◇第百十五話◇裏庭で君を見つけるのが好きだった
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裏庭の大きな木に寄りかかって、見上げる。
雲に覆われ、星のない夜空が虚しく広がるだけの寂しい夜になるはずだったそこに、私が見つけたのは、ジャンだった。
彼が開いた窓から、廊下の明かりが漏れている。それはまるで、残酷な世界を照らす一筋の希望の光のように、真っ暗だった裏庭に灯りをもたらした。
私を見つけたジャンは、切れ長の目を驚いたように見開いていた。
まさか、見下ろした先に私がいるなんて思ってもいなかったのだろう。
あの日から、偶然顔を合わせることがあっても、ジャンはいつもすぐに目を逸らした。
会いたくなかったという無言の態度に、勝手に何度も傷ついた。
でも今、ジャンは私から目を逸らさない。
私もまた、目を離せない。
たぶん、いつも夢ばかりを見ていた私に瞼をおろされ続けたこの瞳は、やっと見つけた最愛の人を焼きつけようとしているのだ。
また、私が、心に嘘をつこうとしているから————。
「あ…!」
どれくらい、私達は、重なった視線をそのままにしていただろうか。
ジャンが、少しだけ目を見開いた後に、怖い顔をして勢いよく窓を閉めたのだ。
閉じた窓は、大きな瞼みたいに、私の視界を真っ黒にした。
数秒、切ない気持ちを引きずった。
そして私は、ハッとする。
(どうしよう…!!昨日のことが心配すぎて、
裏庭からジャンの部屋の窓を見てたことがバレた!?)
焦った私は、両手で自分の頭を鷲掴みにして、必死に言い訳を考えた。
この裏庭からは、ジャンの部屋の窓がよく見えることを知っていた。
実は、昔から、コッソリとジャンの動向を気にしながら、ここで居眠りをしていたことがあったのだ。
会議後、ミケからジャンに昨日の騒動についての話を聞くことを知った私は、居ても立っても居られなかった。
でも、だからといって、もちろん、私を避けているジャンのところへはいけないし、ミケのところへ行って何か詮索されるのも嫌だ。
だから、せめて、窓の向こうに現れるジャンの姿を見ようと思って、ここでこっそり待っていたのだ。
でも、よく考えれば、ジャンもまた、私がよくここで居眠りをしていたのを知っていた。それが、ジャンの部屋の窓の向こうの様子がよく見えるからだということもだ。
(絶対、バレた。気持ち悪いと思われた…!
どう考えても、ストーカーみたいだもん…!!)
考えれば考える程、言い訳が出るどころか、自分が気持ち悪すぎて、私は身体をよじらせて悶えた。
自分が気持ち悪くて、気持ち悪くて、堪らない。
ジャンに嫌われてしまっているということは、否定しない。ちゃんと理解している。
でも、初めて本気で好きになった人に、嫌われた挙句に『気持ち悪ぃ。』と軽蔑の視線を向けられるなんて———。
(無惨…!!無惨すぎる…!!)
お得意の妄想で、したくもない想像をしてしまった私は、雑念を振り払う為に、木の幹に頭を思いっきりぶつけた。
何度も何度もぶつけてみるけれど、痛いだけだ。
『気持ち悪ぃ。』
あぁ、ジャンの声が消えない。
頭の奥から、軽蔑して私を見下ろすジャンの姿が消えないのだ。
今にも、本当にジャンの声が聞こえてきそうで————。
「何してるんすか。」
ほら、きたー!
やっぱりだ。声が聞こえてくると思ったのだ。
もういやだ。今すぐに、邪念を振り払わなければ、私は悪い妄想に呪い殺されそうだ。
「よし、もう少し力を込めればどうにか…!!」
「は?」
私は、思いっきり背中を反らせた。
そして、出来る限り頭の位置を後退させれば、そのまま勢いよく大木の幹へとぶつけるだけだ———。
「な、何してんすか!?アンタ、マジで正気かよ!?」
なんとなく聞き覚えのあるようなセリフだな———と、一瞬だけ思ったような気がする。
焦ったような声が背後から聞こえた次の瞬間には、私の頭は、大木にぶつかる寸前で動きを止めていた。
何が起きたのか、よく分からなかったけれど、どうやら、後頭部を鷲掴みにされているようだ。
かなり強い力で掴まれているようで、すごく痛い。
腕も掴まれている。こっちも、負けず劣らず痛い。
悪い夢かと疑う余地もなく、現実で間違いなさそうだ。
(誰だ、邪魔をしたのは…!)
