◇第百二十話◇無謀な作戦に乗せたそれぞれの想い
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
早朝、久しぶりに朝練に出たジャンの耳に届いたのは、〝ヒトゴロシ〟でも、〝レイプ犯〟でもなく、次の壁外調査についての噂話ばかりだった。
必死の形相で立体起動装置のワイヤーを飛ばしては、巨人を模したハリボテに刃を落とす。彼らの頭には、自分達が傷つけたかもしれなかった人間のことなんて欠片も残っていない。
自分が生き残るために出来ることしか考えていないのだろう。
それは正しいことだ。けれど、ジャンには、あまりにも無責任に思えた。
「少し休憩するか。」
付近のハリボテを倒し終えたところで、そう声をかけたのはライナーだった。
普段からベルトルトと一緒に朝練を続けている彼は、久しぶりに訓練場にジャンを見つけて早速声をかけたのだ。
ライナーもベルトルトも、いつも通りの素振りに見せているが、いつも以上に明るく務めようとしているようにも感じられた。
ジャンが調査兵団を辞める予定だということを知らない2人は、あの事件のことや、なまえの補佐官になかなか復帰できない友人のことを心配しているようだった。
「あぁ、そうだな。」
ライナーの提案に乗って、ジャンは太い枝の上から飛び降りた。
続いて、ベルトルトも降りてきて、ライナーを追いかけて大きな木と向かう。
既に木陰に座って、持参した水筒を口につけているライナーの隣に腰をおろすと、ひんやりとした朝の風が吹いた。
疲れて強張っていた身体に流れていく風が気持ち良くて、思わず「ふぅ。」と息が漏れる。
調査兵団を辞めると決めてから、訓練もしていなかったせいなのもあるのだろう。
これくらい平気だと思っていたけれど、久しぶりの朝練で、身体がなまっていたようだ。
大袈裟に傾けた水筒から、口から零しながら水を飲めば、やっと息が整ったような気がした。
「ジャンは、どう思う?」
ぼんやりと空を見ていると、隣からベルトルトに訊ねられた。
必要以上なくらいに仲の良いベルトルトとライナーだけれど、今日はジャンを挟んで座っていた。
左右から、ジャンの表情を伺うように怪訝な瞳が覗いてくる。
「どうって…何が?」
「次の壁外調査さ。幹部陣は、巨人は人間だと考えて俺達にその資料集めをさせるつもりだ。
巨人の巣喰になってるウォール・マリアでな。」
眉を顰めるライナーからは、調査兵団幹部陣への嫌悪感が読み取れた。
「そうみてぇだな。」
「そうみてぇって…、お前、次の壁外調査に出ないってのは本当だったのか。」
「あぁ。身体がまだ本調子じゃねぇ俺が行っても、足手まといになるだけだとよ。」
「そんな…ことは、思わないけど…。
ジャンが留守番するのは、僕達も安心だよ。無理をしてほしくないし…。」
慰めるようなベルトルトのセリフに、ジャンは何も答えられなかった。
その代わりに、壁外調査に出ないせいで、説明すらさせてもらっていない次回の作戦の詳細を2人に訊ねる。
参加しない仲間に伝えてもいいのか————少しだけ、彼らからはそんな躊躇いを感じられた。
けれど、結局は、小さく頷き合うと、ライナーが代表して詳しく説明をしてくれる。
次回の壁外調査、最大の目的は巨人の正体を掴むことだった。
ウォール・マリア南東に位置する街、ビブリオテーク。ウォール・マリア最大の図書館を所有する文学の街であり、今回の目標地点だ。
そこで、調査兵団は二手に分かれて任務を遂行することになる。
ひとつは、ディルク、マレーネ、クラス、ミケ分隊長らが率いるシガンシナ航路設備班だ。こちらは、普段通りのいつもの作戦と変わらず、航路に必要な拠点の建築や持っていった物資の補給だ。
ほとんどの調査兵達がこちらの作戦に参加することになる。その為、多くの調査兵をまとめる必要があるということで、団長であるエルヴィンもこの作戦に参加予定だ。
そして、問題のもうひとつの任務を担当するのが、ハンジ分隊長、リヴァイ班、なまえが率いる図書館調査班。ライナーとベルトルトも、ハンジ班としてこの作戦に参加することになっている。
