◇第百二十七話◇似たもの夫婦になれたらよかったのにね
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『真面目に仕事をするのはいいけど、少しは休みなよ。』
ここ最近、そんな言葉をよく言われる私でも日付を跨ぐまでには仕事を終わらせるようにしている。
今夜も夕飯を終えて、シャワーも浴びた頃には、22時を回っていて、私は「ふぅ。」と息を吐いてソファに身を沈めた。
今までサボることばかり考えてぼんやりと過ごしてきたツケで、この生活にはまだ慣れない。夜になると、思考を停止して眠ってしまいたくなるくらいに疲れている。
けれど、そんな私を軽く超えるくらいに仕事漬けで、疲れているはずの人がいる。
未だに隣の執務室に籠り、文書業務に精を出しているリヴァイさんだ。
抱き合って眠ろうと約束をしてから数日が過ぎているけれど、リヴァイさんがベッドに入る頃にはもうすっかり眠っている私は、時々、夜中に目を覚ました時に彼の腕の中にいることに気付くことしか出来ていない。
そのくせ、朝は早くから訓練に行くので、リヴァイさんの顔もろくに見ていない日々が続いている。
壁外調査はもうすぐそこまで迫っているのに、その前に人類最強の兵士が倒れてしまう。
これではいけない————漸く、覚悟が出来た私は、ソファに身を沈めていた身体をなんとか踏ん張らせて立ち上がると、隣の部屋へと向かった。
「なまえです。入っても大丈夫ですか?」
結婚の約束をしたとは言っても、上官と部下という関係が変わったわけではない。
扉を開く前に、律儀にノックをすれば「あぁ、入れ。」と昔から変わらない返事が返ってくる。
「失礼します。」
遠慮がちにゆっくりと扉を開き、執務室に足を入れる。
リヴァイさんは、奥の執務デスクにいた。
上半身をひねるようにしてこちらを向く彼の表情に、覇気はない。
顔色は青白く、瞳は虚ろだ。目の下に刻まれた隈は以前見たときよりも濃く深くなっているようだった。
「どうした?」
「今夜も、まだお仕事なのかなって。最近、夜も遅いみたいだったので。」
デスクへ向かいながら、私は素直に答えた。
「あぁ…、悪い。
終わらせておきてぇ仕事があって。」
リヴァイさんが申し訳なさそうに言う。
その手元にある書類を覗き込んだ私は、彼の科白に、違和感を覚えた。
この書類は、壁外調査には関係のないものだ。早いにこしたことはないのだろうが、最悪、壁外調査後で提出しても差し支えがない。
それでも、すごく真面目な人ならば、残っている仕事を早めに片付けてしまおうとするのかもしれない。
けれど、地下街でゴロツキとして育ったリヴァイさんは、強引なところもあって、調査兵団入団当初程ではないものの力でねじ伏せ様とするところがいまだに少し残っているところがある。
振る舞いは不器用だけれど、上手く力を抜くところも知っているし、旧知の仲であるエルヴィン団長に、自分の意見はハッキリと言っているところをよく見る。
今までだって、文書業務に対して、必要最低限をうまく回していたのだ。文書業務の得意なエルドさんやペトラさんのことも頼りにしているようだった。
それなのに今、リヴァイさんは、すべてを自分が請け負おうとしている。
まるで、なんでもいいから仕事をして、余計なことは考えたくないと、そう思っているみたいに————。
「それなら、私が代わりにこの書類を終わらせておきますから
リヴァイさんは、今夜はもう眠ってください。」
「これは俺の仕事だ。お前にやらせるわけにはいかねぇ。」
書類をとろうとした私の手をリヴァイさんが制止する。
誰がやったって構わない仕事のはずだ。
それでも、リヴァイさんはそう言うと思っていた。
最初から、私もそんなつもりはない。
今夜はもう疲れたのだ。一刻も早く、眠りたい。
「分かりました。なら、眠りましょう。眠たいです。」
