◇第百二十二話◇切実な願いを抱える夜
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
シャワーで濡れた髪をタオルで拭きながら、私は、向かいのソファで読書に勤しんでいるリヴァイさんをこっそり盗み見ていた。
そうして、考えるのは今日のリヴァイさんの様子についてだ。
何が———とは、ハッキリしないけれど、どこか雰囲気がいつもと違う気がするのだ。
本の文字を読むために伏目の姿勢で、長い前髪が目元を隠している。それでも、端正な顔立ちが半減させられることはない。今日のリヴァイさんも、昔から変わらずに、凛々しく強い騎士のような佇まいで部下達を指導していた。
私は、そんなリヴァイさんの隣に常に並んで、婚約者として、副兵士長として、会議や訓練をこなす日々を過ごしている。
リヴァイへさんの部屋で生活するようになってからの私は、規則正しい生活をするようになったと思う。
読書に夢中になりすぎて夜更かしもしないし、リヴァイさんに叩き起こされるとは言え、早朝に起きるようになった。仕事をサボることもしないし、訓練もこなし、こうして髪だって自分でタオルで乾かしている。もう、濡れたまま放置して、ジャンに呆れられるようなことはしていない。
そうやって、リヴァイさんの婚約者として私が変わったように、リヴァイさんの雰囲気が変わるのも普通のことなのだろうか。
嫌、それにしてもおかしい。
だって、今日は、リヴァイさんだけではなくて他の人達も————。
「どうした?」
ふ、とリヴァイさんが、顔を上げた。
どうやら、盗み見しているつもりが、いつの間にか凝視してしまっていたようだ。
ついさっきまで前髪で隠されていたリヴァイさんの目元は、なんだかとても優し気で、私は逃げるように目を逸らした。
「い、いえ…っ。とても夢中に読んでいるので…っ
そんなに面白い物語なのかなぁ…と…っ。」
「あぁ…!」
そういうことか———と、小さく呟いたリヴァイさんは、そのままおもむろに本を閉じてしまう。
読まなくてもよかったのだろうか。そんなことを考えていれば、リヴァイさんは本をソファ横の棚に置き、立ち上がった。
そうして、それが当然であるように私の隣に腰をおろす。
けれど、普段の生活の中で、リヴァイさんがこんなにも近くに来るのは初めてだった。
「貸せ。俺が拭いてやる。」
あ———と思った時にはもう、リヴァイさんからタオルを奪われていた。
リヴァイさんは、向かい合う格好になると、私の頭に広げたタオルを乗せ、包むように両手を乗せる。
心臓が悲鳴を上げそうなほどに緊張して、思わず肩を強張らせ、反射的に身体を離してしまう。そして、すぐ目の前にリヴァイさんの切れ長の瞳を見つけて、視線が重なる前に、私はすぐに目を伏せた。
「あ、あの…っ。本は読まなくていいんですか…っ?」
「あぁ、構わねぇ。どうせ、内容なんて頭に入ってねぇ。」
「え?でも、真剣に読んで…。」
「余計なこと考えねぇで済むように、開いてみただけだ。
何の意味もなかったがな。」
「余計なことですか?」
リヴァイさんは、返事はしなかった。
けれど私は、日中のリヴァイさんの様子やリヴァイ班の皆、時々顔を合わせた調査兵達のことを思い出していた。
今日1日、皆の様子がおかしかった。
リヴァイさんはどこか表情が硬い気がしたし、リヴァイ班の皆はそんなリヴァイさんに気を遣うような態度をとっていて、どこかぎこちなかった。
調査兵達をすれ違う度に、そんな私達をじろじろと見られたし、噂話をしている人達もいた。彼らのそれは、私とリヴァイさんの婚約を発表したときの様子にも似ていたけれど、あの時の好奇心旺盛な瞳とは違い、彼らの瞳には不安が混じっていたような気がする。
昨日の夜まではいつも通りだったはずなのに、私を叩き起こしたときにはもう、リヴァイさんは元気がなかった。
きっと、早朝の訓練だ。そこで、何かあったんじゃないかと思ってる。
でも、リヴァイさんは話さないし、ペトラちゃん達もそれを私に悟られないようにしているみたいだった。
リヴァイ班の皆に、何かがあったのだろうか———心配だけれど、彼らが隠そうとしていることを、私から訊ねることは出来ない。
(無言…。なんだか、気まずいな…。)
