◇第百三十話◇長い夜が始まる
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鬱蒼と生い茂る黒々とした木々が、高層建築の屋上の向こうで夜闇に浮かび上がる。
けれど、柔らかい風が肌を流れ、生温かい空気に身体を包み込まれるジャンの周りだけは、壁外とは思えないほどに穏やかな時間が過ぎていた。
壁外調査による巨人正体調査班に参加が認められたジャンの配置は、リヴァイ班と同じ。屋上での見張りだった。
なまえとハンジの率いる調査班が図書施設内に入って1時間以上が過ぎた。
何かあれば、お互いに煙弾を上げて知らせることになっているが、今まで、特にこれと言った問題は起きていない。
昼間、早々に拠点設営を終えた後に交代で眠れたこともあって、見張りをしているうちに居眠りをすることもないだろうと考えていたジャンだったけれど、期待は大きく外れる。
巨人も静かに眠る夜は、あまりにも平和過ぎたのだ。
「…っ。」
ガクッと頭が前に落ちたのに気が付いて、ジャンはハッとして顔を上げた。
これでもう何度目か。
眠り姫ではないけれど、暇すぎて眠たくなる。
こんなにも穏やかな夜に、何もない黒い闇をただじっと見ているだけだなんて、誰だって眠たくなるんじゃないだろうか。
しかも、今回の作戦でのメイン班は、なまえとハンジが率いる調査班だ。リヴァイ班が任されているのは、ただの見張りで、巨人の動きが鈍る夜では、大きな問題が起こる可能性も低い。
これでは、やる気も起きるものでもない。
けれど、リヴァイ班は違う。
高層建築のおかげで月明かりが近いせいか、屋上は程よい灯りに照らされていて、リヴァイ班のメンバーの顔がそれなりに確認が出来る。
リヴァイを筆頭に、リヴァイ班のメンバーは皆、とても真剣に自分の持ち場を守っている。
見張りが始まってからずっと、怖い顔で眉を顰め、夜闇を睨みつけていた。
その姿からは、痛いくらいの緊張感が伝わってくる。
それは、ジャンの同期であるミカサやエレンについても同じだった。
調査兵団内で最も高難易度の任務を担うことの多い彼らなりの緊張感なのだとしたら、ミカサやエレンもすっかりリヴァイ班のメンバーとして自らの役割をしっかり持つようになったということなのか。
今回、メイン班としてのメンバーにはライナーとベルトルトも選ばれている。
きっと今頃、エルヴィンの右腕としてアルミンも忙しく働いているのだろう。
それなのに自分は、任務が『暇だ』という理由で眠気と戦うことしか出来ていない。
いつの間にか、同じだと思っていた友人達と自分との間に距離を感じたその途端に、なまえの補佐官として働いているうちは感じることはなかった焦燥感に襲われる。
もしかすると、なまえとの圧倒的な実力差を思い知った焦りもあるのかもしれない。
補佐官として彼女のそばにいるときには、守るのは自分しかいないという思いから、必死だった。なまえのとぼけたキャラクターも相まって、調査兵団屈指の精鋭兵だということを忘れがちだった。だから、気づけなかった。
けれど、思わぬところで舞い降りたリヴァイの補佐官という役職を得て、客観的になまえを見れたことで、思い知ってしまったのだ。
今までずっと、守ってやると思っていた彼女を守ってやれるだけの実力を自分は持っていなかった。
なまえを守れるのは、彼女よりも強い人だけだ。
それが、リヴァイだというのなら、そうなのだろう。
彼らはきっと、誰から見てもお似合いで、リヴァイならばなまえを一生守ってくれる。
思いがけずリヴァイに認めてもらえて、いい気になっていたのは否めない。
今回の壁外調査で良いところを見せて、なまえに、自分こそが隣に並ぶのにふさわしいのだと思い直させようと考えていた。
なまえなりに考えて出した答えが〝今〟なのだとすれば、そう簡単にはいかないだろう。
けれど、今すぐには無理でも、今回の壁外調査での活躍次第では、実力も立場もリヴァイに並ぶきっかけになるかもしれないとまで考えていた自分に呆れてしまう。
思い上がりにもほどがある。
「はぁ…。」
やるせないため息が、ジャンから漏れた。
そのときだった。
どこか遠くから、地響きのような音が聞こえた気がした。
巨人の足音とは違う。
では、何か。一体、どこから聞こえてくるのか————ジャンが辺りを見渡そうとした、その瞬間だった。
耳元で花火を上げられたような爆音、崩れ落ちる足元、飛び出してくる見たこともない鎧のような堅い甲羅に包まれている巨人。
それが、俗に言う〝鎧の巨人〟だと理解する余裕はなかった。
本当にあっという間の出来事だったのだ。
「は・・・?」
どうして図書施設が崩れ、巨人が飛び出してくるのか。
何が起きているのか分からず、ジャンは呆然としたまま崩れ落ちる瓦礫に身を任せてしまう。
真っ暗闇に落ちていくジャンには、目の前に突然現れたそれは、この世の終わりに見えた。
けれど、違ったのだ。
これは、まだ序章に過ぎないと知ったとき、ジャンは地獄の本当の意味を理解した。
