◇第百二十五話◇彼女は傷だらけの彼を想う
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ルルがなまえの姿を見たのは、遅くなった昼食を終えて自室へ戻ろうとしているときだった。
会議室以外でなまえを見かけるのは、久しぶりだ。
ヒトゴロシなんていう物騒な噂が調査兵団の兵舎内に広まりだしてから、なまえは自室に籠りがちになった。
悪意のある噂だけではなく、嫌がらせ行為までされていたと、最近、ナナバから聞いて知った。その為、心配したリヴァイやハンジから、不用意に歩き回るなと指示をされていたようだ。
そのせいか、食事も自室でとるようになっていて、食堂で顔を見ることもない。
サボり魔のなまえが訓練場で真面目に訓練をしているという噂は聞いていたけれど、ここ最近は忙しくて自主練が主になっていたルルは、いまだにその珍しい光景も見れずにいる。
久々に見つけた彼女がいつものようにふわふわと笑っていたのなら、ルルは友人に躊躇わず声をかけただろう。
けれど、廊下の真ん中で、窓の前に立って、遠くを見つめているなまえは、ルルの知っている天真爛漫な彼女とは違っていた。
寂しそうに、悲しそうに、恋焦がれるように———その瞳に漂う哀愁は、なまえに声をかけるのをルルに躊躇わせた。
その代わりに、ルルはなまえの視線の先を追いかける。
窓の向こうに見えるのは、訓練場だということは分かっていた。
そして、思った通り、そこにいるのはジャンだった。
ライナーとベルトルトを相手に、対人格闘術の特訓をしているようだ。
きっと、毎朝、無謀に挑み続けている決闘のためなのだろう。
そうでなくとも人類最強の兵士に、傷だらけの身体で挑むだなんて無謀どころか自殺行為だ。
額にも、腕にも、脚にも、包帯が巻かれている。きっと見えていない身体中、同じようなことになっているはずだ。
傷が治る前に新しい傷を作っているせいで、不器用に巻かれた包帯には赤黒い血が滲んでいる。
怪我の手当ては、104期の仲間がしてくれているようだったが、ジャンが医務室へは行っていないだろうことはなんとなく分かっていた。
けれど、ルルがそれを指摘することも、ミケに進言することもない。
ジャンは、まだ19歳の未熟な青年かもしれない。けれど、調査兵として民間人の大人よりもだいぶ多くのものを見て来たはずだ。
まだ子供だから何もわかっていない———なんて言い訳、通用しない。
彼がそれでいいと決めたのなら、外野が口を出すことじゃないはずだ。
でも、なまえはどうなのだろう。
傷だらけの姿で、同期の中でも特に屈強な男2人を相手に対人格闘術をしているジャンを見て、何を感じているのだろうか。
きっと、ジャンがどうしてボロボロなのかも知らないはずだ。
そんなことを考えていたときだった。
ジャンが、一瞬、フラついたのだ。
その瞬間に、今までずっと気遣うように組み合っていたライナーが、思いきりジャンを投げた。
ライナーにとっても、予想外だったのだろう。避けてくれるはずだったジャンが背中から落とされていくのを、目を丸くして見ていた。
「…っ。」
なまえが、慌てたように窓から顔を出す。
心配して、ジャンに声をかける———そう思ったのだけれど、なまえは口を開いたのはいいものの、そこから声が発せられることはなかった。
そして、諦めたように目を伏せると、そのまま窓から後ずさりして離れてしまう。
その理由が、なんとなく分かるようで、でもやっぱり、ルルには分からない。
人の気持ちなんて、その人のもので、完璧に理解してやることなんて誰にもできないのだ。
けれど、なまえの気持ちを、いつもジャンだけはよく理解してあげていたな———安心したように笑っていたお姫様を思い出して、ルルの胸はキュッと苦しくなった。
「あ、ルル!」
ぼんやりとしているうちに、こちらに歩いてきていたらしいなまえが、ルルを見つけて声をかけた。
そして、どこか安心したような笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
(あぁ…私に面倒事を押し付ける気だな。)
