◇第百二十八話◇地獄に歓迎されながら長い旅が始まる
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ついにやって来た壁外調査当日。宿舎の廊下は緊張感で張りつめ、ですれ違う調査兵達の表情は険しく強張っていた。
皆、この日のために厳しい訓練に堪えて来た。
もうやめたいと何度思っただろう。
それでも、私達調査兵は止まれない。
人類が自由を取り返すため———いや、失った仲間達の命を無駄にしないためだ。
私達は、誰よりも彼らに見せてあげたいのだ。
夢にまで見た自由な世界は、命を懸けるだけの価値があったんだってことを———。
「リヴァイさんの体調も万全で壁外調査を迎えられて
本当によかったです。」
厩舎へ向かうために宿舎を出たところで、私は隣を歩くリヴァイさんの顔を覗き込むようにして話しかけた。
あんなに悪かった青白い顔色にも血行が戻り、長年刻み続けた隈は消えないもののだいぶ薄くなっているように見える。落ち窪んで虚ろになっていた瞳にも、騎士のような強さを取り戻していた。
早朝特訓は続けていたものの、ここ数日は夜遅くまで文書業務をすることもなくなり、出来るだけ早めにベッドに入るように気を付けているようだった。
どんどん顔色が良くなっていくリヴァイさんを目の前にしながら私は、睡眠は人間にとって本当に大切なものなのだと改めて思い知ったのだ。
(作戦が成功したら寝よう。誰に起きてくれって言われても、寝よう。)
戦いに向かう前の凛々しい騎士のような横顔を見つめながら、私は自分の心に誓った。
そんな私をチラリと見て、リヴァイさんが口を開く。
「あぁ。何度もお前らに文句を言われるのも面倒だしな。
訓練以外の仕事のほとんどは補佐に任せることにしたんだ。
それでだいぶ仕事量が楽になったおかげだな。」
「補佐?エルドとかですか?ペトラ?」
リヴァイさんに補佐という役職の部下がいただろうか———私は首を傾げながら訊ねる。
文書業務ならば、頭の回転の速いエルドやきめ細かな気配りが出来るペトラが得意だ。リヴァイさんが、彼らに文書業務を任せているところを見たこともある。
反対に、出張や力仕事については、人当たりのいいグンタやフットワークの軽いオルドが適任のようだった。
そう考えると、もともとリヴァイさんを支え続けて来たリヴァイ班の皆は、全員がそれぞれの役割を持っている補佐官のようなものだ。
しかも、それぞれが超一流だ。
さすが、兵士長の補佐官だ———なんて考えている私の思考が読めたのか、リヴァイさんが「違ぇ。」と短く否定する。
「じゃあ、誰ですか?」
頭も良くて、運動神経も人並み外れているミカサなら、優秀な補佐官になりそうだ。
けれど、彼女を補佐官にするためには、まずは猛獣の手名付け方を覚えなければならない。
申し訳ないが、ミカサはリヴァイさんを敵視しているようだし、ありえない気がする。
もちろん、空気は読めないしマイペースが過ぎるエレンは論外だ。
なら、誰だろう———。
「俺の補佐官は———。」
「リヴァイさん、頼まれてた作戦案の微調整ですが、エルヴィン団長からの許可もらえました。
班員にも伝え終わってます。」
厩舎まであと少しというところで、後ろから声をかけられた。
聞き覚えがあるどころではないその低い声に、私は肩をビクリと跳ねさせて、勢いよく後ろを振り返る。
リヴァイさんは声をかけてくることが分かっていたみたいに、平然として彼と向かい合った。
そこにいたのは、やっぱり、ジャンだった。
リヴァイさんとの決闘の名残りなのか、頬や目の辺りにはいまだに青い痣があるし、傷テープも貼られている。
両手の平はしっかりとテーピングをしていた。テーピングをしていない10本の指も、見えるだけでもまめと傷だらけだ。
けれど、今のジャンから伝わる印象に痛々しさはなく、凛と背中を伸ばし堂々と立っている姿は、とても勇敢な調査兵そのものだった。
(どうして、ジャンが…?)
