◇第十二話◇静かな早朝の叫び【前編】
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翌日の早朝、予定よりも少し早めに起きたジャンは、着替えを済ませてから、隣のなまえの部屋に向かった。
漸く、朝と呼んでも良さそうな時間になったばかりの廊下は、実際よりも体感温度を低く感じさせる。
小さな物音一つしないくらいに静かだから、まるで時間が止まっているみたいだ。
今日も、ジャンは、ノックはせずにドアノブを捻った。
随分と前にノックなんて忘れてしまったし、なにより、殴るくらい激しく扉を叩いたって、すっかり夢の中に旅立っている〝眠り姫〟から返事があるわけがない。
早朝ともなれば、それがジャンではなくとも、〝眠り姫〟の部屋の扉をノックをするだけ無駄なのだ。
扉を開いて足を踏み入れたなまえの部屋は、昨日の夜、ジャンが出たときと全く変わっていなかった。
旅行バッグは、ジャンがソファに置いたときの状態のままで、1ミリも動いた様子がない。
引き出しの一番上の下着を適当に入れると言っていたはずのなまえだが、恐らく、引き出しを開くことすらしていない。
どうせ、自分を見送った後、何の準備もしないで、そのままベッドに入ったのだろうとすぐに察しがつく。
(本当に俺に下着の準備までさせる気かよ。)
冗談のつもりだったのだけれど——。
呆れと共に、ため息も漏れた。
とりあえず、腹を蹴るくらいしないとなかなか起きない〝眠り姫〟を夢から目覚めさせる方が先だ。
兵団に支給されたものをそのまま使っているジャンのよりも大きめのベッドで、なまえが、毛布を頭まで覆って眠っていた。
いつもは、寝相の悪さ故、毛布を長い脚で挟むか蹴り飛ばすかして、無防備に腹を出して寝ているのに、珍しい———。
そんなことを思いながら、ジャンは、いつものように『朝ですよ。起きてください。』と肩を揺さぶろうとして、毛布に触れる直前で手をピタリ、と止めた。
なまえの『恋人が出来たらね~。』という妄想は、暗唱出来てしまうくらいに聞かされてきた。
おやすみのキスと同じように、おはようのキスもして欲しいと言っていたはずだ。
夢が大好きな彼女は、朝、起こされて、強制的に夢の世界から引き戻されるのが大嫌いだ。
だが———。
『恋人が、私の頬を優しく撫でて、おはようってキスをして起こしてくれたら、
目が覚めても、そこは夢の世界でしょう?
だから、おはようのキスはしてほしいな~。』
幾つになっても、王子様を夢見る少女のなまえは、うっとりとした瞳でそんなことを語っていた。
ジャンは、ベッドの縁に腰を降ろすと、彼女のあどけない寝顔を覆い隠してしまっている毛布に手をかけた。
そして、そっと、毛布を剥がしながら、寝る彼女の唇に自分の唇を近づけようとして———。
剥いだ毛布のすぐ下に、大きく見開いた真っ赤に充血した目があって、おはようのキスのために唇を重ねようとして顔を近づけていたジャンと、至近距離でカチリと視線が重なった。
その形相は、幼い頃に友人の家でジャンが見てしまった、この世に未練を残して死んでいったという女の幽霊の絵に似ていた。
「ナニヲシテイルノ…。」
幽霊にしか見えないソレが、小さく掠れる声で言った。
それは、顔を近づけていたせいで、ジャンの耳元で嫌に高い音になって響いた。
「ア゛ァーーーーーーーーーーーッ!!!」
ジャンは、腹の底から叫んだ。
早朝の静かな兵舎に、おはようのキスで恋人を起こし損ねた男の悲鳴が響いた。
漸く、朝と呼んでも良さそうな時間になったばかりの廊下は、実際よりも体感温度を低く感じさせる。
小さな物音一つしないくらいに静かだから、まるで時間が止まっているみたいだ。
今日も、ジャンは、ノックはせずにドアノブを捻った。
随分と前にノックなんて忘れてしまったし、なにより、殴るくらい激しく扉を叩いたって、すっかり夢の中に旅立っている〝眠り姫〟から返事があるわけがない。
早朝ともなれば、それがジャンではなくとも、〝眠り姫〟の部屋の扉をノックをするだけ無駄なのだ。
扉を開いて足を踏み入れたなまえの部屋は、昨日の夜、ジャンが出たときと全く変わっていなかった。
旅行バッグは、ジャンがソファに置いたときの状態のままで、1ミリも動いた様子がない。
引き出しの一番上の下着を適当に入れると言っていたはずのなまえだが、恐らく、引き出しを開くことすらしていない。
どうせ、自分を見送った後、何の準備もしないで、そのままベッドに入ったのだろうとすぐに察しがつく。
(本当に俺に下着の準備までさせる気かよ。)
冗談のつもりだったのだけれど——。
呆れと共に、ため息も漏れた。
とりあえず、腹を蹴るくらいしないとなかなか起きない〝眠り姫〟を夢から目覚めさせる方が先だ。
兵団に支給されたものをそのまま使っているジャンのよりも大きめのベッドで、なまえが、毛布を頭まで覆って眠っていた。
いつもは、寝相の悪さ故、毛布を長い脚で挟むか蹴り飛ばすかして、無防備に腹を出して寝ているのに、珍しい———。
そんなことを思いながら、ジャンは、いつものように『朝ですよ。起きてください。』と肩を揺さぶろうとして、毛布に触れる直前で手をピタリ、と止めた。
なまえの『恋人が出来たらね~。』という妄想は、暗唱出来てしまうくらいに聞かされてきた。
おやすみのキスと同じように、おはようのキスもして欲しいと言っていたはずだ。
夢が大好きな彼女は、朝、起こされて、強制的に夢の世界から引き戻されるのが大嫌いだ。
だが———。
『恋人が、私の頬を優しく撫でて、おはようってキスをして起こしてくれたら、
目が覚めても、そこは夢の世界でしょう?
だから、おはようのキスはしてほしいな~。』
幾つになっても、王子様を夢見る少女のなまえは、うっとりとした瞳でそんなことを語っていた。
ジャンは、ベッドの縁に腰を降ろすと、彼女のあどけない寝顔を覆い隠してしまっている毛布に手をかけた。
そして、そっと、毛布を剥がしながら、寝る彼女の唇に自分の唇を近づけようとして———。
剥いだ毛布のすぐ下に、大きく見開いた真っ赤に充血した目があって、おはようのキスのために唇を重ねようとして顔を近づけていたジャンと、至近距離でカチリと視線が重なった。
その形相は、幼い頃に友人の家でジャンが見てしまった、この世に未練を残して死んでいったという女の幽霊の絵に似ていた。
「ナニヲシテイルノ…。」
幽霊にしか見えないソレが、小さく掠れる声で言った。
それは、顔を近づけていたせいで、ジャンの耳元で嫌に高い音になって響いた。
「ア゛ァーーーーーーーーーーーッ!!!」
ジャンは、腹の底から叫んだ。
早朝の静かな兵舎に、おはようのキスで恋人を起こし損ねた男の悲鳴が響いた。