何かを話した方がいいのだろうかと考えるけれど、話題は思いつかない。
これがジャンなら、私達はいろんな話をしていたのだろう。話題なんて探さなくても幾らだってあった。今となってはもう思い出せないくらいに他愛のないものばかりだ。
それに、沈黙も怖くなかった。むしろ、心地よかった。そばにジャンがいる、ただそれだけで凄く安心していたのを覚えてる。
でも、今は違う。
顔を上げたら、リヴァイさんと目が合ってしまう。そう思うと、ピクリとも身体を動かせない気がして、余計に緊張する。
身体と心が張りつめているからなのか、タオル越しのリヴァイさんの指をやけに敏感に感じていた。
頭をマッサージするような程よい力加減が、とても優しくて気持ちがいい。
私は幸せだ———そっと目を瞑って、必死にリヴァイさんの指だけに集中することに努めた。
「自分で髪を拭いたことなかっただろ。」
「・・・ひぇ?」
唐突に話しかけられて、私から思わずおかしな声が漏れてしまう。
ジャンならきっと『変な声』とか言って、私をからかったはずだ。
でも、リヴァイさんはそんな小さなことにいちいち構ったりしない。
「髪を拭くのが下手だとずっと思ってた。」
「…ごめんなさい。」
思わず謝ってしまった。
リヴァイさんには昔から叱られてばかりいたから、条件反射だ。
ジャンならきっと『うるさい。下手くそでも、拭いてくれる人が上手ならいいんだよーっだ!』とか言っていたのだろうなと思う。
「いつも放置していたか、誰かに拭いてもらってたんだろ。」
「…そう、ですね。」
肯定したら、それはジャンだと言っているようなものだったかもしれない。
けれど、嘘は吐きたくなくて、躊躇いがちに答えた。
ほんの一瞬、頭に触れていたリヴァイさんの指の力が強くなった気がした。
けれど、指が触れる場所が変わったことで元に戻った。
「今夜からは、俺が拭いてやる。」
「え!?そんな…っ、悪いですよ…っ。」
「今、普通に受け入れてる奴が何言ってやがる。」
「それは…、マッサージみたいで気持ち良くて、つい…。」
最近、会議や訓練で頭を使って疲れていたから———なんて私の言い訳で、リヴァイさんの「そうか。」という小さな呟きはかき消される。
だから、分からせようとしたのだろうか。
私がずっと、俯いたまま、リヴァイさんを見ようとしないから痺れを切らしたのかもしれない。
髪を拭いてくれていたリヴァイさんの手が、強引に私の頭を自分に引き寄せる。
私には、驚く暇もなかった。
気づいたときにはもう、リヴァイさんの唇が私の耳に触れていた。
「なら、もっと気持ちいいことしてやろうか?」
ドクン———自分でも聞こえてしまいそうなくらいに、心臓が唸った音がした。
耳元で囁くような声だったせいだろうか。
普段のリヴァイさんの声よりも低く感じた。
「あ…っ、あの…っ。」
そういう意味ではないとか。冗談はやめてくださいとか。これから、私の口から飛び出す予定だったのはそういうセリフだ。
けれど、言い訳はもう許さないとばかりに、リヴァイさんが私の耳たぶを甘噛みする。
「…んっ。」
思わず漏れそうになった声を、唇を閉じてなんとか堪える。
肩を何かが滑っていくのを感じて、タオルが床に落ちたことに気付く。
いつの間にか渇いていた私の髪を、リヴァイさんが優しくかきあげた。
顔を上げて———そういう意味なのだと、なんとなく感じたけれど、私にはどうしてもできなかった。
そんな私を、リヴァイさんは少し強引に抱き寄せた。
「俺はもう、充分待った。
———なまえが、欲しい。」
それが、欲にかられただけの言葉なら、私は『もう少し待って欲しい』と我儘な魔女のようなことが言えただろうか。
けれど、いつも堂々と振るまい自信に満ちた彼からは想像できないくらいに、か細く消え入りそうな声で「安心させてくれ…。」と漏れた切実な本音が、私を魔女にはさせなかった。
「———はい。」
私が頷くと、耳元で聞こえていたリヴァイさんの息遣いが止まった。
私を抱きしめるリヴァイさんの腕は、とても力強くて、けれどほんのわずかに震えているようにも感じられる。
このとき、私の心臓も、リヴァイさんの心臓も、悲鳴を上げていたのだと思う。
少し前までのように、リヴァイさんに恋焦がれたい。