今日の壁外調査にジャンは不参加が決定していたはずだ。
少なくとも私は、ライナーとベルトルトから、ジャンは結局リヴァイさんには勝てなかったと聞いている。
それなのに、今目の前にいるジャンからは壁外調査に出られない悲壮感のようなものは感じられない。
それどころか、彼からは、廊下ですれ違った調査兵達と同じような緊張感と強い覚悟のようなものがヒシヒシと伝わってくるのだ。
「ご苦労だった。
馬に乗ったら俺もすぐ行く。お前は先にアイツらのところに戻っててくれ。」
「分かりました。
じゃあ———、先に失礼します。」
ジャンは、私の方をチラリと見たけれど、特に何かを言うわけでもなかった。
頭を下げた後に、特に急ぐでも時間をかけるわけでもなく立ち去っていくその背中を、私は呆然と見送る。
「お前がアレを手放したくなかった理由が漸く分かった。」
私の隣でジャンの背中を眺めながら、リヴァイさんがしみじみと言う。
「え、どういうことですか?どうしてジャンが…。」
「言っただろ。訓練以外の仕事はすべて補佐に任せたと。」
リヴァイさんは、さも当然であるかのようにそう言いながら、踵を返してしまう。
私は、迷いなく厩舎へ向かうリヴァイさんを追いかけた。
「でも、それは———。」
「ジャンはもう、俺の補佐官だ。
無理やりやらせてんじゃねぇぞ。アイツも了承済みで、
エルヴィンからも許可を貰ってある。」
リヴァイさんの説明は、よく分からなかった。
私が聞きたいのはそんなことじゃない。
でも、突然のことに頭が真っ白の私には、何をどう質問すればいいのか分からなかった。
「リヴァイさん!!」
私は、リヴァイさんの腕を掴んで引き留めた。
勝手に進んでいこうとしていたリヴァイさんが漸く立ち止まる。
「どういうことですか。
分かるように説明してください。」
振り返ったリヴァイさんに訊ねる。
私は、出来るだけ冷静に努めたのだ。
でもそれ以上に、リヴァイさんはいつも通りだった。
「どうした。今更、アイツを返して欲しいと言われても返さねぇぞ。
俺はアイツの仕事ぶりを気に入ってる。
今まで、補佐官の役職も外してやらねぇまま放ったらかしにしてたお前が悪い———。」
「リヴァイさん!誤魔化さないで、ちゃんと話してください!
ジャンは…!ジャンを…、まさか、壁外調査に連れて行く気じゃないですよね?」
これは、最終確認だ。
リヴァイさんは、さすがにそこまで勝手なことはしない。
私がどんな思いで、補佐官のジャンを手放そうと考えたのかを誰よりも知っている人だ。
今回の作戦の本当の意味も、嫌という程に理解しているはずだ。
ジャンの仕事ぶりを気に入ったからって、わざわざ彼を地獄に連れて行くはずがない。
それこそ、気に入った補佐官を潰しかねないのだ。
今後も、ジャンを自分の補佐官としてそばに置いておいたいと考えているのなら、必ず留守番を言い渡す。
少なくとも、私はそうだった。
「アイツは、ジャンは壁外調査に参加する。」
「なんで…っ。」
「作戦は、俺の班と同じだ。」
一番聞きたくなかった答えをリヴァイさんが告げたそのとき、兵舎門前の方から煙弾が上がった音が響いた。
それは、エルヴィン団長からの集合の合図だった。
けれど、私にはそれが、これから始まる地獄が調査兵達を呼ぶ恐ろしい叫びに聞こえたのだ。
皆、この日のために厳しい訓練に堪えて来た。
もうやめたいと何度思っただろう。
それでも、私達調査兵は止まれない。
人類が自由を取り返すため———いや、失った仲間達の命を無駄にしないためだ。
私達は、誰よりも彼らに見せてあげたいのだ。
夢にまで見た自由な世界は、命を懸けるだけの価値があったんだってことを———。
「リヴァイさんの体調も万全で壁外調査を迎えられて
本当によかったです。」
厩舎へ向かうために宿舎を出たところで、私は隣を歩くリヴァイさんの顔を覗き込むようにして話しかけた。
あんなに悪かった青白い顔色にも血行が戻り、長年刻み続けた隈は消えないもののだいぶ薄くなっているように見える。落ち窪んで虚ろになっていた瞳にも、騎士のような強さを取り戻していた。
早朝特訓は続けていたものの、ここ数日は夜遅くまで文書業務をすることもなくなり、出来るだけ早めにベッドに入るように気を付けているようだった。
どんどん顔色が良くなっていくリヴァイさんを目の前にしながら私は、睡眠は人間にとって本当に大切なものなのだと改めて思い知ったのだ。
(作戦が成功したら寝よう。誰に起きてくれって言われても、寝よう。)
戦いに向かう前の凛々しい騎士のような横顔を見つめながら、私は自分の心に誓った。
そんな私をチラリと見て、リヴァイさんが口を開く。
「あぁ。何度もお前らに文句を言われるのも面倒だしな。
訓練以外の仕事のほとんどは補佐に任せることにしたんだ。
それでだいぶ仕事量が楽になったおかげだな。」
「補佐?エルドとかですか?ペトラ?」
リヴァイさんに補佐という役職の部下がいただろうか———私は首を傾げながら訊ねる。
文書業務ならば、頭の回転の速いエルドやきめ細かな気配りが出来るペトラが得意だ。リヴァイさんが、彼らに文書業務を任せているところを見たこともある。
反対に、出張や力仕事については、人当たりのいいグンタやフットワークの軽いオルドが適任のようだった。
そう考えると、もともとリヴァイさんを支え続けて来たリヴァイ班の皆は、全員がそれぞれの役割を持っている補佐官のようなものだ。
しかも、それぞれが超一流だ。
さすが、兵士長の補佐官だ———なんて考えている私の思考が読めたのか、リヴァイさんが「違ぇ。」と短く否定する。
「じゃあ、誰ですか?」
頭も良くて、運動神経も人並み外れているミカサなら、優秀な補佐官になりそうだ。
けれど、彼女を補佐官にするためには、まずは猛獣の手名付け方を覚えなければならない。
申し訳ないが、ミカサはリヴァイさんを敵視しているようだし、ありえない気がする。
もちろん、空気は読めないしマイペースが過ぎるエレンは論外だ。
なら、誰だろう———。
「俺の補佐官は———。」
「リヴァイさん、頼まれてた作戦案の微調整ですが、エルヴィン団長からの許可もらえました。
班員にも伝え終わってます。」
厩舎まであと少しというところで、後ろから声をかけられた。
聞き覚えがあるどころではないその低い声に、私は肩をビクリと跳ねさせて、勢いよく後ろを振り返る。
リヴァイさんは声をかけてくることが分かっていたみたいに、平然として彼と向かい合った。
そこにいたのは、やっぱり、ジャンだった。
リヴァイさんとの決闘の名残りなのか、頬や目の辺りにはいまだに青い痣があるし、傷テープも貼られている。
両手の平はしっかりとテーピングをしていた。テーピングをしていない10本の指も、見えるだけでもまめと傷だらけだ。
けれど、今のジャンから伝わる印象に痛々しさはなく、凛と背中を伸ばし堂々と立っている姿は、とても勇敢な調査兵そのものだった。
(どうして、ジャンが…?)
