◇第百十二話◇泣いて喚いて許しは乞わない、ただ無条件に信じて
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どうなってもいい———。
そう思っていたはずのジャンの心は、なまえを見つけた途端に騒がしくざわつき始める。
焦りや戸惑いとは違う。
今さら、慌てて言い訳をしようとも思わない。
それが意味を成すかは別にして、ジャンが望めば、弁解くらいなら出来るだろう。
けれど、理由があったにせよ、フレイヤを怖がらせたのは事実だ。
こんな真夜中にも関わらず、騒ぎを聞きつけて部屋から出て来た野次馬根性の調査兵達は大勢いる。
彼らは、誰ひとりとして、ジャンの弁解を聞こうともしない。そして、フレイヤの話だけを鵜呑みにして、ジャンを責め立てる。ジャンという人間そのものを否定する。
まるで、魔女狩りだ。
どうせ、誰も信用などしてくれない。
ただ———。
「…っ。」
人混みが左右に分かれると、その向こうからなまえとリヴァイが姿を現す。
この時間なら当然だろうが、2人とも兵団服は脱いで私服姿になっている。
すぐに、ジャンは、彼らから目を逸らして、拳を握った。
どうしても、自分に軽蔑の目を向けるなまえの姿を見たくなかった。
他の誰かには、何と思われたって構わない。
ただ、彼女にだけは信じて欲しい———愚かで自分勝手だけれど、きっと無意識に、そして反射的に、そんな馬鹿なことを願っているからなのだろう。
「なまえさん…っ、私…っ、ジャンさんに襲われたんです…っ。」
高い声を震わせて、フレイヤが訴えた。
それに続けとばかりに、彼女を守る騎士のようにそばに立つ先輩調査兵や野次馬達が、どれほどジャンがひどいことをしたのかを説明し始めた。
見てもいないことをよくもそう流暢に話せるものだと感心してしまう。
今、なまえはどんな顔をしているのだろう———怖くて、ジャンは視線を逸らしたまま動けなかった。
「落ち着け。
————落ち着けと言ってるんだ、お前ら。」
リヴァイの冷静な態度に、少しずつ調査兵達が渋々口を閉じていく。
漸く静かになった廊下には、フレイヤがわざとらしく泣く声だけ聞こえる状態になった。
「フレイヤちゃん、寒いでしょう。これ着て。」
なまえの心配そうな声に、ジャンは勝手にも絶望してした。
でも、フレイヤは違う。
「なまえさん…っ。」
涙声を上ずらせてなまえの名前を呼ぶと、彼女の元へ駆け寄った。
フレイヤがなまえに抱き着いたのが、ジャンにも分かった。
視界の端で、なまえが着ていたカーディガンをフレイヤの肩にかけて、心配そうに顔を覗き込んでいる姿がぼんやりと映る。
正直、腹が立った。
補佐官としてそばにいたのは、たった2年かもしれない。でもその2年の間、ずっとそばにいたのだ。
偽物の婚約者として過ごしたここ数か月は特に、濃い時間を共に過ごしたはずだ。
少なくとも、ジャン・キルシュタインという男がどういう人間なのかを知るには、十分だったと思っている。
でも、なまえは信じてくれなかった———。
「リヴァイさん。」
「あぁ。」
なまえが後ろを振り向き名前を呼べば、ただそれだけで意味を理解したらしいリヴァイが頷いて答える。
今から、リヴァイに締め上げられるのだろう。さっきの先輩調査兵とは比にならない拳が飛んでくるのかもしれないし、調査兵団を退団する前に追い出されることになるかもしれない。
どうせ、リヴァイにも、最低な男が、なまえの本物の婚約者ではなくてよかったと思われているのだ。
自分とリヴァイの立ち位置が違い過ぎて、ジャンは、悔しさと惨めさで消えてなくなりたかった。
「ジャン、来い。お前の言い分を聞く必要がある。」
「え。」
ジャンは、驚いて顔を上げてしまった。
他の調査兵達がそうであったように、なまえとリヴァイも自分に弁解すらさせてくれないのだと思っていたのだ。
目が合うと、リヴァイは当然のように続ける。
「懲罰部屋まで行くのも面倒だ。お前の部屋で構わねぇな。
どうせ、見られてマズいもんなんてねぇだろ。」