長い付き合いで、なまえの考えていることは大体分かるようになっていた。
楽しそうに話しかけてくるときは、大抵、思いついた大傑作の妄想が披露されることになる。
そして、嬉しそうなときは、面倒な仕事を押し付けてくるのだ。
「やぁ。」
嫌な予感を抱えながら、右手を上げてぎこちなく微笑む。
そこにやって来たなまえは予想通り「ちょうどよかった!」と笑った。
(私は今、自分のタイミングの悪さを呪ってるけどね。)
言ってみたところで何の意味もなさそうな嫌味は、心の中に留める。
最近のなまえの仕事ぶりをミケやハンジ達から聞いていたルルは、少しは真面目になったのかと思っていた彼女が、やっぱり変わっていないことに落胆し、けれど心の何処かで安心もしていた。
なまえには、なまえらしくいてほしい————壁外調査を前にして、難しいことかもしれないけれど、友人としてはそう願わずにはいられないのだ。
「ルルにお願いがあるの。」
でしょうね———心の中でため息を吐きながらも、いつも通りの流れが心地が良い。
「なに?出来ることと出来ないことがあるけど。」
「大丈夫、ルルならなんだって出来るから!」
いつもそう言って、なまえは面倒なことを押し付けてくるのだ。
仕事をサボッっていることがバレて、悪魔の化身と化したリヴァイに追いかけられているから匿ってくれと頼まれたときが、一番つらかった。
掃除装備一式を身に纏って、恐ろしい形相でやってきたリヴァイに『アイツの居場所を知らねぇってのは嘘じゃねぇだろうな。』と睨まれたときの恐怖は、初めての壁外調査で巨人を見たとき以上だった。
そしてその後、当然見つかったなまえと共に、嘘を吐いた罰だということで、兵舎中の掃除をさせられたという最低なオマケ付きだ。
思い出しても、どうして自分まで一緒に叱られなければならなかったのか、理解に苦しむ。
結局は、リヴァイもなまえに甘いのだ。土壇場で、なまえにひとりで掃除をさせるのが不憫になって、友人も巻き込んでしまおうという魂胆だったに違いない。
「ジャンにね、医務室に行ってしっかり傷を診てもらうように言ってほしいの。」
「傷?あぁ…!さっき、ライナーに思いっきり投げ飛ばされてたから?
そんなの必要だと思えば自分で行くでしょう。私がわざわざそんなことを言いに行ったら
何事かと思うわよ。」
想定外のなまえからの〝お願い〟だった。
彼女が言うように、出来ないお願いではなかったけれど、必要なことだとも思えなかった。
けれど、なまえは「そうじゃない。」と首を横に振る。
「ジャン…、毎朝、リヴァイ兵長と決闘してるんでしょ?」
目を伏せたなまえに少し陰が混じる。
一体、何処でそれを聞いたのか———。
ジャンやリヴァイが言うとは思えない。
肯定していいものか、反応に困り黙り込んでしまったルルに、なまえがハッと気づいたように顔を上げる。
「あ…っ、今朝ね、ライナーとベルトルトから聞いたの。」
「ライナー達から?」
「私の補佐官として壁外調査に行くために、リヴァイ兵長に決闘を挑んだって。
それで…、いつもボコボコにやられちゃってて傷だらけなのに
何度言っても医務室には行きたがらなくて困ってるから、
私から言ってほしいって言われて…。」
「それなのに、私に頼むの?」
「お願い…!」
顔の前で両手を合わせて必死に懇願するなまえの向こうに、切なそうにジャンの姿を見つめていた友人の横顔がチラつく。
なまえから言った方がいいんじゃないだろうか———。
2人にとっての何かしらのきっかけくらいにはなるはずだ。
それでもなまえは自分の気持ちを押し殺して、ジャンの決闘を見守ることを選んだのだということも理解するべきだと考えなおす。
「・・・・なまえが自分で考えてそう決めたなら、いいよ。」
「なら…!」
「ちゃんとジャンを医務室に行って医療兵に診てもらうように、
私から説得する。」
観念したルルが頷けば、なまえの表情がみるみるうちに明るくなっていった。
「ありがとう!!さすが、ルル!!!」
「面倒なお願いは、これが最後にしてよね。」
飛びついてきたなまえに、いつものセリフを言えば「考えとく!」といつものセリフが返って来た。