「あぁ、そうだな。これが終わったらすぐに俺も部屋に戻るから———。」
「ダメです。今すぐがいいです。早く寝ましょう。」
「どうした。やけに強引だな。」
リヴァイさんが少し困ったように眉尻を下げる。
でも、たぶん私は、もっと眉尻を下げていたと思う。
だって、このままでは、リヴァイさんが死んでしまうと本気で心配していたから。
「リヴァイさんに生きていて欲しいからですよ。」
言いながら、泣きそうになっていた。
もしも、そうでなくとも壁外調査で忙しいリヴァイさんが、毎晩寝不足になるほどに仕事をしているのが、私のせいだったなら。そのせいで、本当にリヴァイさんが死んでしまったら。私は、今度こそ、後悔してもしきれない。
私はもう覚悟を決めたのだ。
全てを犠牲にして、苦しいだけのいばらの道になると知っていても尚、共に歩んでいこうとしてくれたリヴァイさんだけを愛して生きていく。
今はまだ、もしかしたらまだ、ジャンが心に残っているかもしれないけれど、それでも私は、もう振り返らない。
だからこそ————。
「仕事のためでも、私のためでもなくて、生きるために、頑張ってください。
———結婚、するんですから。」
リヴァイさんが、大きく目を見開く。
私が、その言葉を口にするだなんて思っていなかったのかもしれない。
でも、私はもう迷うつもりはないのだ。
いつだって、私のために強くあろうとしてくれたリヴァイさんのために、今度は私が強くありたいと願う。
この想いが届きますように———そんな気持ちをを込めて、デスクの上、書類に乗せるように置かれていたリヴァイさんの手に、自分の手を重ねた。
ひとりきり、冷たい部屋で書類と睨めっこし続けていたその手は、ひどく冷たかった。
それがやけに切なくて、私は、思わずギュッと握りしめる。
「アイツに…、言われたのか…?」
リヴァイさんは、目を見開いたままで、ボソボソ、と呟くように言う。
けれど、その声はあまりにも小さくて、私には何を言っているのか聞き取れなかった。
「何ですか?」
「———まさか、律儀なお前ららしくねぇな。」
何か考えるように黙り込んだ後、リヴァイさんはまた小さな声で何かを言う。
それは、私への返事というよりも、ただのひとりごとのように見えた。
「リヴァイさん、どうしました?」
「似た者夫婦になるだろうな、と思っただけだ。」
今度こそ、リヴァイさんは私に返事をしてくれた。
首を竦めるその姿が、なんだかとても優しくて、私はすごくホッとした。
「えー、私とリヴァイさんは全然似てませんよ。
掃除とか大嫌いだし。結婚しても、掃除はリヴァイさん担当ですからね。
私はそうですねー。寝る専門かな!」
悪戯っぽく言ってみれば、リヴァイさんがおかしそうにククッと喉を鳴らした。
あまり笑顔を見せることの少ない彼が、久しぶりに見せた楽しそうな姿が嬉しかった。
0時過ぎ。その夜、私は、数日ぶりにリヴァイさんに抱きしめられてベッドの中に入った。
「キスしていいか?」
規則正しい音のする胸に顔を埋めて眠りにつこうとしていたところで、耳元から聞こえて来た低い声にドキりと心臓が鳴る。
無意識に強張った身体を誤魔化すように、私はリヴァイさんの腰に回す手に力を込めて、出来る限りの笑みを浮かべ顔を上げた。
「はい。おやすみのチューですね。」
「あぁ、そうだな。」
私の髪を撫でたリヴァイさんは、優しく微笑んでいた。
けれど、少しだけ眉尻を下げていて、泣きそうに見えたのだ。
リヴァイさんから送られるほんの触れるだけの小さなキスが、私達をなんとか繋ぎ留める。
運命の赤い糸とは、きっと違う。
だって、私達を結ぶ糸は、細くて今にも切れそうで、だからリヴァイさんはいつも悲しそうなんだ。
けれど、何度も何度もリヴァイさんが結び直してくれた結び目が、きっと今までよりもずっと強く私達を繋いでくれている————そう、思っていたのはきっと、私だけだ。
ううん、本当は、誰もいなかった。