リヴァイは、親指でジャンの部屋を指した。
何と答えればいいのか、分からなかった。
そもそも状況そのものを理解できなくて、戸惑っている。
だってまるで、リヴァイは、ジャンのことをほんの欠片も疑っていないように見えるのだ。
勘違いだろうか———。
「おい、ボーッとしてねぇで答えろ、馬野郎。」
「あ…っ、はい…っ、俺の部屋で、問題ねぇっす。」
「なら行くぞ。」
慌てて返事をすれば、リヴァイは素っ気なく答えてジャンの部屋へ向かおうとする。
それを許さなかったのが、フレイヤだ。
彼女にも、リヴァイがジャンを疑っていないことが分かったのだろう。
少し怒ったような声で、リヴァイを呼び止めた。
「ひどいです、リヴァイ兵長…っ!私のことを信じてないんですか…っ。
こんなに怖い思いをしたのに…っ。」
フレイヤは、言い切った途端に、両手で顔を覆ってワァッと泣き喚きだす。
その声につられて、ジャンは無意識になまえのいる方を見てしまった。
リヴァイが自分を信じてくれたことに安心してしまったのかもしれない。
フレイヤは、なまえの胸に顔を埋めて泣いていた。そんな彼女を見下ろして、なまえが困ったように眉尻を下げている。
けれど、他の調査兵達は、フレイヤを信じずに傷つけたリヴァイのことを責め始める。
それに対して、弁解をすることもしないリヴァイの代わりに、口を開いたのはなまえだった。
「誰か、フレイヤちゃんがジャンに襲われているところを見た人はいますか?」
綺麗な凛としたなまえの声は、そんなに大きくしなくても騒がしい廊下にスッと通った。
その途端に、リヴァイを責めていた調査兵達はお互いの顔を見合わせ始める。
そこへ、なまえはさらに続けた。
「もしも、目撃者がいるのなら、リヴァイ兵長が話を聞くので、
ジャンと一緒に部屋に行ってもらいます。どうですか?いますか?」
なまえに訊ねられた調査兵達は、お互いの顔を見合わせた後に、ひとり残らず首を横に振った。
当然だ。フレイヤが訴えていたのは、密室での出来事だ。
目撃者なんているはずがない。
「いねぇのか。」
リヴァイにまで念押しのように確認されて、調査兵達が頷いて答える。
「さっきは、まるで見て来たかのように状況を説明してくれたってのに、
目撃者が1人もいねぇのは、俺も残念だな。
誰か1人でも見たやつがいれば、お前らが言うようにフレイヤのことを信じてやれたんだがな。」
リヴァイが続けた言葉に、ハッとしたのは調査兵達だ。
全員が、何処か気まずそうに目を逸らし始める。
ジャンは、自分にとって良い方向に話が進んでいることを肌で感じていた。
高揚感とも喜びとも違う。そもそも疑われているのだから、最悪な状況なのだ。
けれど、話を聞いてもらえるという安心感が、確かに胸にあった。
「誰も見てなくたって…っ、私は襲われたんです…っ。
誰かが見ているところで、女の人を襲う男なんているわけないじゃないですか…っ。」
今の状況を良しとするわけのないフレイヤだけが、声を大きくした。
なまえの胸に埋めていた顔を上げて、必死に訴えているが、その頬には、さっきまで泣き喚いていたはずの涙の痕が、全く残っていない。
まるで初めからそこに何もなかったかのようだ。
リヴァイのことまで責め始めていた調査兵達も、戸惑いの表情を浮かべる。
何かがおかしい————彼らも感じ始めているのだ。
それを感じるからこそ、フレイヤを余計に焦らせているようだった。
人間は立場の上の人間の意見に流されやすい。
それはいつだって、ジャンを苛立たせていたけれど、今回に限っては、それが都合よく働いていた。
「フレイヤちゃんの言う通りだと私も思うよ。」
フレイヤの焦りだけが響いていた廊下に、スッと凛とした声が通る。
きっと今、フレイヤが一番信じて欲しいのが、なまえだろう。
そして、誰が信じてくれたとしても、なまえ一人が信じてくれなければ、ジャンが傷つけられることも彼女は知っている。
「なまえさん…!」
フレイヤの瞳が輝き、嬉しそうになまえを見る。
「分かってもらえてうれしいです…っ!
