◇第十一話◇彼女の唇を巡る攻防戦の勝者
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いつまでも許さずに頬を膨らませるだけの私に、ジャンが、お詫びにと提案したのは、明日の準備と片付けの肩代わりだった。
正直、今から明日の準備と散らかった部屋の片づけをするのは憂鬱だった私は、仕方がないというフリをしながら、内心喜んで、その提案を受け入れた。
お洒落なジャンは、私のセンスのない服やアクセサリーを上手に組み合わせて、両親が好みそうなコーディネートに作り上げてくれた。
綺麗に畳まれたカーディガンが、旅行バッグの中に詰められてくのを、私は自慢のベッドの上でゴロゴロしながら眺める。
明日着ていく服が決まった後に、ジャンが散らかり放題だった洋服もクローゼットに片付けてくれたおかげで、部屋は既に綺麗な状態になっている。
片付けと掃除の得意な補佐官を持つと、上官はとても助かる。
この気持ちはきっと、ハンジさんなら心底理解してくれるはずだ。
1人で準備しているときは一生終わらないような気がした明日の準備は、1泊分しかないからか、あっという間に終わった。
最後に、一応は持っている程度の化粧品しか入っていないポーチを旅行バッグに入れた後、ジャンが私の方を向いた。
「下着はどうしますか?
それも俺が選んでやってもいいですけど——。」
「適当に一番上のやつを入れるからいい。」
「もっと恥ずかしがるとか、何を言ってるんだって怒るとか
そういう反応を期待したんすけどね。」
「ファースト・キスショックを引きずってて、下着どころではないの。」
「そうっすか。それは残念でしたね。」
ジャンは可笑しそうに手の甲を口に押しあてて、笑うなと散々私に怒られた笑いを噛み殺す。
でも、喉がククッと鳴っている。
お詫びとか言いながら、ジャンは、女性の大切なものを奪ったという自覚も反省もないようだ。
とりあえず、下着だけを残して準備も片付けも終わったジャンは、自分の部屋に戻るために、立ち上がった。
壁掛けの時計を確認すれば、もう遅い時間だった。
明日も早いし、ジャンが部屋に戻ったら、寝てしまおう。
そんなことを考えながら、部屋を出て行くジャンを見送るために、大きな背中を追いかけた。
扉を開けたジャンは、廊下を左右確認してから、振り返った。
「明日、起こしに来ますね。」
「———うん、よろしくね。」
自分で起きれるから大丈夫——、言いかけた強がりはすぐに喉の奥に仕舞い込んだ。
起きれる自信はあまりないし、ジャンに起こしてもらう方が確実だ。
明日は、絶対に寝坊は出来ない。
「それじゃ、おやすみなさい。」
ジャンはそう言うと、身体を前屈みに倒して、私の唇に触れるだけのキスをした。
3度目の不意打ちのキスにも、私は飽きもせずに驚いて、時間が止まった。
見開いた目の向こうで、ジャンが意地悪く口の端を上げて言う。
「これはファースト・キスじゃないんで、怒らねぇっすよね。」
「そういうことじゃな——。」
「しー、うるさいっすよ。もう寝てる人もいるかもしれねぇのに。」
ジャンは、子供を叱るみたいに言って、大声で怒ろうとした私の唇に、人差し指を押しあてて黙らせた。
眉を顰めつつ、私は言葉を切って口を閉じる。
悔しいけど、こんな時間に大声を出したら、煩かったかもしれない。
でも、誰のせいで大声が出てしまったと思っているのだろう。
「ジャンが、キ…、…とかするからでしょ。」
「何ですか?」
「だから…!」
「おやすみのキスのことっすか?」
「…!?」
経験のない恋人同士っぽいフレーズに、私は自分の顔が耳まで真っ赤になったのが分かった。
また、クスッと笑ったジャンには、歳上のはずの私が、初恋を知ったばかりの初心な少女に見えていたに違いない。
見た目と中身のちぐはぐさが、きっと腹を抱えて笑いたいくらいに面白いのだ。
失礼過ぎる。
だから、文句を言おうとしたのに———。
「だって、なまえさん。前に言ってたでしょ。
恋人が出来たら、寝る前は必ずおやすみのキスがしたいって。」
「え?」
「一応、俺はなまえさんの恋人なんで、
