵達の目的は、鎧の巨人の捕獲————違う、いつだって調査兵達が守りたいのは、大切な人達の明日の笑顔だ。
エルヴィンが腹の底から叫ぶ。
まるで、遠い昔から受け継がれてきた恨みが込められているような怒号だった。
実際、それは間違いでもないのだろう。
だからこそ調査兵達は、エルヴィンの指示を受けて、対特定目標拘束兵器を撃つ。立体起動装置で宙を舞い、刃を振るう。
結局、エレンはハンジの指示を無視して巨人化した。
なんとか逃亡をはかろうとする鎧の巨人を、どうしても引き留めなければ気が済まなったのだ。
格闘術に関しては、五分五分といったところだった。
けれど、負傷したベルトルトを両手で胸に守りながら戦わなければならなかった鎧の巨人にとっては、不利な戦いだっただろう。
それでも、意地と覚悟を見せつけた鎧の巨人を捕まえられなかった。
けれど、今は、長時間の巨人化に堪えられずに人間の姿に戻り巨大樹の枝の上で横になっているエレンが見せた根性のおかげで、巨大樹の森に誘い込むまでに、鎧の巨人の体力を確実に消耗させられたはずだ。
対特定目標拘束兵器から飛び出すワイヤーは、残念ながら鎧の巨人の硬い皮膚には刺さらない。けれど、無数に飛び出すワイヤーは、鎧の巨人の動きを止め、逃げ道を塞ぐことに成功している。
そこにきて、力の限りに振り下ろされる精鋭兵達の複数の刃は、ついに諸悪の根源を捕らえることが出来るのではないかと人間に希望を見せつけた。
ひとりひとりでは無理でも、調査兵達は皆で力を合わせて、ここまでやって来た。
「なぁ、嘘だろ。ベルトルト?ライナー?
今までずっと…俺達のことを騙してたのかよ…。
そんなの…、ひでぇよ…!」
精鋭兵の1人が、鎧の巨人の肩に飛び乗ると、悲壮な表情で叫ぶ。
それは、最も生存率の低い調査兵団へと入り、訓練兵団時代からの仲間達と苦楽を共にしながら、精鋭兵にまで成長したコニーだった。
彼のそばには、アルミンとミカサの姿もある。
団長であるエルヴィンの右腕であるアルミンや、リヴァイ班のミカサは、いつもならば同期達とは別行動が多い。
それでも今、彼らは、この地獄にいる。
サシャやユミル、クリスタは、まだ若い新兵達をこの戦闘から離れた場所へと逃がしつつ、巨大樹の森から鎧の巨人が逃げ出した時に捕獲できるように待ち構えているようだ。
ジャンの友人達は皆、自らの職務を全うし、鎧の巨人を捕獲、必要ならば討伐をしようとしている。
「は…?あれが…、ライナー…?なんだよ、これ…。悪夢だろ…?」
薄く開いた唇はカサカサに渇き、掠れた声が願望を乗せて漏らす。
今、巨大樹の森の中心で繰り広げられている〝それ〟は、人類史上最悪の仇を討つための決闘だった。
それでもまだ、ジャンは、信じられなかった。
その人類史上最悪の仇が、今まで苦楽を共にしてきた友人だっただなんて————。
今まさに、苦楽を共にしてきた仲間達がその命を削りながら戦っているというのに、ジャンは巨大樹の太い枝の上で呆然としたまま動けない。
二本のブレードを持つ手には力が入らず、立っているのがやっとのような状態だ。
泣きながら、二本のブレードを振り下ろすコニーは、壁外調査に出る前から〝こう〟なることを分かっていたのだろうか。
104期の同期で集まって、同窓会のようなものをしてからまだ1年も経っていない。
あの夜、エルヴィン団長の右腕であるアルミンは、すべてを分かっていて、ライナーと微笑み合っていたのだろうか。
少なくともミカサとエレンは、こうなることを分かっていたようだった———。
「君は行かなくていいのかい?」
「!!」
突然、後ろから声をかけられて、驚いたジャンの肩が上下に跳ねる。
振り返ると、そこにいたのはハンジだった。
対特定目標拘束兵器での攻撃を任されていたはずだが、モブリットに任せてきたのだろうか。
ゴーグル越しのハンジの瞳が、ジャンを見据える。
彼女の瞳は、巨大樹の枝の上で呆然と立ち尽くすばかりのジャンを責めてはいなかった。
何も知らずに作戦に参加したジャンを哀れんでもいない。
ただただ、とても力強い意志が感じられた。
