◇百十三話◇待ち続けた想いは報われた
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調査兵団分隊長、ミケ・ザカリアスは、忍耐強い男だ。
本人が無口なこともあって、沈黙も苦にはならない。
それが言い訳だろうが、反省の弁だろうが、相手が話し出す気になるまで、いつまででも待ててしまう。
そんな彼の特性を表す話が、幾つもあるミケの武勇伝の中にも存在する。
眠り姫がまだ新人に毛が生えた程度だった頃の話だ。
その頃から、友人達に『眠り姫』と呼ばれていたなまえは、壁外調査の最中に馬の上で居眠りをして落馬しかけるという事件を起こしてしまう。運よく、すぐに気が付いたリヴァイが助けて事なきを得たが、当時、班長という立場だったミケは、壁内に帰ってすぐに彼女を自室に呼び出し、こんこんと説教をした。
なぜ壁外で居眠りをしてしまったのか、それがどれほど危険なのか分かるか、本人に問いただしたのだ。
なまえは、すぐには返事をしなかった。言い訳を考えているうちに疲れてしまったのかもしれないし、説教を聞くのが嫌で現実逃避をしていたのかもしれない。
要するに、眠り姫は、説教の途中で夢の世界へと旅立っていたのである。
これが、リヴァイだったのなら、彼女の腹に足がめり込むくらいの蹴りをお見舞いして、無理やりにでも起こしていたかもしれない。ハンジだったのなら、深い眠りに入って何の反応もないなまえを死んだと勘違いして、ひとりで大騒ぎしていたかもしれない。
だが、ミケは、待ったのだ。
なまえが起きて、自分の失敗と向き合い反省するまで、待ち続けたのだ。
彼女が起きたのは、3日後の夕方だったらしい。
年月を経たことで、多少話は大袈裟になっているだろう。だが、そこまで遠く離れてはいないはずだ、とミケの説教を受けたことのある部下達は口を揃える。
結果、普段は『おかしな癖さえなければ、他の分隊長達に比べて優しく常識的』だと部下達からも評判の良いミケだが、説教を始めたら面倒くさい上司のトップ3内に常に君臨している。
執務室の大きなデスクにも負けない大きな身体を、大きな椅子におさめて、目の前の部下をただじっと見据えるたった今のミケの姿が、まさにそれだ。
今回、彼の尋問を受けているのは、昨晩、強姦未遂被害を訴えたフレイヤだ。
今朝早くにリヴァイとなまえから報告を受けたミケは、午前中からの会議が終わった夕方に彼女を呼び出した。
まずは、被害者とされるフレイヤから事情の説明を聞く必要があると判断したからだ。
もちろん、リヴァイ達からは、フレイヤの虚偽の証言である可能性もあると聞いている。これまで、上司としてジャンを見て来たミケも、その可能性の方が高いのだろうと考えている。
真面目とは言えないものの、現実主義者でプライドも高く、自分の損得についての計算が速いあの若い青年が、欲望に身を任せて立場を危うくさせるような間違いを起こすはずがない。
それでも、だからといって、初めからフレイヤを疑っているわけでもない。
どちらが被害者で、どちらが加害者なのか分からない以上、彼らの話は平等に聞く必要がある。
その為に、忍耐強く彼らの話を待ち続けなければならないのならば、いつだって待てるのだ。
黙っていればいつかは開放してもらえるかもしれないという考えは甘かった、とフレイヤもそろそろ気づき始めている頃だ。
兵団ジャケットの裾を両手でギュッと握りしめ、唇を噛む彼女は、床を食い入るように見ている瞳は、力を入れ過ぎて真っ赤になっている。
泣いてやるもんか————部屋に入って来たっきり、一言も発さずに黙り込む彼女からは、そんな強い意志が感じられた。
こういうとき、泣いてどうにかしようとする女性がいることを、これまでのあまり多くはない恋愛経験からミケも知っていた。でも、フレイヤはそうはならないだろうということもまた、ミケは知っていた。
確かに、フレイヤは、大きな瞳から涙を零して泣けば、いつだって許してもらえたタイプの女性かもしれない。