そう思い込もうとしていた私と、夢の世界に限界を感じていたリヴァイさんがいた。
きっと、それが真実だ。
ここ最近、そんな言葉をよく言われる私でも日付を跨ぐまでには仕事を終わらせるようにしている。
今夜も夕飯を終えて、シャワーも浴びた頃には、22時を回っていて、私は「ふぅ。」と息を吐いてソファに身を沈めた。
今までサボることばかり考えてぼんやりと過ごしてきたツケで、この生活にはまだ慣れない。夜になると、思考を停止して眠ってしまいたくなるくらいに疲れている。
けれど、そんな私を軽く超えるくらいに仕事漬けで、疲れているはずの人がいる。
未だに隣の執務室に籠り、文書業務に精を出しているリヴァイさんだ。
抱き合って眠ろうと約束をしてから数日が過ぎているけれど、リヴァイさんがベッドに入る頃にはもうすっかり眠っている私は、時々、夜中に目を覚ました時に彼の腕の中にいることに気付くことしか出来ていない。
そのくせ、朝は早くから訓練に行くので、リヴァイさんの顔もろくに見ていない日々が続いている。
壁外調査はもうすぐそこまで迫っているのに、その前に人類最強の兵士が倒れてしまう。
これではいけない————漸く、覚悟が出来た私は、ソファに身を沈めていた身体をなんとか踏ん張らせて立ち上がると、隣の部屋へと向かった。
「なまえです。入っても大丈夫ですか?」
結婚の約束をしたとは言っても、上官と部下という関係が変わったわけではない。
扉を開く前に、律儀にノックをすれば「あぁ、入れ。」と昔から変わらない返事が返ってくる。
「失礼します。」
遠慮がちにゆっくりと扉を開き、執務室に足を入れる。
リヴァイさんは、奥の執務デスクにいた。
上半身をひねるようにしてこちらを向く彼の表情に、覇気はない。
顔色は青白く、瞳は虚ろだ。目の下に刻まれた隈は以前見たときよりも濃く深くなっているようだった。
「どうした?」
「今夜も、まだお仕事なのかなって。最近、夜も遅いみたいだったので。」
デスクへ向かいながら、私は素直に答えた。
「あぁ…、悪い。
終わらせておきてぇ仕事があって。」
リヴァイさんが申し訳なさそうに言う。
その手元にある書類を覗き込んだ私は、彼の科白に、違和感を覚えた。
この書類は、壁外調査には関係のないものだ。早いにこしたことはないのだろうが、最悪、壁外調査後で提出しても差し支えがない。
それでも、すごく真面目な人ならば、残っている仕事を早めに片付けてしまおうとするのかもしれない。
けれど、地下街でゴロツキとして育ったリヴァイさんは、強引なところもあって、調査兵団入団当初程ではないものの力でねじ伏せ様とするところがいまだに少し残っているところがある。
振る舞いは不器用だけれど、上手く力を抜くところも知っているし、旧知の仲であるエルヴィン団長に、自分の意見はハッキリと言っているところをよく見る。
今までだって、文書業務に対して、必要最低限をうまく回していたのだ。文書業務の得意なエルドさんやペトラさんのことも頼りにしているようだった。
それなのに今、リヴァイさんは、すべてを自分が請け負おうとしている。
まるで、なんでもいいから仕事をして、余計なことは考えたくないと、そう思っているみたいに————。
「それなら、私が代わりにこの書類を終わらせておきますから
リヴァイさんは、今夜はもう眠ってください。」
「これは俺の仕事だ。お前にやらせるわけにはいかねぇ。」
書類をとろうとした私の手をリヴァイさんが制止する。
誰がやったって構わない仕事のはずだ。
それでも、リヴァイさんはそう言うと思っていた。
最初から、私もそんなつもりはない。
今夜はもう疲れたのだ。一刻も早く、眠りたい。
「分かりました。なら、眠りましょう。眠たいです。」
「あぁ、そうだな。これが終わったらすぐに俺も部屋に戻るから———。」
「ダメです。今すぐがいいです。早く寝ましょう。」