私のことを疑って、ジャンを信じるなんて、リヴァイ兵長ひどいですよね…っ。」
また泣きそうな顔をして、フレイヤが訴える。
リヴァイ兵長はどうでもよいという顔をしているけれど、調査兵達は誰を信じればいいか分からない様子で、フレイヤとジャンを交互に見やった。
「リヴァイ兵長をひどいとは思わないよ。」
「え…っ、だってっ、なまえさんは私を信じてくれてるんですよね?」
フレイヤが、大きな瞳を涙で潤ませる。
そんな彼女に、なまえは大きく頷いた。
その瞬間、ジャンの中で何かが崩れ落ちていく大きな音を聞いた。
それをきっと、絶望と呼ぶのだろう。
けれど、フレイヤは満足そうに口の端を上げる。
そんな彼女に、なまえが言う。
「もちろんだよ。」
「なまえさんならそう言ってくれると思ってました!」
白々しい————そう思うジャンをよそに、フレイヤは渾身の演技を続けた。
「私だけじゃないよ。リヴァイ兵長はジャンの話を、私はフレイヤちゃんの話を聞く。
そして、私達は絶対にあなた達を信じる。だからあなた達にも、本当のことを話して欲しい。」
「え?」
なまえを見上げていたフレイヤの目が、僅かに見開かれる。
「私達は、見てもいないのに被害者と加害者を決めつけることはできない。
だから、ちゃんと顔を見て、しっかりと話を聞くよ。」
「そんな…!話なんて聞かなくたって!!ジャンさんが私を襲ったのは本当なんです!!
嘘じゃない!!」
フレイヤが声を荒げる。
焦りが怒りになって、唾を飛ばしながら叫ぶその姿は、とても滑稽で、哀れだった。
「うん。だから、その話をちゃんと聞かなくちゃいけない。」
「なんで…っ!」
「ごめんね。とてもつらい話をさせるかもしれないけど、私達もちゃんと状況を把握して
そのうえで、本当にジャンがフレイヤちゃんを襲ったと分かったたなら、
彼にはそれに見合った罰を受けてもらわなくちゃいけないでしょう?」
「それは…、そうですけど…。」
なまえから〝罰〟という言葉が出たからか、フレイヤのトーンが漸く落ち着く。
きっと、フレイヤは、それでもまだなまえは自分の味方だと思ったのだろう。
でもなぜだろう。
ジャンはもう、絶望しなかったのだ。
希望や願望があったわけではない。ただ、心配もなかった。
「じゃあ、今から私と一緒に部屋に来て話を聞かせてくれるかな?
例えば—————。」
なまえが、フレイヤの胸元に視線を落とす。
「綺麗に残っているそのシャツのボタンを誰がどうやって外したのか、とか。」
「…!」
バッと音が聞こえそうなくらいだった。
フレイヤが、勢いよく胸元のシャツのボタンを隠した。
「どういうこと?」
「襲われたなら、ボタンがシャツから吹っ飛んだりするもんじゃねぇのってことじゃねぇのか。」
「じゃあ、フレイヤちゃんが自分で外したの?」
「さぁ…それは分からないが…。」
調査兵達がざわつき始める。
俯いたフレイヤの顔から、みるみる血の気が引いていくのが見て取れた。
「もういい…。」
小さな声で、フレイヤが何かを言った。
けれど、ざわついている調査兵達の声で何も聞こえない。
「ん?ごめんね、聞こえなくって。
あっちで話を聞くから、一緒に———。」
「もういいって言ってんのよ!!」
フレイヤは、顔を上げた途端に怒鳴るように叫んだ。
驚いて目を見開いたなまえに、さらに続ける。
「どうせ、アンタは自分の補佐官を守るんでしょ!!