「俺達は…、どうしたらいいんですか…?」
104期の同期の仲間達は、個性的な変わり者の集まりだった。
一緒にいると腹が立つことも多くて、疲れさせられっぱなしだ。
けれど、一生ものの友人だと思っていた。大切だった———嫌、今でも大切なのだ。
巨人が駆逐された世界で、共に笑い合いたい。
その為に、命懸けで守っていく。他の誰が死んでも、友人達だけでも守れたら————。
「俺達?」
ハンジの眉がピクリと上がる。
そして、彼女はすぐに鎧の巨人のいる方へと視線を移した。
「コニー達のことを言ってるなら、彼らはもう〝どうするべきか〟決めたみたいだよ。」
「…ッ。」
ジャンは、明らかな動揺の表情を見せた。
そうだ。コニーやミカサ、エレンが、この地獄をいつ知ったのかは分からない。
けれど〝今〟、彼らはもう、自分が何をするべきなのかを受け入れている。
それは、誰かに何かを言われたからではない。強要されたわけじゃない。
彼らが自分で『決めた』のだ。
苦楽を共にした友人を刺し違えても、罪を償わせる———強い覚悟を、彼らが振り下ろすブレードから感じる。
それは、必死の形相で戦う他の精鋭兵達も同じだ。
彼らもまた、ライナーとベルトルトと共に苦しい訓練に励んできた。
時には、壁外での苦しい状況で、共に励まし合い生き抜いてきた。
ライナーとベルトルトを命懸けで守った精鋭兵もいただろう。逆に、守られた精鋭兵もいたはずだ。
強い絆で結ばれていると信じていたからだ。
今だってきっと、信じていないわけじゃない。
信じているからこそ、戦うのだ。
『どうして?』『なんで?』『仲間じゃなかったの?』『全部、嘘だったの?』
心の中に、この言葉が渦巻いていない調査兵なんていない。
辛いのは、ジャンだけではないのだ。
「毎朝、君がリヴァイに決闘を挑んでいたのはなんでだい?」
「…え?」
なぜ、今そんなことを訊ねられるのか。
戸惑うジャンから、その答えを聞けるとは思っていなかったのか。
ハンジはそのまま続けた。
「リヴァイの婚約者を無理やり奪い返したかったから?」
「違ッ…!」
言いかけて、ジャンはハッとした。
それを見て、ハンジも理解したようだった。
少し困ったように首を竦めた。
「俺は…。」
違うのだ。毎朝、死ぬ思いをしてリヴァイに決闘を挑んでいたのは、彼からなまえを奪い返したかったからじゃない。
なまえの隣に立つのにふさわしい男になりたかったのだ。
リヴァイにも、それを認めさせたかった。
いや、リヴァイだけではない。この世界のすべてに、認めさせたかったのだ。
自分なら————。
「俺は、なまえを守れる男になりたかった…。
リヴァイ兵長じゃなくて、俺が、なまえを守るんだって、
分かってもらいたくて…!」
「そう。じゃあ、今こそ、そのときなんじゃないかい?」
ハンジの言う通りだ。
ジャンは、鎧の巨人と戦う精鋭兵達の元へ改めて視線を向けた。
そこには、必死の形相で泣きながら戦うコニーやアルミンのそばで、無表情でブレードを振るうなまえの姿があった。
ジャンの同期達とは対照的に見えるけれど、だからって、なまえが何とも思っていないわけじゃない。
彼女は、心を殺しているのだ。
優しい彼女は、この地獄を受け入れる為に、そうするしかなかったのだろう。
「戦う理由なんて、みんなそれぞれ違っていていいと思うよ。
コニーやアルミン、ミカサ達もきっと、いろんなことを考えてる。
でも、目的は同じだ。」
そうだろう?————ハンジさんの声は、とても優しかった。
そのミカサ〝達〟の中には、ライナーとベルトルトも入っているのだろうか。
ふ、とそんなことを思ってしまったくらいに、悲しいほどに優しかった。
「ありがとうございます…!!」
ジャンは、勢いよく頭を下げた。
どうするべきか、ハッキリした。
なまえを守る。彼女の心も身体も、自分が守る。
大切な友人達をひとりだって失わないように、命を懸けて戦う。
調査兵達の目的は、鎧の巨人の捕獲————違う、いつだって調査兵達が守りたいのは、大切な人達の明日の笑顔だ。