大事な彼女の願いを叶えてやるのは、彼氏の務めっすからね。」
ジャンはそう言って、私の頬を長い指の腹で少し強く押すみたいに撫でた。
妄想の恋人に言わせてるみたいな甘いセリフのせいで、私を見つめるジャンの瞳が、愛おしいと言っているみたいに見えてしまったのだ。
甘いセリフのせいなのか、ジャンのその瞳のせいなのか、は分からない。
でも、とてつもない気恥ずかしさが込み上げて、カァッと顔が熱くなった。
「ジャンは、すごいね。そこまで役に入り込めるなんて思わなかった。
ビックリして…、どう反応したらいいか、分かんないよ。」
恋人のフリをしているだけなのに、本気で照れて赤くなっている顔を歳下の男の子に見られるのが恥ずかしくて、私は目を伏せたまま、平然としているジャンを少し責めるように言った。
「そうっすね。なまえさんは、まずは、とりあえず、
俺の恋人だって自覚を持ってください。」
「分かってるよ。ちゃんとする。」
私は目を伏せたまま、少し強い口調で答えた。
本当は、また同じことを指摘されて、苛ついたわけでも、腹が立ったわけでもない。
ただ、さっきのリヴァイ兵長とのことを思い出してしまって、胸がキュッ苦しくなったのだ。
もし、またリヴァイ兵長が私の部屋を訪れても、私は断らなくちゃいけない。
そのときはきっと、こう言うのが正しい。
『恋人のジャンが嫌がるから、他の男の人は部屋にはいれられないの。』
私がそう言ったら、リヴァイ兵長は平気そうな顔で「そうか。」と言うのだろうか。
汚い部屋に入らなくても済む良い言い訳が出来たと、むしろ嬉しそうにするのだろうか。
それとも、もしかしたら、苦し気に表情を歪めて、数時間前にしたのと同じ問いをそのときの私にして、また、ちゃんと正直に答えないと口を塞ぐぞって——。
遠くに離れて行こうとしていた意識は、現実に唇を塞がれて、強制的に引き戻された。
身体を屈めたジャンが、私の顔を覗き込むようにして、またキスをしたらしい。
驚いた私に、ジャンはため息交じりに言う。
「なまえさん、大好きな妄想をするのもいいっすけど、隙があり過ぎなんすよ。
俺はいいですけど、他の男にキスなんかされないようにしてくださいよ。」
「わ…!分かってるよ…!今までだって10年間、
ていうか、25年間、そんなことされたことないんだから、大丈夫…!」
「だといいっすけどね。」
頭を掻きながら、全く信頼してないような顔で言って、ジャンは、またため息を吐いた。
部屋に戻った後、私はベッドに横になって目を閉じて、そこで漸く、ハッとする。
「え!?ジャンはいいの?!」
隣の部屋で寝てるかもしれないジャンに、私はひとりでツッコんだ。
恋人のフリが、キスありだったなんて、聞いていない。
そもそもキスなんて、夢の世界のものだったのに——。
私は、自分の唇に触れた。
まだそこに、ジャンの薄い唇の感触が残っているような気がして、私は慌てて毛布に頭まで包まった。
どうしよう、私は、ファースト・キスをしてしまったらしい。
6つも歳下の、仕事の出来る自慢の補佐官と———。
正直、今から明日の準備と散らかった部屋の片づけをするのは憂鬱だった私は、仕方がないというフリをしながら、内心喜んで、その提案を受け入れた。
お洒落なジャンは、私のセンスのない服やアクセサリーを上手に組み合わせて、両親が好みそうなコーディネートに作り上げてくれた。
綺麗に畳まれたカーディガンが、旅行バッグの中に詰められてくのを、私は自慢のベッドの上でゴロゴロしながら眺める。
明日着ていく服が決まった後に、ジャンが散らかり放題だった洋服もクローゼットに片付けてくれたおかげで、部屋は既に綺麗な状態になっている。
片付けと掃除の得意な補佐官を持つと、上官はとても助かる。
この気持ちはきっと、ハンジさんなら心底理解してくれるはずだ。
1人で準備しているときは一生終わらないような気がした明日の準備は、1泊分しかないからか、あっという間に終わった。
最後に、一応は持っている程度の化粧品しか入っていないポーチを旅行バッグに入れた後、ジャンが私の方を向いた。
「下着はどうしますか?
