◇第百二十六話◇最後の決闘
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勢いよく飛ばしたはずの拳が華麗に避けられる。その瞬間、鳩尾に重たい拳がめり込んでいた。
声とも呼べない鈍い空気が口から漏れて、ジャンは腹を抱えて地面に膝をついた。
その途端に、野次馬達の声が大きくなって耳に届くのだけれど、それが何を訴えているのかを理解する余裕はもうない。
一発目に頭に食らった蹴りのせいで、いまだに脳みそが頭蓋骨の中で揺れているように感じる。そのせいなのか、視界さえもぼんやりとぼやけていて、野次馬達の顔どころか、リヴァイの顔さえもハッキリとは見えないのだ。
「…クッ。」
立ち上がろうとすると、尋常ではない痛みが腹の奥から身体中に走った。それでもなんとか持ち直そうとするのだけれど、立っているだけでやっとで、痛みで力が入らず脚がグラグラと震えている。
せめて、視界だけでもどうにかできないかと、右腕で目の辺りを強くこすると、ジャケットが真っ赤に染まった。
もしかすると、顔面血だらけなのかもしれない。
漸く、少しだけクリアになった視界の向こうで、女性陣が顔を顰めているのが見えたが、そのせいだろうか。
なまえもこんな姿を見たら悲鳴を上げて、もう諦めてくれと泣くだろうか————ほんの一瞬だけ、そんなことを考えてしまって、ジャンはすぐに思考を止めた。
これは、なまえのためじゃない。自分勝手な我儘のために、無謀な決闘を挑んだのだ。
(俺はもう二度と、誰かのせいにはしねぇ…!)
ギリリと歯を噛んで、ジャンは目の前に立つリヴァイと向かい合う。
自分でも分かるほどに血だらけで、脚もふらついているジャンとは違い、リヴァイは涼しい顔で立っていた。
いつも通りの凛々しい姿は、人類最強の兵士そのものだ。
けれど、これほどまでに実力差があっただなんて————。
もちろん、死ぬ気で勝つつもりで決闘に挑んでいる。けれど、実際、本気で勝てるだなんて思っていない。それでも、もう少しくらいは、それなりの勝負が出来るつもりでいたのだ。
今度もまた、ジャンが大きく振りかぶった拳は華麗に避けられて、その代わりに、高く上げられたリヴァイの蹴りが左の脇腹にめり込む。
「い゛…ッ。」
今度こそ倒れないように、なんとか踏ん張ったけれど、本当は悲鳴を上げてしまいそうなくらいに痛い。
逃げられるのなら、逃げてしまいたい。
いっそ諦めてしまった方が楽なんじゃないか———何度だって、『ここまでして、なまえを取り戻さなければいけないのか』と自分に問いただすのだ。
そしてその度に、何度でも立ち上がってしまう。
理性で考えるよりもずっと先に、心が身体を動かすのだ。
(リーチの差なら、勝ってるはずなのに…!)
見下ろす方がしっくりくるくらいの身長差があるリヴァイに、どうしても拳が届かない。蹴りだって、子供と遊んでいるみたいにはらわれてばかりだ。
それなのに、リヴァイの拳や蹴りは必ずジャンに届く。
認めたくはないけれど、その理由なら分かっている。
単純な実力の差。そして、動体視力の違い。必死に勝つことばかりを考えて硬くなっているジャンの動きと、余裕のある滑らかなリヴァイの動きの差は、見ている野次馬達よりも本人が一番わかっていた。
(気持ちだけは、負けねぇ…!)
右手の拳を力の限りに強く握り締める。正直に言えば、力なんてもうあってないようなものだと思う。
小刻みに震える拳に、どれくらいの力が残っているのか自分でも分からない。
それでもジャンは、痛みを抱えていると永遠とも思えるようで、気づけば一瞬で終わっているこの3分間の時間が許す限り、リヴァイの隙を探り続ける。
ほんの一瞬のチャンスを、待っている。
諦めなければ、いつかきっと、そのチャンスは訪れるはずだ。
けれど、壁外調査は、残すことあと3日にまで迫っている。
もう、本当に時間がない———。
(あ…!)