過去の地図を参考にし、ビブリオテークの最大の図書館を見つけ出し、さらにそこの書庫をしらみつぶしに調べて『巨人の正体は人間だった』という証拠になる本を探すのだ。
そんな世界中の大地から、本当にいるかどうかも分からない特殊な蟻を探すような任務を任命されてしまったのはハンジ班と、なまえの8名。リヴァイ班は、図書館の周りを取り囲み、巨人が襲ってこないように見張り、必要であれば討伐を行う。
「そういうことか…。」
危険な壁外に出てまで一冊の本を探し出すなんて、本の虫であるなまえが考えた作戦らしい———そう思って、言葉が漏れる。
それをどう感じ取ったのか、ライナーとベルトルトはため息を続けた。
「シガンシナ区への航路を出来るだけ早く整備するのが先だと思わないか。
せっかく、あと少しのところまで来てるんだ。その後でも問題ないはずなのに、
危険を冒してまで、今、あるかどうかも分からない本を探す理由が理解できない。」
ライナーが深く眉を顰める。
幹部への嫌悪感と、決定した作戦への拒絶感を隠そうともしていない。
不安そうに視線を落とすベルトルトも、ライナー同様に、次回の壁外調査に対して懐疑的であるようだ。
嫌、ライナーとベルトルトだけではない————。
ジャンは、仲間達の姿を探すように辺りを見渡した。
自分達と同じように木陰で休憩をしている者、立体起動装置を駆使して宙を舞う者、長年かけて身につけた筋肉を使ってブレードを振り下ろす者、よく見る姿の仲間達は皆、一様に強張った表情で、緊張感を漂わせている。
『巨人が人間ってどういうことだよ。』
『そんなわけないだろ。どうやって巨人が人間になるんだよ。』
『エレンがおかしいんだ。どうして巨人になれるのかの研究だって進んでないのに。
あんなに大量の人間を巨人にする知識はどこで手に入れたっていうんだよ。』
『それに、アイツは自我がある。俺達が殺してきた巨人とは違う。』
『そうよ。それにもし、本当に巨人が人間だったらどうなるの?』
『あぁ、そうだ。もしそうだったら———。』
愛する人達を守り、人類の自由を取り戻すために命を懸けて来た調査兵団は、人間を殺していたというのか————。
誰もそこまでは言わない。言えないのだ。
でも、思っている。
自分達はもしかしたら〝ヒトゴロシ〟なのかもしれない———そんな可能性、1ミリも考えたくはないし、調査すらしたくない。
仲間達の不安そうな表情から、ジャンが感じ取ったのはそんな苦しみだった。
だから、次回の壁外調査を快く思っている調査兵達は、多くないどころか、ほとんどいない。
「・・・・いいんじゃないのか。」
短く答えて、水筒の蓋をまわし閉める。
他人事な返事をしたつもりはない。ただ、否定する気にはなれなかったのだ。
もちろん、ジャンも、今まで散々苦しめられ、そのお返しとばかりに討伐してきた巨人が、エレンのように巨人化した人間だなんて思いたくはない。
自分達が最悪だと想像してきた地獄以上の悲惨な現実、あっていいわけがない。
けれど————。
『次の壁外調査、私が立案した作戦なんだ。
頑張ってくるね。』
昨晩のなまえの声が、ジャンの記憶の中でいつまでも響き続けていた。
あの意志の強い瞳。それは、巨人が人間であってほしいなんて願ってなんかいなかった。
ただ、前を向いていた。
確かに、なまえは以前、巨人が人間なんじゃないかと口にしたことがあった。
そのときも、ライナーと言い争いになっていたのを覚えている。
でも、なまえは本当に、巨人が人間だと思っているのだろうか。
突拍子もないことを言いだすところのある彼女だから、そんなわけないとも言い切れない。
ただ、なまえだって、怖くないはずがないのだ。
巨人はただの悪者で、自分達はいつか必ず自由を掴み取る英雄———誰よりもそんな夢を見ていたかったに違いない。
それでも彼女が、仲間を不安や恐怖に陥れると分かっていても、人類の為に最悪な現実になるかもしれない可能性を潰しにいくことを選んだのだとしたら———。