いつも通りなのに、なまえはもうルルの知っていた眠り姫とは違う————久しぶりに会った友人は、良いか悪いか、知らないうちに現実へと足を踏み出し始めていた。
会議室以外でなまえを見かけるのは、久しぶりだ。
ヒトゴロシなんていう物騒な噂が調査兵団の兵舎内に広まりだしてから、なまえは自室に籠りがちになった。
悪意のある噂だけではなく、嫌がらせ行為までされていたと、最近、ナナバから聞いて知った。その為、心配したリヴァイやハンジから、不用意に歩き回るなと指示をされていたようだ。
そのせいか、食事も自室でとるようになっていて、食堂で顔を見ることもない。
サボり魔のなまえが訓練場で真面目に訓練をしているという噂は聞いていたけれど、ここ最近は忙しくて自主練が主になっていたルルは、いまだにその珍しい光景も見れずにいる。
久々に見つけた彼女がいつものようにふわふわと笑っていたのなら、ルルは友人に躊躇わず声をかけただろう。
けれど、廊下の真ん中で、窓の前に立って、遠くを見つめているなまえは、ルルの知っている天真爛漫な彼女とは違っていた。
寂しそうに、悲しそうに、恋焦がれるように———その瞳に漂う哀愁は、なまえに声をかけるのをルルに躊躇わせた。
その代わりに、ルルはなまえの視線の先を追いかける。
窓の向こうに見えるのは、訓練場だということは分かっていた。
そして、思った通り、そこにいるのはジャンだった。
ライナーとベルトルトを相手に、対人格闘術の特訓をしているようだ。
きっと、毎朝、無謀に挑み続けている決闘のためなのだろう。
そうでなくとも人類最強の兵士に、傷だらけの身体で挑むだなんて無謀どころか自殺行為だ。
額にも、腕にも、脚にも、包帯が巻かれている。きっと見えていない身体中、同じようなことになっているはずだ。
傷が治る前に新しい傷を作っているせいで、不器用に巻かれた包帯には赤黒い血が滲んでいる。
怪我の手当ては、104期の仲間がしてくれているようだったが、ジャンが医務室へは行っていないだろうことはなんとなく分かっていた。
けれど、ルルがそれを指摘することも、ミケに進言することもない。
ジャンは、まだ19歳の未熟な青年かもしれない。けれど、調査兵として民間人の大人よりもだいぶ多くのものを見て来たはずだ。
まだ子供だから何もわかっていない———なんて言い訳、通用しない。
彼がそれでいいと決めたのなら、外野が口を出すことじゃないはずだ。
でも、なまえはどうなのだろう。
傷だらけの姿で、同期の中でも特に屈強な男2人を相手に対人格闘術をしているジャンを見て、何を感じているのだろうか。
きっと、ジャンがどうしてボロボロなのかも知らないはずだ。
そんなことを考えていたときだった。
ジャンが、一瞬、フラついたのだ。
その瞬間に、今までずっと気遣うように組み合っていたライナーが、思いきりジャンを投げた。
ライナーにとっても、予想外だったのだろう。避けてくれるはずだったジャンが背中から落とされていくのを、目を丸くして見ていた。
「…っ。」
なまえが、慌てたように窓から顔を出す。
心配して、ジャンに声をかける———そう思ったのだけれど、なまえは口を開いたのはいいものの、そこから声が発せられることはなかった。
そして、諦めたように目を伏せると、そのまま窓から後ずさりして離れてしまう。
その理由が、なんとなく分かるようで、でもやっぱり、ルルには分からない。
人の気持ちなんて、その人のもので、完璧に理解してやることなんて誰にもできないのだ。
けれど、なまえの気持ちを、いつもジャンだけはよく理解してあげていたな———安心したように笑っていたお姫様を思い出して、ルルの胸はキュッと苦しくなった。
「あ、ルル!」
ぼんやりとしているうちに、こちらに歩いてきていたらしいなまえが、ルルを見つけて声をかけた。
そして、どこか安心したような笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
(あぁ…私に面倒事を押し付ける気だな。)
長い付き合いで、なまえの考えていることは大体分かるようになっていた。
楽しそうに話しかけてくるときは、大抵、思いついた大傑作の妄想が披露されることになる。