こうして、心の準備も出来ないまま夜闇に突き落とされたジャンの、終わりの見えない長い夜が始まった。
けれど、柔らかい風が肌を流れ、生温かい空気に身体を包み込まれるジャンの周りだけは、壁外とは思えないほどに穏やかな時間が過ぎていた。
壁外調査による巨人正体調査班に参加が認められたジャンの配置は、リヴァイ班と同じ。屋上での見張りだった。
なまえとハンジの率いる調査班が図書施設内に入って1時間以上が過ぎた。
何かあれば、お互いに煙弾を上げて知らせることになっているが、今まで、特にこれと言った問題は起きていない。
昼間、早々に拠点設営を終えた後に交代で眠れたこともあって、見張りをしているうちに居眠りをすることもないだろうと考えていたジャンだったけれど、期待は大きく外れる。
巨人も静かに眠る夜は、あまりにも平和過ぎたのだ。
「…っ。」
ガクッと頭が前に落ちたのに気が付いて、ジャンはハッとして顔を上げた。
これでもう何度目か。
眠り姫ではないけれど、暇すぎて眠たくなる。
こんなにも穏やかな夜に、何もない黒い闇をただじっと見ているだけだなんて、誰だって眠たくなるんじゃないだろうか。
しかも、今回の作戦でのメイン班は、なまえとハンジが率いる調査班だ。リヴァイ班が任されているのは、ただの見張りで、巨人の動きが鈍る夜では、大きな問題が起こる可能性も低い。
これでは、やる気も起きるものでもない。
けれど、リヴァイ班は違う。
高層建築のおかげで月明かりが近いせいか、屋上は程よい灯りに照らされていて、リヴァイ班のメンバーの顔がそれなりに確認が出来る。
リヴァイを筆頭に、リヴァイ班のメンバーは皆、とても真剣に自分の持ち場を守っている。
見張りが始まってからずっと、怖い顔で眉を顰め、夜闇を睨みつけていた。
その姿からは、痛いくらいの緊張感が伝わってくる。
それは、ジャンの同期であるミカサやエレンについても同じだった。
調査兵団内で最も高難易度の任務を担うことの多い彼らなりの緊張感なのだとしたら、ミカサやエレンもすっかりリヴァイ班のメンバーとして自らの役割をしっかり持つようになったということなのか。
今回、メイン班としてのメンバーにはライナーとベルトルトも選ばれている。
きっと今頃、エルヴィンの右腕としてアルミンも忙しく働いているのだろう。
それなのに自分は、任務が『暇だ』という理由で眠気と戦うことしか出来ていない。
いつの間にか、同じだと思っていた友人達と自分との間に距離を感じたその途端に、なまえの補佐官として働いているうちは感じることはなかった焦燥感に襲われる。
もしかすると、なまえとの圧倒的な実力差を思い知った焦りもあるのかもしれない。
補佐官として彼女のそばにいるときには、守るのは自分しかいないという思いから、必死だった。なまえのとぼけたキャラクターも相まって、調査兵団屈指の精鋭兵だということを忘れがちだった。だから、気づけなかった。
けれど、思わぬところで舞い降りたリヴァイの補佐官という役職を得て、客観的になまえを見れたことで、思い知ってしまったのだ。
今までずっと、守ってやると思っていた彼女を守ってやれるだけの実力を自分は持っていなかった。
なまえを守れるのは、彼女よりも強い人だけだ。
それが、リヴァイだというのなら、そうなのだろう。
彼らはきっと、誰から見てもお似合いで、リヴァイならばなまえを一生守ってくれる。
思いがけずリヴァイに認めてもらえて、いい気になっていたのは否めない。
今回の壁外調査で良いところを見せて、なまえに、自分こそが隣に並ぶのにふさわしいのだと思い直させようと考えていた。
なまえなりに考えて出した答えが〝今〟なのだとすれば、そう簡単にはいかないだろう。
けれど、今すぐには無理でも、今回の壁外調査での活躍次第では、実力も立場もリヴァイに並ぶきっかけになるかもしれないとまで考えていた自分に呆れてしまう。
思い上がりにもほどがある。
「はぁ…。」
やるせないため息が、ジャンから漏れた。
そのときだった。
どこか遠くから、地響きのような音が聞こえた気がした。
巨人の足音とは違う。
では、何か。一体、どこから聞こえてくるのか————ジャンが辺りを見渡そうとした、その瞬間だった。
耳元で花火を上げられたような爆音、崩れ落ちる足元、飛び出してくる見たこともない鎧のような堅い甲羅に包まれている巨人。
それが、俗に言う〝鎧の巨人〟だと理解する余裕はなかった。
本当にあっという間の出来事だったのだ。
「は・・・?」
どうして図書施設が崩れ、巨人が飛び出してくるのか。
何が起きているのか分からず、ジャンは呆然としたまま崩れ落ちる瓦礫に身を任せてしまう。
真っ暗闇に落ちていくジャンには、目の前に突然現れたそれは、この世の終わりに見えた。
けれど、違ったのだ。
これは、まだ序章に過ぎないと知ったとき、ジャンは地獄の本当の意味を理解した。
こうして、心の準備も出来ないまま夜闇に突き落とされたジャンの、終わりの見えない長い夜が始まった。