でも、それと同時に、負けず嫌いで勝気なところもある。
だからこそ、調査兵団内で、まだ新人と呼んだ方がしっくりくるほどに若くありながらも、めきめきと力をつけて来たのだ。
承認欲求が人一倍強いのだろう。だから、フレイヤは、ジャンが全く相手にしてくれなかったことが許せなかったのだ。
どんなに頑張ったって、追いつくどころか、ジャンはそれよりもずっと遠い存在を追いかけて離れていく。それは、今まで負けを知らずに来た彼女にとって、耐え難い仕打ちだったのかもしれない。
「何も話したくはないのなら、はい、か、いいえ、で答えてくれれば構わない。」
痺れを切らしたわけではない。
フレイヤは、緊張感で息もうまくできていない様子だった。
これ以上、待ち続けていたら、倒れてしまうかもしれないと心配したのだ。
居眠りをしていたなまえが起きるまで待っていたときとは、全然違う。
フレイヤからの返事はなかったけれど、ミケは数秒待ってから続けた。
「俺は、いつでも部下が本当のことを話してくれると信じている。それは、誰に対しても同じだ。
だから、必ず信じると約束しよう。
——————ジャン・キルシュタインが、君を襲ったというのは本当か。」
「・・・・・・・・はい。」
漸く、フレイヤが発した言葉は、ジャンの罪を肯定するものだった。
ミケにとっても、想定内の返事だ。
一呼吸おいてから、ミケが「わかった。」と頷くと、フレイヤの肩が僅かにピクリと跳ねた。
本当に受け入れてくれるとは思わなかったのだろう。
だが、ミケの話はそれだけでは終わらない。
「念のため、ジャンにも事情に聞くことになる。だが、こういった事件は女性の意見が尊重されることが多い。
君の望むように、それが事実だと〝判断されれば〟俺達はジャンを憲兵団に引き渡す。
そして、彼にはそれ相応の罰を受けてもらうことになる。兵団関係からも永久追放だ。
今後二度と、君だけではなく、俺達全員と彼が関わり合うことはなくなるだろう。」
フレイヤは、床を食い入るように見ている瞳を、大きく見開く。
小刻みに震える彼女からは、息が荒くなったのか、小さな呼吸音が聞こえ始めた。
「君の言葉ひとつによって、ひとりの青年の人生が大きく変わる。とても大事な話をしている。
だから、何度も同じ質問をされてツラいかもしれないが、もう一度、聞かせてほしい。
ジャン・キルシュタインは、本当に、我儘に君を襲い恐怖に陥れるような残忍なことをしたのか?」
幾ら待っても、今度はフレイヤからの返事は返ってこない。
その代わりに、シン————という緊張感漂う沈黙の音に包まれる。
フレイヤにとっては、耐え難いほどに居心地の悪い空間だっただろう。
だが、前途したように、ミケ・ザカリアスという男にとっては、幾らでも待てる全く苦痛ではない時間である。
荒い呼吸音を聞きながら、大男はじっと息を潜めてそのときを待った。
数分後、観念したのは、フレイヤの方だった。
「—————いいえ。」
「いいえ、というのは、どういう意味だろうか。」
「—————ジャンさんは、私を襲ってはいません。
私の・・・・・・勘違い、でした。」
「———そうか。それならよかった。
俺は、優秀な部下を2人も失わずに済んだようだ。」
ミケは、フッと鼻を鳴らして小さな笑みをこぼす。
そして、分隊に所属する古株の女調査兵の名前を告げると、もしも男の自分には言えないような困ったことがあれば、彼女に相談するように付け加えた。
兵士としての実力もさることながら、周囲に気を配れる女性でもある。信頼に足る部下だ。
昨晩、フレイヤが虚偽の証言をしたとき、そばには数名の調査兵達がいたと聞いている。彼らには、リヴァイから他言無用の指示が出ているが、何処からこの話が漏れるか分からない。
そんな時、いつも仲間に囲まれている彼女ならば、もしも今後、今回のことが原因で、フレイヤが困った立場になっても、当然のように助けてくれると考えたのだ。
「————はい。すみませんでした…。」