それは、想像もしたくない現実から逃げるために、誰かの悪口を言うよりずっと難しくて、強い。
「無責任だな。もし、そんな無謀な作戦のために、仲間が大勢死んだらどうするんだ。
確かに、シガンシナ航路整備の班にほとんどの分隊が割かれているのだとしても
正直、本当の実力者はミケ分隊長くらいだ。」
「先輩の精鋭兵達の実力はさすがだけど…、それでもいつも何人もの犠牲者が出てる。
僕達がいなくて大丈夫か、なんておごったことは言えないけど…、
リヴァイ班やなまえさん達もいないのに、みんな無事か心配なんだ。」
ベルトルトは、折り曲げた長い両脚を自分の腕で抱き寄せると、膝に目を伏せた。
おごったことは言えない———そう言った彼だけれど、壁外調査での精鋭兵としてのライナーとベルトルトの実力は、団長であるエルヴィンも認めるほどだ。
毎回、何名もの調査兵達が彼らに危機を救われている。
ミケやディルク達もかなりの実力者ではあるが、作戦遂行中に精鋭兵は出来るだけ多くいた方がいいのは間違いない。
ベルトルトとライナーの作戦への嫌悪感や怒りは、巨人が人間かもしれないという不安からではなく、作戦遂行を最優先するあまりに仲間達の命を軽視しているように感じられたせいだったようだ。
疑ってしまった罪悪感以上に、仲間想いの彼らの優しさに胸が少しだけ熱くなる。
彼らが、自分の同期でよかった———心から思うのだ。
だからこそ、ジャンは昨晩、嘘ばかり吐く自分の心に誓った覚悟を改めて胸に刻む。
「大丈夫さ。」
「だからお前は、なんでそんなに無責任に———。」
「命懸けて戦ってきた仲間を、馬鹿みたいに信じようぜ。」
ジャンが、ニッと笑う。
呆れるくらいに明るい笑顔に、ライナーとベルトルトは面食らったようだった。
だが、ジャンの無邪気な表情に絆されてしまった彼らは、眉尻を下げて苦笑を漏らす。
ジャンは、大きな木の幹に背中を預けて空を見上げた。
まだ白んでいる薄い青色。早朝にしか見られない空だ。なまえはきっと、まだ眠っている。
でも、綺麗な空だ。いつか見せてあげたい。
不安も、迷いもとっぱらって、想いを解放させたときだけに見える。澄んだ空を———。
必死の形相で立体起動装置のワイヤーを飛ばしては、巨人を模したハリボテに刃を落とす。彼らの頭には、自分達が傷つけたかもしれなかった人間のことなんて欠片も残っていない。
自分が生き残るために出来ることしか考えていないのだろう。
それは正しいことだ。けれど、ジャンには、あまりにも無責任に思えた。
「少し休憩するか。」
付近のハリボテを倒し終えたところで、そう声をかけたのはライナーだった。
普段からベルトルトと一緒に朝練を続けている彼は、久しぶりに訓練場にジャンを見つけて早速声をかけたのだ。
ライナーもベルトルトも、いつも通りの素振りに見せているが、いつも以上に明るく務めようとしているようにも感じられた。
ジャンが調査兵団を辞める予定だということを知らない2人は、あの事件のことや、なまえの補佐官になかなか復帰できない友人のことを心配しているようだった。
「あぁ、そうだな。」
ライナーの提案に乗って、ジャンは太い枝の上から飛び降りた。
続いて、ベルトルトも降りてきて、ライナーを追いかけて大きな木と向かう。
既に木陰に座って、持参した水筒を口につけているライナーの隣に腰をおろすと、ひんやりとした朝の風が吹いた。
疲れて強張っていた身体に流れていく風が気持ち良くて、思わず「ふぅ。」と息が漏れる。
調査兵団を辞めると決めてから、訓練もしていなかったせいなのもあるのだろう。
これくらい平気だと思っていたけれど、久しぶりの朝練で、身体がなまっていたようだ。
大袈裟に傾けた水筒から、口から零しながら水を飲めば、やっと息が整ったような気がした。
「ジャンは、どう思う?」
ぼんやりと空を見ていると、隣からベルトルトに訊ねられた。
必要以上なくらいに仲の良いベルトルトとライナーだけれど、今日はジャンを挟んで座っていた。
左右から、ジャンの表情を伺うように怪訝な瞳が覗いてくる。