痛みを与えている誰かの正体を確かめようと、視線を後ろに向けて持ち上げる。
その人は、私を見下ろしていた。
(ジャン…!?)
どうして彼がいるのか。そして、どうして、私の頭を鷲掴みにして怖い顔で怒っているのか。
私は必死に考えた。
けれど、答えなんて考えるまでもないことだ。
裏庭で自分の窓を見張っている気持ちの悪い女を見つけたジャンは、今すぐに消え失せろと言いに来たに違いない。
だから、こんなに怒っているのだ。
「死ぬ気ですか。」
頭を鷲掴みにしていた手は放してくれたけれど、ジャンは、眉間にこれでもかという程に皴を寄せて、怖いくらいに睨んでいる。
想像していた軽蔑の表情とは違うけれど、どちらにしろ彼が私を嫌って怒っていることは、十分に伝わってくる。
さぁ、どうしようか。
ジャンにはもう嫌われているから、その点についてはもう手遅れだ。
でも、気持ちの悪い女とまでは思われたくない。
だらしないところも、我儘なところもバレているのだからそれこそ今さらじゃないかと、私の中に僅かに残っている理性的な誰かが言うけれど、これはただ単に、私の乙女的な部分が、それは嫌だと言っているのだ。
「あ、あのね…!ストーカーっていうのはっ、
相手が自分のことを知らなかったり、嫌っていたりするのに、
自分に気があるとか、愛されてるとか、そんな風に思い込んでて
遠くから見てて気持ち悪いだけなのに、喜ばれてると思ってるみたいな人のことを言うの!
相手の気持ちを考えないで自分勝手な人!!少なくとも私はっ、そう思う!!」
私は、必死だった。早口で捲し立てた。
まだ言い訳の半分も言えていないけれど、息が続かなくなって言葉を切った。
黙って聞いていたジャンは、肩で息をする私を、少しだけ目を見開いた切れ長の瞳で見下ろしている。
「・・・・・俺もそんなイメージですね。」
「だよね!!そうだよね!!
私は妄想するだけだから!!誰にも迷惑はかけてないよ!」
「妄想ばかりして仕事してねぇ時間もありますから、
そこについては俺は肯定できませんけど。」
「え!?」
「え?———まぁ、そんなことはどうでもいいです。
頭、大丈夫ですか。血が出てますけど。」
「え!?嘘!?痛いと思った!!
———ギャァ!?血だらけ!?巨人に叩かれてもこんなに血が出たことないのに!?」
ジャンに指さされた額に触れてみると、ぬるぬるとした血で両手がべっとりと濡れた。
想像もしていなかった事態の連続に、私はパニックだった。
額に触れては、赤い血に濡れる手に、何度も悲鳴を上げていると、斜め前からクスリと笑った声がした。
「…ふっ…っ、バカっすか…っ。
そんな、親にも殴られたことねぇのに、みたいに…っ。」
アハハハ————。
ジャンが、腹を抱えて笑う。
私は、ジャンの笑顔から、目が離せなかった。
あの日から、私が見たジャンは、苦しそうに眉を顰めてばかりだった。
それも、すぐに目を逸らされて見えなくなる毎日が、悲しくて仕方がなかった。
でも今、笑っているジャンが、目の前にいる。
笑っているというより、笑われているのだけれど———細かいことはどうだっていい。
ジャンが笑ってる。その空間に、私もいる。
嬉しい———。
「アハ、ハ…。アハハっ。
そうだよねっ。変なの~っ。」
「自分で言うのかよ。」
つられて笑う私に、ジャンがすぐにつっこんでくれる。
私は、彼がそうしているみたいに、腹を抱えて笑った。
目尻から溢れる涙を拭いながら、久しぶりに、笑ったのだ。
雲に覆われ、星のない夜空が虚しく広がるだけの寂しい夜になるはずだったそこに、私が見つけたのは、ジャンだった。
彼が開いた窓から、廊下の明かりが漏れている。それはまるで、残酷な世界を照らす一筋の希望の光のように、真っ暗だった裏庭に灯りをもたらした。