蚊の鳴くような、か細い声で言ったフレイヤは、震える身体で小さくお辞儀すると、逃げるように執務室の扉を開けて飛び出した。
本人が無口なこともあって、沈黙も苦にはならない。
それが言い訳だろうが、反省の弁だろうが、相手が話し出す気になるまで、いつまででも待ててしまう。
そんな彼の特性を表す話が、幾つもあるミケの武勇伝の中にも存在する。
眠り姫がまだ新人に毛が生えた程度だった頃の話だ。
その頃から、友人達に『眠り姫』と呼ばれていたなまえは、壁外調査の最中に馬の上で居眠りをして落馬しかけるという事件を起こしてしまう。運よく、すぐに気が付いたリヴァイが助けて事なきを得たが、当時、班長という立場だったミケは、壁内に帰ってすぐに彼女を自室に呼び出し、こんこんと説教をした。
なぜ壁外で居眠りをしてしまったのか、それがどれほど危険なのか分かるか、本人に問いただしたのだ。
なまえは、すぐには返事をしなかった。言い訳を考えているうちに疲れてしまったのかもしれないし、説教を聞くのが嫌で現実逃避をしていたのかもしれない。
要するに、眠り姫は、説教の途中で夢の世界へと旅立っていたのである。
これが、リヴァイだったのなら、彼女の腹に足がめり込むくらいの蹴りをお見舞いして、無理やりにでも起こしていたかもしれない。ハンジだったのなら、深い眠りに入って何の反応もないなまえを死んだと勘違いして、ひとりで大騒ぎしていたかもしれない。
だが、ミケは、待ったのだ。
なまえが起きて、自分の失敗と向き合い反省するまで、待ち続けたのだ。
彼女が起きたのは、3日後の夕方だったらしい。
年月を経たことで、多少話は大袈裟になっているだろう。だが、そこまで遠く離れてはいないはずだ、とミケの説教を受けたことのある部下達は口を揃える。
結果、普段は『おかしな癖さえなければ、他の分隊長達に比べて優しく常識的』だと部下達からも評判の良いミケだが、説教を始めたら面倒くさい上司のトップ3内に常に君臨している。
執務室の大きなデスクにも負けない大きな身体を、大きな椅子におさめて、目の前の部下をただじっと見据えるたった今のミケの姿が、まさにそれだ。
今回、彼の尋問を受けているのは、昨晩、強姦未遂被害を訴えたフレイヤだ。
今朝早くにリヴァイとなまえから報告を受けたミケは、午前中からの会議が終わった夕方に彼女を呼び出した。
まずは、被害者とされるフレイヤから事情の説明を聞く必要があると判断したからだ。
もちろん、リヴァイ達からは、フレイヤの虚偽の証言である可能性もあると聞いている。これまで、上司としてジャンを見て来たミケも、その可能性の方が高いのだろうと考えている。
真面目とは言えないものの、現実主義者でプライドも高く、自分の損得についての計算が速いあの若い青年が、欲望に身を任せて立場を危うくさせるような間違いを起こすはずがない。
それでも、だからといって、初めからフレイヤを疑っているわけでもない。
どちらが被害者で、どちらが加害者なのか分からない以上、彼らの話は平等に聞く必要がある。
その為に、忍耐強く彼らの話を待ち続けなければならないのならば、いつだって待てるのだ。
黙っていればいつかは開放してもらえるかもしれないという考えは甘かった、とフレイヤもそろそろ気づき始めている頃だ。
兵団ジャケットの裾を両手でギュッと握りしめ、唇を噛む彼女は、床を食い入るように見ている瞳は、力を入れ過ぎて真っ赤になっている。
泣いてやるもんか————部屋に入って来たっきり、一言も発さずに黙り込む彼女からは、そんな強い意志が感じられた。
こういうとき、泣いてどうにかしようとする女性がいることを、これまでのあまり多くはない恋愛経験からミケも知っていた。でも、フレイヤはそうはならないだろうということもまた、ミケは知っていた。
確かに、フレイヤは、大きな瞳から涙を零して泣けば、いつだって許してもらえたタイプの女性かもしれない。
でも、それと同時に、負けず嫌いで勝気なところもある。