ただの調査兵の私のことを信じる気なんてないくせに!!」
「違うよ、そういうんじゃなくて、ちゃんと話を———。」
「もういいってば!!!!」
ドン————なまえの肩を思いっきり押すと、フレイヤはそのまま走り去ってしまった。
そう思っていたはずのジャンの心は、なまえを見つけた途端に騒がしくざわつき始める。
焦りや戸惑いとは違う。
今さら、慌てて言い訳をしようとも思わない。
それが意味を成すかは別にして、ジャンが望めば、弁解くらいなら出来るだろう。
けれど、理由があったにせよ、フレイヤを怖がらせたのは事実だ。
こんな真夜中にも関わらず、騒ぎを聞きつけて部屋から出て来た野次馬根性の調査兵達は大勢いる。
彼らは、誰ひとりとして、ジャンの弁解を聞こうともしない。そして、フレイヤの話だけを鵜呑みにして、ジャンを責め立てる。ジャンという人間そのものを否定する。
まるで、魔女狩りだ。
どうせ、誰も信用などしてくれない。
ただ———。
「…っ。」
人混みが左右に分かれると、その向こうからなまえとリヴァイが姿を現す。
この時間なら当然だろうが、2人とも兵団服は脱いで私服姿になっている。
すぐに、ジャンは、彼らから目を逸らして、拳を握った。
どうしても、自分に軽蔑の目を向けるなまえの姿を見たくなかった。
他の誰かには、何と思われたって構わない。
ただ、彼女にだけは信じて欲しい———愚かで自分勝手だけれど、きっと無意識に、そして反射的に、そんな馬鹿なことを願っているからなのだろう。
「なまえさん…っ、私…っ、ジャンさんに襲われたんです…っ。」
高い声を震わせて、フレイヤが訴えた。
それに続けとばかりに、彼女を守る騎士のようにそばに立つ先輩調査兵や野次馬達が、どれほどジャンがひどいことをしたのかを説明し始めた。
見てもいないことをよくもそう流暢に話せるものだと感心してしまう。
今、なまえはどんな顔をしているのだろう———怖くて、ジャンは視線を逸らしたまま動けなかった。
「落ち着け。
————落ち着けと言ってるんだ、お前ら。」
リヴァイの冷静な態度に、少しずつ調査兵達が渋々口を閉じていく。
漸く静かになった廊下には、フレイヤがわざとらしく泣く声だけ聞こえる状態になった。
「フレイヤちゃん、寒いでしょう。これ着て。」
なまえの心配そうな声に、ジャンは勝手にも絶望してした。
でも、フレイヤは違う。
「なまえさん…っ。」
涙声を上ずらせてなまえの名前を呼ぶと、彼女の元へ駆け寄った。
フレイヤがなまえに抱き着いたのが、ジャンにも分かった。
視界の端で、なまえが着ていたカーディガンをフレイヤの肩にかけて、心配そうに顔を覗き込んでいる姿がぼんやりと映る。
正直、腹が立った。
補佐官としてそばにいたのは、たった2年かもしれない。でもその2年の間、ずっとそばにいたのだ。
偽物の婚約者として過ごしたここ数か月は特に、濃い時間を共に過ごしたはずだ。
少なくとも、ジャン・キルシュタインという男がどういう人間なのかを知るには、十分だったと思っている。
でも、なまえは信じてくれなかった———。
「リヴァイさん。」
「あぁ。」
なまえが後ろを振り向き名前を呼べば、ただそれだけで意味を理解したらしいリヴァイが頷いて答える。
今から、リヴァイに締め上げられるのだろう。さっきの先輩調査兵とは比にならない拳が飛んでくるのかもしれないし、調査兵団を退団する前に追い出されることになるかもしれない。
どうせ、リヴァイにも、最低な男が、なまえの本物の婚約者ではなくてよかったと思われているのだ。
自分とリヴァイの立ち位置が違い過ぎて、ジャンは、悔しさと惨めさで消えてなくなりたかった。
「ジャン、来い。お前の言い分を聞く必要がある。」
「え。」
ジャンは、驚いて顔を上げてしまった。
他の調査兵達がそうであったように、なまえとリヴァイも自分に弁解すらさせてくれないのだと思っていたのだ。
目が合うと、リヴァイは当然のように続ける。
「懲罰部屋まで行くのも面倒だ。お前の部屋で構わねぇな。
どうせ、見られてマズいもんなんてねぇだろ。」