「どうって…何が?」
「次の壁外調査さ。幹部陣は、巨人は人間だと考えて俺達にその資料集めをさせるつもりだ。
巨人の巣喰になってるウォール・マリアでな。」
眉を顰めるライナーからは、調査兵団幹部陣への嫌悪感が読み取れた。
「そうみてぇだな。」
「そうみてぇって…、お前、次の壁外調査に出ないってのは本当だったのか。」
「あぁ。身体がまだ本調子じゃねぇ俺が行っても、足手まといになるだけだとよ。」
「そんな…ことは、思わないけど…。
ジャンが留守番するのは、僕達も安心だよ。無理をしてほしくないし…。」
慰めるようなベルトルトのセリフに、ジャンは何も答えられなかった。
その代わりに、壁外調査に出ないせいで、説明すらさせてもらっていない次回の作戦の詳細を2人に訊ねる。
参加しない仲間に伝えてもいいのか————少しだけ、彼らからはそんな躊躇いを感じられた。
けれど、結局は、小さく頷き合うと、ライナーが代表して詳しく説明をしてくれる。
次回の壁外調査、最大の目的は巨人の正体を掴むことだった。
ウォール・マリア南東に位置する街、ビブリオテーク。ウォール・マリア最大の図書館を所有する文学の街であり、今回の目標地点だ。
そこで、調査兵団は二手に分かれて任務を遂行することになる。
ひとつは、ディルク、マレーネ、クラス、ミケ分隊長らが率いるシガンシナ航路設備班だ。こちらは、普段通りのいつもの作戦と変わらず、航路に必要な拠点の建築や持っていった物資の補給だ。
ほとんどの調査兵達がこちらの作戦に参加することになる。その為、多くの調査兵をまとめる必要があるということで、団長であるエルヴィンもこの作戦に参加予定だ。
そして、問題のもうひとつの任務を担当するのが、ハンジ分隊長、リヴァイ班、なまえが率いる図書館調査班。ライナーとベルトルトも、ハンジ班としてこの作戦に参加することになっている。
過去の地図を参考にし、ビブリオテークの最大の図書館を見つけ出し、さらにそこの書庫をしらみつぶしに調べて『巨人の正体は人間だった』という証拠になる本を探すのだ。
そんな世界中の大地から、本当にいるかどうかも分からない特殊な蟻を探すような任務を任命されてしまったのはハンジ班と、なまえの8名。リヴァイ班は、図書館の周りを取り囲み、巨人が襲ってこないように見張り、必要であれば討伐を行う。
「そういうことか…。」
危険な壁外に出てまで一冊の本を探し出すなんて、本の虫であるなまえが考えた作戦らしい———そう思って、言葉が漏れる。
それをどう感じ取ったのか、ライナーとベルトルトはため息を続けた。
「シガンシナ区への航路を出来るだけ早く整備するのが先だと思わないか。
せっかく、あと少しのところまで来てるんだ。その後でも問題ないはずなのに、
危険を冒してまで、今、あるかどうかも分からない本を探す理由が理解できない。」
ライナーが深く眉を顰める。
幹部への嫌悪感と、決定した作戦への拒絶感を隠そうともしていない。
不安そうに視線を落とすベルトルトも、ライナー同様に、次回の壁外調査に対して懐疑的であるようだ。
嫌、ライナーとベルトルトだけではない————。
ジャンは、仲間達の姿を探すように辺りを見渡した。
自分達と同じように木陰で休憩をしている者、立体起動装置を駆使して宙を舞う者、長年かけて身につけた筋肉を使ってブレードを振り下ろす者、よく見る姿の仲間達は皆、一様に強張った表情で、緊張感を漂わせている。
『巨人が人間ってどういうことだよ。』
『そんなわけないだろ。どうやって巨人が人間になるんだよ。』
『エレンがおかしいんだ。どうして巨人になれるのかの研究だって進んでないのに。
あんなに大量の人間を巨人にする知識はどこで手に入れたっていうんだよ。』
『それに、アイツは自我がある。俺達が殺してきた巨人とは違う。』
『そうよ。それにもし、本当に巨人が人間だったらどうなるの?』
『あぁ、そうだ。もしそうだったら———。』
愛する人達を守り、人類の自由を取り戻すために命を懸けて来た調査兵団は、人間を殺していたというのか————。