私を見つけたジャンは、切れ長の目を驚いたように見開いていた。
まさか、見下ろした先に私がいるなんて思ってもいなかったのだろう。
あの日から、偶然顔を合わせることがあっても、ジャンはいつもすぐに目を逸らした。
会いたくなかったという無言の態度に、勝手に何度も傷ついた。
でも今、ジャンは私から目を逸らさない。
私もまた、目を離せない。
たぶん、いつも夢ばかりを見ていた私に瞼をおろされ続けたこの瞳は、やっと見つけた最愛の人を焼きつけようとしているのだ。
また、私が、心に嘘をつこうとしているから————。
「あ…!」
どれくらい、私達は、重なった視線をそのままにしていただろうか。
ジャンが、少しだけ目を見開いた後に、怖い顔をして勢いよく窓を閉めたのだ。
閉じた窓は、大きな瞼みたいに、私の視界を真っ黒にした。
数秒、切ない気持ちを引きずった。
そして私は、ハッとする。
(どうしよう…!!昨日のことが心配すぎて、
裏庭からジャンの部屋の窓を見てたことがバレた!?)
焦った私は、両手で自分の頭を鷲掴みにして、必死に言い訳を考えた。
この裏庭からは、ジャンの部屋の窓がよく見えることを知っていた。
実は、昔から、コッソリとジャンの動向を気にしながら、ここで居眠りをしていたことがあったのだ。
会議後、ミケからジャンに昨日の騒動についての話を聞くことを知った私は、居ても立っても居られなかった。
でも、だからといって、もちろん、私を避けているジャンのところへはいけないし、ミケのところへ行って何か詮索されるのも嫌だ。
だから、せめて、窓の向こうに現れるジャンの姿を見ようと思って、ここでこっそり待っていたのだ。
でも、よく考えれば、ジャンもまた、私がよくここで居眠りをしていたのを知っていた。それが、ジャンの部屋の窓の向こうの様子がよく見えるからだということもだ。
(絶対、バレた。気持ち悪いと思われた…!
どう考えても、ストーカーみたいだもん…!!)
考えれば考える程、言い訳が出るどころか、自分が気持ち悪すぎて、私は身体をよじらせて悶えた。
自分が気持ち悪くて、気持ち悪くて、堪らない。
ジャンに嫌われてしまっているということは、否定しない。ちゃんと理解している。
でも、初めて本気で好きになった人に、嫌われた挙句に『気持ち悪ぃ。』と軽蔑の視線を向けられるなんて———。
(無惨…!!無惨すぎる…!!)
お得意の妄想で、したくもない想像をしてしまった私は、雑念を振り払う為に、木の幹に頭を思いっきりぶつけた。
何度も何度もぶつけてみるけれど、痛いだけだ。
『気持ち悪ぃ。』
あぁ、ジャンの声が消えない。
頭の奥から、軽蔑して私を見下ろすジャンの姿が消えないのだ。
今にも、本当にジャンの声が聞こえてきそうで————。
「何してるんすか。」
ほら、きたー!
やっぱりだ。声が聞こえてくると思ったのだ。
もういやだ。今すぐに、邪念を振り払わなければ、私は悪い妄想に呪い殺されそうだ。
「よし、もう少し力を込めればどうにか…!!」
「は?」
私は、思いっきり背中を反らせた。
そして、出来る限り頭の位置を後退させれば、そのまま勢いよく大木の幹へとぶつけるだけだ———。
「な、何してんすか!?アンタ、マジで正気かよ!?」
なんとなく聞き覚えのあるようなセリフだな———と、一瞬だけ思ったような気がする。
焦ったような声が背後から聞こえた次の瞬間には、私の頭は、大木にぶつかる寸前で動きを止めていた。
何が起きたのか、よく分からなかったけれど、どうやら、後頭部を鷲掴みにされているようだ。
かなり強い力で掴まれているようで、すごく痛い。
腕も掴まれている。こっちも、負けず劣らず痛い。
悪い夢かと疑う余地もなく、現実で間違いなさそうだ。
(誰だ、邪魔をしたのは…!)