リヴァイは、親指でジャンの部屋を指した。
何と答えればいいのか、分からなかった。
そもそも状況そのものを理解できなくて、戸惑っている。
だってまるで、リヴァイは、ジャンのことをほんの欠片も疑っていないように見えるのだ。
勘違いだろうか———。
「おい、ボーッとしてねぇで答えろ、馬野郎。」
「あ…っ、はい…っ、俺の部屋で、問題ねぇっす。」
「なら行くぞ。」
慌てて返事をすれば、リヴァイは素っ気なく答えてジャンの部屋へ向かおうとする。
それを許さなかったのが、フレイヤだ。
彼女にも、リヴァイがジャンを疑っていないことが分かったのだろう。
少し怒ったような声で、リヴァイを呼び止めた。
「ひどいです、リヴァイ兵長…っ!私のことを信じてないんですか…っ。
こんなに怖い思いをしたのに…っ。」
フレイヤは、言い切った途端に、両手で顔を覆ってワァッと泣き喚きだす。
その声につられて、ジャンは無意識になまえのいる方を見てしまった。
リヴァイが自分を信じてくれたことに安心してしまったのかもしれない。
フレイヤは、なまえの胸に顔を埋めて泣いていた。そんな彼女を見下ろして、なまえが困ったように眉尻を下げている。
けれど、他の調査兵達は、フレイヤを信じずに傷つけたリヴァイのことを責め始める。
それに対して、弁解をすることもしないリヴァイの代わりに、口を開いたのはなまえだった。
「誰か、フレイヤちゃんがジャンに襲われているところを見た人はいますか?」
綺麗な凛としたなまえの声は、そんなに大きくしなくても騒がしい廊下にスッと通った。
その途端に、リヴァイを責めていた調査兵達はお互いの顔を見合わせ始める。
そこへ、なまえはさらに続けた。
「もしも、目撃者がいるのなら、リヴァイ兵長が話を聞くので、
ジャンと一緒に部屋に行ってもらいます。どうですか?いますか?」
なまえに訊ねられた調査兵達は、お互いの顔を見合わせた後に、ひとり残らず首を横に振った。
当然だ。フレイヤが訴えていたのは、密室での出来事だ。
目撃者なんているはずがない。
「いねぇのか。」
リヴァイにまで念押しのように確認されて、調査兵達が頷いて答える。
「さっきは、まるで見て来たかのように状況を説明してくれたってのに、
目撃者が1人もいねぇのは、俺も残念だな。
誰か1人でも見たやつがいれば、お前らが言うようにフレイヤのことを信じてやれたんだがな。」
リヴァイが続けた言葉に、ハッとしたのは調査兵達だ。
全員が、何処か気まずそうに目を逸らし始める。
ジャンは、自分にとって良い方向に話が進んでいることを肌で感じていた。
高揚感とも喜びとも違う。そもそも疑われているのだから、最悪な状況なのだ。
けれど、話を聞いてもらえるという安心感が、確かに胸にあった。
「誰も見てなくたって…っ、私は襲われたんです…っ。
誰かが見ているところで、女の人を襲う男なんているわけないじゃないですか…っ。」
今の状況を良しとするわけのないフレイヤだけが、声を大きくした。
なまえの胸に埋めていた顔を上げて、必死に訴えているが、その頬には、さっきまで泣き喚いていたはずの涙の痕が、全く残っていない。
まるで初めからそこに何もなかったかのようだ。
リヴァイのことまで責め始めていた調査兵達も、戸惑いの表情を浮かべる。
何かがおかしい————彼らも感じ始めているのだ。
それを感じるからこそ、フレイヤを余計に焦らせているようだった。
人間は立場の上の人間の意見に流されやすい。
それはいつだって、ジャンを苛立たせていたけれど、今回に限っては、それが都合よく働いていた。
「フレイヤちゃんの言う通りだと私も思うよ。」
フレイヤの焦りだけが響いていた廊下に、スッと凛とした声が通る。
きっと今、フレイヤが一番信じて欲しいのが、なまえだろう。
そして、誰が信じてくれたとしても、なまえ一人が信じてくれなければ、ジャンが傷つけられることも彼女は知っている。
「なまえさん…!」
フレイヤの瞳が輝き、嬉しそうになまえを見る。
「分かってもらえてうれしいです…っ!