誰もそこまでは言わない。言えないのだ。
でも、思っている。
自分達はもしかしたら〝ヒトゴロシ〟なのかもしれない———そんな可能性、1ミリも考えたくはないし、調査すらしたくない。
仲間達の不安そうな表情から、ジャンが感じ取ったのはそんな苦しみだった。
だから、次回の壁外調査を快く思っている調査兵達は、多くないどころか、ほとんどいない。
「・・・・いいんじゃないのか。」
短く答えて、水筒の蓋をまわし閉める。
他人事な返事をしたつもりはない。ただ、否定する気にはなれなかったのだ。
もちろん、ジャンも、今まで散々苦しめられ、そのお返しとばかりに討伐してきた巨人が、エレンのように巨人化した人間だなんて思いたくはない。
自分達が最悪だと想像してきた地獄以上の悲惨な現実、あっていいわけがない。
けれど————。
『次の壁外調査、私が立案した作戦なんだ。
頑張ってくるね。』
昨晩のなまえの声が、ジャンの記憶の中でいつまでも響き続けていた。
あの意志の強い瞳。それは、巨人が人間であってほしいなんて願ってなんかいなかった。
ただ、前を向いていた。
確かに、なまえは以前、巨人が人間なんじゃないかと口にしたことがあった。
そのときも、ライナーと言い争いになっていたのを覚えている。
でも、なまえは本当に、巨人が人間だと思っているのだろうか。
突拍子もないことを言いだすところのある彼女だから、そんなわけないとも言い切れない。
ただ、なまえだって、怖くないはずがないのだ。
巨人はただの悪者で、自分達はいつか必ず自由を掴み取る英雄———誰よりもそんな夢を見ていたかったに違いない。
それでも彼女が、仲間を不安や恐怖に陥れると分かっていても、人類の為に最悪な現実になるかもしれない可能性を潰しにいくことを選んだのだとしたら———。
それは、想像もしたくない現実から逃げるために、誰かの悪口を言うよりずっと難しくて、強い。
「無責任だな。もし、そんな無謀な作戦のために、仲間が大勢死んだらどうするんだ。
確かに、シガンシナ航路整備の班にほとんどの分隊が割かれているのだとしても
正直、本当の実力者はミケ分隊長くらいだ。」
「先輩の精鋭兵達の実力はさすがだけど…、それでもいつも何人もの犠牲者が出てる。
僕達がいなくて大丈夫か、なんておごったことは言えないけど…、
リヴァイ班やなまえさん達もいないのに、みんな無事か心配なんだ。」
ベルトルトは、折り曲げた長い両脚を自分の腕で抱き寄せると、膝に目を伏せた。
おごったことは言えない———そう言った彼だけれど、壁外調査での精鋭兵としてのライナーとベルトルトの実力は、団長であるエルヴィンも認めるほどだ。
毎回、何名もの調査兵達が彼らに危機を救われている。
ミケやディルク達もかなりの実力者ではあるが、作戦遂行中に精鋭兵は出来るだけ多くいた方がいいのは間違いない。
ベルトルトとライナーの作戦への嫌悪感や怒りは、巨人が人間かもしれないという不安からではなく、作戦遂行を最優先するあまりに仲間達の命を軽視しているように感じられたせいだったようだ。
疑ってしまった罪悪感以上に、仲間想いの彼らの優しさに胸が少しだけ熱くなる。
彼らが、自分の同期でよかった———心から思うのだ。
だからこそ、ジャンは昨晩、嘘ばかり吐く自分の心に誓った覚悟を改めて胸に刻む。
「大丈夫さ。」
「だからお前は、なんでそんなに無責任に———。」
「命懸けて戦ってきた仲間を、馬鹿みたいに信じようぜ。」
ジャンが、ニッと笑う。
呆れるくらいに明るい笑顔に、ライナーとベルトルトは面食らったようだった。
だが、ジャンの無邪気な表情に絆されてしまった彼らは、眉尻を下げて苦笑を漏らす。
ジャンは、大きな木の幹に背中を預けて空を見上げた。
まだ白んでいる薄い青色。早朝にしか見られない空だ。なまえはきっと、まだ眠っている。
でも、綺麗な空だ。いつか見せてあげたい。
不安も、迷いもとっぱらって、想いを解放させたときだけに見える。澄んだ空を———。