「どうした。やけに強引だな。」
リヴァイさんが少し困ったように眉尻を下げる。
でも、たぶん私は、もっと眉尻を下げていたと思う。
だって、このままでは、リヴァイさんが死んでしまうと本気で心配していたから。
「リヴァイさんに生きていて欲しいからですよ。」
言いながら、泣きそうになっていた。
もしも、そうでなくとも壁外調査で忙しいリヴァイさんが、毎晩寝不足になるほどに仕事をしているのが、私のせいだったなら。そのせいで、本当にリヴァイさんが死んでしまったら。私は、今度こそ、後悔してもしきれない。
私はもう覚悟を決めたのだ。
全てを犠牲にして、苦しいだけのいばらの道になると知っていても尚、共に歩んでいこうとしてくれたリヴァイさんだけを愛して生きていく。
今はまだ、もしかしたらまだ、ジャンが心に残っているかもしれないけれど、それでも私は、もう振り返らない。
だからこそ————。
「仕事のためでも、私のためでもなくて、生きるために、頑張ってください。
———結婚、するんですから。」
リヴァイさんが、大きく目を見開く。
私が、その言葉を口にするだなんて思っていなかったのかもしれない。
でも、私はもう迷うつもりはないのだ。
いつだって、私のために強くあろうとしてくれたリヴァイさんのために、今度は私が強くありたいと願う。
この想いが届きますように———そんな気持ちをを込めて、デスクの上、書類に乗せるように置かれていたリヴァイさんの手に、自分の手を重ねた。
ひとりきり、冷たい部屋で書類と睨めっこし続けていたその手は、ひどく冷たかった。
それがやけに切なくて、私は、思わずギュッと握りしめる。
「アイツに…、言われたのか…?」
リヴァイさんは、目を見開いたままで、ボソボソ、と呟くように言う。
けれど、その声はあまりにも小さくて、私には何を言っているのか聞き取れなかった。
「何ですか?」
「———まさか、律儀なお前ららしくねぇな。」
何か考えるように黙り込んだ後、リヴァイさんはまた小さな声で何かを言う。
それは、私への返事というよりも、ただのひとりごとのように見えた。
「リヴァイさん、どうしました?」
「似た者夫婦になるだろうな、と思っただけだ。」
今度こそ、リヴァイさんは私に返事をしてくれた。
首を竦めるその姿が、なんだかとても優しくて、私はすごくホッとした。
「えー、私とリヴァイさんは全然似てませんよ。
掃除とか大嫌いだし。結婚しても、掃除はリヴァイさん担当ですからね。
私はそうですねー。寝る専門かな!」
悪戯っぽく言ってみれば、リヴァイさんがおかしそうにククッと喉を鳴らした。
あまり笑顔を見せることの少ない彼が、久しぶりに見せた楽しそうな姿が嬉しかった。
0時過ぎ。その夜、私は、数日ぶりにリヴァイさんに抱きしめられてベッドの中に入った。
「キスしていいか?」
規則正しい音のする胸に顔を埋めて眠りにつこうとしていたところで、耳元から聞こえて来た低い声にドキりと心臓が鳴る。
無意識に強張った身体を誤魔化すように、私はリヴァイさんの腰に回す手に力を込めて、出来る限りの笑みを浮かべ顔を上げた。
「はい。おやすみのチューですね。」
「あぁ、そうだな。」
私の髪を撫でたリヴァイさんは、優しく微笑んでいた。
けれど、少しだけ眉尻を下げていて、泣きそうに見えたのだ。
リヴァイさんから送られるほんの触れるだけの小さなキスが、私達をなんとか繋ぎ留める。
運命の赤い糸とは、きっと違う。
だって、私達を結ぶ糸は、細くて今にも切れそうで、だからリヴァイさんはいつも悲しそうなんだ。
けれど、何度も何度もリヴァイさんが結び直してくれた結び目が、きっと今までよりもずっと強く私達を繋いでくれている————そう、思っていたのはきっと、私だけだ。
ううん、本当は、誰もいなかった。
そう思い込もうとしていた私と、夢の世界に限界を感じていたリヴァイさんがいた。
きっと、それが真実だ。