私のことを疑って、ジャンを信じるなんて、リヴァイ兵長ひどいですよね…っ。」
また泣きそうな顔をして、フレイヤが訴える。
リヴァイ兵長はどうでもよいという顔をしているけれど、調査兵達は誰を信じればいいか分からない様子で、フレイヤとジャンを交互に見やった。
「リヴァイ兵長をひどいとは思わないよ。」
「え…っ、だってっ、なまえさんは私を信じてくれてるんですよね?」
フレイヤが、大きな瞳を涙で潤ませる。
そんな彼女に、なまえは大きく頷いた。
その瞬間、ジャンの中で何かが崩れ落ちていく大きな音を聞いた。
それをきっと、絶望と呼ぶのだろう。
けれど、フレイヤは満足そうに口の端を上げる。
そんな彼女に、なまえが言う。
「もちろんだよ。」
「なまえさんならそう言ってくれると思ってました!」
白々しい————そう思うジャンをよそに、フレイヤは渾身の演技を続けた。
「私だけじゃないよ。リヴァイ兵長はジャンの話を、私はフレイヤちゃんの話を聞く。
そして、私達は絶対にあなた達を信じる。だからあなた達にも、本当のことを話して欲しい。」
「え?」
なまえを見上げていたフレイヤの目が、僅かに見開かれる。
「私達は、見てもいないのに被害者と加害者を決めつけることはできない。
だから、ちゃんと顔を見て、しっかりと話を聞くよ。」
「そんな…!話なんて聞かなくたって!!ジャンさんが私を襲ったのは本当なんです!!
嘘じゃない!!」
フレイヤが声を荒げる。
焦りが怒りになって、唾を飛ばしながら叫ぶその姿は、とても滑稽で、哀れだった。
「うん。だから、その話をちゃんと聞かなくちゃいけない。」
「なんで…っ!」
「ごめんね。とてもつらい話をさせるかもしれないけど、私達もちゃんと状況を把握して
そのうえで、本当にジャンがフレイヤちゃんを襲ったと分かったたなら、
彼にはそれに見合った罰を受けてもらわなくちゃいけないでしょう?」
「それは…、そうですけど…。」
なまえから〝罰〟という言葉が出たからか、フレイヤのトーンが漸く落ち着く。
きっと、フレイヤは、それでもまだなまえは自分の味方だと思ったのだろう。
でもなぜだろう。
ジャンはもう、絶望しなかったのだ。
希望や願望があったわけではない。ただ、心配もなかった。
「じゃあ、今から私と一緒に部屋に来て話を聞かせてくれるかな?
例えば—————。」
なまえが、フレイヤの胸元に視線を落とす。
「綺麗に残っているそのシャツのボタンを誰がどうやって外したのか、とか。」
「…!」
バッと音が聞こえそうなくらいだった。
フレイヤが、勢いよく胸元のシャツのボタンを隠した。
「どういうこと?」
「襲われたなら、ボタンがシャツから吹っ飛んだりするもんじゃねぇのってことじゃねぇのか。」
「じゃあ、フレイヤちゃんが自分で外したの?」
「さぁ…それは分からないが…。」
調査兵達がざわつき始める。
俯いたフレイヤの顔から、みるみる血の気が引いていくのが見て取れた。
「もういい…。」
小さな声で、フレイヤが何かを言った。
けれど、ざわついている調査兵達の声で何も聞こえない。
「ん?ごめんね、聞こえなくって。
あっちで話を聞くから、一緒に———。」
「もういいって言ってんのよ!!」
フレイヤは、顔を上げた途端に怒鳴るように叫んだ。
驚いて目を見開いたなまえに、さらに続ける。
「どうせ、アンタは自分の補佐官を守るんでしょ!!
ただの調査兵の私のことを信じる気なんてないくせに!!」
「違うよ、そういうんじゃなくて、ちゃんと話を———。」
「もういいってば!!!!」
ドン————なまえの肩を思いっきり押すと、フレイヤはそのまま走り去ってしまった。