今日の壁外調査にジャンは不参加が決定していたはずだ。
少なくとも私は、ライナーとベルトルトから、ジャンは結局リヴァイさんには勝てなかったと聞いている。
それなのに、今目の前にいるジャンからは壁外調査に出られない悲壮感のようなものは感じられない。
それどころか、彼からは、廊下ですれ違った調査兵達と同じような緊張感と強い覚悟のようなものがヒシヒシと伝わってくるのだ。
「ご苦労だった。
馬に乗ったら俺もすぐ行く。お前は先にアイツらのところに戻っててくれ。」
「分かりました。
じゃあ———、先に失礼します。」
ジャンは、私の方をチラリと見たけれど、特に何かを言うわけでもなかった。
頭を下げた後に、特に急ぐでも時間をかけるわけでもなく立ち去っていくその背中を、私は呆然と見送る。
「お前がアレを手放したくなかった理由が漸く分かった。」
私の隣でジャンの背中を眺めながら、リヴァイさんがしみじみと言う。
「え、どういうことですか?どうしてジャンが…。」
「言っただろ。訓練以外の仕事はすべて補佐に任せたと。」
リヴァイさんは、さも当然であるかのようにそう言いながら、踵を返してしまう。
私は、迷いなく厩舎へ向かうリヴァイさんを追いかけた。
「でも、それは———。」
「ジャンはもう、俺の補佐官だ。
無理やりやらせてんじゃねぇぞ。アイツも了承済みで、
エルヴィンからも許可を貰ってある。」
リヴァイさんの説明は、よく分からなかった。
私が聞きたいのはそんなことじゃない。
でも、突然のことに頭が真っ白の私には、何をどう質問すればいいのか分からなかった。
「リヴァイさん!!」
私は、リヴァイさんの腕を掴んで引き留めた。
勝手に進んでいこうとしていたリヴァイさんが漸く立ち止まる。
「どういうことですか。
分かるように説明してください。」
振り返ったリヴァイさんに訊ねる。
私は、出来るだけ冷静に努めたのだ。
でもそれ以上に、リヴァイさんはいつも通りだった。
「どうした。今更、アイツを返して欲しいと言われても返さねぇぞ。
俺はアイツの仕事ぶりを気に入ってる。
今まで、補佐官の役職も外してやらねぇまま放ったらかしにしてたお前が悪い———。」
「リヴァイさん!誤魔化さないで、ちゃんと話してください!
ジャンは…!ジャンを…、まさか、壁外調査に連れて行く気じゃないですよね?」
これは、最終確認だ。
リヴァイさんは、さすがにそこまで勝手なことはしない。
私がどんな思いで、補佐官のジャンを手放そうと考えたのかを誰よりも知っている人だ。
今回の作戦の本当の意味も、嫌という程に理解しているはずだ。
ジャンの仕事ぶりを気に入ったからって、わざわざ彼を地獄に連れて行くはずがない。
それこそ、気に入った補佐官を潰しかねないのだ。
今後も、ジャンを自分の補佐官としてそばに置いておいたいと考えているのなら、必ず留守番を言い渡す。
少なくとも、私はそうだった。
「アイツは、ジャンは壁外調査に参加する。」
「なんで…っ。」
「作戦は、俺の班と同じだ。」
一番聞きたくなかった答えをリヴァイさんが告げたそのとき、兵舎門前の方から煙弾が上がった音が響いた。
それは、エルヴィン団長からの集合の合図だった。
けれど、私にはそれが、これから始まる地獄が調査兵達を呼ぶ恐ろしい叫びに聞こえたのだ。