それも俺が選んでやってもいいですけど——。」
「適当に一番上のやつを入れるからいい。」
「もっと恥ずかしがるとか、何を言ってるんだって怒るとか
そういう反応を期待したんすけどね。」
「ファースト・キスショックを引きずってて、下着どころではないの。」
「そうっすか。それは残念でしたね。」
ジャンは可笑しそうに手の甲を口に押しあてて、笑うなと散々私に怒られた笑いを噛み殺す。
でも、喉がククッと鳴っている。
お詫びとか言いながら、ジャンは、女性の大切なものを奪ったという自覚も反省もないようだ。
とりあえず、下着だけを残して準備も片付けも終わったジャンは、自分の部屋に戻るために、立ち上がった。
壁掛けの時計を確認すれば、もう遅い時間だった。
明日も早いし、ジャンが部屋に戻ったら、寝てしまおう。
そんなことを考えながら、部屋を出て行くジャンを見送るために、大きな背中を追いかけた。
扉を開けたジャンは、廊下を左右確認してから、振り返った。
「明日、起こしに来ますね。」
「———うん、よろしくね。」
自分で起きれるから大丈夫——、言いかけた強がりはすぐに喉の奥に仕舞い込んだ。
起きれる自信はあまりないし、ジャンに起こしてもらう方が確実だ。
明日は、絶対に寝坊は出来ない。
「それじゃ、おやすみなさい。」
ジャンはそう言うと、身体を前屈みに倒して、私の唇に触れるだけのキスをした。
3度目の不意打ちのキスにも、私は飽きもせずに驚いて、時間が止まった。
見開いた目の向こうで、ジャンが意地悪く口の端を上げて言う。
「これはファースト・キスじゃないんで、怒らねぇっすよね。」
「そういうことじゃな——。」
「しー、うるさいっすよ。もう寝てる人もいるかもしれねぇのに。」
ジャンは、子供を叱るみたいに言って、大声で怒ろうとした私の唇に、人差し指を押しあてて黙らせた。
眉を顰めつつ、私は言葉を切って口を閉じる。
悔しいけど、こんな時間に大声を出したら、煩かったかもしれない。
でも、誰のせいで大声が出てしまったと思っているのだろう。
「ジャンが、キ…、…とかするからでしょ。」
「何ですか?」
「だから…!」
「おやすみのキスのことっすか?」
「…!?」
経験のない恋人同士っぽいフレーズに、私は自分の顔が耳まで真っ赤になったのが分かった。
また、クスッと笑ったジャンには、歳上のはずの私が、初恋を知ったばかりの初心な少女に見えていたに違いない。
見た目と中身のちぐはぐさが、きっと腹を抱えて笑いたいくらいに面白いのだ。
失礼過ぎる。
だから、文句を言おうとしたのに———。
「だって、なまえさん。前に言ってたでしょ。
恋人が出来たら、寝る前は必ずおやすみのキスがしたいって。」
「え?」
「一応、俺はなまえさんの恋人なんで、
大事な彼女の願いを叶えてやるのは、彼氏の務めっすからね。」
ジャンはそう言って、私の頬を長い指の腹で少し強く押すみたいに撫でた。
妄想の恋人に言わせてるみたいな甘いセリフのせいで、私を見つめるジャンの瞳が、愛おしいと言っているみたいに見えてしまったのだ。
甘いセリフのせいなのか、ジャンのその瞳のせいなのか、は分からない。
でも、とてつもない気恥ずかしさが込み上げて、カァッと顔が熱くなった。
「ジャンは、すごいね。そこまで役に入り込めるなんて思わなかった。
ビックリして…、どう反応したらいいか、分かんないよ。」
恋人のフリをしているだけなのに、本気で照れて赤くなっている顔を歳下の男の子に見られるのが恥ずかしくて、私は目を伏せたまま、平然としているジャンを少し責めるように言った。
「そうっすね。なまえさんは、まずは、とりあえず、
俺の恋人だって自覚を持ってください。」
「分かってるよ。ちゃんとする。」
私は目を伏せたまま、少し強い口調で答えた。
本当は、また同じことを指摘されて、苛ついたわけでも、腹が立ったわけでもない。
ただ、さっきのリヴァイ兵長とのことを思い出してしまって、胸がキュッ苦しくなったのだ。
もし、またリヴァイ兵長が私の部屋を訪れても、私は断らなくちゃいけない。
そのときはきっと、こう言うのが正しい。
『恋人のジャンが嫌がるから、他の男の人は部屋にはいれられないの。』
私がそう言ったら、リヴァイ兵長は平気そうな顔で「そうか。」と言うのだろうか。
汚い部屋に入らなくても済む良い言い訳が出来たと、むしろ嬉しそうにするのだろうか。
それとも、もしかしたら、苦し気に表情を歪めて、数時間前にしたのと同じ問いをそのときの私にして、また、ちゃんと正直に答えないと口を塞ぐぞって——。
遠くに離れて行こうとしていた意識は、現実に唇を塞がれて、強制的に引き戻された。
身体を屈めたジャンが、私の顔を覗き込むようにして、またキスをしたらしい。
驚いた私に、ジャンはため息交じりに言う。
「なまえさん、大好きな妄想をするのもいいっすけど、隙があり過ぎなんすよ。
俺はいいですけど、他の男にキスなんかされないようにしてくださいよ。」
「わ…!分かってるよ…!今までだって10年間、
ていうか、25年間、そんなことされたことないんだから、大丈夫…!」
「だといいっすけどね。」
頭を掻きながら、全く信頼してないような顔で言って、ジャンは、またため息を吐いた。
部屋に戻った後、私はベッドに横になって目を閉じて、そこで漸く、ハッとする。
「え!?ジャンはいいの?!」
隣の部屋で寝てるかもしれないジャンに、私はひとりでツッコんだ。
恋人のフリが、キスありだったなんて、聞いていない。
そもそもキスなんて、夢の世界のものだったのに——。
私は、自分の唇に触れた。
まだそこに、ジャンの薄い唇の感触が残っているような気がして、私は慌てて毛布に頭まで包まった。
どうしよう、私は、ファースト・キスをしてしまったらしい。
6つも歳下の、仕事の出来る自慢の補佐官と———。