そうして、いつか、リヴァイさんを愛したい。
あの日、ジャンを想って、胸を焦がし身体が疼いたように——ううん、それ以上に。
そうして、考えるのは今日のリヴァイさんの様子についてだ。
何が———とは、ハッキリしないけれど、どこか雰囲気がいつもと違う気がするのだ。
本の文字を読むために伏目の姿勢で、長い前髪が目元を隠している。それでも、端正な顔立ちが半減させられることはない。今日のリヴァイさんも、昔から変わらずに、凛々しく強い騎士のような佇まいで部下達を指導していた。
私は、そんなリヴァイさんの隣に常に並んで、婚約者として、副兵士長として、会議や訓練をこなす日々を過ごしている。
リヴァイへさんの部屋で生活するようになってからの私は、規則正しい生活をするようになったと思う。
読書に夢中になりすぎて夜更かしもしないし、リヴァイさんに叩き起こされるとは言え、早朝に起きるようになった。仕事をサボることもしないし、訓練もこなし、こうして髪だって自分でタオルで乾かしている。もう、濡れたまま放置して、ジャンに呆れられるようなことはしていない。
そうやって、リヴァイさんの婚約者として私が変わったように、リヴァイさんの雰囲気が変わるのも普通のことなのだろうか。
嫌、それにしてもおかしい。
だって、今日は、リヴァイさんだけではなくて他の人達も————。
「どうした?」
ふ、とリヴァイさんが、顔を上げた。
どうやら、盗み見しているつもりが、いつの間にか凝視してしまっていたようだ。
ついさっきまで前髪で隠されていたリヴァイさんの目元は、なんだかとても優し気で、私は逃げるように目を逸らした。
「い、いえ…っ。とても夢中に読んでいるので…っ
そんなに面白い物語なのかなぁ…と…っ。」
「あぁ…!」
そういうことか———と、小さく呟いたリヴァイさんは、そのままおもむろに本を閉じてしまう。
読まなくてもよかったのだろうか。そんなことを考えていれば、リヴァイさんは本をソファ横の棚に置き、立ち上がった。
そうして、それが当然であるように私の隣に腰をおろす。
けれど、普段の生活の中で、リヴァイさんがこんなにも近くに来るのは初めてだった。
「貸せ。俺が拭いてやる。」
あ———と思った時にはもう、リヴァイさんからタオルを奪われていた。
リヴァイさんは、向かい合う格好になると、私の頭に広げたタオルを乗せ、包むように両手を乗せる。
心臓が悲鳴を上げそうなほどに緊張して、思わず肩を強張らせ、反射的に身体を離してしまう。そして、すぐ目の前にリヴァイさんの切れ長の瞳を見つけて、視線が重なる前に、私はすぐに目を伏せた。
「あ、あの…っ。本は読まなくていいんですか…っ?」
「あぁ、構わねぇ。どうせ、内容なんて頭に入ってねぇ。」
「え?でも、真剣に読んで…。」
「余計なこと考えねぇで済むように、開いてみただけだ。
何の意味もなかったがな。」
「余計なことですか?」
リヴァイさんは、返事はしなかった。
けれど私は、日中のリヴァイさんの様子やリヴァイ班の皆、時々顔を合わせた調査兵達のことを思い出していた。
今日1日、皆の様子がおかしかった。
リヴァイさんはどこか表情が硬い気がしたし、リヴァイ班の皆はそんなリヴァイさんに気を遣うような態度をとっていて、どこかぎこちなかった。
調査兵達をすれ違う度に、そんな私達をじろじろと見られたし、噂話をしている人達もいた。彼らのそれは、私とリヴァイさんの婚約を発表したときの様子にも似ていたけれど、あの時の好奇心旺盛な瞳とは違い、彼らの瞳には不安が混じっていたような気がする。
昨日の夜まではいつも通りだったはずなのに、私を叩き起こしたときにはもう、リヴァイさんは元気がなかった。
きっと、早朝の訓練だ。そこで、何かあったんじゃないかと思ってる。
でも、リヴァイさんは話さないし、ペトラちゃん達もそれを私に悟られないようにしているみたいだった。
リヴァイ班の皆に、何かがあったのだろうか———心配だけれど、彼らが隠そうとしていることを、私から訊ねることは出来ない。
(無言…。なんだか、気まずいな…。)
何かを話した方がいいのだろうかと考えるけれど、話題は思いつかない。