焦ったジャンが、闇雲に拳を振り上げた。その瞬間だった。
身体を低くして避けようとしたリヴァイが、ふらついたのだ。それは、毎朝決闘に挑み、リヴァイの動きを観察し続けたジャンだけが気づけた、ほんの一瞬の出来事で、ほんのわずかないつもとの違いだった。
でも、ジャンは、その一瞬を逃さなかった。
振り下ろそうとした拳はそのままに、ジャンは攻撃を蹴りへと切り替えた。
体躯がしっかりしているリヴァイに真正面で向かっても、倒れてくれるとは思えない。
けれど、バランスを崩したリヴァイなら、このまま脚を蹴りで飛ばしてしまえば、そのまま地面に落ちてくれるかもしれない。
それは、ジャンにとって、他ならぬ最後のチャンスだった。
声とも呼べない鈍い空気が口から漏れて、ジャンは腹を抱えて地面に膝をついた。
その途端に、野次馬達の声が大きくなって耳に届くのだけれど、それが何を訴えているのかを理解する余裕はもうない。
一発目に頭に食らった蹴りのせいで、いまだに脳みそが頭蓋骨の中で揺れているように感じる。そのせいなのか、視界さえもぼんやりとぼやけていて、野次馬達の顔どころか、リヴァイの顔さえもハッキリとは見えないのだ。
「…クッ。」
立ち上がろうとすると、尋常ではない痛みが腹の奥から身体中に走った。それでもなんとか持ち直そうとするのだけれど、立っているだけでやっとで、痛みで力が入らず脚がグラグラと震えている。
せめて、視界だけでもどうにかできないかと、右腕で目の辺りを強くこすると、ジャケットが真っ赤に染まった。
もしかすると、顔面血だらけなのかもしれない。
漸く、少しだけクリアになった視界の向こうで、女性陣が顔を顰めているのが見えたが、そのせいだろうか。
なまえもこんな姿を見たら悲鳴を上げて、もう諦めてくれと泣くだろうか————ほんの一瞬だけ、そんなことを考えてしまって、ジャンはすぐに思考を止めた。
これは、なまえのためじゃない。自分勝手な我儘のために、無謀な決闘を挑んだのだ。
(俺はもう二度と、誰かのせいにはしねぇ…!)
ギリリと歯を噛んで、ジャンは目の前に立つリヴァイと向かい合う。
自分でも分かるほどに血だらけで、脚もふらついているジャンとは違い、リヴァイは涼しい顔で立っていた。
いつも通りの凛々しい姿は、人類最強の兵士そのものだ。
けれど、これほどまでに実力差があっただなんて————。
もちろん、死ぬ気で勝つつもりで決闘に挑んでいる。けれど、実際、本気で勝てるだなんて思っていない。それでも、もう少しくらいは、それなりの勝負が出来るつもりでいたのだ。
今度もまた、ジャンが大きく振りかぶった拳は華麗に避けられて、その代わりに、高く上げられたリヴァイの蹴りが左の脇腹にめり込む。
「い゛…ッ。」
今度こそ倒れないように、なんとか踏ん張ったけれど、本当は悲鳴を上げてしまいそうなくらいに痛い。
逃げられるのなら、逃げてしまいたい。
いっそ諦めてしまった方が楽なんじゃないか———何度だって、『ここまでして、なまえを取り戻さなければいけないのか』と自分に問いただすのだ。
そしてその度に、何度でも立ち上がってしまう。
理性で考えるよりもずっと先に、心が身体を動かすのだ。
(リーチの差なら、勝ってるはずなのに…!)
見下ろす方がしっくりくるくらいの身長差があるリヴァイに、どうしても拳が届かない。蹴りだって、子供と遊んでいるみたいにはらわれてばかりだ。
それなのに、リヴァイの拳や蹴りは必ずジャンに届く。
認めたくはないけれど、その理由なら分かっている。
単純な実力の差。そして、動体視力の違い。必死に勝つことばかりを考えて硬くなっているジャンの動きと、余裕のある滑らかなリヴァイの動きの差は、見ている野次馬達よりも本人が一番わかっていた。
(気持ちだけは、負けねぇ…!)
右手の拳を力の限りに強く握り締める。正直に言えば、力なんてもうあってないようなものだと思う。
小刻みに震える拳に、どれくらいの力が残っているのか自分でも分からない。
それでもジャンは、痛みを抱えていると永遠とも思えるようで、気づけば一瞬で終わっているこの3分間の時間が許す限り、リヴァイの隙を探り続ける。
ほんの一瞬のチャンスを、待っている。
諦めなければ、いつかきっと、そのチャンスは訪れるはずだ。
けれど、壁外調査は、残すことあと3日にまで迫っている。
もう、本当に時間がない———。
(あ…!)
焦ったジャンが、闇雲に拳を振り上げた。その瞬間だった。
身体を低くして避けようとしたリヴァイが、ふらついたのだ。それは、毎朝決闘に挑み、リヴァイの動きを観察し続けたジャンだけが気づけた、ほんの一瞬の出来事で、ほんのわずかないつもとの違いだった。
でも、ジャンは、その一瞬を逃さなかった。
振り下ろそうとした拳はそのままに、ジャンは攻撃を蹴りへと切り替えた。
体躯がしっかりしているリヴァイに真正面で向かっても、倒れてくれるとは思えない。
けれど、バランスを崩したリヴァイなら、このまま脚を蹴りで飛ばしてしまえば、そのまま地面に落ちてくれるかもしれない。
それは、ジャンにとって、他ならぬ最後のチャンスだった。