だからこそ、調査兵団内で、まだ新人と呼んだ方がしっくりくるほどに若くありながらも、めきめきと力をつけて来たのだ。
承認欲求が人一倍強いのだろう。だから、フレイヤは、ジャンが全く相手にしてくれなかったことが許せなかったのだ。
どんなに頑張ったって、追いつくどころか、ジャンはそれよりもずっと遠い存在を追いかけて離れていく。それは、今まで負けを知らずに来た彼女にとって、耐え難い仕打ちだったのかもしれない。
「何も話したくはないのなら、はい、か、いいえ、で答えてくれれば構わない。」
痺れを切らしたわけではない。
フレイヤは、緊張感で息もうまくできていない様子だった。
これ以上、待ち続けていたら、倒れてしまうかもしれないと心配したのだ。
居眠りをしていたなまえが起きるまで待っていたときとは、全然違う。
フレイヤからの返事はなかったけれど、ミケは数秒待ってから続けた。
「俺は、いつでも部下が本当のことを話してくれると信じている。それは、誰に対しても同じだ。
だから、必ず信じると約束しよう。
——————ジャン・キルシュタインが、君を襲ったというのは本当か。」
「・・・・・・・・はい。」
漸く、フレイヤが発した言葉は、ジャンの罪を肯定するものだった。
ミケにとっても、想定内の返事だ。
一呼吸おいてから、ミケが「わかった。」と頷くと、フレイヤの肩が僅かにピクリと跳ねた。
本当に受け入れてくれるとは思わなかったのだろう。
だが、ミケの話はそれだけでは終わらない。
「念のため、ジャンにも事情に聞くことになる。だが、こういった事件は女性の意見が尊重されることが多い。
君の望むように、それが事実だと〝判断されれば〟俺達はジャンを憲兵団に引き渡す。
そして、彼にはそれ相応の罰を受けてもらうことになる。兵団関係からも永久追放だ。
今後二度と、君だけではなく、俺達全員と彼が関わり合うことはなくなるだろう。」
フレイヤは、床を食い入るように見ている瞳を、大きく見開く。
小刻みに震える彼女からは、息が荒くなったのか、小さな呼吸音が聞こえ始めた。
「君の言葉ひとつによって、ひとりの青年の人生が大きく変わる。とても大事な話をしている。
だから、何度も同じ質問をされてツラいかもしれないが、もう一度、聞かせてほしい。
ジャン・キルシュタインは、本当に、我儘に君を襲い恐怖に陥れるような残忍なことをしたのか?」
幾ら待っても、今度はフレイヤからの返事は返ってこない。
その代わりに、シン————という緊張感漂う沈黙の音に包まれる。
フレイヤにとっては、耐え難いほどに居心地の悪い空間だっただろう。
だが、前途したように、ミケ・ザカリアスという男にとっては、幾らでも待てる全く苦痛ではない時間である。
荒い呼吸音を聞きながら、大男はじっと息を潜めてそのときを待った。
数分後、観念したのは、フレイヤの方だった。
「—————いいえ。」
「いいえ、というのは、どういう意味だろうか。」
「—————ジャンさんは、私を襲ってはいません。
私の・・・・・・勘違い、でした。」
「———そうか。それならよかった。
俺は、優秀な部下を2人も失わずに済んだようだ。」
ミケは、フッと鼻を鳴らして小さな笑みをこぼす。
そして、分隊に所属する古株の女調査兵の名前を告げると、もしも男の自分には言えないような困ったことがあれば、彼女に相談するように付け加えた。
兵士としての実力もさることながら、周囲に気を配れる女性でもある。信頼に足る部下だ。
昨晩、フレイヤが虚偽の証言をしたとき、そばには数名の調査兵達がいたと聞いている。彼らには、リヴァイから他言無用の指示が出ているが、何処からこの話が漏れるか分からない。
そんな時、いつも仲間に囲まれている彼女ならば、もしも今後、今回のことが原因で、フレイヤが困った立場になっても、当然のように助けてくれると考えたのだ。
「————はい。すみませんでした…。」
蚊の鳴くような、か細い声で言ったフレイヤは、震える身体で小さくお辞儀すると、逃げるように執務室の扉を開けて飛び出した。