これがジャンなら、私達はいろんな話をしていたのだろう。話題なんて探さなくても幾らだってあった。今となってはもう思い出せないくらいに他愛のないものばかりだ。
それに、沈黙も怖くなかった。むしろ、心地よかった。そばにジャンがいる、ただそれだけで凄く安心していたのを覚えてる。
でも、今は違う。
顔を上げたら、リヴァイさんと目が合ってしまう。そう思うと、ピクリとも身体を動かせない気がして、余計に緊張する。
身体と心が張りつめているからなのか、タオル越しのリヴァイさんの指をやけに敏感に感じていた。
頭をマッサージするような程よい力加減が、とても優しくて気持ちがいい。
私は幸せだ———そっと目を瞑って、必死にリヴァイさんの指だけに集中することに努めた。
「自分で髪を拭いたことなかっただろ。」
「・・・ひぇ?」
唐突に話しかけられて、私から思わずおかしな声が漏れてしまう。
ジャンならきっと『変な声』とか言って、私をからかったはずだ。
でも、リヴァイさんはそんな小さなことにいちいち構ったりしない。
「髪を拭くのが下手だとずっと思ってた。」
「…ごめんなさい。」
思わず謝ってしまった。
リヴァイさんには昔から叱られてばかりいたから、条件反射だ。
ジャンならきっと『うるさい。下手くそでも、拭いてくれる人が上手ならいいんだよーっだ!』とか言っていたのだろうなと思う。
「いつも放置していたか、誰かに拭いてもらってたんだろ。」
「…そう、ですね。」
肯定したら、それはジャンだと言っているようなものだったかもしれない。
けれど、嘘は吐きたくなくて、躊躇いがちに答えた。
ほんの一瞬、頭に触れていたリヴァイさんの指の力が強くなった気がした。
けれど、指が触れる場所が変わったことで元に戻った。
「今夜からは、俺が拭いてやる。」
「え!?そんな…っ、悪いですよ…っ。」
「今、普通に受け入れてる奴が何言ってやがる。」
「それは…、マッサージみたいで気持ち良くて、つい…。」
最近、会議や訓練で頭を使って疲れていたから———なんて私の言い訳で、リヴァイさんの「そうか。」という小さな呟きはかき消される。
だから、分からせようとしたのだろうか。
私がずっと、俯いたまま、リヴァイさんを見ようとしないから痺れを切らしたのかもしれない。
髪を拭いてくれていたリヴァイさんの手が、強引に私の頭を自分に引き寄せる。
私には、驚く暇もなかった。
気づいたときにはもう、リヴァイさんの唇が私の耳に触れていた。
「なら、もっと気持ちいいことしてやろうか?」
ドクン———自分でも聞こえてしまいそうなくらいに、心臓が唸った音がした。
耳元で囁くような声だったせいだろうか。
普段のリヴァイさんの声よりも低く感じた。
「あ…っ、あの…っ。」
そういう意味ではないとか。冗談はやめてくださいとか。これから、私の口から飛び出す予定だったのはそういうセリフだ。
けれど、言い訳はもう許さないとばかりに、リヴァイさんが私の耳たぶを甘噛みする。
「…んっ。」
思わず漏れそうになった声を、唇を閉じてなんとか堪える。
肩を何かが滑っていくのを感じて、タオルが床に落ちたことに気付く。
いつの間にか渇いていた私の髪を、リヴァイさんが優しくかきあげた。
顔を上げて———そういう意味なのだと、なんとなく感じたけれど、私にはどうしてもできなかった。
そんな私を、リヴァイさんは少し強引に抱き寄せた。
「俺はもう、充分待った。
———なまえが、欲しい。」
それが、欲にかられただけの言葉なら、私は『もう少し待って欲しい』と我儘な魔女のようなことが言えただろうか。
けれど、いつも堂々と振るまい自信に満ちた彼からは想像できないくらいに、か細く消え入りそうな声で「安心させてくれ…。」と漏れた切実な本音が、私を魔女にはさせなかった。
「———はい。」
私が頷くと、耳元で聞こえていたリヴァイさんの息遣いが止まった。
私を抱きしめるリヴァイさんの腕は、とても力強くて、けれどほんのわずかに震えているようにも感じられる。
このとき、私の心臓も、リヴァイさんの心臓も、悲鳴を上げていたのだと思う。
少し前までのように、リヴァイさんに恋焦がれたい。
そうして、いつか、リヴァイさんを愛したい。
あの日、ジャンを想って、胸を焦がし身体が疼いたように——ううん、それ以上に。