痛みを与えている誰かの正体を確かめようと、視線を後ろに向けて持ち上げる。
その人は、私を見下ろしていた。
(ジャン…!?)
どうして彼がいるのか。そして、どうして、私の頭を鷲掴みにして怖い顔で怒っているのか。
私は必死に考えた。
けれど、答えなんて考えるまでもないことだ。
裏庭で自分の窓を見張っている気持ちの悪い女を見つけたジャンは、今すぐに消え失せろと言いに来たに違いない。
だから、こんなに怒っているのだ。
「死ぬ気ですか。」
頭を鷲掴みにしていた手は放してくれたけれど、ジャンは、眉間にこれでもかという程に皴を寄せて、怖いくらいに睨んでいる。
想像していた軽蔑の表情とは違うけれど、どちらにしろ彼が私を嫌って怒っていることは、十分に伝わってくる。
さぁ、どうしようか。
ジャンにはもう嫌われているから、その点についてはもう手遅れだ。
でも、気持ちの悪い女とまでは思われたくない。
だらしないところも、我儘なところもバレているのだからそれこそ今さらじゃないかと、私の中に僅かに残っている理性的な誰かが言うけれど、これはただ単に、私の乙女的な部分が、それは嫌だと言っているのだ。
「あ、あのね…!ストーカーっていうのはっ、
相手が自分のことを知らなかったり、嫌っていたりするのに、
自分に気があるとか、愛されてるとか、そんな風に思い込んでて
遠くから見てて気持ち悪いだけなのに、喜ばれてると思ってるみたいな人のことを言うの!
相手の気持ちを考えないで自分勝手な人!!少なくとも私はっ、そう思う!!」
私は、必死だった。早口で捲し立てた。
まだ言い訳の半分も言えていないけれど、息が続かなくなって言葉を切った。
黙って聞いていたジャンは、肩で息をする私を、少しだけ目を見開いた切れ長の瞳で見下ろしている。
「・・・・・俺もそんなイメージですね。」
「だよね!!そうだよね!!
私は妄想するだけだから!!誰にも迷惑はかけてないよ!」
「妄想ばかりして仕事してねぇ時間もありますから、
そこについては俺は肯定できませんけど。」
「え!?」
「え?———まぁ、そんなことはどうでもいいです。
頭、大丈夫ですか。血が出てますけど。」
「え!?嘘!?痛いと思った!!
———ギャァ!?血だらけ!?巨人に叩かれてもこんなに血が出たことないのに!?」
ジャンに指さされた額に触れてみると、ぬるぬるとした血で両手がべっとりと濡れた。
想像もしていなかった事態の連続に、私はパニックだった。
額に触れては、赤い血に濡れる手に、何度も悲鳴を上げていると、斜め前からクスリと笑った声がした。
「…ふっ…っ、バカっすか…っ。
そんな、親にも殴られたことねぇのに、みたいに…っ。」
アハハハ————。
ジャンが、腹を抱えて笑う。
私は、ジャンの笑顔から、目が離せなかった。
あの日から、私が見たジャンは、苦しそうに眉を顰めてばかりだった。
それも、すぐに目を逸らされて見えなくなる毎日が、悲しくて仕方がなかった。
でも今、笑っているジャンが、目の前にいる。
笑っているというより、笑われているのだけれど———細かいことはどうだっていい。
ジャンが笑ってる。その空間に、私もいる。
嬉しい———。
「アハ、ハ…。アハハっ。
そうだよねっ。変なの~っ。」
「自分で言うのかよ。」
つられて笑う私に、ジャンがすぐにつっこんでくれる。
私は、彼がそうしているみたいに、腹を抱えて笑った。
目尻から溢れる涙を拭いながら、久しぶりに、笑ったのだ。