そして、嬉しそうなときは、面倒な仕事を押し付けてくるのだ。
「やぁ。」
嫌な予感を抱えながら、右手を上げてぎこちなく微笑む。
そこにやって来たなまえは予想通り「ちょうどよかった!」と笑った。
(私は今、自分のタイミングの悪さを呪ってるけどね。)
言ってみたところで何の意味もなさそうな嫌味は、心の中に留める。
最近のなまえの仕事ぶりをミケやハンジ達から聞いていたルルは、少しは真面目になったのかと思っていた彼女が、やっぱり変わっていないことに落胆し、けれど心の何処かで安心もしていた。
なまえには、なまえらしくいてほしい————壁外調査を前にして、難しいことかもしれないけれど、友人としてはそう願わずにはいられないのだ。
「ルルにお願いがあるの。」
でしょうね———心の中でため息を吐きながらも、いつも通りの流れが心地が良い。
「なに?出来ることと出来ないことがあるけど。」
「大丈夫、ルルならなんだって出来るから!」
いつもそう言って、なまえは面倒なことを押し付けてくるのだ。
仕事をサボッっていることがバレて、悪魔の化身と化したリヴァイに追いかけられているから匿ってくれと頼まれたときが、一番つらかった。
掃除装備一式を身に纏って、恐ろしい形相でやってきたリヴァイに『アイツの居場所を知らねぇってのは嘘じゃねぇだろうな。』と睨まれたときの恐怖は、初めての壁外調査で巨人を見たとき以上だった。
そしてその後、当然見つかったなまえと共に、嘘を吐いた罰だということで、兵舎中の掃除をさせられたという最低なオマケ付きだ。
思い出しても、どうして自分まで一緒に叱られなければならなかったのか、理解に苦しむ。
結局は、リヴァイもなまえに甘いのだ。土壇場で、なまえにひとりで掃除をさせるのが不憫になって、友人も巻き込んでしまおうという魂胆だったに違いない。
「ジャンにね、医務室に行ってしっかり傷を診てもらうように言ってほしいの。」
「傷?あぁ…!さっき、ライナーに思いっきり投げ飛ばされてたから?
そんなの必要だと思えば自分で行くでしょう。私がわざわざそんなことを言いに行ったら
何事かと思うわよ。」
想定外のなまえからの〝お願い〟だった。
彼女が言うように、出来ないお願いではなかったけれど、必要なことだとも思えなかった。
けれど、なまえは「そうじゃない。」と首を横に振る。
「ジャン…、毎朝、リヴァイ兵長と決闘してるんでしょ?」
目を伏せたなまえに少し陰が混じる。
一体、何処でそれを聞いたのか———。
ジャンやリヴァイが言うとは思えない。
肯定していいものか、反応に困り黙り込んでしまったルルに、なまえがハッと気づいたように顔を上げる。
「あ…っ、今朝ね、ライナーとベルトルトから聞いたの。」
「ライナー達から?」
「私の補佐官として壁外調査に行くために、リヴァイ兵長に決闘を挑んだって。
それで…、いつもボコボコにやられちゃってて傷だらけなのに
何度言っても医務室には行きたがらなくて困ってるから、
私から言ってほしいって言われて…。」
「それなのに、私に頼むの?」
「お願い…!」
顔の前で両手を合わせて必死に懇願するなまえの向こうに、切なそうにジャンの姿を見つめていた友人の横顔がチラつく。
なまえから言った方がいいんじゃないだろうか———。
2人にとっての何かしらのきっかけくらいにはなるはずだ。
それでもなまえは自分の気持ちを押し殺して、ジャンの決闘を見守ることを選んだのだということも理解するべきだと考えなおす。
「・・・・なまえが自分で考えてそう決めたなら、いいよ。」
「なら…!」
「ちゃんとジャンを医務室に行って医療兵に診てもらうように、
私から説得する。」
観念したルルが頷けば、なまえの表情がみるみるうちに明るくなっていった。
「ありがとう!!さすが、ルル!!!」
「面倒なお願いは、これが最後にしてよね。」
飛びついてきたなまえに、いつものセリフを言えば「考えとく!」といつものセリフが返って来た。
いつも通りなのに、なまえはもうルルの知っていた眠り姫とは違う————久しぶりに会った友人は、良いか悪いか、知らないうちに現実へと足を踏み出し始めていた。